相棒(聖剣)が有能すぎて俺は今夜も眠れない   作:機工

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8.餓狼団(1)

 クリスナーヤが三日にあげず新しい呪文を覚えてくれるおかげで、パーティの戦闘力は日々向上していった。

 勉強熱心なクリスナーヤは、自由時間をすべてフレド爺さんに借りた魔導書の研究に費やしているようだ。

 火炎と雷撃の威力強化版はすぐにものにしてしまったし、待望の全体攻撃呪文も先週あたりから実用段階に入っている。

 だからタダシたちは、群れで行動する魔物が多いクンベの迷宮地下3階も、さほど苦労する事なく探索を進める事が出来ていた。

 売り物になる魔物の場合はクリスナーヤのブリザードで動きを鈍らせ、タダシが殲滅して回収。売り物にならない魔物は、ほとんどクリスナーヤ任せで問題なかった。たまに魔法の範囲から外れて飛びかかってくる個体をタダシが始末する程度だ。

 マナ切れの危険と隣り合わせの衝撃波は、パーティを組んでから一度も出番がなかった。

 

 そんな感じで地下3階の半分程度まで探索が進んだある日のこと。

 

「気付いているか?」

 タダシがクリスナーヤに耳打ちした。

「はい。つけられていますね」

 クリスナーヤが振り返らずに答える。

 背後から、害意ある気配が感じられた。

 但し、魔物ではない。人だ。

 隠れているつもりなのだろうが、さっきから姿が柱の陰に見え隠れしているし、足音も消せていなかった。

「ろくな連中じゃなさそうだな」

「私もそう思います」

「油断するなよ」

「はい」

 地下2階で化けキツネと戦っている際に、遠巻きに見ていた男たちである事は分かっていた。

 何が目的なのか、タダシたちが魔物を始末して安全になった後を、コソコソと追ってくるのである。

(彩はどう思う?)

(さあ、物盗りの類いじゃない? 大した力も感じ取れないし)

 彩はあまり気にとめていない様子だった。

 

 いつまでもつけられるのも鬱陶しいし、誘い込んでやるか。

 タダシたちは分岐を折れて、行き止まりの小部屋に向かって進んだ。

 まずは魔物の始末だ。

 気配を殺して扉の前に立ち、中の様子を探る。

「口裂け犬だな……」

「4匹でしょうか」

「ああ。行くぞ」

 要領は分かっている。クリスナーヤが詠唱を始めた。

 わずかな間をあけて、タダシが扉を蹴飛ばして中に飛び込む。

 丁度クリスナーヤの詠唱が完了するタイミングだ。

 中にいた魔物どもがうなり声を上げて立ち上がった時には、すでに発動したシールドに捕らえられており、強力な火炎の渦が中空から襲いかかろうとしていた。

 魔物どもにとって不幸な事に、こうなってはもう手遅れである。

 逃れる術はない。

 石造りの壁が炎の色に染まり、照り返しがタダシとクリスナーヤの輪郭を浮かび上がらせた。

 ギャイン! 魔物どもはシールドの内側から牙を剥いて体当たりするが、シールドはびくともしない。

 2匹はその場に閉じ込められて絶命し、残りの2匹はシールド解除と同時にタダシに首を斬り落とされた。

 

 タダシはそのまま小部屋の扉の後ろに立ち、クリスナーヤに少し下がるよう手で合図した。

「……」

 しばらく待っていると複数の男たちが、用心するわけでもなく中に入ってきた。

「すげぇ魔法だったな。黒焦げだ」

「ちっ、あいつらどこに行った?」

 扉の死角に入ったタダシたちに気付く事もなく、キョロキョロしている。

 その動きだけを見ても、クンベの迷宮をうろつくレベルに達していない事は明らかだった。

「何か用か?」

 タダシが声をかけると、男たちはギョッとして後ずさった。3人組だ。

 リーダー格の男が、辛うじて無様に見えない程度に体裁を取り繕って向き直る。

「いや、珍しい剣を持っていると思ってな」

 そう言って刀身を光らせる長剣彩空にあごをしゃくった。

「……」

「ちょっと見せてくれよ。いいだろ」

 しわがれ声を出してタダシの目を覗き込む。たぶん「嫌とは言わせない」と言いたいのだろう。

「断る」

 タダシはにべもなかった。

「何だとぅ?」

 リーダー格の男が胸元のバッヂを見せつけるような動きをした。

 シルバーの地金に何やら文様が彫ってあり、デザイン的には悪くなかった。

 見ると他の男たちも同じバッヂをつけている。

 ははあ、何かの秘密結社みたいなものかな。きっと見ただけで震え上がる事を期待しているに違いない。タダシはそう思ったが、知らないので怖くも何ともない。

「断ると言っている。用はそれだけか」

「てめぇ、口の利き方に気をつけねぇと……」

 別の男が言いかけて途中で口をつぐんだ。

 タダシの背後で、クリスナーヤが掌の上で火球を弄んで立っていたからである。

 男たちは、討ち漏らした魔物の始末をしていただけのタダシなんかより、様々な攻撃魔法を操るクリスナーヤの方がはるかに危険だと考えたのだろう。

「ま、まあ今回は見逃してやる。一つ忠告しておくが、あまり俺たちを怒らせない方が身のためだぜ? お前も早死にしたくねぇだろ?」

 リーダー格の男が目配せをして背中を向けた。

 残りの男たちもタダシをひと睨みして後に続く。

 

「去らせて良かったのですか?」

 連中の気配が消えるのを待って、クリスナーヤが火球を収めた。

「ああ。うちの彩はチンピラ如きに奪われるような剣じゃない。また来たらその時さ」

 やれやれ面倒なことだ。タダシが肩をすくめた。

 

 

 ガルムンドに戻る道中も、男たちは少し離れてタダシたちの後を付いてきた。

 ご丁寧に迷宮の入り口で、タダシたちが出てくるのを待っていたのである。

 姿を見せて威嚇する作戦に変えたらしく、隠れようともしなかった。

「さっさと始末しておけば良かったかな」

 実に鬱陶しい。タダシは少し後悔した。

 町中に入って振り返ると、男たちも一緒に入って来るのが見えた。

 髭の衛兵が腕組みをしてチンタラ歩く後ろ姿を睨んでいる。怪しい奴らだと思っているのだろう。

 まあ、正規の通行証かギルド証を持っていれば、お尋ね者でもない限り締め出すわけには行かないだろうから、それは仕方ない。

「狙いは俺だと分かっているが、そっちも用心してくれ」

 タダシは宿の前でクリスナーヤと別れてギルドに向かった。

 連中が何者なのか、情報を得ておきたかったのである。

 

「銀色の地金にこんな文様だったかな……」

 タダシは記憶を頼りに、男たちがつけていたバッヂの絵を描いてガルフに見せた。

「ああ、それなら餓狼団(がろうだん)とかいう山賊どもだな。本拠地は北の方だが、最近この辺りに支部が出来たって話だ。身ぐるみ剥がれた旅行者や隊商あたりから、ちらほら討伐依頼が来ている」

 ガルフは絵を見るなり言った。

「昨日も素っ裸に剥かれた旅行者たちが駆け込んできたって衛兵が言ってたな。金目のものはおろか、着衣に至るまで残らず毟られたそうだ。奴らの仕業だろうよ」

 ガルフが「派手に暴れてくれるものだ」と渋い顔をした。

 その手のならず者は入れ替わり立ち替わり現れるのでイタチごっこだが、ギルドとしてはその都度討伐して対応しているらしい。

「何だ、そいつらに絡まれたのか?」

「ああ。俺の剣が欲しいそうだ」

「お前、どうせクリスナーヤにおんぶに抱っこを決め込んで、ボケッとしてたんだろ。だから舐められるんだ。お前の見た目はさっぱり強そうじゃないからな」

 ガルフが身体を揺すって笑う。

「ち、ちゃんと役割分担した上でそうしてるだけだ」

 まったく心配してもらえず、タダシはちょっと不満だった。

「帰りに酒場に寄ろうと思ってたけど、やめとくかな。揉めると店に迷惑がかかりそうだ」とため息をつく。

「いや、店の中ではちょっかいをかけてこないと思うぞ。下手に暴れると居合わせた冒険者にぶっ殺されるかもしれないからな」

 ガルフは「むしろ気をつけるのは店を出てからだ」と言った。

「中には結構な腕前のナイフ使いが混じってることもある。油断するなよ」

「ああ、分かった」

 じゃあ、軽く一杯だけ。タダシはギルドを出た。

 

「待たせてくれるじゃねぇか」

 ガルフの言った通りだった。

 男たちは酒場には入って来ず、入口の扉を見張ってタダシが出て来るのを待ち構えていた。

「付き合えよ」と取り囲まれ、腕をつかまれる。

「……」

 タダシは言われるままに、男たちに引っ張られて歩いた。

 宿とは反対方向の、人気のない川岸に向かう小径だ。

「こいつ、怖くて小便ちびってるんじゃねぇか?」

「声も出ねぇんだろ。命乞いするなら今のうちなんだけどなぁ」

「いやいや手遅れだろ。アニキを怒らせちまったんだから」

 子分たちが勝手なことをしゃべっている。

「降りろ」

 背中を蹴飛ばされて河原に降ろされた。

 男たちも一緒に付いてくる。

「あの魔法使いさえいなけりゃ、てめぇなんぞ屁でもねぇ」

 タダシに川の流れを背負わせ、退路を断った体勢でリーダー格の男がナイフを抜いた。

 これもガルフに聞いた通りだ。腕前の程は分からないが。

「最初から大人しく剣を渡していれば死なずに済んだものを。馬鹿な野郎だ」

 タダシの首筋をナイフでなぞりながら嘲笑う。

 一方的に優位に立っていると確信している顔だった。

 

 ふと見ると、川岸の土手に別の人影があった。

 ガルフだ。ああ言っていたが、ちゃんと気にしてくれていたらしい。

 隣にクリスナーヤの姿も見えた。

 タダシが片手を動かして心配無用と合図する。

「何をキョロキョロしてやがる。助けなんか来ねぇよ」

 男たちからは殺意が感じられた。

 タダシを殺して剣を奪い、死体は川に流してトンズラ。考えているのはそんなところだろう。

 ならばこちらも容赦する必要はない。

 心のどこかに迷いがあったタダシだが、吹っ切れた。

「あれ、こいつの剣、光ってないですぜ?」

 子分の一人が声を上げた。

「ん? てめぇ、あの剣をどこにやった?」

 おめでたい奴らだ。今更タダシの腰の短剣が目的の剣と違うことに気付いて、血相を変えている。

「これのことか」

 さっさとケリをつけよう。

 唐突にタダシの右手に彩が現れた。男たちには魔法のように見えたに違いない。

「何だ、どうなってるんだ?」

「いきなり出てきた気がするが……まあいい、その剣をさっさと寄越せ。さもないと……」

「断る。何度も言わせるな」

 自然体で彩を握って立ち、男たちを観察する。

 特に誰が一番腕が立つというわけでもなさそうだ。

「気に食わねぇな」

 リーダー格の男がナイフを構えて腰を落とした。子分たちもそれに続く。

「……」

 張り詰めた空気が流れた。

 

「殺(や)れ」

 リーダー格の男が子分たちに目配せした。

 ナイフを逆手に持った子分2人が、左右から同時に襲いかかってくる。

 普通ならばしくじるはずのない、必殺のフォーメーションなのだろう。

 しかしタダシの反応は、彼らとは比べものにならぬほど早かった。

 薄闇の中で流星剣の軌跡が左に舞い、そのまま円を描いて右に振り下ろされる。

 その次の瞬間には、彩の刃先は正面のリーダー格の男の心臓を貫いて背中に抜けていた。

「ぐぇ……」

 リーダー格の男の目が見開かれ、何か叫ぼうとして口が動いた。

 そして一言も発することがないまま、瞳から生気が失われていく。

 左右には、子分の一人が腕と首を同時に斬り落とされ、もう一人も額を真一文字に割られて崩れ落ちていた。

 一瞬の出来事である。

 

「見事だ」

「怪我はありませんか?」

 静かになった河原に、ガルフとクリスナーヤが降りて来た。

「ああ、大丈夫。見捨てないでいてくれて嬉しいよ」

 タダシが少し憂鬱そうな表情で振り向く。

「ふふん、骨くらい拾ってやらんと寝覚めが悪いからな」

 ガルフは憎まれ口を叩きつつも、安堵の表情を浮かべていた。

 視線が彩に吸い寄せられるように動く。

「……それが『いにしえの剣』なのだな。俺も長いこと冒険の世界にいるが、初めて見た」

「ああ。最初にギルドに行った時は現れてくれなかったっけ」

「美しいな」

 ガルフがごく自然にかぶっていた山高帽を取った。

 タダシの目には、歴戦の古強者が彩に敬意を払ったように映った。

「これで諦めてくれればいいんだが、そうは行かないんだろうな。餓狼団とやらの構成員が、こいつらだけってことはないだろうし」

 タダシが転がった死体に目をやる。

「おそらくな。だが俺の目が黒いうちは、こんな連中をのさばらせる気はない。ギルドとしても、そろそろ討伐に動こうと思っていたところだ」

 この手の組織は放っておくと、食い詰め者やら冒険者崩れやらを巻き込んで、じきに無視できない勢力になる。治安は悪化し、衛兵たちの仕事も増える。そうなる前に潰すのだとガルフが言った。

「そのうちちょっかいを出してくるのは間違いない。油断するなよ。こっちも出来る限りの情報を集めておこう」

「ああ、頼む」

 気の重い日々はしばらく続きそうだった。

 

 

 それから帰り道に行商人の露店でナーチェの実を買った。と言うか、彩に買わされた。

 隅っこの目立たない位置に積んであるのを、よく見つけたものである。

「あの手の奴らって1000年経ってもいるんだねぇ」

 宿に戻るなり制服姿の彩が出てきて、ナーチェをかじり始めた。山ほど買ったのでとても幸せそうだ。

 横ではクリスナーヤが、喜々としてナーチェの実を剥いては彩に渡してやっている。こちらも幸せそうだった。

「ナーヤも食べなよ。これ本当に美味しいんだから」

「ありがとうございます、あや様」

 クリスナーヤが恭しく頭を下げた。

「『様』なんかつけなくていいってば」

「と、とんでもございません」

 エルフ族のクリスナーヤにとって彩は精霊に等しい存在であり、呼び捨てにするなど思いも寄らぬことらしかった。

「昔からああいうのがいたわけか」

 タダシもナーチェの実を一つ取ってかじった。上品な味がしてとても旨い。

「もう、何回目か分からないくらい。馬鹿だよねぇ」

「やっぱり全滅させるしかないものか?」

「ううん、頭になっている奴を倒すんだよ。そうすれば下っ端は逃げちゃうから」

「そうか」

 彩の言葉に、タダシがちょっとほっとした顔をする。

「皆殺しにするのは気が引ける?」

「まあな……」

 一時は道を踏み外しても、生きていれば立ち直るかもしれないし、奴らにも親兄弟がいるだろう。

 なるべくなら逃がしてやりたいというのが本音だった。

「優しいねぇ、タダシちゃんは」

 彩が意味ありげに笑った。

 クリスナーヤも彩と同じ顔をして見ている。

「分かってるさ。甘いって言いたいんだろ」

 タダシが肩をすくめた。

 

 

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