翌朝、タダシたちが迷宮探索に出かけようとしていると、町の門で髭の衛兵にじゃれついているナギの姿が見えた。
何となく親子みたいだ。
「あいつ、何遊んでるんだ」
衛兵も忙しいだろうに、邪魔をして仕方のない奴だ。
そう言いつつも笑みがこぼれる。
やはり、また元気な姿を見ることが出来て嬉しかった。
「あっ!」
ナギはタダシたちに気付くと、一目散に駆け寄ってきた。
「ありがとうございましたっ!」
身体を直角に折って深々と頭を下げる。
「それと、先日はすいませんでしたっ!」と、間髪を入れずに再び身体を直角に折る。
「ほほう、素直になったものだな」
まだ敵視されていたらどう扱ったものかと内心ビビっていたタダシが、安堵の息をついた。
「だって、タイショーに背負われたあたりから、空中からぼんやり見えたもん。恩人に一時でも刃を向けるとは一生の不覚」
ナギはそう言うと、また「すいませんでしたっ!」と、頭を下げた。
「大将ってもしかして俺のこと?」
タダシが訊いた。それでは個人商店の店主みたいだ。
「うんっ、『お頭』だと嫌なことを思い出すから『タイショー』」
「そうか……まあいいけど」
続いてナギはクリスナーヤとフレイにも頭を下げまくった。まるで米つきバッタだ。
自分が大将なら二人は何だろうと思って見ていると、クリスナーヤは『姐御』、フレイは『大姐御』なのだった。
きっと、フレイの方が見た目の貫禄があるからだ。
「さすがは嬢ちゃんだな。正直、駄目かと思ったぜ」
髭の衛兵も嬉しそうである。
「まあ、なんだ。もう無茶するなよ」
タダシは照れくさそうに頭をかくと、さっさと歩き出した。
あまり誰かに感謝されたりすることには慣れていない。
「あたし、山賊から足を洗ったんすよ」
「餓狼団でしょ」
「あ、知ってるんすか。さすがは大姐御」
振り返るまでもなく、ナギが着いて来ていることが分かった。
タダシにしても、こうなるだろうことは予想がついていたが。
(なあ、どうしたもんだろう)
(どうしたもこうしたも、責任を持って育てなさいよね)
彩は明らかに面白がっていた。
(人材育成なんて、元の世界だってやったことはないぞ)
(頑張って、大将さん)
(ううむ……)
タダシが唸る。
ナギが、霊の状態で自分の亡骸やみんながどう見えていたかについて、説明していた。
実際に死んで復活した経験者にしか語れないことだから、貴重な証言である。
クリスナーヤもフレイも興味津々で食いついていた。
年下だが他のメンバーとの相性に問題はないようだ。
今更「里に帰れ」は酷か。
タダシは自分自身も精神体であることを武器に、戦いのイロハも知らない素人からここまで生き延びて来たことに思いを馳せた。
自分の場合は彩の力によるところが大きいが、ナギだってこれからどう成長するか、先のことは分からないのである。
一丁、鍛えてみるかな。
タダシは、ナギの戦いのセンスは決して悪くなかったことを思い出した。
「で、お前は何が得意なんだ? クラスは何だ?」
迷宮の入り口が見えてきた頃になって、タダシが訊ねた。
「何だと訊かれたらシーフだね。でも、バリバリの前衛職を目指したいなぁ。格好いいもん」
ナギが答えた。
タダシも多分シーフだろうとは思っていた。
得物にダガーナイフや三日月刀を選ぶのは、ほぼ間違いなくそうだ。
「じゃあ、罠解除とか鍵開けとか得意なのか?」
タダシが重ねて訊ねた。
シーフとして有能なら、戦力不足については目をつぶってもいい。
前衛職云々の話は、取りあえず聞かなかったことにしよう。
「お父さんには兄弟で一番筋がいいって言われたよ。これでも故郷じゃ名の通った家系なんだ。ホビットの血もちょっと入ってるし。でも、あたしは罠解除より前衛に出て……」
「いや、チョロチョロされても邪魔だから大人しくしてろ」
タダシが話を遮った。そのあたりは変に期待を持たせるより、はっきり言っておいた方がいい。
「うわ、タイショーってば容赦ないし!」
ナギは口を尖らせてから、「そう言えば、みんなすごく強かったなぁ。絶対に勝てないと思った」と呟いた。
「最初から強かったわけじゃないさ」
タダシが唇だけで笑う。
それから今日の予定について、ざっと説明してやった。
「いいか、深い階層の魔物はヤバいからな。絶対に勝手な行動を取るなよ。例え精神体だって下手すりゃ詰むぞ」
タダシが念を押すと、ナギが「合点!」と元気に頷いた。
「タダシさん、たぶん分かってないと思います」
すぐにクリスナーヤがそっと耳打ちしてきた。
「やっぱりそう思うか」
フレイに頼んで魔物よりも先にナギを眠らせてもらおうか。その方が安全だし、こっちも戦いに専念できる。
状況によっては本気でそうするか。頭の痛いタダシであった。
「む。敵発見!」
地下1階に潜って間もなく、ナギがいきなり走り出した。
「……言った先からこれだ」
「大ネズミですね。大丈夫でしょう」
タダシがため息をつき、フレイがのんびり笑う。
「私が敵の気配に気付くのと、ほとんど同時でした。早いです。」
クリスナーヤが発動させた火球を手のひらの上で持て余していた。
確かにシーフの資質はあるようだ。
「まあ、大ネズミ相手ならいい勝負かもな」
後を追いかけると、ナギが通路の角で大ネズミと死闘を演じていた。
早くも腕が数カ所、まだらに半透明になっている。
分かっていることだが、ナギの剣の腕前は駆け出しレベルだ。
戦いのセンスは悪くない。しかしやみくもに斬りつけるばかりで、却って敵を激高させてしまっていた。
たかが大ネズミとは言え、でかい前歯で何度もかじられると蓄積されるダメージは馬鹿にならない。
「戦いを長引かせるな。急所を探せ」
タダシが後ろから声をかけた。
「合点! いてっ、こいつっ」
「脚なんか狙うから反撃されるんだ」
「急所……」
ナギは噛み付きに来た大ネズミに振りかざしたダガーナイフを引っ込めて口にくわえ、首を抱えて仰向けにひっくり返した。
そしてダガーナイフを逆手に持ち直すと、心臓目がけて突き立てた。
「そうだ。それでいい」
大ネズミはひとしきり脚をジタバタもがかせて、ゆっくりと動きを止めた。
「変なの……血も出ないなんて」
ナギが不思議そうに半透明になった傷跡を撫でていた。
「ちょっと攻撃を受けすぎだな」
「平気だよ、あたしってば不死身なんだから」
「不死身でも無理したら駄目よ」
フレイがヒーリングしてやった。
それから「パーティ戦を覚えましょう」と、タダシにも聞こえるように言った。
そうか、知らないなら教えてやればいいのか。
当面は大人しくしてもらうつもりでいたけど、それでは成長もしない。
「鍛え甲斐がありそうだな」
タダシはフレイに頷いて見せた。
「ちょっと寄り道していくか」
地下3階に降りたところで、タダシたちは枝道にそれた。
本来は素通りして下に向かうところだが、地下3階は魔物の群れが出るのでナギにパーティ戦の動きを覚えさせるのに丁度いい。
「む。魔物の気配がするよ」
小部屋の入り口に貼り付いて中の様子を窺っていると、ナギが不用心にドアに手をかけた。
「トカゲの群れですね。全部で10匹ほどです」
フレイがナギを押しとどめて言った。
「トカゲ……もしかして、あのヤバいやつら?」
ナギの顔が引き攣る。
先日、一匹倒すにも苦労したことを思い出したようだ。
「そうだ。すばしこいし、しつこい。どう動けば安全確実に殲滅できると思う?」
「え~と、え~と……」
ナギはしばらく考えて「突撃あるのみ!」と元気に答えた。
「ブブー。0点」
タダシが駄目出しをした。
「もしお前一人だけだったら、正解は『撤退』だ。勝てない戦いを仕掛けるのはアホのすることだ。だが、今はパーティメンバーがいる。どうする?」
「なるほど。じゃあ殲滅は姐御にお任せして、あたしはサポート?」
ナギがクリスナーヤを振り返った。
「そうだ。じゃあ、ちょっと試してみるぞ」
タダシがドアを蹴り開けて飛び込んだ。
ナギも後に続く。
「おらおらーっ」
褒めていいのは威勢だけだった。動きはまるで駄目だ。
群れのただ中に飛び込んで、たちまち身動きが取れなくなってしまっている。
「いてっ、ひぇっ、このっ」
ナギは先ほど習った通りに急所を狙ってダガーナイフを振り下ろすのだが、敵の数が多すぎた。
早くもあちこち囓られて半泣きだ。
「それはサポートとは言わんだろ」
タダシがトカゲどもを蹴散らして、ナギの身体を囲いから引っ張り出した。
「よく状況を見ろ。お前が敵のど真ん中にいたら、魔法の巻き添えになるぞ。これじゃクリスナーヤも魔法を発動できないだろ」
「あ、そっかぁ」
ナギは位置取りの重要性に気付いたようだった。
「この場合、前衛の役割は散らばったトカゲどもを、一ヶ所にまとめることだ。だからお前は俺の横で出来るだけ敵を引きつけろ。それから魔法発動前のタイミングでさっと退く」
「合点!」
ナギがちゃんと『仕事』をしていた。
何だ、納得すればちゃんと出来るじゃないか。単純に知らないからトンチンカンな動きをしていただけだ。
突撃一辺倒の単細胞じゃなくて良かった。タダシが「よし」と頷いた。
「今だ、退け」
タダシとナギが壁際まで下がった瞬間に轟音と共に部屋が振動した。
「ひゃぁっ」
ビビったナギが頭を抱えてしゃがみ込む。
雷撃の直撃を受けたトカゲどもが、もんどり打って倒れて動かなくなった。
今のクリスナーヤは、この程度の敵を討ち漏らすことはない。
かたまりから多少離れた場所にいた個体に至るまで、全て一撃で即死だった。
「この間も思ったけど、姐御の魔法は生きた心地しないっす。チビりそう。あはは……」
ナギがおそるおそる立ち上がる。
「慣れるしかないな」
タダシが笑った。
「実際は、敵によって色々と作戦を変えることになる。場数を踏んで身体で覚えてくれ」
引き続き地下3階から地下4階にかけて敵の種類を変えて挑んでみたところ、ナギの動きは回を重ねる度に良くなっていった。
もう敵を見つけたからと、後先考えずに突撃するようなこともない。
(最初の頃のタダシより、ずっとマシじゃん)
(……まあ、否定はしない)
タダシは、彩がどんな気持ちで自分を見守っていたか理解できた。
今の今まで、考えもしなかったことである。
地下5階まで進んだあたりでいい時間になった。
「この枝道を掃除したら今日は引き上げるとするか」
タダシが言った。
ナギを鍛える方を優先課題と決めたので、地下7階の再探索はしばらく先になりそうだ。
「いいの?」
ナギがちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「ああ。別に急いでいるわけじゃない。そうした方がパーティとしてもいい結果になるはずだ」
枝道の突き当たりの小部屋に潜む敵は、口裂け犬をさらに凶暴にしたような危険な奴だった。
3匹がつるんで守りの弱いキャスター目がけて飛びかかってきたところを、フレイが目くらましで封じ込む。
視界を奪われて混乱した魔物が、てんでにあらぬ方向に向かって走り出した。
「火球!」
クリスナーヤが壁に激突してひっくり返った奴を、こんがりと丸焼きに仕留めた。
「こっちだ」
この辺りの魔物が駆け出しの手に負えるレベルじゃないことは明らかなので、タダシはずっとナギの隣に張り付いて気を配っていた。
「そいつの首の神経を切断しろ。心臓を狙うより早い」
近付きすぎて噛み付かれるなよ。
「いててっ」
言う前にナギが利き腕をガブリとやられていた。
「そのまま動くな」
タダシが噛み付いた魔物の頭部をズバンと斬り落とした。
胴体と泣き別れになった頭が床に転がるより早く、クリスナーヤの小回復が傷口を癒やす。
残りの一匹はフレイの奪魂を食らって息絶えた。
やっぱりナギに地下5階はきついかな。
タダシは魔物どもが完全に動きを止めたことを確認しながら考えた。
あまり敵が強すぎても訓練にならない。
「あ、奪魂はまずい……」
タダシがはっとしてナギを振り返った。
奪魂呪文は精神体の天敵なのだ。
彩によると、下手すると一発で魂を持って行かれてしまう……らしい。
「おい、平気か?」
「何が?」
青くなるタダシを横目に、ナギは涼しい顔をしていた。
「大丈夫ですよ、彩さんのシールドが効いてますから」
フレイが「そうじゃなけりゃ、奪魂なんて使うはずないじゃありませんか」と呆れ顔で言った。
「あの特訓なしでも大丈夫なのか。そうか」
自分は何度も悶絶と復活を繰り返した末に、ようやく耐えられるようになったのに。
落ち着いて考えれば、タダシが耐えているのではなくてシールドで防いでもらっているのだから、ナギに対しても同じ効果があるのは当然である。
でも、何となく不公平な気がするタダシであった。
「タダシさん、宝箱です」
クリスナーヤが魔物どものねぐらの下から宝箱を見つけた。
たまに、そういう事がある。
確率的には、月に数回あるかないかだ。
「ほほう。ナギ、出番だぞ」
タダシが「ここの魔物強すぎ」と落ち込み気味のナギを手招きした。
「任せて!」
ナギはたちまち元気を取り戻した。
「ん~、これはマヒ毒の罠っすね」
しばし宝箱をためつすがめつしてからナギが言った。自信たっぷりだ。
どうするつもりか見ていると、腰の装備ベルトから太い針金やら細い針金やらいろんな角度に曲がった工具やらを出して、ゴソゴソやっている。
「罠に引っかかるなよ?」
「大丈夫。シーフもハイレベルになると、罠解除の魔法を使えるんっすけどねぇ。タイショーたちって、これまで宝箱をどうやって開けていたの?」
「どうやってって……ぶっ壊すしかないだろ。離れた場所からクリスナーヤの魔法で物理破壊だ」
タダシが憮然と答えた。
「姐御の魔法じゃ強すぎない?」
「ああ。燃えたり焦げたり壊れたり。幸い、ろくなお宝がなかったから惜しくはないけどな」
ナギは「お宝って、冒険の醍醐味のひとつだと思うっすけどねぇ」などと言いながら鍵穴に工具を差し込んでいる。
「開きそうか?」
「もうちょい」
タダシたちはナギのシーフとしての腕前が未知数なこともあり、大人しく見ているしかなかった。
「よし、ここの起動装置を押さえて……」
何だか胸騒ぎがした。
クリスナーヤがこっそりと詠唱を始めている。
そして突然、鍵穴からプシューッと白いガスが噴出した。
「ひゃぁっ」
「うおっ!?」
タダシは反射的に床に伏せた。
クリスナーヤが電光石火でシールドを張る。
「あうあうあう……」
ナギがガスを浴びて仰け反った姿勢のまま固まり、コテンと後ろに倒れた。
「お、おいっ! しっかりしろっ!」
我に返ったタダシが抱き起こしても、ナギはびっくり顔のまま言葉を発することも出来ない有様である。
「あらあら」
フレイがすぐに中和の呪文を唱えてやった。
「うう……面目丸つぶれっす。罠解除は久しぶりだったからなぁ」
「いや、俺は半分はシーフの仕事をしたと思うぞ」
しょげるナギをタダシが慰める。
「ですよね。マヒ毒の罠までは当たってましたから」
「ええ。私たちじゃ判別不可能です」
フレイとクリスナーヤも同調した。
「皆さん、優しいっすねぇ」
ともあれ、宝箱は開いた。
「で、何だこのガラクタは」
肝心の中身はとぐろを巻いた針金と、干からびた薬草だった。
タダシが薬草を摘まみ上げて「な、ろくなもんじゃないだろ」と肩をすくめる。
こんなガラクタに罠なんて仕掛けるなと怒っていいレベルだ。
これまで宝箱から使えるモノが見つかったためしがない。
全焼させて判別不能に終わったケースもあるので断定は出来ないが。
「いや、捨てたものじゃないかも」
ナギが針金を取って調べた。
「あたし、この太さの針金は持ってないし、銅線だから扱いやすいし」
「ほほう。良かったじゃないか」
ナギがほくほく顔で針金を装備ベルトにしまっていた。
罠に引っかかってでも開けた甲斐はあったのだろう。
「よし、引き上げるぞ」
ガルムンドに戻って、タダシはナギに朝練に参加するよう言い渡した。
精神体は睡眠不要だし疲れることもないから、冒険に出かける前に朝練でしごかれたって何の問題もないのである。
「お前の場合、まずは基礎からだ。俺も駆け出しの頃には朝練に半年以上通ったからな。みっちり鍛えてくれる」
「へぇ、そんなのがあるんだ。あ~、でもあたしちょっと貧乏かも」
ナギが困り顔で頭をかいた。
「ん? タダだから心配はいらん。卒業まで音を上げることは許さんぞ」
「あ、そうなんだ。卒業試験でもあるの?」
「鬼教官がもう充分だと認めるまでだ。大体、模擬戦で常勝できるあたりが目安だな」
その頃には、最低でもDランクにはなっているはずである。
ナギが成長してくれたら、必要最小限のパーティの陣容が整う形になる。
剣士がいて、魔道士とプリーストがいて、シーフがいる。
これでようやく出発点に立てそうだ。
あっという間にここまで来たような、ずいぶんと回り道したような。
「どれ、彩のやつをねぎらってやるか」
タダシは露店でナーチェの実を見つけてしこたま買い込んだ。
▼ 続きはこれから書きために入るので、更新は当面お休みいたします。すみません。