ある迷宮地下7階の探索帰りのこと。
「旅行者か。ずいぶん多いが、そういうシーズンなのか?」
タダシが、門の前に行列を作って衛兵のチェックを待つ人々を横目に言った。
最近は町の門を出入りする度に同じ光景を見かける気がする。
髭の衛兵も忙しそうだった。
立ち止まっていつもの馬鹿話をする余裕はなさそうだ。
「あの人たちは旅行者じゃなくて、北の帝国からの避難民だと思いますよ」
フレイが少し悲しそうな顔をした。
言われて見ると、みな疲れた表情で黙りこくっている。着ている服も土埃にまみれてよれよれだった。
「戦争でも始まったのか?」
「詳しいことは分かりませんが、内政のゴタゴタらしいと聞きました」
「そうか……」
タダシの頭に、領民そっちのけで争う権力者たちという構図が浮かぶ。
当たっているか外しているかはともかく、迷惑を被るのは一般人という点で元の世界と一緒だと思った。
「実は、私も避難してきた一人なのです」
隣でクリスナーヤがぽつりと言った。
「え、そうなのか」
「はい。私のいた村は、今はもう誰も残っていないと思います」
クリスナーヤが言うには、領主が突然それまでの数倍の税を課してきて、生活が立ち行かなくなった人々が村を捨てて逃げ出したそうだ。
「そんな事になっているとは知りませんでした……」
「北の帝国にも王様がいるんじゃないのか。アホな領主の勝手にさせていたら、国が傾く気がするんだがな」
「北の帝国の領土は広大で、我が王国と境を接する地方は自治区になっています。なので、実質的に支配しているのは領主なのです」
タダシが言うと、フレイが内情を説明してくれた。
クリスナーヤが「その通りです」と頷く。
「なるほど……」
タダシが下を向いた。
力になれたらいいとは思うが、一介の冒険者が勝手に乗り込んでアホ領主を殴りつけて解決するものでもない。
「お前たち、ちょっと頼まれてくれんか」
モヤモヤした気持ちで歩いていくと、ギルドの前でガルフにつかまった。
「ん、仕事でも回してくれるのか?」
「そうだ。今回は報酬をはずむぞ」
そう言われては
「話を聞こうじゃないか」
タダシは飛びついた。
「西の森を抜ける街道の掃除を頼みたい」
「掃除?」
ガルフの言葉にタダシが怪訝そうな顔をした。
「ああ、特定の魔物じゃないのだ。受け持ち区域を割り振るから、その中にいる魔物を掃除してもらいたい」
最初にタダシが思ったのは「そんな面倒なことやってられるか」だ。タダシじゃなくても同じように感じることだろう。
「そう嫌そうな顔をするな。手間がかかる代わりに、報酬5000ゴールド。しかも一人頭だぞ。悪い話じゃあるまい。何せ、ガルムンド議会の承認済みで総督直々の依頼だからな」
ガルフがすかさず報酬をちらつかせて畳みかけた。
「……」
総督なんか名前も知らなければ見たこともないが、確かに報酬5000ゴールドは破格だ。
それが3人分となると、数ヶ月分の稼ぎに相当する。
タダシが他の二人を振り返ると、どちらも「引き受けましょう」と顔に書いてあった。
「確かに悪い話じゃないな。どうしてそんなに気前がいいんだ?」
「お前たちも、町の門で避難民を見ただろ?」
ガルフが少し声を落として言った。
「ああ」
「ガルムンドに避難して来るには、西の森を抜ける街道を通るほかない。ところが西の森は厄介な魔物の巣窟と来ている」
道中の安全確保が急務。そのために予算がついたのだとガルフが言った。
「そいつは結構なことだと思うが……どうして避難民の安全確保のために、ガルムンドが高い金を払うんだ?」
タダシが訊ねた。その辺の事情は自分たちの関知する所ではないが、好奇心が湧いた。
「先を見越しての判断だろうよ」
「と言うと?」
「西の街道沿いは王国でも開発が遅れている地方だ。今はみすぼらしいなりの避難民でも、村の一つでも建てて開墾してくれれば、いずれは王国の益となる。そのための投資と思えば安いものだろ?」
ガルフはそう言って、「王国の住み心地が良ければ、彼らも定住してくれよう」と付け加えた。
「なるほど、いい王様なんだろうな。どこの馬の骨とも分からぬ俺が、こうして牢に入れられることなく、大手を振って歩けるくらいだし」
タダシが呟いた。
考えてみれば、自分は運がいい部類なのだろう。
もし最初にガルムンドではなくて北の帝国に向かっていたら、生きていられたかどうかすら怪しいところだ。
「でも、受け持ち区域内の魔物を全部となると難しくありませんか。討伐後に他所から移動してくる魔物だっているでしょうし」
黙って話を聞いていたフレイが、当然の疑問を口にした。
「念入りにやってもらうに越したことはないが、そう厳密に考えなくてもいい。ただ、グレートパンサーみたいな、護衛の手に余る厄介者は確実に始末してもらいたい」
「……それでいいなら、何とかなりそうかな」
ガルフの言葉にタダシが頷く。
ガルフによると、クエストをこなすには探魂の呪文を使えるプリーストを擁することが必須条件なのだが、あらゆる状況に対応できそうな戦闘力のあるパーティとなるとあまり多くないそうだ。
「Eランクあたりのパーティを向かわせて何かあったら本末転倒だしな。今回は、クンベの迷宮に潜っている中堅どころは総動員になりそうだ」
ガルフが机の上に拡げた地図に何か書き込んでため息をついた。
ちらとタダシが覗き見た所では、印をつけたマスが割り当て済み区域と思われたが、空白のままになっているマスの方が多かった。
まだまだ人集めに精を出す必要があるのだろう。
タダシたちが割り当てられたのは、比較的近場の街道に面した区域だった。
結構広い。クンベの迷宮のフロアと比べると数倍はあるはずだ。
魔物が好んで潜みそうな起伏がいたる所にあって、見通しがきかない地形も多かった。
「うへぇ、ここ全部かよ」
現地まで来てみると、地図で見た以上に広く感じられた。
とてもじゃないが、一日で片付くような仕事ではないことは明らかだった。
これで報酬が安かったら、今からでも辞退を申し出るところだ。
「まあ、頑張りましょう。索敵は私が引き受けます」
「魔物を散らさないように、大きな音を立てる呪文は控えた方が良さそうですね」
女性陣がやる気を出していた。
確かに森の中を駆けずり回って魔物を探し出すわけじゃなし、思ったほどじゃないかも。
タダシは考え直した。
(こっちに来るのは、岩の荒れ野から転移して以来ね)
彩が懐かしそうだった。
(ああ。あの時はいきなりグレートパンサーと戦って死にかけたっけ)
(今なら楽勝でしょ)
(俺もあの頃よりは強くなってるはずだし、クリスナーヤとフレイもいる。ま、油断する気はないけどな)
彩が言うように、攻略ポイントが全て東方面に位置している関係上、西の街道に足を踏み入れたのは久しぶりだった。
「さて、突っ立っていても仕方ない。方針を決めて取りかかるとするか」
タダシは受け持ち区域を碁盤の目に区切り、ひとつひとつ潰していくことにした。
要するにローラー作戦である。
碁盤の目の大きさは、フレイの探魂の呪文で探ることが出来る範囲と同じだ。
さらに討伐漏れをなくすために、日を変えてこのローラー作戦を数回繰り返す。
面倒だからと手を抜くと避難民に犠牲者が出る危険が増すことは、タダシも理解していた。だから引き受けた以上、ちゃんと任務は果たすつもりだった。
ガルフに聞いたところでは、西の森に生息する魔物は野生動物型らしい。
その手の魔物は攻撃力はめっぽう強いが、逆に言えばそれだけである。
魔法抵抗を持たず、あらゆる呪文が期待通りの効果を発揮してくれる。
「早速、気配がするな」
森に足を踏み入れてすぐにタダシが歩みを止めた。
フレイが探魂の呪文を使って、魔物の位置と数を把握する。
「前方の窪地にいますね。大型の魔獣かと」
「一匹だけか?」
「そうです。複数の弱い反応もありますが、小動物か昆虫クラスでしょう」
「分かった……基本的に敵対してこない奴は放っておこうか」
会話が終わるか終わらないかのうちに、一団低くなった藪から黒っぽい影が襲いかかってきた。
恐るべき身体のバネと跳躍力だ。かなりの距離をひとっ飛びに、6本足の毛むくじゃらの巨躯が一瞬にして視界を覆う。
もし岩の荒れ野から転移してきた初日にこいつと出会っていたら、上手くかわせたかどうか怪しい所だった。
「大丈夫だ」
タダシは慌てることもなく、一歩退きつつ半身に構えて彩を振りかぶった。
今のタダシは、飛びかかってくる相手は攻撃が届かない位置取りをしてしまえば、恐るるに足らないことくらい学習済みだ。
クリスナーヤとフレイが姿勢を低くして身を守りながら詠唱にかかった。万一、タダシが一撃で始末できなかった際の保険のためである。
魔物が身体をひねりつつ攻撃を仕掛けた。鋭い爪が生えた手先が、タダシの顔の前数センチをよぎる。
「はっ!」
敵の攻撃が届かないのは計算通り。
びゅん、と彩の刀身が光の尾を引いた。
確かな手応えが握りから腕に伝わる。
魔物の巨躯は、空中にあるうちに頭部と胴体に分断されていた。
さらに地面に落下するなりクリスナーヤに凍結させられ、凍土から見つかったマンモスのような姿になり果てる。
「図体の割にはあっけなかったな」
タダシが近付いて魔物の死骸をつついた。
売れるか、売れないか。
魔物狩りで生計を立てている以上、どうしてもそこに興味が行ってしまうのは如何ともしがたかった。
「こいつは駄目だな」
タダシが舌打ちする。
つまり、毛皮としてもお肉としても売れそうもないと言うことだ。
「ま、仕方ない。先に進もう」
念のためにフレイにもう一度付近を探魂してもらったが、危険な魔物はいないようだった。
「この手の魔物は縄張りを持っているので、一定の間隔で潜んでいると思います」
クリスナーヤが言った。
彼女の出身地の村は周囲を森に囲まれていて、似たような環境だったそうだ。
用心しながら進んでいくと、おおむね三つか四つの区画ごとに猛獣クラスの魔物が潜んでいて、タダシたちに襲いかかってきた。クリスナーヤの言葉通りだ。
魔物にしてみれば、タダシたちは縄張りに侵入してきた敵という認識なのだろう。
先ほどの6本足の魔物もいたし、懐かしのグレートパンサーもいた。
他には大きなハイエナみたいな群れにも出会った。
魔物の攻撃を許したのは最初の一件だけだ。
あとは全て、フレイの探魂であらかじめ潜んでいる場所を特定した上、先制攻撃をかけて討伐した。
探魂に引っかかった魔物は、クリスナーヤに凍らされてタダシに首を刎ねられるか、フレイに奪魂呪文で瞬殺されるか。二つに一つの末路しかなかった。
「こいつには、危なく殺されかけたんだがな」
タダシが2匹目のグレートパンサーの毛皮を剥ぎながら言った。
「昔の話ですか?」
「ああ、冒険者になる前だ。でも昔って言うほど古い話でもないぞ」
クリスナーヤもフレイも、この世界にやって来た頃のタダシを知らない。
(タダシがそれだけ強くなったってことだよ)
(ははは……あの頃と同じだったら、それはそれで困るけどな)
(あ、ナーチェの木発見!)
彩が目ざとくナーチェの木を見つけた。
タダシは、木登りして彩の大好物をたっぷりと採取してやった。
言葉には出さないが、ささやかな感謝の印である。
引き続き魔物討伐に精を出したものの、その日のうちに割り当てられた区域を片付けるのは無理そうだった。
「今日はこの辺にしておくか」
空を見上げると日が傾きかけていた。
「一日頑張って、ようやく半分といった所でしょうか」
「ああ、こいつはしばらくかかるな。戻ろう」
タダシたちは作業を切り上げて帰途についた。
日が落ちて暗くなる前にガルムンドに戻りたい。
「こんな時間から遠出でしょうか」
歩き始めてすぐに、幌馬車を連ねた一団とすれ違った。
タダシたちは道の脇によけて幌馬車を通してやった。
「……」
奇妙な連中だ。タダシは思った。
兵士たちがそれぞれの幌馬車を取り囲んで護衛しており、みんな感情が欠落したように無表情だ。
隊列の中ほどの馬に乗った男が、ギロリと目玉だけ動かしてタダシたちに一瞥をくれて、ふんぞり返ったまま目の前を通り過ぎた。
良くも悪くも、人間味が感じられるのはそいつくらいだった。
「北の帝国の兵士です」
フレイがささやいた。
「そうなのか?」
「はい。あの装備は間違いありません」
なぜ北の帝国の軍隊が、王国の領内を大きな顔をして歩いているのか。
疑問が頭をよぎる。
幌馬車の荷台に目をやると、ガルムンドの門で行列を作っていた避難民とよく似た人々でびっしりだった。
タダシは彼らの悲しげな視線が突き刺さる気がして、目を逸らすことが出来なくなった。
やはり何かおかしい。
クリスナーヤとフレイも、異様な雰囲気に気付いている様子だった。
「タダシさん、この人たちは……」
クリスナーヤがタダシの袖を引っ張った。
「……」
タダシは最後に目が合った女の唇が「助けて」と動くのを見逃さなかった。
「妙だな……」
タダシにしても、他国の軍隊に独断で手出ししていいものではないことくらい理解しているつもりだ。
しかし助けを求めていると言うことは、何か異常な状況にあることを示している。
取りあえず止めて話を聞いてみることにするか。
タダシが動こうとした時、向こうからガルムンドの衛兵たちが駆けて来るのが見えた。
7、8人はいる。
町の門を守る部隊総出で追って来たと思われた。
「こらぁっ、止まらんかっ!」
遠くに見えた人影がみるみる大きくなって、目の前に迫る。
馬に乗った男が振り向き、面倒くさそうに「止まってやれ」と命じた。
「ここは我が王国の領内である。勝手な振る舞いは許さぬぞ」
黒光りする太竿の槍を手にした髭の衛兵が進み出て呼ばわる。
兵士の数で言えば相手の方がはるかに勝っているのに、全く臆する様子もなかった。
さすがは町の門を任されるだけある。その堂々とした振る舞いに、タダシは内心舌を巻いた。
「これは失敬。国を捨てて逃げ出した領民どもを連れ戻しに参ったまでのこと。口出し無用に願おうか」
馬に乗った男は姿勢を正そうともしなかった。
「ならぬ。直ちにガルムンドに戻れ」
「嫌だと言ったら如何する?」
「力づくで連れ戻すまでのこと」
髭の衛兵をはじめ、顔馴染みの兵士たちは一歩も退かなかった。
扇状に散開して臨戦態勢を取る。
やる気だ。
同時にピシッとタダシの周囲の空気感が変わった。
彩が防御シールドを張ったのだ。
(どうした?)
(ん、念のため。あの男、短剣しか持ってないでしょ。たぶんキャスター系だと思う)
さすがは彩。隙がない。
「タダシさん、あの男の胸元……」
クリスナーヤに言われて注目すると、見覚えのあるバッチが光っていた。
以前壊滅に追い込んだ、『餓狼団』のものだ。間違いない。
「あの連中か……」
「はい」
クリスナーヤが頷いて、味方全体の頭上に魔法シールドを展開する。
「知っているんですか」
フレイが怪訝そうな顔をしていた。
「ああ、山賊だよ。以前揉めたことがある」
タダシはガルフが『餓狼団』の本拠地が北の地にあると言っていたことを思い出した。
それにしてもなぜ、山賊風情が軍を指揮しているのか。
「なるほど、道理で……北の帝国の軍が、政治的な危険を冒してまで侵入してくるのはおかしいと思っていました」
「領主に雇われた私兵かもな」
タダシが呟いた。それならあり得る話だ。
「やれやれ、融通の利かない石頭どもだ」
馬に乗った男が衛兵たちを見下ろして鼻で笑った。
「この戦力差で、どう立ち回れば生き延びられるか考えることも出来ぬらしい。構わん、やってしまえ」
命令と同時に兵士たちが一斉に動いた。
ガルムンド衛兵部隊対北の帝国の傭兵部隊。
タダシも当然加勢するつもりでいたが、髭の衛兵が鬼の形相で「どいていろ」と言うので、様子見しているしかなかった。
「みんな、やるなぁ」
味方の衛兵たちは驚くほど強かった。
ギルドのランクで言うなら、たぶん全員が『C』ランク以上。
一人で複数の敵を相手しつつ、押され気味な者は一人もいない。
「当然でしょう。町の守りを任されている精鋭の皆さんですから」
フレイが誇らしげに言った。
「安心して見ていられるな」
髭の衛兵なんか、敵兵を二人まとめて串刺しにして吼えている。
これなら本当に出番はなさそうだと思った時、前方の幌馬車から数名の男たちが飛び降りて脱走を図るのが見えた。
今ならどさくさに紛れて逃げ切れると考えたのだろう。
馬に乗った男が忌々しげに舌打ちして、何か呪文を詠唱した。
「む、気をつけろ」
タダシが身構える。
最初に『呪文封じ』が来た。しかしそれは彩のシールドに弾かれ、タダシたちには届かない。
それから逃げ出した避難民を狙って『雷撃』が放たれた。
5、6名の男たちが雷に打たれてきりきり舞いしながら倒れる。
「おい、自分の領民を攻撃するのか!?」
驚いたタダシが叫んだ。
「ふん、生きたまま連れ帰れとは命じられておらぬわ」
馬に乗った男がさらなる攻撃を加えようとして詠唱にかかる。
しかし男の呪文が発動することはなかった。
フレイの『呪文封じ』を食らって沈黙させられたからである。
「ぬ……むむっ……」
男が血走った目を見開いてタダシたちを睨む。
「『何故だ、お前たちの呪文は封じておいたはず』とでも言いたいのか?」
タダシが男のセリフを代弁してやった。
「ぬぅっ……む……」
「少なくとも、明日の朝までは声が出ないと思いますよ」
フレイが容赦なく宣告した。
逃げ足だけは速い男だった。
形勢不利と見るや、馬に鞭をくれて一目散に走り去る。
男は戦っている兵士たちを置き去りに、まして幌馬車に満載した領民たちを振り返ることもなく、土埃を巻き上げて逃げて行った。
軍人として見るならば無様極まりない姿だが、男の本業は山賊なのだから恥とも思わないのだろう。
「おい、何だこいつらは」
その間も、戦いは続いている。
不可解なのは、残された北の帝国の兵士たちだった。
指揮官がいなくなっても動きを止めない。
しかも致命傷を受けて倒れたはずの兵士が、何事もなかったかのように起き上がって戦線復帰する。
血まみれになり、あるいは片腕を切り落とされたまま向かってくる様は、まるでゾンビだった。
味方の衛兵たちの間に動揺が走った。
(こいつら、アンデッドじゃないの)
彩が呟いた。
(ああ、その可能性が高いな)
「おぅいっ、何とかならんかっ。さっきの『どいていろ』は取り消すっ」
異常に気付いた髭の衛兵が、槍を振り回しながら叫んだ。
アンデッドならば、いくら切り刻んだところで『核』を始末しない限り、動きを止めることは出来ない。
「クリスナーヤ、試しに雷撃を当ててくれるか」
「分かりました」
まずは本当にこいつらがアンデッドなのか確認しよう。
タダシが味方の衛兵たちに下がるように言った。
「くそっ、あの男を逃がすべきではなかったな」
「こんな魔物を操っていたとは」
衛兵たちは互いに連携して後退しつつ、敵を一カ所にまとめてくれた。
「雷撃!」
そして味方が安全地帯に入るや、クリスナーヤの魔法が炸裂する。
同じ雷撃でも、こちらの方が先ほどの男よりもはるかに強力だ。
青白い稲妻に身体の芯を貫かれた敵兵たちがバタバタ倒れた。
しかし誰一人としてうめき声ひとつ上げず、無言のままだ。
明らかに異常だった。
「フレイ、準備しておいてくれ」
タダシがくすぶる『死体』から目を離さずに言った。
「了解です」
クリスナーヤの雷撃は即死級の威力だ。
どの兵士も靴底に電流が通り抜けた穴があいており、焼けた剣が貼り付いた皮膚がただれていた。
もし生きた人間なら、二度と立ち上がることはないはず。
「……間違いないな」
見ていると数秒と経たないうちに、倒れた『死体』が一斉にピクピク痙攣しながら身を起こし始めた。
「大回復!」
そこへフレイの光のシャワーが降り注いだ。
『死体』どもが見る間にミイラのように干からびて小さくなっていく。
夢に出てきてうなされそうな光景だった。
さらにミイラは骨となり、骨は崩れて塵となり、後には黒っぽい灰と装備品だけが残された。
タダシはアンデッドの『核』が消滅するのを見届けるまで、彩を構えて立っていた。
「……どうなってるんだ? 地上でアンデッドに出くわすなんて初めてだ」
衛兵の一人が気味悪そうに言った。
「こっちが訊きたいよ」と別の衛兵が吐き捨てる。
向こうではクリスナーヤとフレイが、雷撃を受けて倒れている避難民たちを回復させてやっていた。
「ともかく戻ろう。みんな幌馬車に乗った、乗った」
髭の衛兵が幌馬車から顔を覗かせている人々に落ち着くよう声をかけ、それから「助かったぜ」とタダシの肩を叩いた。
「……あんたって強かったんだな」
「へっ、見くびってもらっちゃ困る。突っ立ってるだけが能じゃねぇ」
タダシが率直に褒めると、髭の衛兵もまんざらじゃなさそうだった。
「一応、ガルフに報告しておくか。北の帝国のことはしかるべき立場の人が考えてくれるだろ」
タダシが彩を収めて言った。
ともあれ、みんな無事で何よりである。