「どこか、ゴールドを稼ぐのにいい場所を知りませんか」
翌朝、どんな理由をつけてクリスナーヤに会いに行ったものかと悩んでいたところ、あちらの方から訪ねて来てくれた。
「昨日の迷宮は、私には少々早すぎたようなのです」
「そうだなぁ……まあ、座ってくれ。何もない部屋だけど」
ひとつしかない椅子を譲って、自分はベッドに腰掛ける。お茶の一つも出す手段がないのが悔やまれた。
タダシの頭に思い浮かんだのは、駆け出しの定番である薬草集めと毒ヘビ狩りだ。
でも、クンベの迷宮地下3階まで辿り着けたのだから、もっとレベルを上げても問題なさそうな気がした。
「その前に、冒険者ギルドのことは知ってるか?」
タダシが訊ねた。そっちを確認する方が先だと思ったのである。
「ええ、もちろん」
「入っておいた方が便利なんだけどな。狩った獲物を買い取ってくれる相手が必要だってことは分かるよな?」
「そのうち行ってみようとは思っていました。買い取りもしていただけるのですか」
「ああ。モノによるけどね」
別にギルドに入りたくないわけじゃなさそうだ。
だったら先にガルフの所に連れて行くか。狩り場の話はその後でいい。
タダシはそう考えた。
「私でも加入が認められるでしょうか。実は、冒険者になってまだ一週間なのですが」
「一週間であんな所を一人歩きしていたのかよ。無茶しすぎだろ……」
タダシは呆れつつも、感心してしまった。
普通なら生きてあそこまで辿り着けないはずだ。それをクリスナーヤは一匹とは言え、どう猛な口裂け犬を倒して怪我一つしていなかったのだ。
「大丈夫。断言してもいい。俺がギルドマスターに紹介してやるよ」
「本当に、お世話になりっぱなしで」
クリスナーヤがちょっと困り眉を見せた。
「はてさて。お前の話は、法螺なのか本当なのか判断に苦しむものが多いな」
ガルフはタダシがドヤ顔で紹介したエルフ族の娘を、頭のてっぺんから爪先まで眺めて腕組みをした。
魔道士は装備を見ても実力まで分からないのが普通だが、それにしても始めて一週間の駆け出しがクンベの迷宮地下3階まで行ったというのは、話が大きすぎる気がした。
しかも口裂け犬と言えば、地下3階で一番凶暴な魔物だ。奴らには何人もの冒険者が痛い目に遭わされている。それを倒したと言うのか。
「嘘じゃないって。俺がクリスナーヤを見つけた時、足元で一匹くたばっていた。この目で見たんだ」
「……」
短い沈黙の後、ガルフが肩をすくめた。
「分かった、信じてやる。結局のところ、お前の話が法螺だった事はないしな」
「物分かりが良くなってくれて何よりだよ」
タダシがほっとした顔を見せる。
ガルフは一旦引き出しから『FFF』の刻印メダルを取り出し、それから考え直して『E』のメダルと取り替えてクリスナーヤに渡した。
「『EE』でも構わない気はするが……様子見だ」
「ありがとうございます」
クリスナーヤが嬉しそうに頭を下げる。
「そうか、お前もとうとうパーティを組む気になったか。まあ、タイミング的には丁度いい。クンベの迷宮は単独で歩けるほど甘くないからな」
ガルフが「頑張れよ」とタダシの肩を叩いた。
「え、パーティ? そいつは早合点だよ」
今度はタダシが慌てた顔をする。まだそんな合意は出来ていない。
「お前は何を言っているんだ?」
「何って、そのままだけど」
「こんなべっぴんの魔道士を連れてきて、メダルだけ渡して『はいさようなら』なのか? 馬鹿野郎め、お前が面倒を見るんだ。それともゲンコツが欲しいか?」
ガルフにこめかみをグリグリされた。岩みたいな拳でやられると結構痛い。
「いてて、頭蓋骨が割れるって!」
「ふん」
それからガルフはクリスナーヤに向き直って真面目な顔をした。
「魔道士はな、駆け出しを卒業するまでがひと苦労なんだ。だから、早いうちからパーティに入って経験を積んだ方がいい。こいつなら、そこいらの腕に覚えのある奴らよりよほど頼りになるだろうよ」
「はい。一人で迷宮を歩くのはとても大変でした。でも、よろしいのでしょうか」
クリスナーヤがタダシを振り返った。
「俺としても願ったり叶ったりだ。実は彩のやつがクリスナーヤをえらく気に入ってなぁ……」
当然タダシに異議なんかあろうはずがない。
「なんと、『いにしえの剣』が認めたと? ふぅむ……もしかすると、俺は歴史の一ページに立ち会ったのかもしれんな」
ガルフが感慨深げに呟いた。
「あ、そうだ……」
ギルドを後にしてすぐに、タダシが立ち止まった。
購買のフレド爺さんのことを思い出したのである。
魔道士出身の元賢者で知識の泉。
獲物を売る時はもちろんのこと、怪しげなお宝を見つけた際にもフレド爺さんのところに持ち込んで鑑定してもらうことになるので、ガルフよりも顔を合わせる機会の多い相手だ。
早めにクリスナーヤと引き合わせておいた方がいいだろう。
「クリスナーヤ、回れ右だ」
「忘れ物でも?」
「いや、紹介しておきたい人がいる」
「ほほう」
フレド爺さんも美人は大好きらしかった。
タダシが「以後よろしく」と紹介したクリスナーヤを、目を細めて見つめていた。
「こいつはたまげたわい。タダシよ、どえらい才能を見つけたのう」
「へえ、爺さんもそう来るか……」
彩と同じ反応だった。見る人が見れば分かるものらしい。
必ずしも美人だからと見とれていたわけじゃないようだ。
「誰かの紹介かの?」
「いや、昨日クンベの迷宮で知り合ったばかりだよ。パーティを組む事になった」
「ほうほう」
フレド爺さんはクリスナーヤが冒険者になって一週間と聞いて驚き、どれだけの呪文を使えるか訊ねた。
「まだ4つだけなのです。火球と竜巻と雷撃、それとシールドです。出身地の村に残った魔導書から学びました。おそらく初歩かと」
「もったいない話よのう。大かまどに火入れして、小っこいパン一個焼くようなものじゃ」
それからフレド爺さんは指先を立てて、その先にろうそくほどの火を灯した。タダシは目の前で見ていたが、いつ詠唱したのか気付かなかった。
「これは出来るかの」
「はい」
クリスナーヤも同じ大きさの火球を指先に出現させた。
「ならばこれは」
フレド爺さんの灯した火球が五つに分裂して頭の周りをくるくる回った。もしくたびれた爺さんじゃなければ、天使の輪のようだ。
「何とか」
クリスナーヤは少々ぎこちなかったが同じことをした。こちらは本当に天使に見える。
「大きくすることは出来るかの?」
フレド爺さんは火球を一つにまとめて、一瞬タダシの顔面が熱くなるほどに膨張させてから元の大きさに戻した。
「……それは私には無理です」
クリスナーヤは試してみたが、せいぜい野球ボールくらいの大きさにしかならなかった。
「ふむ。では属性をまたぐのはどうじゃ?」
フレド爺さんの火球がいきなりバリバリ音を立てて火花を散らし始めたので、タダシは思わず数歩下がった。
「小火と小雷。どちらも初歩じゃ」
「そんな事が出来るとは……驚きです」
クリスナーヤはやはり真似できなかった。
「結構、結構。いや、それだけでも一週間やそこらで身につくものではない。大したものじゃて」
フレド爺さんは上機嫌で火球を収めた。
それから一冊の書物を持ってきてクリスナーヤに渡した。古めかしい表紙の魔導書だ。
「これを貸してやろう。初級魔法は大抵載っているはずじゃ」
本を手にしたクリスナーヤは感激して涙を流さんばかりだった。
本一冊分の魔法を習得できたらどれだけ強くなれることか。
その日の探索はクンベの迷宮地下1階と決めた。
あそこは素材になる魔物が比較的多いので、小金を稼ぐには打ってつけだ。
それとクリスナーヤの力の見極めである。パーティを組んだ以上、戦い方を知っておかねばならない。
本人は初歩的な魔法しか知らないと言っている。それなのにどうしてクンベの迷宮地下3階に進むことが出来たのか興味もあった。
「あそこにでかいキツネみたいな魔物がいる。分かるか?」
タダシが通路の先にうずくまった毛皮のかたまりを指差す。
敵意に満ちた赤い点が二つこちらを注視しており、すぐにも飛びかかって来そうな気配だった。
「はい。あの魔物は昨日も見ました」
「倒せるか? あいつは見かけより素早いぞ」
「はい」
クリスナーヤは事もなげに答えて前に進み出た。
タダシが念のために彩を構えて後ろにつく。
クリスナーヤがごく短く詠唱した。
しかし特にアクションは起こさない。
「来るぞ」
「はい」
魔物がうずくまった姿勢からいきなり走り出した。
タダシが言った通り素早い。
ひとっ飛びで距離を縮めて襲いかかるつもりなのだろう。
あっという間にすぐそこまで迫ってくる。
しかし魔物はクリスナーヤにたどり着くことが出来なかった。
手前で『勝手に』何かに跳ね返されて転がったのである。
その様子は、ガラス扉に気付かずに突っ込んだ人に似ていた。
ギャン!
脳しんとうを起こしたのか、ひっくり返って腹を見せ、口から泡を噴いている。
クリスナーヤが先ほどとは違う韻律の呪文を詠唱して手をかざした。
すると無数の小さな稲妻が現れ、バチバチ火花を散らしながら魔物の身体にまとわりついた。
慌てた魔物は向きを変えて逃げようとするのだが、横も後ろも透明な壁に阻まれて動く事が出来ない。
まるで透明な球体の中に捕らえられたようだった。
シールドか。こんな使い方が出来るとは。
「すげぇ」
タダシが感嘆の声を上げた。
クリスナーヤが間髪を入れずに二度三度と雷撃を浴びせる。
タダシの目には、呪文の威力自体はさほど強くないように見えた。
しかし立て続けに何度も食らったのでは、魔物に勝ち目はなかった。
やがて四肢を天井に向けて痙攣し、動かなくなる。
「見事なものだ。これなら一人歩き出来たというのも頷ける」
タダシが腰の短刀を抜いて魔物の毛皮を剥いだ。
こいつはおよそ20ゴールドで売れる。
「ここの魔物は、私の攻撃魔法では一回で倒れてくれなかったので、シールドと組み合わせてみたのです」
「じゃあ、昨日の口裂け犬の時も?」
「はい。でもシールドに閉じ込めて、火球と雷撃で百回くらい集中攻撃してやっと一匹でした。数が多くて途方に暮れていた時に、タダシさんが来てくれたのです」
「百回か……」
それだけ立て続けに魔法を使ってよくマナが持つものだ。
タダシはマナ切れの気持ち悪さを思い出して身震いした。
(やっぱ、あたしの見込み通りだね。よしよし)
彩も心の中で嬉しそうだった。
(ああ。こっちは鼻でもほじりながら突っ立っていればよさそうだ)
タダシが軽口を叩く。
難点を上げるなら、倒すまでに毛皮が焦げたりして価値が下がる事くらいか。
それも、フレド爺さんが貸してくれた魔術書を研究して、より強い呪文をマスターすれば解決するだろう。
(なあ、あのシールドってさ、俺が斬りつけたらどうなるんだ。弾き返されるのか?)
試しに訊いてみると、「あたしを舐めてもらっちゃ困る」との答えだった。
彩の実力なら、単発の初級魔法くらい力押しで突破出来るそうだ。
それからしばらく地下1階を歩き回ってみたが、本当にタダシは突っ立って見ているだけでよかった。
出番は一回だけ。高めに売れる双頭ヘビを、皮を痛めないように注意して始末した時だけだ。
半日もしないうちに獲物袋が一杯になり、タダシたちは引き揚げた。
購買部では心配した通り、毛皮の焦げを指摘されて多少値が下がったが、それでも全部で150ゴールドになったので上出来である。
タダシはご祝儀と言う事で全額クリスナーヤに渡してやった。
「でも……」
「遠慮しなくていい。次からはきっちり半分こにするから」
「分かりました。ありがとうございます」
それは宿代の借りを払っても充分におつりが来る稼ぎであった。
「こんな感じで毎日うろついていれば、暮らして行ける程度には稼げるよ。クンベの迷宮は地下8階まであるって話だし、焦らずに行こう」
「はい。私も早く魔法を覚えるよう頑張ります」
明日からは本来の地下3階攻略にかかってもいいのではないか。そんな気がした。
クリスナーヤのシールドで魔物の群れを分断してもらえたら、毎回衝撃波を使わずに済むし。マナ切れに陥る危険も大幅に下がるだろう。
やっぱりパーティを組むとこれまでとは段違いだ。
エンジンがかかってきた事を実感するタダシであった。