夜の帳が下りた鎮守府の埠頭。
その先端に座る影が一つ、月明かりに照らされながら杯を傾ける。
任務中は肩肘張ってしまう彼女の数少ないリラックスできる時間だ。
一部の酒好きの軽空母達と共に宴会をするのも嫌いではないが
静かに嗜むのも好きなようである。
そんな彼女にゆっくりとした歩調で近づく男が一人。
「一人酒かい?」
「提督? こんなところにどうしたの?」
「窓から君の姿が目に入ってね。少し様子を見に来たんだ」
「私にだって、たまにはこうして呑みたい時もあるわ」
「君の周りは酒となると賑やかすぎるくらいだからね」
苦笑いしながら右隣りに座る提督を飛鷹は一瞥をしたが、何も言わなかった。
かわりに右足を抱いて頬を乗っける。
そんな彼女の横に置いてある酒を見て、提督は指をさす。
「一杯頂いてもいいかな?」
「どうぞ」
「ついでに器も貸してもらえるかい?」
「好きにするといいわ」
「では拝借して」
器の底に金色の桜が描かれた酒器を手に取り控えめに注ぐ。
そして一息に酒をあおるが、盛大にむせた。
そんな彼の様子を見て呆れた様子で飛鷹が声をかける。
「苦手なら無理はしなくてもいいのに」
「ゴホッ――。いや、いつもどんなお酒を呑んでるのか気になってさ」
少し涙目になりながらも大丈夫というジェスチャーをするがなかなか咳が止まらない。
見かねて飛鷹が背中を擦ること数十秒、少し苦しそうにありがとうと提督は礼を述べる。
「助かったよ、こんなにきついとは思わなくてね」
「慣れてないならそうなるのが当たり前よ」
「次は気をつけるよ」
まだ片足を抱いたままの飛鷹に器を渡し、提督が酌をする。
自分の時とは目に見えて量が違うほど。
「酔わそうっていう魂胆かしら?」
「ハハ、そんなつもりはないよ。というより一杯くらいで君が酔ったりするのか?」
「そうね。たまにはあるかもね」
小さくつぶやきながら、左手に持った酒器に注がれた酒に月をうつす。
昨日が満月だったので今日は十六夜の月。彼女の手の上で静かにたゆたう。
しばらく二人は沈黙のまま過ごしたが、提督が先に口を開く。
「また、ドレス着ないのかい?」
「?」
飛鷹は言葉の意味をはかりかねて怪訝そうな目を向ける。
彼は頬を掻きながら言葉を続けた。
「クリスマスの時に着たやつ。物凄く似合ってたからさ」
「次はいつになるのか、また着られると良いわね」
「たまには出雲丸でもいいんじゃないか?」
真面目な様子で彼女の両肩を掴んで、その目を真っ直ぐと見る。
不意のことではあったが杯から酒はこぼさなかった。
「ちょ、何を――」
「僕が君の夢を叶えてみせるよ」
「……」
元々は商船になる予定だった飛鷹。
最大の豪華客船として横浜とサンフランシスコの航路を行き来するはずだった。
しかし有事が起こり『出雲丸』は改装を施され『飛鷹』として戦争に身を投じる事になる。
「わたしも諦めたわけじゃないわ。ここも居心地は良いけれど、一度は廻ってみたい」
「なら平和になったら行こう。前と同じというわけにはいかないけど、みんなを連れて」
「それも、悪くない……かな」
顔が近いことに気づいて二人はパッと離れる。
「すまない。少し熱くなった」
「いえ、大丈夫よ」
「いつになるかはわからないけど、覚えておいてくれ。僕もまた綺麗な姿が見てみたい」
飛鷹はそれに無言で応えた。
提督からは見えなかったが彼女は微かに笑みを浮かべている。
「もう少し呑みましょうか」
「邪魔じゃないかい?」
「嫌だったら最初から断っているわ」
抱えていた右足を解いて、彼の方に杯を向けると。
「改めて、乾杯」
そう言って再び彼女は杯を傾ける。
先程までわだかまっていた感情はすっかり霧散し、表情は晴れやかだ。
そんな彼女の様子を見て、提督も目を細める。
月を交えた二人の酒宴はもうしばらく続いた――。