相棒(聖剣)が有能すぎて俺は今夜も眠れない   作:機工

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1.喪失と出会い

 

 部屋の真ん中に設置された、人ひとりが入れる特殊ガラス製カプセルは、古いSF映画に出てくる細胞培養装置に似ていた。

 狭いな。

 カプセルに入った山本タダシが、目玉だけ動かして所狭しと並んだ器材群を眺める。

 まあ、外のうだるような暑さを思えば、カプセル内は温度調整も効いているし、居心地は悪くない。

「それでは実験を開始します。大丈夫、我々に任せてください」

 技術主任の男が念入りにカプセルを密閉した。

 もしかしたら、こいつが俺の棺桶になるのかもしれないな。

 タダシは頭に浮かんだ悪い予感を、慌てて追い払った。

 

 西暦2XXX年、8月。

 ようやく最終試験段階に入った夢の瞬間転送装置の被験者アルバイト。拘束時間数時間で報酬30万円。

 こんな『おいしい』募集広告に、失業中の山本タダシが飛びつかないはずがなかった。

 30万円あれば、滞納中の家賃を払った上にぶっ続けで寿司とすき焼きを食ってもおつりが来るではないか。

 横浜の実験施設から品川の本部施設に瞬間転移を行う。簡単なドクターチェックの後、その場で報酬を払ってくれるそうだ。

 動物実験も問題はなかったらしいし、初の人体実験とはいえ心配ないだろう。

 なに、すぐ終わる。転送なんて一瞬だ。

 タダシは深呼吸した。

 

 メインスイッチが入り、離陸前の飛行機みたいに室内が暗くなった。

 ブゥンと空気が振動してカプセル内が淡く光る。

 いよいよだ。

「安全装置解除」

「安全装置解除。完了」

 技術主任の指示を助手が復唱する。

「出力確認」

「出力確認。完了。異常なし」

「転送開始」

「転送開始します」

 とてつもないエネルギーに包まれ、身体中の毛が逆立つ。

 直後、慌てた叫び声が聞こえた。

「し、主任! 3系走査回路が反応しません!」

「いかん、止めろ! 非常停止!」

 表情を凍り付かせた技術主任の姿が歪んで、視界が真っ白になる。

 それがタダシが目にしたこの世界最後の景色だった。

 

 

 指先などの遠い部分から順に、分子レベルに分解されていく自分。

 『気をつけ』の姿勢に固まったまま、本体から分離してどこかに吹っ飛んでいくもうひとりの自分。

 どちらも間違いなく山本タダシだった。

「ここは……」

 意識はある。

 身体がない。

「俺、死んだ……のかな」

 次にタダシの『意識』が捉えたのは、一面岩だらけの世界だった。

 草一本生えておらず、およそ色というものが存在しない。

 終わった世界、あるいは始まる前の世界。そんな印象だ。

 転送実験が失敗したであろうことは予想がついた。

「参ったな……」

 吹っ飛んでいったアレは自分の身体だった。回収する手段がない以上、諦めるしかあるまい。

 今の自分はおそらく残った方の精神体だろう。

 『意識』を上に向けると、空中の一点に扉が壊れたカプセルが斜めになって静止していた。

 重力の法則を無視した、あり得ない眺めだ。

 見ていると、そのカプセルが目の前で消失した。唐突に。

「やっぱ、こういうのを死んだって言うんだろうな」

 タダシはため息をつこうとしたが、身体がないので出来なかった。

「25才と6ヶ月か。思えば短い生涯だった」

 あんな事もしたかった。こんな事もしたかった。

 一番の未練は素人童貞で終わったことか。

 自分は運が悪かったんだろう。

「みんな、さようなら」

 タダシは覚悟を決めて『意識』を閉じた。

 

 

「……あれぇ?」

 しかし、いくら待っても『意識』が消える気配はなかった。

 それどころか、失った身体の輪郭がうっすらと現れ始める始末だ。

「ヤバい、成仏し損なったか」

 焦るタダシ。

 こんな何もないところで独りぼっちの迷い霊になるなんて、マジで勘弁して欲しい。

「ちくしょう。死んだ後くらい楽にしてくれよぅ」

 タダシは大人しく待っていれば、そのうち成仏できると考えた。

 死んだことを認めない者が迷い霊になるらしいけど、自分はそれには該当しないはずだ。

 

「……」

 そうしてタダシは待った。嫌と言うほど待ったのだが、何も起こらなかった。

 ひとつだけ変わったのは、ゼリーみたいに半透明だった身体が、待っているうちに完全に実体化したこと。

 成仏どころか、中途半端に復活を果たしてしまったようだ。

 色々と納得いかなかったが、自分は死なずに済んだと仮定してみる。

 そりゃありがたい話に違いない。普通ならば。

 でも、こんな所で復活してどうしろというのか。

 昼もなく夜もなく、空さえない不毛の大地に息あるものの気配は皆無で、静寂に満ちているではないか。

「……本当に誰もいないのかな」

 タダシは呟いた。

 不本意だがこれが現実ならば適応するしかない。

 まずは、この世界を正しく把握すること。そこから始めよう。

 タダシは立ち上がり、岩だらけの荒れ野に踏み出した。

 精神体なので腹は減らず疲れることがなく、眠りも必要ないのが幸いだった。

 

 

 行けども行けども景色は同じ。

 多少の起伏はあるものの、どちらを向いても岩がごろごろ転がる荒れ野だ。

 山なり丘なり、高い場所があれば見渡すことが出来るのだが。

 砂漠にだってオアシスがあるじゃないか。

 もしかしたら何かあるかもしれない。誰かいるかもしれない。

 荒れ野にだって果てがあるはずだ。

 単調さに早くも折れそうになる心をなだめて歩き続けるタダシ。

「同じ場所をぐるぐる回ってるだけとか。さすがにそれはないよな?」

 不安になったタダシは、一定距離ごとに岩を積み上げて目印とした。

 もしこいつが現れたら、ループしていると言うことだ。

 その時は……いや、考えるのはよそう。

 

 何日歩き続けたのか分からない。

 昼も夜もないので日数の概念がない世界だ。でも、以前の感覚で一週間や二週間は経過しているはずだった。

 今のところ岩の目印は現れていない。だからいずれは荒れ野の果てにたどり着くはず。それだけが唯一の希望だった。

 

「せめて気持ちくらい明るく持つぞ」

 タダシは退屈を紛らわすために、声を張り上げて覚えている限りの歌を歌った。

 手持ちが尽きると即興で「成仏ソング」を作って歌いながら歩き続けた。

 ついでに服を脱ぎ捨てて全裸にもなってみた。捕まらないって素晴らしい。

 それにも飽きると、どれだけ走り続けることが出来るか挑戦してみた。

 休みなしで歩いて疲れないなら、走っても同じじゃないかと思ったのだ。

 これについては大当たりで、精神体であるタダシはいくらでも全力疾走し続けることが出来るのだった。

 実に便利だ。タダシは大いに気をよくした。

 ならば空を飛べないか。

 助走をつけ、気合いと共に宙に身を投げ出したタダシだが、あっさりと地面に叩きつけられてしまった。

 そう甘くはないようだ。

 そして退屈しのぎのネタが尽きる頃になって、タダシはクレーター状に窪んだ地形を発見した。

 

 それは変化のない景色に飽き飽きしていたタダシにとって、大発見と言ってよかった。

「隕石でも落ちた跡かな。いや、空がないのに隕石はないか」

 タダシは迷わずにクレーターの内部に降りた。

 中心に向かうにしたがって、溶けた形跡のあるいびつな岩石が目につき始める。

「放射状に拡がってるんだな。どういう状況なんだろう。 ん、何かあるぞ?」

 クレーターの中心点に、光るものが見えた。

 タダシの顔が輝く。

 人工物だとすると、この世界に生命が存在している証拠になる。

「ひゃっほぅ!」

 タダシは奇声を上げて駆け寄った。別に興奮を隠す必要もないのだ。

 ここに飛ばされて以来、初めて感じた喜びだった。

 

「これは……」

 光っていたのは、岩盤に突き刺さる細身の長剣だった。

 例えるなら、RPGゲームなんかに登場する最終装備クラスの剣。

 まさにそんな印象だ。

「すげぇ……」

 刀身の部分が時に青く時に白くまたたいて、滑らかな岩肌を虹色に染める。

 その姿はまるで生きているかのようで、思わず口を開けて見とれてしまう美しさだった。

「不思議な剣だなぁ」

 あらためて周囲を見回すタダシ。

 クレーターの中心部は岩盤のみならず、地面までもチョコレートのように滑らかだった。

「大きな戦いでもあったのかなぁ」

 タダシは呟いた。

 それにしても、地面が溶けるほどの戦いってどんなものなのだろう。

 謎の剣がここでどれだけの時を経たのか分からないが、サビ一つなく力に満ちて屹立している。

 明らかに異質な存在だ。

 タダシは畏れを感じて身震いした。

 

「う~ん……」

 どうせ持ち主なんていないだろうから、是非とも手に入れたい。

 タダシは考えた。

 でも、自分にこの剣を持つ資格があるだろうか。

 素人に釣り合う剣ではないことくらい、タダシにも理解できた。

 ガキの頃はチャンバラが得意だったけど、そんなレベルじゃお話にならないのだ。きっと。

 分不相応。要するにそういうことだ。

「いやいや、今を逃したら二度と手に入らないぞ。無茶苦茶高く売れそうだし」

 今の自分には宝の持ち腐れだろう。でも、先のことは分からない。持っていて損することはないはずだ。

 タダシはビビる気持ちを奮い立たせた。

「それ以前に抜けるのか、これ……」

 何気なく剣の握りに手を伸ばす。

「ぐわぁぁぁっ」

 その刹那、身体に電撃が走った。

 いや、電撃だったのかも定かでない。

 ともかく、タダシは気がつくとはじき飛ばされて地面に転がっていた。

「やべぇ……生身だったら今ので死んでるぞ」

 剣は岩盤に刺さったままだった。

 身体のしびれが引くのを待って、ノロノロと起き上がる。

 それから用心して数歩下がった。こいつは何か力を秘めているらしい。

 

(あなた、誰?)

 心に声が響いた。女の子の声だ。

 タダシはきょろきょろと周りを見回し、剣に話しかけられたのだと悟った。

 何と、この剣は光るだけじゃなくてしゃべるのか。驚きを隠せない。

「え? ええと、山本タダシ?」

(山本タダシ……。どうして疑問形なのかな?)

「どうしてって……ええと……」

 それからタダシは謎の剣に向かって、この世界に飛ばされた経緯を説明した。

 怒らせるとヤバいと直感したので、高額報酬につられて死に損なったことや、高く売れそうだったのでこの機会を逃さず手に入れようとしたことも、訊かれもしないのに白状した。

(あたしを売り飛ばそうなんて、あなたいい根性してるね)

 謎の剣に呆れられてしまった。

「ごめん。もう馬鹿な考えは起こしません」

 タダシは取りあえず謝っておくことにした。

 それ以上追及される様子もなく、胸をなで下ろす。

 どうやら話が通じない相手ではなさそうだ。

 タダシは絶望の荒れ野に一筋の光明を見いだした気がした。

 もしかしたら話し相手になってもらえるかもしれない。

 剣がしゃべるとはビックリだけど、それ以上に嬉しかったのだ。

 

(……人間を見るのは100年ぶりかしら)

 しばしの沈黙の後、謎の剣が呟いた。

 観察されている。

 そんな気がした。

「ええ、そんなに?」

 こんな場所で100年。考えただけで気が遠くなりそうだった。

 とてもじゃないけど自分には耐えられそうもない。

 どうしてここにいるのか知りたかったが、「色々あったのよ」とはぐらかされた。

(ふぅん、スジは悪くない……か。あなたって、ひょっとして大化けするかもね)

 謎の剣がちょっと楽しそうだった。

「スジ?」

(そうよ)

 何だか知らないけど好評価されたようだ。

 反応に困ったタダシは下ネタジョークを思いついたが、滑った際のリスクを考えて自重しておいた。

(あなた、冒険者になる気はある? あるなら、力を貸してあげてもいいけど)

 謎の剣が訊ねた。

「冒険者か……やってみたい」

 タダシが即答する。

 こんな所で迷い続けるくらいなら、そっちの方が楽しいに決まってるからだ。

(あたしも、じっとしているのもいい加減飽きたわ)

「だろうね。俺だったらとっくに発狂してる」

(山本タダシ。あたしを取りなさい)

 

 『(なれ)と契約を結ぼう。我は(なれ)とともに在り、ひとつと成りて(なれ)を守らん』

 

 凜とした声が響いた。

 




2016/10/12 ルビ編集
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