相棒(聖剣)が有能すぎて俺は今夜も眠れない   作:機工

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17.またお前たちか

 タダシたちが受け持ち区域の『掃除』を終えるのに、たっぷり半月ほどかかった。

 最初の頃は折角綺麗にしても、隣接する担当の決まっていない区域から魔物が入り込んで二度手間三度手間になることもあったが、割り振りが埋まってからはおおむね順調だった。

 もちろん『掃除』に専念していたわけではなく、クンベの迷宮地下7階探索と掛け持ちである。

「ご苦労。魔物出没の報せがあった時は声がかかると思うが、その辺は臨機応変で頼む」

 完了を報告すると、ガルフは即金で報酬を払ってくれた。

 無一文でこの世界にやって来たタダシも、今や小金持ちと言っていい。

「サンキュー。ところで、北の帝国の件はどうなったんだろう?」

 気になるのは例の事件の後始末だ。

 髭の衛兵は知らないと言うし、どこからも続報らしきものは聞こえて来なかった。

「さあな。俺たちのレベルでどうこう出来ることじゃない」

 ガルフも詳しい情報は持っていないようだった。

「漏れ聞こえてくるところじゃ、ガルムンドとして抗議はしたそうだぞ」

「じゃあ、もう侵攻してくることはないのかな」

「どうだろうな。俺には、平気で他国に私兵を差し向ける領主とやらが、抗議くらいで大人しくなるとは思えん」

 それからガルフは、「まあ、当面は様子見だろう。お前たちは今まで通りにしていればいい」と話を収めた。

 

 迷宮の類いは深くなるほど敵が強いと相場が決まっているが、クンベの迷宮も御多分に漏れず進むにつれて難易度が増す一方だった。

 地下7階は、嫌な組み合わせの敵が多い印象だ。

 攻撃力が高くて魔法耐性を備えた魔物が群れていたり、知的な連係攻撃を仕掛けてくる魔物どもが待ち伏せしていたり。

 そこまで到達できるパーティは、タダシの行きつけの酒場関係だと獣人族の大男が率いる連中だけだ。ガルムンド全体でも数えるほどしかいないらしい。

 だから、地下7階から魔物の数が減らない。至る所、魔物だらけである。

 

「プリズム!」

 フレイが、ヒットアンドアウェーを繰り返す魔物どもを攪乱した。

 地下6階でアンデッドのボスと戦っている際に、突然現れて襲いかかってきたサルに似たやつらだ。

 知能が高く、隙を狙っては数匹同時に攻撃を仕掛けてくる。

 タダシたちにしてみれば嫌な相手だった。

 フレイが唱えたプリズムによって空間が歪み、位置感覚を狂わされた魔物がタダシの目の前にフラフラと吸い寄せられた。

「うおりゃっ!」

 ズバン、と魔物の脳天に彩が振り下ろされる。

 一瞬にして身体が真っ二つに泣き別れ。

 同じように壁に激突して混乱している魔物には、クリスナーヤの雷撃が襲いかかった。

「ようし、やっと半分やっつけたかな」

 タダシが点々と床に散らばる屍に目を向けた。

 残った敵は何が起こったのか理解出来ずに浮き足だっている。

「シールド!」

 クリスナーヤが間髪を入れずに魔物を閉じ込めようとした。しかし、敵の反応は早い。

 シールドと壁の間に隙間が出来ることを知っていて、閉じ込められる前に逃げてしまう。

「いてっ!」

 タダシは、サルどもがクリスナーヤとフレイを攻撃目標にしていることに気付いていた。

 敵はキャスター系が直接攻撃に弱いと知っているのだ。

 だからタダシは、常に二人をガードしつつ戦わなければならなかった。

 サルどもは馬鹿にならない攻撃力を有していて、同時に襲って来られると防ぎ切るのは難しかった。どうしても噛み付かれたり引っかかれたり、ダメージを受けるのは避けられない。

「小回復」

 フレイが敵の攻撃がヒットする先から治療してくれるのが有り難かった。

「ちくしょう、しぶといサルどもだな」

「師匠に教わった火炎弾を使ってみます」

「それじゃ、耐性低下させるわね」

 クリスナーヤが壁を背に詠唱を始めた。

 火炎耐性を持つせいで本来の効果が出ない魔物だったので、フレイが事前にサポート呪文を唱えた。

 タダシが詠唱の邪魔をさせないようにと、仁王立ちの壁になる。

 魔物どもが詠唱を妨害するつもりで、しきりに隙を覗っていた。

「くそ、ちょこまかと……」

 タダシが苛立った様子で、寄って来るサルどもを追い払った。

 覚えたての呪文は発動に時間がかかるのが普通だ。高威力の呪文も同じ。

 クリスナーヤは天賦の才に恵まれていることもあって、初めての呪文でも確実に発動させることが出来た。

「火炎弾!」

 クリスナーヤの掌に出現した火球がボウッと膨張し、いくつかの塊に弾けて魔物に向かった。ひとつひとつの塊が、高温のために白っぽく光を放っている。

 身の危険を感じたのか、魔物どもが一斉に火球を避けようと尻を向けて走り出した。

 しかしクリスナーヤの放った火球は、狙った敵を逃さない。さらに膨張を続けながら逃げる魔物を追尾し、炎の中に飲み込んだ。

「キキーッ」

 耐性を低下させられた魔物が、たちまち火だるまになる。

「うおっ!?」

 火だるまのまま寄って来た魔物を、タダシが両断した。

 すばしこいサルどもも、自動追尾してくる大火球からは逃れられない。

 魔物どもはしばらく炎に包まれて転げ回っていたが、やがてくすぶる黒い炭になって沈黙した。

「おお、こいつはすごいな」

 今の一撃で魔物の数が一気に減った。残り数匹。

 さすがは大賢師直伝の呪文である。

「よし、残りは任せろ!」

 体勢を立て直される前にと、タダシが舞うように彩を横薙ぎに払って衝撃波を浴びせた。

 不意打ちから逃れることが出来た魔物は皆無だ。

 一瞬にして手足が吹っ飛び、肉塊となって息絶える。

 フレイがかろうじて生き残った最後の一匹を奪魂呪文で始末した。

「……しぶとかったな」

 タダシが壁に手をついた。

 衝撃波一発でマナをごっそり持って行かれる状況は、以前と大して変わらない。

 

「先に向かう通路は、この先にある筈ですよね」

 フレイがマップを取り出して印をつけた。

 同時にクリスナーヤがマナを補充してくれる。

「ああ。他の枝道は全部ハズレだったからな」

 タダシが頷いた。

 それまで探索したルートは全て、無情にも行き止まりで終わっていたのである。

「最初にこっちに進んでおけば良かったんだがなぁ」

 無駄足に終わった日々を思うと愚痴の一つも出る。

「仕方ないです。この階は全然情報がないんですから」

「ま、気を取り直していくか」

 タダシたちは奥に向かって歩を進めた。

 

 

「おい……こんなのって有りかよ」

 同じような魔物との戦いに勝ち抜くこと数回。

 タダシたちの前に現れたのは、またしても行き止まりの石壁だった。

「どういうことでしょう……」

「確か、クンベの迷宮は地下8階まであるはずですよね」

「ああ、俺もそう聞いた……」

 ハリボテの壁ではないかと疑って確認してみたが、確かに石壁だった。

 念のために周辺の壁も全部蹴飛ばしてやった。結果は足が痛くなっただけだったが。

「……分からんな。これでは下の階に降りられん」

「……ですね」

(おい、何か知らんか?)

(さあ。知らない)

 彩にも意見を求めてみたが、一言で会話が終わってしまった。

「取りあえず戻るか。ガルフに本当に地下8階まであるのか確認してみるくらいしか思い付かん」

 タダシが力なく言った。

 

 そして地下3階まで戻った時、通路の先に慌てて隠れる人影が見えた。

「……やれやれ、またかよ」

 駆け出しと大差ない身のこなし、こちらまで聞こえてくる話し声。

 タダシがうんざり顔をした。

「『餓狼団』の連中でしょうか」

 クリスナーヤは特に表情を変えなかった。

「多分な。と言うか、あいつら以外に心当たりはない」

 地下3階で待ち構えていたと言うことは、この辺が連中の「自力で脱出可能な限界」だからだろう。

 タダシはもう前回のようにお人好しを演じる気はなかった。

 敵対するなら始末するまで。

 ちょっかいを出してきた時点で斬り捨てる。

「4人いますね。知っているんですか?」

 フレイが探魂の呪文を使った。

「ああ、馬に乗って逃げた男がいただろ。あいつのお仲間だよ」

 事情を分かっていないフレイに、クリスナーヤが『餓狼団』との因縁を説明してやった。

「少し様子見するか」

 

 そのまま気付かないふりをして通路を進んでいくと、案の定後をつけてきた。

 まったく下手くそな尾行だ。あれではFランクの冒険者にだって気付かれるに違いない。

 どうしてくれようか。ただでさえ虫の居所が良くないタダシのいら立ちが募る。

(なあ、あいつら特別な力を持っていそうか?)

(ううん、何も感じないかな。レベル的にはこの間の奴らと同じくらい)

 念のために彩に確認してみたが、特に警戒を要する相手じゃなさそうだ。

「……じゃあ、こっちから仕掛けてやるかな」

 タダシが呟いた。

 始末するにしても、連中が何者なのか確認しておく必要はある。

「この階って、入り組んでいたよな。フレイ、近くに島になっている地形はないか?」

「探してみますね」

 フレイがマップを広げて、すぐに希望通りの構造になっている場所を見つけてくれた。

「こっちかな」

「はい。そこの分岐を左に折れると、ぐるっと回って元の場所に戻る構造になっています。途中に小部屋がいくつかありますね」

「丁度いい。ちょっと遊んでやろう」

 タダシが小声で二人に作戦を説明した。

 

「おおっ、魔物が出たぞっ! 追えっ!」

 タダシが後ろにも聞こえるように、大げさに叫んで駆け出す。

 そして角を曲がって耳を澄ませると、慌てて追いかけてくる足音が聞こえた。

「かかったな。一周して連中の背後に回るぞ」

「鬼ごっこみたいですね」

 クリスナーヤとフレイも、結構楽しそうだ。

 当然途中の小部屋には魔物が潜んでいたが、タダシたちの敵ではなかった。

「クリスナーヤ、全滅させるなよ」

「お任せ下さい」

 わざと数匹を連中への足止め役として残し、先を急ぐ。

 連中も弱った魔物相手に負けはしないだろうが、それなりに倒すのに手間取るだろうというタダシの読みだ。

「よし、次に行くぞ」

「はい~」

 そんな感じで小部屋の魔物を間引きしながら進んでいくと、やがて元の出発点に戻った。

 ともすれば方向感覚が狂って、どこに向かっているのか分からなくなる、嫌な地形である。

「いますね」

 最初の小部屋の中が騒々しかった。

 早速、置き土産の魔物が役に立ってくれたようだ。

 今度はタダシたちが観察する番である。

「てめぇら早くしろ、追いつけなくなるだろうが」

「ひぃ、こっちを手伝ってくれっ」

 小部屋の中は大騒ぎだった。

「どれ、どんな具合だ」

 タダシがドアの陰に張り付いて様子を窺った。

 

 フレイが言った通り、連中は4人組だった。男3人と女子高生くらいの小柄な娘がひとり。

 戦いぶりを見る限りでは完全に素人だ。

 男たちが必死で剣を振り回して魔物一匹を取り囲んでおり、少し離れて娘がもう一匹の魔物を相手にしていた。武器はダガーナイフだ。

 タダシの見たところでは、この娘が一番戦いのセンスが良さそうだった。キビキビとなかなかいい動きを見せている。

「……いや、自力でここまで到達できるレベルじゃないな」

「私たちが掃除した後を着けてきたのでしょうか」

 わざわざ弱らせてやった相手にどれだけ手こずるんだと呆れるくらい時間はかかったが、男たちが3人がかりで魔物をやっつけた。

 ふらふらになりつつも、一人で戦っている娘の加勢に駆けつける。

「くそっ、こんなに魔物が強いんじゃ、あいつらを追いかけるどころじゃねぇな。うわぁっ」

 男の一人が魔物に引っかかれてひっくり返った。

「薬草っ、薬草をくれっ!」

「あまり残りがないんだ。ちっとは我慢しろっ!」

「ひぃぃ、こっちも噛み付かれたっ!」

「おい、その薬草は俺のだからな。触るんじゃねぇ」

「勝手に決めるな、早い者勝ちだろ!」

 薬草をめぐって男たちが仲間割れを始めた。

「もう、うるさいっ」

 娘が魔物の隙を突いて、首筋にダガーナイフを突き立てた。

 上手く急所に入ったようで、魔物がビクンと身体を仰け反らせながら倒れる。

「ほほう、あの女やるな」

 タダシが率直な感想を口にした。

「他の人3人をまとめたより強いですね」

 強いと言っても、情けない男どもに比べての話だが。

 これなら手を下すまでもないんじゃないか。

 クリスナーヤの竜巻にでも巻き込んで少しこねくり回してやれば、懲りて二度と寄ってこないだろう。

 タダシは思い直した。

 

「駄目だ、もうあいつらには追いつけねぇ。引き上げるぞ」

 連中はしばらく精根尽き果てた様子で、床に転がったり壁にもたれかかったりしていた。「まだ膝がガクガクしやがる」と、リーダーらしき男が悪態をつきながら立ち上がる。

「待てよ。壊滅させられた支部を襲った奴らなんだろ。折角見つけたのに見逃すのかよ」

「もったいねぇ。砦から逃れてきた奴の話じゃ、光る剣を持った男が率いていたそうだ。首をあげて戻れば英雄扱い間違いなしなのによぅ」

 早速反対の声が上がった。

「そりゃその通りだが、こっちが首ちょんぱにされたんじゃ話にならねぇだろうが。光る剣の野郎だけじゃなくて、魔法使いまでいるんだぞ。俺たちに勝ち目なんかねぇよ」

 リーダーらしき男は戦闘はからきしだが、現実的な判断能力はあるようだった。

「あいつらは俺たちが散々苦労して倒した魔物どもを、紙くずみたいに蹴散らしたんだ。そんなのに仕掛けたらどうなるか、頭を冷やして考えろ」

 男たちが黙った。自分たちがいかに無謀な真似をしようとしていたか、ようやく理解できたようだ。

「だけどよぅ……今日も手ぶらで戻ったら、今度こそお頭に殴られるぜ?」

「殴られても、ここで返り討ちにされるよりはマシだろ」

「そいつは分かるけどよぅ……」

「なぁに、『お土産』なら街道で旅行者でも捕まえりゃ何とかなるさ」

 男の一人が軽い調子で言い出した。

「そっちの方が手っ取り早く金になるな」

「そうすっか」

 これには特に反対意見は出なかった。

 

「ちょっと待ってよ! また追い剥ぎをやらかす気!?」

 思いもかけず、大人しく座って話を聞いていた娘が食ってかかった。

「やらかす気も何も、俺たちゃ泣く子も黙る餓狼団だぜ?」

 山賊が山賊の仕事をして何が悪い。男はそう言いたいようだった。

「俺たちの本業はそっちだ。迷宮巡りじゃねぇぞ」

「カモから金を巻き上げるのをやめたら飯の食い上げだぜ? 分かってんのか?」

 男たちが「いきなり何を言い出しやがる」とヘラヘラ笑う。

「あたしは義賊だって言うから参加したのに、何なのよあんたたち!」

 娘は一歩も退かなかった。

「義賊どころか、ただのならず者の徒党じゃないのよ!」

 ドアの外からのぞき見しているタダシたちが、意外な展開に顔を見合わせる。

「お前は女だし、殴られねぇから他人事みたいに言えるんだよ」

「そうだそうだ。殴られると痛いんだからなっ」

「義賊か……まあ、そんな事も言った気はするが、理想と現実は違うってこった」

 リーダーらしき男が視線を逸らして頭をかいた。多少の後ろめたさはあるようだ。

「そう、分かった。あたし、抜けるから! 強盗の仲間なんかやってられない!」

 娘が憤然として立ち上がった。

 胸元のバッヂをむしり取るように外して投げつける。

 タダシたちが「おっとまずい」と覗きを中止して下がり、近くの小部屋に隠れた。

 目の前を娘がプリプリ怒りながら通り過ぎて行く。

 見ていると娘は四つ角で一旦止まり、迷う様子もなくフロアの奥に向かって歩いて行った。

「あいつ、どこに行く気だ?」

「階段とは逆方向ですよね……」

 あれは頭に血が上ると周りが見えなくなるタイプに違いないなどと噂していると、続いてつまらなさそうな顔を並べた男たちが近付いて来た。

 こちらは真っ直ぐに元の通路を引き返していく。

 リーダーらしき男の「もう放っておけ」という声が聞こえた。

 

「やれやれだな……」

 あの娘の実力じゃ、地下3階の魔物の群れと戦って生き残ることは出来まい。

 タダシがため息をついた。

「フレイ、探魂してくれるか」

 おそらく魔物に囲まれた時点で詰むだろうから、あまり悠長にしてもいられない。

「奥の行き止まりに向かってますね……魔物の群れもいます。すばしっこいトカゲみたいな魔物でしょうか」

 フレイがあっという間に娘の所在を探り出した。

「よし、急ぐぞ」

 タダシたちは早足で娘の後を追った。

「この分岐は?」

「右の方向です。あ、戦闘に入りました」

「トカゲどもか……魔法で一掃するにしても、あいつを巻き込んでしまうな。クリスナーヤ、ブリザードだ。俺が飛び込んで魔物どもから引き離す。すぐに食らわせてくれ」

「分かりました」

 タダシたちは駆け出した。

「そこの小部屋です」

「よしっ」

 タダシがドアが開いたままの小部屋に飛び込んだ。大量のトカゲどもに取り囲まれて奮戦中の娘に向かって突撃する。

 

「あっ、あんたはっ!」

 娘はタダシに気付くと、絶望の表情を浮かべた。

 後を追っていたはずの相手が、いきなり目の前に現れて近付いてくるのだ。

 その手に握られているのは、話に聞く光る剣。

「ついてないな、こんな時に……」

 娘にしてみれば最悪の展開だろう。

 それでも「諦めるもんか」と、気丈にダガーナイフを振りかざして打ち掛かってくる。

「いいから大人しくしてろ。さっさとこっちに来い」

 タダシは娘を取り囲むトカゲどもを手当たり次第に蹴り飛ばして道をあけ、突き出されたナイフをひょいとかわして腕をつかむと問答無用で引っ張り出した。

「離せぇっ! 人さらいっ!」

「誰が人さらいだ」

「離せ離せ離せ離せ離せっ! 痴漢っ! 変態っ! 変なことしたら噛み付いてやるんだからっ!」

 娘がジタバタ抵抗する。

「うるさいから黙ってろ」

 タダシは機関銃のような『口撃』にも怯むことはなかった。

「簡単にやられるもんかっ! このロリコン男っ! あんたなんか……」

 娘はさらに何か言いかけて口をつぐんだ。

 背後でクリスナーヤのブリザードが発動したからである。

 部屋中が突如として湧き上がった真っ白い霧に包まれ、肌が痛くなるほどの冷気が荒れ狂う。

 群れていたトカゲどもは一時停止ボタンでも押したように動きを止め、一瞬にして凍り付いてしまった。

 娘は振り返ったポーズのまま、唖然として固まっていた。

「タダシさん、やっつけてしまっていいですか?」

「ああ、頼む」

 タダシが頷く。

「了解です」

 クリスナーヤが短く詠唱して両手をかざした。

「ひゃぁっ」

 娘が首をすくめた。

 今度は轟音と共に雷撃が炸裂し、凍結したトカゲどもが粉々に砕けて飛び散ったのだ。

 クリスナーヤが両手を降ろした時には、トカゲどもは跡形もなく消え去っていた。

 

「……」

 タダシがつかんでいた腕を放すと、娘はジリジリと後ずさりし始めた。

 誰が見ても隙を突いて逃げるつもりだと分かる動きだ。

 さすがに自分の実力では勝ち目がないと分かったのだろう。

 黙って見ていると、娘がさっと身を翻して走り出した。

「あー、待て待て。外に出る道は分かるのか?」

 タダシが声をかけるが、娘は止まろうとしない。

「困った人なのです」

 次の瞬間、脱兎の如く逃げ出した娘がおでこを押さえてしゃがみ込んだ。

 クリスナーヤが張ったシールドに突っ込んだのである。

「落ち着きのない奴だな。やみくもに歩き回ったって、魔物どもの餌食になるだけだぞ?」

「……」

 おでこを赤くした娘は警戒心丸出しで睨むばかりだ。

 誰があんたなんか信用するものかと、目が語っていた。

「まあいいや。とにかく俺たちの後を着いて来い。そうすれば生きて地上に出られる」

 タダシがため息をついて言った。

 そして「帰ろう」とクリスナーヤとフレイに声をかけて歩き出す。

 

「着いて来てるか?」

 要所要所でタダシが訊くと、フレイが笑いをこらえながら頷いた。

 探魂の必要がないほど気配が近くに感じられたからである。

「でも、どういう気まぐれであの子を助けようと思ったんですか?」

「仕方ないだろ、誘い込んだのはこっちなんだから。そのせいで死なれては後味が悪い」

 タダシが面白くなさそうに言った。

 あいつは悪党とは思えなかったから。それもあったが、口にするのはやめておいた。

 

 タダシたちが迷宮の外に出たところで待っていると、ほどなく娘も出て来た。

 ビクッとして立ち止まり、タダシを睨んでいる。

 睨んではいたが、少し前ほどの敵意は感じられなかった。

「……もうこんな所に来るなよ。じゃあな」

 タダシがさっさと背中を向けた。

 『餓狼団』を抜けてこの先どうするつもりなのか知らないが、そこまでは構っていられない。

 まっすぐ自分の町なり村なりに戻って、あの手の連中と関わることなく過ごしてくれたらいいのだが。

「……」

 しばらく行くと、娘はタダシたちを追い越してガルムンド方面に走り去って行った。

 

「今日は苦労した割に、報われるものがなかったなぁ」

 娘の後ろ姿が見えなくなってから、タダシが渋い顔で呟いた。

 行き止まりに終わった地下7階しかり、またしても現れた『餓狼団』しかり。

「そういう日は一杯やって気分転換するに限ります」

 タダシは知っている。フレイはきっと酒場に行く理由が欲しいだけだ。

 『箱入り娘』として育ったので、気ままに酒場に立ち入るのは気が引けるのだろう。

「クリスナーヤはどうする?」

「もちろんご一緒いたします」

 クリスナーヤがちょっと小首をかしげて答えた。

 こちらはアルコールが入ると眠ってしまうことが多いが、みんなで飲むこと自体は嫌いじゃないようだった。

「ははは、じゃあ一杯やるか。ギルドの魔物掃除で儲けたから余裕もあるし」

 タダシが笑った。

 ガルムンドに着く頃には、丁度日も落ちていい時間になっていそうだった。

 

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