Re:ゼロから始める内政官生活   作:町屋ハチロー

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第一話

 穏やかな時間の流れる午後のひと時。

 室内には緑を基調とした衣服に身を包む男性が真剣な表情で書類に目を通している。若く、整った容姿はしかるべき舞台でしかるべき衣装を身に着けて立てば、少女の一人や二人、恋の病を煩わせることができるかもしれない。

 窓からそよ風は入り、彼のややウェーブかかった灰色の髪を揺らす。

 視線を固定しながら腕だけを動かして書類が飛ばないように重石を紙束へと乗せた。

 

 1枚、1枚ただただ必要な事項に目を通し、判断に迷うものは机の隅に分け、あるいはサインやハンコを押して次の作業に移る。

 そんな中で作業を淡々としていると突如バタンという静寂を破る音と共に扉が開かれた。 

 

「よーぅオットー! 元気にやってるかー。仕事しやすいようにロズっちが部屋用意してくれたし、良い気分で仕事できるだろー」

「…………」

 

 仕事していると分かっていながらノックの一つもせず、まるで我が家の扉をくぐるような軽い調子で黒髪の少年が入ってくる。

 目が鋭く、人相としては悪人面に近いが、声を掛けた様子は友好的そのものだ。

 ただ礼儀などどこへやら――否、屋敷の主であり、ルグニカ王国屈指の宮廷魔導士でもあるロズワール・L・メイザース辺境伯の前でも、目の前の彼は調子を崩すことは少ない。ロズっちなどという愛称も規律に厳しい屋敷なら打ち首されてもおかしくない無礼さだろう。

 とはいえ当のメイザース伯も変人奇人と有名であり、独特の化粧をしていたりなど奇行が目立つ人物なので類は友を呼ぶという現象なのかもしれないが。

 そんな慇懃無礼を飛び越えた何かの彼。

 実は王族だとかの目上の人間というわけでもない。自身を巻き込んだ元凶である相手にどう声を掛けてやろうかと一瞬だけ逡巡していると、

 

「ん? どうしたんだよ、オットーはオットーなんだからオットーらしくオットーしていなくちゃいけないだろう。なあオットー」

「そんなさも当然のように僕の名前を動詞か何かみたいにして言わないでくれませんかねぇ!?」

「いやー難しい顔してたから俺という清涼剤で、こう気分転換一丁って感じでね。枯れ木も山のなんとやらってやつよ」

「よく分かんない言い回しですけど、あんたはそういう殊勝な心掛けでやってるわけないでしょうが! ……で、何の用なんですかナツキさん」

 

 目の前にいるナツキ・スバルという少年にオットー・スーウェンという名の男は、呆れた調子で声を掛けるのだった。

 

 

 ☆★

 

 

 そうしてひと悶着あったあと。

 コホンとスバルは咳払いを一つ付くと、

 

「いや特に意味はないんだな、これが」

「あんたいっぺんしばき倒してやろうかぁっ!?」

「そりゃ勘弁。俺じゃお前に勝てないし。いざとなったらガーフィール先生にお願いするしかなくなるな」

「喧嘩売っといて年下の子供に代理頼むとかプライドないのかぁっ!!」

「そこはほら、俺ってばみんなにおんぶで抱っこして貰わないと何にもできない男だしさ」

「そんな情けない理由で力借りようとするなぁ!」

「おいおいさッすがの俺様もそんな理由で喧嘩ァしねェよ大将、オットー兄ィ」

 

 スバルの開け放った扉を閉めながら、もう一人の男が部屋に入ってくる。

 ガーフィール・ティンゼル――無尽蔵の体力と怪力自慢の獣人でロズワールを除けばエミリア陣営一の武闘派だ。

 そんな彼は己のトレードマークでもある金色の髪を揺らしながらドカッと近くの椅子に腰かける。

 

「だいたいよォ、泣く子も黙る武闘派内政官のオットー兄ィ相手じゃ全力で喧嘩ァすることになッるじゃねェか」

「さらっとあんたも何言ってるんだ、全力でやられたらこっちが紙のように吹き飛ぶよ!」

「おいおいオットー謙遜すんなよ。白鯨を倒したこのナツキ・スバルに勝てる男が、よもや人間一人に怖気づいてしまうなんて内政官の名が泣くぞ?」

 

 ガーフィールのボケにオットーが反論し、スバルが更に乗っかりワイワイと騒ぐ。

 当然だが内政官は内政が主な仕事であり、戦闘が主任務なわけがない。

 

「内政官は書類仕事が主であって、武官じゃないんですがねぇ!? というより、それですよナツキさん!」

「それってどれだよ」

「そりゃァ大将あれだろォ」

「それか」

「だなァ」

「二人で変な納得の仕方しないでください」

 

 一つ一つ突っかかっているとキリがない。

 そう判断したオットーは「そもそもですね」と無理やり会話を続けると、

 

「僕ぁしがない一商人であって、いつまでもこうしているわけにもいかないんじゃないかって思うんですよ。行商人としての夢も野望もありますし、メイザース卿の本邸に移ってからも、なんかなし崩し的に仕事のお手伝いをする羽目になってますけど」

「そりゃあできればシルバー人材センターにコールしたいほどにエミリアたんの陣営は人材不足だからなあ。王選候補者の中でもブッチギリの小規模団体様だし」

 

 スバルが言ったようにエミリア陣営は人材が極端に少ない。

 王選は時期国王を決める。それは3年の間で国民に認められる功績を作り、竜と盟約を結ぶ巫女を選出するもの。ならば人は多いに越したことはない。

 ただとある理由でハーフエルフのエミリアは周囲から迫害を受けていた。ロズワールが後見人となって彼女を担ぎ上げた際は、周囲の者たちからはあり得ないと白い目で見ており、スバルが憤慨していることもあった。

 当然、そんな少女に手を貸す者は少ない。

 彼女の下に集まっているのはそんなエミリアを差別的な目で見ない人ばかりであり、オットーもその一人だ。

 だが、

 

「しるばぁなんちゃらはともかく聖域から帰ってきてからは燃えたものの処理、アーラム村民のこと、聖域の住人に対する待遇諸々はお手伝いさせていただきました。さすがにあれだけ関わって放っておけませんし、敵対した時もあるとはいえ辺境伯との縁は今後の領内での商売に有用だと思いますからね。商人としてはコネが多いことに越したことはありません」

 

 オットーは商談をするような調子で努めて冷静に己の状況を省みていく。もともと頭の回転が早い彼はそういったことに長けていた。

 そんな彼の様子にガーフィールは先ほどとは違い腕を組み、椅子に背中を預けながら目を閉じて静観。大将と呼ぶもう一人に全て預けるといった様子だった。

 そしてスバルは心なし悪戯っ子のような笑みを浮かべながら耳を傾けている。

 

「ナツキさんも正式にエミリア様の騎士になれたわけですし、本邸への移動も滞りなく終了。一通りの大きな行事は終わったわけです」

「そうだな」

「となれば、心残りはありますが――」

 

 そこでオットーは言葉を切ると一度視線を宙に向ける。

 真上というわけではなく、かといって適当な場所を見たわけではない。明確な意思を持って双眸を向けた。

 だがその仕草だけで、オットーが何を言いたいかをスバルはすぐ理解した様子だった。

 どこかの一室。彼が毎晩訪れる場所であり、ある種の聖域。大切な記憶。譲れない想い。

 気持ちスバルの笑みは薄くなり、代わりに真剣な表情が瞳に映し出される。

 多くの交渉事を経験してきたオットーからすれば、分かりやすいくらいの変化だ。

 だからこそキッチリ話し合わなくてはならない。人生は一度きりなのだから。

 

「僕は別に金だけに執着する亡者であるつもりはありません。ですが商人としてはいつまでもここに留まるということは商機を失うことにも繋がりかねません。皆さんは人情とか過去とかその他色々なしがらみはありますが、僕はハッキリ言えば部外者の立場です。繋がりは薄い」

「……つまりだ、お前はこう言いたいんだろ。ここにいるだけの理由が欲しいって」

「茶化さないでくださいよナツキさん。これは商談なんですから」

「お前の言いたいことはわかってる。だから言わせてもらうが――」

 

 日は暮れ始めている。暗くなる前にと夕飯の準備を始めたのか、どこからか良い香りが窓から入ってくる。

 屋敷の使用人として働くスバルも色々と動かなくてはならない時間だ。

 あえてそうした時に交渉を始めたのはオットーなりの策略だろう。余裕をなくし、安易な選択を取らせる。

 真剣な表情を見つあった後にスバルの出した答えは、

 

「からかい要員がいなくなると俺の心がストレスでマッハだから手放すわけにいかねーな」

「言うこと欠いて何てこと抜かすんだよこの人は!」

「ん、なんだよお話ァ終わりッて感じか? そんならまだ一日十オットーしてねェから駄弁ろォぜ」

「前にも言ってたけどそのお前らほんとは僕のこと嫌いなんじゃないの!?」

 

 真剣な表情はどこへやら。

 いつものからかい節を発揮し始めたスバルにオットーが食ってかかり、ガーフィールも悪ノリする。

 ぎゃあぎゃあと騒いでいるとスバルは急に真剣な表情になって言い放つ。

 

「お前は離れねえよ」

「…………」

「悪りぃとは思ってるし、申し訳なく思う気持ちもパンの一欠けらくらいはあるが」

「……つくづく口の減らない人ですねぇ」

「最悪なまでに商人に向いてないお人よし。隠せばいい内心を晒しながら話すやつ。何かを放りっぱなしで旅立つほど非情にもなり切れねぇ。それがオットー・スーウェンって男だ。俺の足りない力の部分はガーフィールとかに借りるが、俺の足りない知恵の部分はお前に借りなくちゃいけない」

「さらりととんでもない毒を吐かれてる気がしますが置いておきます。ですが借りるんなら利息は貰わないといけないですねぇ」

「払ってやるさ。ロズワールが真っ青になるくらいにな。だからそれまでお前は絶対に引き留めさせて貰うぜ。うちの女神様を助けるためなら、どんな手を使ってでもな」

 

 交渉なんてあったものではない。捉えようによっては脅迫と言っていいだろう。

 思えば彼との交渉は交渉の体を為していないことが大概だ。

 テーブルに金貨を置いて一枚単位で相手との利益を奪い合うとき、ナツキ・スバルという少年はテーブルをひっくり返して全部こちらに渡してしまうのだ。

 そして言い放つ――「助けてくれ」と。

 みっともなく、ぶざまに、縋るように。

 

 でも大切な何かは決して手放さない。手放さないと決めたら、例え自らが死んでしまっても救おうと動いてしまう。それだけの力はないのに。

 彼は命の勘定が妙に安いのだ。最近はそうでもないが、一時は破産した商人よりも容易に首をくくってしまうような雰囲気さえ纏っていた。

 だが同時に万事が万事おちゃらけるこの少年が真剣な表情で語る時は、それだけの決意を持って語るときだ。

 どんな手を尽くしてでも、ナツキ・スバルという男はオットー・スーウェンという男を運命に縛りつけるだろう。

 だから溜息を吐く。土台、是が非でも協力させようとするのは察していたから。

 

「そんな熱い告白なら女の子がいいんですけどねぇ」

「気持ち悪いこと言うなよ、俺が真剣に口説くのは世界で2人だけだっての。あと熱心すぎる女の子は逆に恐怖の対象になるぜ。こう心臓をぎゅっと掴まれる気分になるくらいな」

「そりゃ勘弁ですねぇ……っとエミリア様?」

 

 気づくと執務室の扉が開いており、その向こうには銀髪の少女でハーフエルフであるエミリアが立っていた。

 扉とは反対の方向を向いていたスバルも振り返るといつもの陽気な表情と調子で話しかける。

 

「よーうエミリアたん! 夕陽が君を彩って最高に綺麗だねえ! もしかしなくても夕飯の準備手伝えとか? 一応最低限俺の仕事は前もって終わらせたつもりだけど」

「あ、ううん。夕食の準備はできてるから呼んできてってラムに。ただすごーく真剣な様子だったから声かけていいか迷っちゃって」

「そんなの気にしなくていいよエミリアたん。こんなのはポイよポイ。オットーにかける時間より好きな女の子と一緒に過ごす時間の方が100倍嬉しいしから」

「なんか僕が捨てられてる流れなんですけどなんなんですかねぇ!?」

「大将腹ァ減ったし、さっさと行こうぜェ」

 

 のんびりとスバルとオットーのやり取りを聞いていたガーフィールは、終わったとばかりにエミリアの横を通り抜けて食堂へと向かっていく。

 しかしガーフィール去ってお開きな雰囲気なのに、エミリアだけは真剣な表情を崩さない。

 そんな様子に気づいたスバルは怪訝そうな顔をしながら、

 

「どったのエミリアたん、なんか眉間にシワ寄せすぎじゃない? 駄目だよほら指でぐっと広げて戻さないと」

「もうっ、そーやってスバルはすぐ茶化す。真剣なお話なんだから、ちゃんとしないと!」

「いや真剣って言ってもいつものジャレ合いな気がするんだが……」

「だってラムが言ってたもの。真剣な告白だって」

「ラムが? あいつが言ってたって……」

「ナツキさん、なんか碌でもない空気をとても感じるんですが」

 

 ラムとはこの屋敷に住まう鬼族のメイドだ。

 主であるロズワールを信奉しており、歯に衣着せない言動が特徴的な毒舌メイドでもある。

 そんな彼女がエミリアに何かを言ったという時点で嫌な予感がオットー、スバルの両名の脳裏をよぎる。

 そしてメイド少女が吹き込んだ内容を目の前のエミリアがあっさりとバラし始める。

 

「その……ね? スバルが誰を好きになっても止める権利は私にないと思うわ、うん」

「ちょっとちょっとエミリアたん!?」

 

 スバルの静止も聞かず、エミリアはハーフエルフの特徴的な尖った耳を赤らめながら、ゆっくりとしかし真剣な眼差しで話し続ける。

 

「だからその、オットーさんに愛の告白しようとしても、その今の私はどうしようもないというか。もちろん振り向いて貰えるすごーく努力はするつもりだし、スバルがせいとうさくしゃ? でもどーんと受け止めるつもりだから、なんていうかね」

「だああああああああああああ!!! あんの姉様は何変なこと吹き込んでやがるんだよー! あとどーんと受け止めるってきょうび聞かねえな! 今それどころじゃないけどっ」

「す、スバル?」

「誤解! 誤解だからねエミリアたん! ラムの嘘を真に受けちゃ駄目だよほんと、アイツの言動はどこからしら虚言虚実が混じってると思わなくちゃいけないから。とにかく一緒に来てあの鬼メイドにがつんと言ってやらねえと!」

「う、うん? あ、ちょっとスバル待って!」

「……やれやれ、なんというか騒がしい人達ですねえ」

 

 ありもしない同性愛者疑惑に怒ったスバルが駆け出し、ついでエミリアもその後を追いかけるように走っていく。

 残されたオットーは軽く頭を掻きながら苦笑気味だ。

 日常茶飯事なので慣れたともいう。

 

「本当なら深入りすべきじゃないんでしょうけど」

 

 一度執務室に戻り、窓を閉めるために手を掛ける。

 外は夕陽が沈み、宵闇がやってきていた。

 闇は時に彼を絶望させ、時に恐ろしい魔獣を伴って襲い掛かってきた。

 しかし今自分は生きている。

 大騒ぎしながら笑いあう彼が救ってくれたのだ。

 

「どのみち一度乗りかかった大船ですからね」

 

 命を賭けて戦った。

 死ぬような目に遭いながらも生き延びた。

 ナツキ・スバルという少年がいなければ、オットーは魔女教に捕らえられたまま一生を終えていただろう。

 

「恩には値札が付かないと言いますが、命の恩人の値札はずいぶん高くついてしまいそうだ」

 

 パタンと窓を閉じる。

 彼には彼の流儀で、満足のいく形で返すことになるだろう。

 そのことに若干の重荷を感じつつ、しかしお人よしの彼は嫌な気持ちにはならない。

 そんな商人としては不器用な自分に苦笑しつつ、スバルの怒声やラムの嘲笑が響く広間へとオットーは足を向けるのだった――

 

 




キャラ紹介
『オットー・スーウェン』
本作での主役。
不幸体質で巻き込まれ体質の商人。商人に向いてないと言われるほど根がお人よしで、彼の経験談は失敗がセットになっていることも多い。
土魔法のドーナ系を扱え、言霊の加護による自然や動物を味方につける能力を持ち、荒事にもそれなりに強い。
慌てる場面も多いが、商人らしく頭は良くて機転も利く……のだが勝ち馬に乗ろうとしても運に見放されることが多く、うだつの上がらない日々を過ごしていた。
油で破産しかけるわ、魔女教徒に捕まるわと人知れず終わるはずだった人生だが、スバルに救われたことが彼の運命を大きく変えることとなる。


『ナツキ・スバル』
無知無能にして空気も読めない不登校児とないない尽くしの高校生にして、原作リゼロの主人公。
無駄に筋トレしたり、雑学豊富だが多くの場面では役に立たない。たまに役立つ。
『死に戻り』という死ぬことで過去の決まった場所に戻される力を偶然手に入れ、それを駆使して死と悲劇の運命に幾度も抗う。
作中では屈指のウザさを誇るが度重なる絶望へ抗い、乗り越え続けたことで最近では割と精神的にも落ち着いてきている。ウザさや口が達者なゆえか、こと煽りや扇動にかけては一級品。
戦闘能力は皆無で村の子供にやっと勝てる程度。同年代はまず勝てない。
普通は主人公が前に出れば勝利フラグだが、スバルの場合は死亡フラグでもある。
強敵に出会えば死ぬ。怒っても死ぬ。追い詰められても為す術なく死ぬ。それでも周囲に助けられながら抗い続ける、そんな主人公。



※続くかもしれないし、続かないかもしれない。
続けるのが苦手な方なので1話完結型スタイルで気ままにやります。
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