平和の使者   作:おゆ

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第八話 482年12月 カロリーナ艦隊、誕生!

 

 

 わたしは言う。はっきりと。

 

「艦隊指揮官様、まことに勝手ではありますが、一時この艦隊の指揮権をわたくしにお貸し願えませんか。傲慢なお願いであることは重々承知しております。ただ、詳しく御相談している暇がないのです」

 

 この申し出に、指揮官は困惑の顔をした。その考えていることは明らかだ。

 一体何を? カロリーナ様はまだ小さくて、宇宙戦の何たるかかがわかっておられぬのだ。

 自分だけ逃げるのがお気に障ったのだろうか。優しい嬢なのだから。

 いやここは何といおうとカロリーナ様には逃げてもらわねばならぬ。伯爵家のために。かけがえのない御方なのだ。

 カロリーナ様の乗艦を除いた全艦隊が消滅しようがどうなろうが。

 しかし……

 毅然として言う姿はなんだろうか。

 もちろんランズベルク伯爵家の言うことは、いつ何時でも、例え14歳の令嬢だろうと従うしかないが…… 

 

 

 実際のところわたしは返事を待ってはいなかった。

 

「先ず艦隊の全艦へ通信を開いて下さい」

 

 吐いて汚れたドレスのまま対ショックシートから出て、通信画面の前に歩み出た。

 

「こちらの艦隊を二分します。戦艦を含めた主力30隻を編成し、最大戦速をかけつつ、最初の敵艦隊の巡航艦群を目指して進んで下さい。残りの24隻はエンジン臨界を保ったままその場に待機です。突っ込んでくる敵仮装巡航艦群のルートを計算し、そこから外れるよう輸送艦を牽引して下さい。それだけで構いません。攻撃は不必要です」

 

 通信スクリーンを見ていた全艦隊乗組員は驚愕した。

 14歳の伯爵令嬢が画面に出ている!

 しかも、この艦隊の指揮をしているではないか!

 

 その内容も驚くべきものだった。

 優勢な敵に包囲されようとしているのに、こちらは更に艦隊を二分割するというのだ!

 常識では考えられない。

 

 おまけに敵の仮装巡航艦だって相応の火力がある。それなのにこっちの艦隊は側腹をさらして通過することになる。まるで仮装巡航艦に戦力が無いように……

 

「皆さんの疑問はわかります。ですがここはわたくしを信じて下さい。わたくしはたった二人のランズベルク伯爵家の一人として戦います」

 

 戦うといっても、まともに考えたら何の根拠もない子供のセリフである。

 

「わたしのお菓子は美味しいのです。運命の女神様もわたしのお菓子を食べるのによだれを垂らして待ってます。だったらまだ生かしておくはずです」

 

 カロリーナは、自分でも気恥ずかしいセリフを付け足した。

 艦隊がカロリーナを信じて一致した行動をとらなければ、負ける。

 それではみんな死んでしまうのだ。

 生きのびるために、信じよ。

 

「必ず、勝ちます」

 

 カロリーナはドレスの裾の下半分を引きちぎって高く掲げた。

 

「この水色の旗に再び集まるとき、我らは勝利します!」

 

 

 全員が全員、いっとき14歳の少女ということを忘れた。

 全艦、カロリーナの指示に従い行動した。

 

「敵仮装巡航艦群、レッドゾーンを突破!」

「撃つ必要はないですし、シールドも最小限でかまいません。エネルギーは全て推進に使って下さい。そのまますれ違う格好で加速を」

「高速で接近、接触します! 距離、三、二、一、ゼロ!」

 

 ヒヤリとした。

 しかし、不思議なことに敵仮装巡航艦は散発的に撃ってきただけだった。しかも到底当たるはずのない雑な照準だ。

 

 それら仮装巡航艦群17隻をやりすごし、間もなく敵巡航艦群18隻と接触する。むろん、こちらが敵の主力だ。

 

「全艦一斉射撃用意! 敵をできるだけ早く殲滅します!」

「距離、イエローゾーン、まもなくレッドゾーン!」

 

 敵巡航艦はうろたえたように撃ってきた。こんなはずでは、という感じである。

 

「レッドゾーン突破!」

「よし、撃てェーーーー!」

 

 短時間だが激烈な砲火を応酬した。

 敵巡航艦は全て爆散した。こちらは30隻、数で大幅に勝る上に戦艦の攻撃力があるのだ。戦力がストレートに発揮されればこうなるのは当然である。

 被った損害は軽微なもので済んだ。

 

 

「そのまま速度を殺さず全艦右舷回頭、右舷後方に出現した敵の方へ向かい、食らいつくのです」

 

 更に指示を出す。三方から包囲されていた以上、まだまだ戦いは終わらない。

 

「それと通信を開いて、初めに残している24隻の艦隊に連絡。シールドを対物理シールドにして最強度展開、輸送艦を保護できる位置について敵仮装巡航艦の接触に備えるように」

 

 

 そのわずか二分後、まぶしい光とともに敵仮装巡航艦が自爆した!

 残してあった艦隊と至近だ。拡散する小片の波が襲い掛かってきた。

 しかし、あらかじめ展開してあった対物理シールドがそのほとんどを防いだ。被害は最小限で済む。

 

 わたしがいる方の艦隊は大きな旋回運動をすませ、右舷後方に出現した敵艦隊40隻をとらえようとしていた。

 敵艦隊はこちらの残してあった方の艦隊や輸送艦の方へと進路をとっていたが、ここで向きを変え、対処しようとしている。わたしの30隻の方が脅威と認識したのだ。

 

「今です! 残してあった24隻を最大戦速でこの敵艦隊へ。照準に入り次第攻撃開始! わたしのいるこの艦隊はレッドゾーンすれすれで減速、敵艦隊をひきずって艦列を乱すのに徹します」

 

 敵艦隊が撃ってくる中、むやみに突っ込まず整然と距離を保つ。そうすると、敵艦隊のうちで速度の速い艦、または戦意の高い艦が突出してくるのだ。その出て来た艦を狙い撃つと、それを見た他の艦まで慌てて下がることになる。結果として敵の艦列は存分に乱れ、ほころびが生じる。

 

 こちらの残してあった24隻がそんなところへ側腹から攻撃を加えたからたまらない。敵艦隊は40隻もあったのに、算を乱して効果的な反撃もできないまま次々沈められていく。

 

「頃合いです。前進して下さい。残敵に突進して猛攻を仕掛けるのです。必ずしも沈めなくてかまいません。戦意を刈り取れば良しとします」

 

 三方から包囲しようとした敵は、逆に包囲されて撃ち滅ぼされる。

 組織的抵抗が止んだところでわたしは攻撃を中止させ、損害状況の報告とエネルギーの補充を行った。

 さほど間を置かずしてオペレータから報告が飛び込んだ。

 

「先に左舷後方に発見された敵艦隊45隻、わが方へ突入してきます。接触まであと10分!」

 

 

 どうやら間に合った。

 カロリーナはここで再び全艦隊に通信回線を開き、水色に染まったゲロ付きドレスの切れ端を手に掲げた。

 

「皆さん、この旗の下また一つになりました。あと一歩です。最後の敵艦隊を倒して、勝利を手にするのです。堂々と進み、敵をすり潰してあげましょう」

 

 どの艦にもおおーーっと歓声が上がるのが分かる。

 ここまでくれば、艦隊の適切な編成は司令官に任せて、わたしはスクリーンを睨むばかりである。

 

「距離、イエローゾーンからレッドゾーン!」

「よし、撃てェーーー!」

 

 敵艦隊は45隻だが、今やこちらは合流してそれ以上の数になっているにも関わらず半包囲態勢で仕掛けてきた。

 こちらの布陣が崩せないのを見ると、一部の艦を突出させて陽動をはかってきた。

 次には密集隊形で突撃の構えを見せるや、一転して疑似敗走をして誘ってくる。

 敵は目まぐるしく作戦を変えて動く中、かえって損害を増やしていった。

 

 カロリーナの側は被弾した艦、エネルギーを使い過ぎた艦を下がらせながら、ゆっくり堂々と押していただけである。

 ついに敵は多大な損害に耐えられず本当に潰走を始めるが、それはあまりに遅い。敵艦にはほとんどエネルギーが残っておらず、簡単に捕捉、撃沈できた。

 

 

 全てが終わった後、ランズベルク領艦隊の各艦で最初は静かに、だが次第に熱狂的な叫び声が上がった。

 

「カロリーナ!  カロリーナ!  14歳の名将! 戦う令嬢! カロリーナ!」

 

 各艦ばらばらに叫んでいたが、最後は一致して叫び続ける。

 

「我らが艦隊! ランズベルクの水色の艦隊、万歳!」

 

 

 

 


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