相棒(聖剣)が有能すぎて俺は今夜も眠れない   作:機工

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4.酒場と朝練

 冒険者と言えば酒場。酒場と言えば冒険者。そう相場が決まっている。

 念願のギルド証も手に入れたことだし、タダシとしては他の冒険者たちの様子を偵察しておきたいところだった。

 うまい具合に宿の目と鼻の先に酒場がある。見つけた時から気になっていたのだ。

 入ってみないわけには行くまい。

 

「ははは、見事にイメージ通りだなぁ」

 薄暗い店内に充満する煙草の煙とアルコールの匂い。無秩序な喧噪。

 冒険者酒場はかくあるべし。まさにその通りの光景だった。

「そうだな、あのテーブルのやつが飲んでるのと同じのをくれ」

 タダシは、注文を取りに来た尻尾の生えた娘に言った。

 人間から獣人族まで。店内は様々な種族の客で活気に満ちている。

 ほどなく運ばれてきたグラスの中身を口に含むと、バーボンに似た味わいだった。

 アルコール度数は低めだが、結構いける。

「5ゴールドよ」

 代金は飲み物と引き替えに支払う仕組みだった。

 通貨単位であるゴールドに100をかけると、元の世界の金銭感覚と大体一致する。

 単独客と連れのいる客の割合は、半々くらいだ。

 若い女でも臆することなく、堂々と一人でグラスを煽っているあたりが面白い。

 あっちの胸元が大きく開いたローブ姿のお姉ちゃんなど、絵に描いたような魔法使いだ。

 本当にゲームの世界に迷い込んだみたいだな。

 タダシは周りを観察しているだけですっかり楽しくなってしまった。

 

「あんた、初めて見る顔だな、駆け出しの新人かい」

 隣席の同年代の男に声をかけられた。

「うん。どうして分かった?」

 追っ払う理由もないので、雑談に応じるタダシ。

「だっておニューの装備だろ。そうじゃなくても雰囲気で分かるよ」

「なるほど、そうかな」

 新社会人がすぐに見分けがつくのと同じようなものだろう。タダシはそう考えた。

「なに、俺も駆け出しに毛が生えたようなものだからな。ギルドに入ってひと月だ」

「ほほう」

 丁度いいので、相手しながら情報収集する。

 すでに知っている話や予想がつく話もあったが、目新しい情報もいくつか得ることが出来た。

 例えば、薬草採りは買い取り価格が安すぎて、一日かけても宿代にあてるのがやっとであること。

 毒ヘビ狩りはまあまあ稼げるけど、解毒薬を準備した上で誰かと組まないと、マジで死ねること。

 ギルドからの低レベル向けクエストは、期待するほど出てこないこと。

 ここガルムンドに集まる冒険者はある程度のレベルに達している奴が多いせいで、自分程度じゃパーティに誘ってすらもらえず悲しいこと。

 早朝の闘技場は朝練に開放されており、無料で教官の指導を受けることが出来ること。

「ま、お互い頑張ろうぜ。駆け出しの死亡率が一番高いらしいからな」

 男はほとんど一方的にしゃべり続けて満足したようで、どこかで会おうぜと爽やかに笑って出て行った。

 

(朝練か。今度行ってみようかな)

(鍛えるのはいいことよ。タダシはまだ基本が出来てないんだから)

(ああ。基本は建物で言えば土台だからな)

(そうそう。分かってるじゃない)

 彩と雑談していると、さっきの男と入れ替わりに3人組のパーティがやって来て座った。

「いやぁ参った、見てくれよこのミミズ腫れ」

「うわぁ、痛そう」

「あの不意打ちは避けられないさ。その程度で済んだのは幸運だぞ」

 日焼けした戦士が腕を捲り、青黒く変色した傷跡を見せていた。重たそうなチェインメールと幅広のバスタードソード。誰が見ても戦士だと分かるくらい戦士らしいいでたちだった。

 小柄なホビット族の娘はシーフ職のようだ。腰の三日月刀が不釣り合いなほどに大きく見える。

 もう一人の太った男は、トゥーブと呼ばれる中東の民族衣装みたいな服を着ていた。疲れ切った顔でカウンターにポールアームを立てかけている。

 近場を回るには無難なパーティ編成と言えた。欲を言えば、攻撃魔法を操る魔道士系のメンバーがいればなお強力だろう。

 戦士のぶっとい首にぶら下がるメダルの刻印を見ると『DD』だった。つまり単発Eランクのタダシよりもずっと格上と言うことだ。

 

(なあ、メダルの最高ランクって?)

 好奇心を出して彩に訊いてみる。

(確かSSS(トリプルエス)じゃなかったかしら)

(ほう。いかにも凄そうだな)

(そうね。だけどそこまで行くと一人軍隊みたいなものだから、ギルドに所属する意味がなくなっちゃうのよね。目にする機会はほとんどないわ)

 一人軍隊か。いずれは自分も辿り着きたい高みである。

 そのためには強くならないと。

 タダシはそんな事を思いつつ飲み物のおかわりを頼んだ。

 毒ヘビの頭が50ゴールドになったから、多少の散財は問題ない。

「地下5階はやめといた方が良くねぇか」

「でもさ、稼ぎは段違いだよ」

「焦ってもいいことはない。命あっての物種だからな」

 そんな会話が聞こえてくる。

 どこかの迷宮でも攻略中なのだろうか。

 自分も毒ヘビ狩りなんかより迷宮を攻略してみたい。

 そっちの方がいかにも冒険者らしいし。

 

(俺も、どっかのパーティに入れてもらうことを考えないとなぁ)

 タダシが呟いた。単独行動ではそのうち身動きが取れなくなる事くらい、容易に想像がつく。

(固定パーティの話?)

(ああ。毎回相手探しするより、同じメンバーの方がやりやすいだろ?)

(まあ……いずれは、ね)

 彩は「あんたにゃまだ早い」と言いたいようだった。

(あらかじめ言っておくけど、安請け合いしたら駄目だからね? タダシは誘われたら何も考えずにOKしそうなんだから)

(わ、分かってるって)

 早くも彩に性格を読まれてしまっていた。

(本当に分かってる? パーティってのは生死を共にする『仲間』なんだよ?)

(あ、ああ……)

 仲間か。こいつ、その昔色々と経験したんだろうな。楽しいことも、悲しいことも。

 血は騒ぐが慌てることはない。しっかりと基礎を身につける方が先だ。

 タダシは自分に言い聞かせた。

 

「どれ、マナがだいぶん回復したことだし、治療(ヒーリング)してやるよ」

「おう、頼む」

 太った男は近接戦闘もこなす僧兵職らしかった。

 渋い詠唱の韻律が聞こえてくる。

「ふぅ……助かるぜ」

 呪文の効果は驚異的だった。

 戦士の腕のミミズ腫れが、目の前で消えていく。

「ほぉぉぉぉぉ」

 何故か戦士の横で、タダシまで一緒に反応して恍惚としていた。

(ちょっと、変な声出すんじゃないわよ)

 当然だが彩に怒られる。

(き、気持ちいい)

(どういうこと?)

(知らないけど気持ちいい)

(……)

 

「お?」

 気付くと3人組が気味悪そうにタダシを見ていた。

 かなり格好悪い状況だ。

 戦士が「こいつコレか?」と頭の横で指をくるくる回しながら囁いた。

「だろうな」と太った男が頷く。

「そ、そろそろ帰ろうかな?」

 いたたまれなくなったタダシは、逃げるように酒場を後にするのだった。

 

 

「畜生、危ない奴だと思われただろうな」

 宿に逃げ帰ったタダシは、窓の隙間から恨めしげに酒場の入り口を覗いた。

 注文したグラスにはまだ酒が半分以上残っていたのに。

 先にも言ったとおり、酒場と宿は目と鼻の先である。

「仕方ない。他の冒険者の雰囲気をつかむことは出来たから良しとするか」

(結局あれって何だったわけ?)

「分からん。ヒーリングと同時に得も言われぬ気持ちよさに包まれて、身体がピクピクした」

(変な奴……)

「カウパーが出るかと思ったぞ」

(そっちの話!?)

 彩が呆れた声を出した。

「いや、冗談だ。でもマジで気持ちよかった。例えるなら極寒の山中で遭難して、凍傷で耳がもげる寸前に暖房の効いた山小屋にたどり着いた時のような……」

(まどろっこしい例えね)

「そうか? じゃあ別の例えを考えるぞ。ちょっと待ってくれ」

(……)

「そうだな、こういうのはどうだ。炎天下の鉄人マラソンで身体中の水分と塩分を失い、ミイラ化する寸前にゴールした時の賞品がバケツ一杯のかき氷だった時のような……」

(……)

「おーい?」

 彩はタダシの話を最後まで聞くことなく、眠ってしまっていた。

 

 

 さて、翌日の早朝。

 タダシは古都ガルムンド中心部に建つ闘技場に来ていた。

 歴史を感じさせるどころか、遺跡級と言っても過言ではない年季の入った石組みのアリーナだ。

 彩が「まだ残ってたんだ」と感心している。

 目的は言うまでもなく、無料の朝練に参加するためだった。

 経済的に余裕のないタダシにとって、無料の二文字は大きいのである。

「ううむ、さすがは古都だけあるな……」

 タダシは身長の数倍はある巨大な門を見上げた。

 

 朝練は控え室 ―― と言っても体育館ほどの広さがあるのだが ―― を使って行われていた。

「素振り1000本。その後、模擬戦だ」

 教官は背の高い壮年の剣士だった。

 目つきが鋭く、見るからに鬼教官という雰囲気である。

「お前は初めてだな? Eランクか。ならばこいつを使え」と、体型に応じた木刀を渡される。

 木刀もまた、年季が入って黒光りしていた。

 タダシは言われるままに、他の参加者たちに混じってひたすら素振りを繰り返した。

 決して重い木刀ではないはずだが、彩に慣れた感覚からすると、続けているうちに腕に来る重さだった。

 それでも精神体なので身体が音を上げることはない。

 横目で周りを観察すると、タダシと似たようなレベルの若者が多かった。

 大体がすでに汗だくになっている。

 中には女剣士も見受けられたが、男どもと同じメニューだった。

(ふぁ~、頑張ってね。ふぁいとー)

 彩が気の抜けた声で応援してくれた。

 出番がないことが分かっているので、くつろいでいるようだ。

 

「ヘナヘナするな。もっと脇を締めろ。振る時は素早く、戻しも同じだ」

 惰性で振っていると怒られた。

 なるほど、他人の目にはヘナヘナに見えるのか。

 それは彩だからグレートパンサーみたいな強敵とも戦うことが出来たけど、実力的にはからきしという事実に他ならない。

「そうだ。さっきよりずっといい」

 指摘された点を意識して続けていると、少し褒められた。

「お前、体力あるな。汗一つかかぬとは」

「いや、そういう体質なんで」

 精神体で良かった。タダシは心からそう思った。

 もし肉体のままだったら、生きてここにいることはないのだ。100パーセントの確率で死んでいたはずだ。

 多分、岩の荒れ野で餓死していたのではないか。

 運良く荒れ野から脱出できたとしても、グレートパンサーに脇腹をえぐられてバッドエンドを迎えていただろう。

 自分の実力は『最初に死ぬ雑魚キャラ』と同じ。そう自覚すると素振りにも力が入った。

 

 500本を超えたあたりから、腕が上がらなくなって脱落するものが出始めた。

 もちろんタダシは平気だ。

「もっとまっすぐ。もっと素早く。空気を真っ二つに裂くイメージだ」

 教官に指摘されるとおりに動きを修正しながら、一定のペースで木刀を振り続ける。

 素人ゆえに変な癖がついていないのも良かったようだ。

 素直に基本の基本を身体に叩き込んでいく。

 強くなりたい。強くなるんだ。

 一振りごとに念じるタダシであった。

 

「うおお、腕が攣った……」

「ヒ、ヒーリングが欲しい……」

 そしてようやく素振りが終わった時には、あちこちから悲鳴が聞こえてきた。

 床に倒れ伏して死体みたいに動かない奴までいる。

 中には平然としている猛者もいたが、そういう連中は例外だ。

「ようし、模擬戦をするぞ。こいつを頭と胸につけろ」

 休憩も息抜きもなし。教官は容赦なかった。

 参加者が受け取ったのは、丸い素焼きの皿が2枚だ。

 それを額と心臓の位置にくくりつけて戦い、どちらかでも割られたら死亡認定というルールである。

 その日は、自分以外は全部敵のバトルロワイヤル形式だった。

 

「状況。クンベの迷宮にて魔物の大群と遭遇。パーティは分断され、支援は期待できない。各個に撃破し生還せよ。始め!」

 教官が参加者に考える暇も与えず、開始を宣言した。

 クンベの迷宮ってどこだよ。各個に撃破って、このやり方じゃ一人しか生還できないじゃないか。

 そんな疑問はさておき、あちこちから木刀がぶつかる音と皿が割れる音が聞こえ始めた。

 タダシものんびり構えている場合ではない。

「とりゃあっ!」

 勇ましいかけ声とともに視界の隅を影がよぎると同時に、タダシは横に飛んだ。

 飛んで正解だった。

 ブン、とさっきまでタダシの頭があった場所を木刀が空を切る。

 こいつめ、後ろから不意討ちかよ。

 タダシは振り向きざま、手にした木刀をまっすぐにそいつの心臓目がけて突き出した。

 パリンと小気味よく皿が割れる……はずだった。

 しかし何も起こってくれない。剣先が逸れたのだ。

 剣先の軌道はイメージ出来ているのに、どうしてその通りに動いてくれないんだ。

 そんな馬鹿な。タダシは焦った。

「お前に恨みはないが、もらったぜ!」

 息つく間もなく別の男の声。

 見ると、ガタイのいい男が木刀を上段に振りかぶっていた。

 タダシは攻撃を外したショックで構えすら出来ていない。

 これは避けられない。やられたと思った。

「あはは、がら空きだねっ」

 その男の胴を、女剣士が横から薙ぎ払った。

「げえっ、しまった」

 男の胸の皿が砕け散る。

「ひゃぁっ!」

 しかしその一瞬後には、女剣士も額の皿を割られて茫然としていた。

 最初にタダシの後ろから斬りかかった男が抜け駆けして、漁夫の利を得たのである。

「ははっ、君たち頭を使いなさい」

「甘いっ!」

 そいつが体勢を整える前にタダシが突きを繰り出した。

「うおっ!」

 慌てて身をひねってかわそうとしているが、手遅れだ。

 パリンと乾いた音とともに男の胸の皿が割れる。

「ちっくしょう、油断したぜ」

「けっ、お前も俺のことを笑えないな」

 ガタイのいい男が毒づく。

「……」

 今度はうまく行った。でも何か違う。

 タダシの表情は晴れなかった。

 当たるには当たったけど、動きが重いのだ。一呼吸遅れてやっと腕が動く感じ。剣の軌道も、イメージしたルートを外していた。

 今のタイミングなら、余裕で二回は突くことが出来たはずなのに。

 

「いざ勝負だ」

 納得できないまま、首にCランクのメダルをかけた剣士に挑まれた。

「お、おう」

 気を取り直してタダシも構える。

 剣士はさすが格上だけあって素早かった。

 一瞬で間合いを詰め、こちらの剣を払いに来る。

 しかしタダシには剣士の動きが予想出来ていた。

 この攻撃はただの様子見。慌てることはない。隙を作らなければそれでいい、と。

 でも、どうして俺は相手の動きを読めるのだろう。タダシは疑問に思った。毒ヘビみたいな雑魚ならともかく、この剣士は明らかに自分より上なのに。

 ガキの頃はチャンバラだけは強かったから、ある程度の天性はあったのかもしれない。でもそれだけじゃ説明できないことは明らかだ。

 タダシは、わけも分からぬままグレートパンサーと戦った時ですら、「相手がこう来たら俺はこう動けばいい」と、漠然とではあるが感じていたことを思い出した。

(彩、これってお前の力なのか?)

(何を今更……)

 訊いてみると呆れたような答えが返ってきた。

 こいつってやたら切れ味がいいだけのしゃべる剣じゃないんだ。ギルドマスターの大げさとも思える反応も、今なら納得できる気がした。

(ほら、仕掛けてくるわよ)

 剣士が踏み込んできた。素早い。

 相手の身のこなしから、一瞬のうちに先を読む。今度は正面から来る。一気に決めるつもりだろう。

 ならばこちらは、半身にかわして切っ先を跳ね上げざまのひと突き。そうすれば相手よりも早く心臓を狙うことが出来る。

 タダシは一瞬のうちに勝利の軌跡をシミュレートした。

 しかし……。

 景気のいい音とともに砕け散ったのは、タダシの額の皿だった。

 やはり身体がイメージ通りに動いてくれなかったのだ。

 遅延なんてものじゃない。まるで全力で走っているのに前に進めない悪夢のようだった。

「うぇぇぇぇ」

「はっはっはっ、一丁上がりだ」

 山本タダシ、死亡判定で脱落。

 敗因は分かっていた。本来の実力では勝負にならなかった。それが全てである。

 

(お前ってさ、凄い奴だったんだな)

(あはは、見直した?)

(あ、ああ)

(タダシの能力にあたしの経験が重なると、もっと色んなことが出来るようになるからね。頑張って、(あるじ)さま)

 心の中で彩が得意そうだった。

 

 

「ようし、そこまで。なかなか面白かったぞ。怪我人はこっちに並べ」

 教官が本日の朝練終了を告げた。

 タンコブを作った奴や、あばらが折れたとかわめいている奴がゾロゾロ集まってくる。

 ちなみに『生還』を果たした1名は、タダシが敗れたCランクの剣士だった。

「お前は相変わらず涼しい顔をしているのだな」

 木刀を返却し、少し離れて立っていると教官に声をかけられた。顔を覚えてもらえたようだ。

「そういう体質なもので」

 嘘は言ってない。でも余計な詮索をされるのも面倒なので、タダシは曖昧に言葉を濁した。

「まあいい、回復(ヒーリング)するぞ。怪我人はもっとこっちに寄れ」

 教官が小声で詠唱を始めた。

(あれ、剣士でも呪文を使えるの?)

 タダシが驚く。

(近接戦闘職でも、高レベルになると簡単な魔法を使う人は多いわよ。本職には及ばないけどね)

 ふわりと濃密な『気』のかたまりが現れて怪我人たちを包んだ。

 回復(ヒーリング)の呪文は即効性だ。みんな一様に幸せそうな表情を浮かべている。

「んほぉ……」

 そしてタダシもまた、酒場の時と同じく一緒になって反応していた。

(ちょっとタダシってば!)

(だ、だって気持ちいいんだ)

(昨日といい今日といい、どうなってるわけ?)

(知るかよ。でも昨日ほど強烈じゃないな。我慢しようと思えば出来そうだ。抵抗力がついたのかな?)

(だったら我慢しなさいよ。まったく……)

 彩はぶつぶつ言っていたが、しばらくして「ああ、そういうこと?」と呟いた。

 何か思い当たったらしい。

 

「そういうことって?」

 宿に戻ってからタダシが説明を求めた。

 気持ちがいいのは嫌いじゃないが、所構わずピクピクしてしまうのも考え物である。

 こんな事で変態のレッテルを貼られるのは勘弁してもらいたい。

(簡単なことよ。それはタダシが精神体だから)

 さっぱり分からない。だから何だ? タダシが首をかしげた。

(早い話、タダシってアンデッドの親戚なわけよ)

「スケルトンとかレイスと一緒ってことか!?」

 脊髄反射でそんなの嫌だと叫ぶタダシ。

(まあ聞いて。アンデッドに対しては回復(ヒーリング)が攻撃魔法になるって知ってる?)

「いや、初耳かな」

(アンデッドには、プラスベクトルの生命エネルギーはマイナスに作用するの。そういうものだと覚えておいていいわ)

「ほほう。だが俺は回復(ヒーリング)が気持ちいいんだぞ? 精神的には確かにダメージを受けているかもしれないが」

 タダシが反論した。

(それは、タダシは魔物と違って属性が(エビル)じゃないから。だからプラスベクトルがそのままプラスに作用していると思う。その結果、特に回復の必要がないところにエネルギーを受けてピクピクしてしまうってわけ。過剰回復(オーバーヒール)とでも言えばいいのかな)

「ははぁ、なるほど……」

 一応、納得できる説明であった。

(だけどこれ、あたしの方で制御できるわよ。安心して)

 彩が事もなげに言った。彩が持っているブロックスキルの中から、タダシが体験した回復魔法の属性と一致するものを関連づけてやればいいらしい。

(ついでにプリーストのマイナスベクトルの呪文も対策しておいてあげる。特性を逆転すればいいだけだし、うまく行くはず)

「ええと、マイナスベクトルの魔法ってのは?」

 いちいち質問しないと理解できないのは情けなかったが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥である。

(アンデッド系以外の、普通の魔物の息の根を止める魔法。これ、対策しておかないとヤバかったわよ。タダシの場合、巻き添えを食って魔物と一緒に消滅させられたかも)

 精神体である自分の天敵みたいな魔法が存在することはよく分かった。

 彩がそいつをブロックしてくれることも。

「お前って、そんな事まで出来るんだな。すげぇ……」

(長剣彩空の名は伊達じゃないってこと。お分かり?)

 朝練でも驚かされたが、彩には脱帽するほかないタダシであった。

 

 以来、タダシは彩が眠ってしまってからの時間を、素振りにあてることを日課とした。

 剣は宿の主人に頼んで、古い木刀を貸してもらった。

 どうせ眠る必要がない身体だ。出来る時に少しでも鍛えておきたかった。

 彩の使い手である自分が低レベルのままでは、本来のポテンシャルを引き出せないと身をもって理解できたからである。

 

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