平和の使者   作:おゆ

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第九話 482年12月 報告と波紋

 

 

「カロリーナ様、あらかたの処理は終わりました。我が方の撃沈はゼロ、自力航行不能な艦は9隻、いずれも駆逐艦です。自爆の許可願います。他に大破が4隻、中破が3隻、小破が15隻、近くの星系に退避させるものと航行しながら応急修理するものとに振り分けます。輸送艦の被害はありません。人員は…… 」

 

 ここで指揮官は言葉を切った。さすがに艦隊戦で圧勝したからといって被害はあり、むろん死者がゼロでは済まない。

 

「かまいません。あとで死者の名前の入ったリストを下さい」

 

 平板な声でわたしは答えた。

 

 老指揮官は顔を伏せる。

 カロリーナ様はこの戦いで死者が出たというだけで胸を抑えて苦しがってる。責任感ゆえに死者の名前を知り自分で自分の心を痛めつけることを課しているのだろう。

 悪いのはカロリーナ様ではない。襲ってきた敵艦隊なのに!

 改めてランズベルク家への強い忠誠心と敵への憎しみがわく。

 

 

 それと、指揮官として絶対に答えをもらいたい質問があった。

 

「実務は我らがいたします。お心遣いなきよう。ですが、そろそろお聞かせ願いたいことがあります。わかってきたつもりですがはっきりとお教え下さい。この度はいかなる予測で艦隊を動かし、勝利へ導いたのでしょうか?」

 

 わたしはこの質問に対して答えることはやぶさかではない!

 

「ほっほ~、知りたい? ああいうのは奇策というかはっきり言って危ない橋だから、もう絶対しないし、やろうと思っても無理だから。無理無理」

 

 少し調子に乗っているのは自覚している。

 

「先ず海賊が明らかに不利なのに突っかかってくるのがおかしい。当然、増援あるいは伏兵を疑っちゃうわよね」

 

 口が思わず滑らかなのは、戦いの熱が残っているのかもしれない。

 

「次に、防御の弱い仮装巡航艦が前面に立つのはもっとおかしい。直線で突っ込んでくるし、エネルギーやエンジンのことをまるで考えてないようだった。ここで無人艦じゃないかと思ったわ。そう疑ってたら、敵の主力巡航艦が離れていったでしょう。これで確信に変わったわね。仮装巡航艦の方は確実に無人艦、ただの目くらましだわ。だったら足を止めないでスルーしてもいいはずよ。後の自爆も無人艦の有効活用としては定石の範囲ね」

 

「とにかく機動力だった。三つの敵艦隊が包囲を完成させたら負けだもの。その前に各個撃破しかないわ。一番弱い順から撃破しただけよ」

 

「二番目に相手をした敵艦隊には迷いがあった。包囲できなくなれば、さっさと後方に下がって他の艦隊と合流して再攻撃すればよかったのよ。そうすればまだ数では向こうが多いんだから。尤も、そうしてきたらこっちは輸送艦置いて全力で逃げたけどね。でも結局下がらなかった、わたしの方から対処しようと思ったんでしょうが、目的を達成しないうちに態勢を崩されて側腹攻撃の餌食よ」

 

「最後の敵艦隊は予想より遅かったわね。おそらく、この司令官は逆に後方に下がって再集結を考えたんじゃないの? 何も考えず一直線に駆けつけられれば厄介だったけど。そうしたらいったん引いて、敵が合流して一番混乱した瞬間を狙ったかな?」

 

「最終局面は押しまくるだけだわ。こちらが数でようやく優位に立ったんだから。戦意を高めて相手の自滅を待つだけ。敵の司令官は策を考え過ぎるタイプね。いろいろやった挙句、勝手に転んでくれたわ」

 

 

 ここまでのことをわたしは一気に話しまくった。

 

 すると、何と戦闘の詳細だけではなく、わたしの語録まで瞬く間に広まった。帝国の主要なニュースになってしまっている。

 というのもこれはわたしが思っていたよりはるかに大事件なのだ!

 帝国の公的主要航路での襲撃、しかも海賊行為ではなくカロリーナの首か、少なくともランズベルク領艦隊を屠ることが目的の大規模な戦いを仕掛けてきたようなのだ。

 犯人はわかっていない。

 鹵獲した敵艦とわずかな捕虜という手掛かりはカロリーナ達が取り調べる前に帝国政府が全て接収していった。

 しかも調査難航の札がつけられている。事実上の情報封鎖だ。

 

 

 事件を知った人々の感想は様々だった。

 ほとんどの人はニュースの見出しを見ただけで中身を考えようともしなかった。

 どうせ何かの間違いか、あるいは捏造されたニュースだろうと結論付けた。

 子供が艦隊指揮など茶番としか思えなかったのである。

 

 もちろん、それと違う感想を持つ人間がいる。

 リッテンハイム家サビーネは当然のごとく怒りまくった!

 

「カロリーナを襲ったとは、なんと憎き奴腹じゃ。友人たるこのリッテンハイム家にも泥を塗りおって。ヴァルハラ行きの特急は妾が予約してくれる! お父様、艦隊を一万隻ほど欲しいのですが。今すぐに」

 

 

 こと軍事に関連することだけに現役の軍人たちにも噂が伝わる。叛徒との正面戦争に比べると小さなものだが、曲がりなりにも艦隊戦なのだ。

 

 各人各様の反応を示した。

 ミュッケンベルガー元帥は、苦笑するばかりだ。

 

「あの伯爵令嬢、少しばかり才能があるのはいいが、オテンバが過ぎる。この先どうなるのか」

 

 先の艦隊戦シミュレーターの様子を知っているだけに、カロリーナがまぐれで勝ったのではないと分かっていた。

 そもそもまぐれで艦隊戦がこれほど一方的になることはあり得ない。

 

 他にもアイゼナッハ中佐は、

「 ………… 」

 

 ファーレンハイト少佐は、

「やるじゃないか伯爵令嬢、ま、これくらいはやってもらわないと俺も困るが」

 

 

 他の帝国軍将兵にも話は伝わり、興味を持ってカロリーナ語録を読みコメントを付ける者もいた。

 ビッテンフェルト少佐は

「艦列には必ず隙間がある。そこに集中砲火をかけて突撃すればもっと早く崩せたろうに」

 メックリンガー大尉は、

「芸術的な艦隊運動だ。ピアノで表現すれば…… ああ、曲が一つ思い浮かんできた」

 蜂蜜色の髪を持つ中尉もこの事件を知った。

「何? 貴族の令嬢が艦隊指揮とはいったいどういうことだ? しかしどうだ、二倍の敵に包囲される直前、高速機動で各個撃破したのか。おまけに中盤では敵の艦隊に対して逆包囲をしかけるとは…… そら恐ろしい戦術だ。まったく用兵ってのは奥が深いな、ロイエンタール」

 

 ラインハルトとキルヒアイス、今は雌伏するこの二人にも伝わる。

 

「キルヒアイス、どうだこの用兵は。相手の奇策を見破り、逆に奇策を仕掛け、最後は用兵の王道に立ち返った。なかなかできるものではない。この伯爵令嬢とはどんな人物だ。会ってみたいものだな」

 

 ラインハルトにしては珍しく他人に高い評価を下した。

 

「ラインハルト様が令嬢に興味をお示しになるとは珍しいことです」

 

 キルヒアイスが若干からかう目をした。

 

「バカを言うな。俺が興味あるのは、姉上とキルヒアイス、お前だけだ。この用兵をどんな人間がやれたのか興味があっただけだ。人は見てくれではない。そこいらの令嬢とは違う人物なのだろうか」

「ところでラインハルト様なら、この用兵に負けますか」

「ハッ、試すのかキルヒアイス。こんな程度、破るのはそう難しくもない。俺ならこの戦いのどんな局面からでも逆転してみせる。最初からいえば、伏兵の発見時期を自ら操作して主導権を握る態勢にすればよかっただけではないか」

 

 格が違う。

 ラインハルトの天才ははるか高みにあり、何人もそこに至れるものではない。

 

 

 この事件のニュースは半年もしてからはるか同盟領にまで届いた。

 もちろんごく些細なものでしかありえない。たまたま軍事的ニュースが少なくなった時期にニュースのネタとして過去の話題が取り上げられただけのことだ。

 しかし、伝わったことは同盟にとって将来を左右する幸運でもあったのだ。

 

 ほとんど全ての同盟人は、与太話として頭の片隅にも置かなかった。

 しかし、黒髪の自称歴史家、現在とりあえず給料分だけは軍人として働こうと思っている青年は違った。

 ニュースを見て、自分でも手に入る限りの情報を集め、相当の時間考えていた。

 

 そこで特に何も語らず、頭を掻いただけだったという。

 

 

 

 

 


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