この後も、もう一話だけ続く予定です。
「ふあぁ……、……いい天気、ね……」
既に常盤台中学で履修した内容の講義を聞き流しつつ、ぼんやりと物思いに耽る。
長点上機学園など、特待生として私を迎えようとしてくれる高校はいくつもあった。
しかし、私はそれらの誘いを断り、自力で試験を受けて別の高校へと入学した。
発電系能力者の育成、研究に力を入れている学校ではあったが、他に特筆するべき点はなく、ずば抜けた成果を上げているわけではない『普通』の学校。
そんな『普通』が、私にはどうしようもなく魅力的だった。
学業、能力育成以外に目を向け、今まで気が付かなかった日常に目を向けたい……なんて思うようになったのは、沈利の影響だろうか。
「……ねえ、……美琴ってば、聞いてる?」
「……え、あ、ごめん。ちょっとボーっとしてたみたい」
窓の外の風景をぼんやり眺めている間にいつの間にか授業は終わっていて、クラスメイトに話しかけられていることに気付かなかった。
そんなに油断してたら簡単にヤられるわよ、なんて、聞き慣れた声が頭の中に響き苦笑しながら、クラスメイトとともに昼食を取りに学食へと向かう。
「そろそろまた試験かぁ……、いいよね、美琴は。またどうせ学園トップでしょ?」
「ため息ついて未来の想像してる暇があったら、ちょっとくらい勉強しなさいよ。今日も宿題忘れて怒られてたじゃない。廊下に立たされるなんて、今日日漫画でも見ないわよ?」
「はいはい、美琴先生のお言葉はご立派ですねー」
自分の名を呼び捨てにし、聞こえは悪いが馴れ馴れしくしてくるクラスメイトが出来たのを感慨深くすら感じつつ、談笑を交えた昼食を楽しむ。
その後はまた退屈な授業が待っていたが、それもまた学生の義務であり権利なのだと受け入れ、一通りこなす。
授業をこなした後は、部活動の時間。
一つの部に所属するわけではなく、様々な部に顔を出しいろいろなスポーツや文化活動に興じてみる。
しっくりくるものはいまだに見つけられていないが、同級生や先輩後輩と笑い合いながら交流し活動するのはとても楽しかった。
身体能力や思考能力を頼みにされることはあっても、寄りかかられることはない。
また、一方的に憧れを抱かれ、こちらから歩み寄ろうとしても透明な部厚い壁に阻まれているような疎外感もない。
中学生の時には得られなかった学校生活の充実感に、自分の選択は間違っていなかったのだと強く感じる。
----------
「じゃあ、また明日ね。明日はちゃんと宿題やってきなさいよ?」
口を尖らせいじけたようなクラスメイトと校門で別れ、夕暮れの中、帰路につく。
ふとスカートのポケットから振動を感じ、ゲコ太を象った携帯端末を手にすると、メールの受信を伝えられる。
「沈利……」
メールの送信主の名を小さく呟く。
今日は帰りが少し遅くなるというメールだった。
それを伝えるだけのメールに施された様々な装飾文に一喜一憂させられている自分に気付き、また簡単に手玉に取られてしまっていることに苦笑する。
「まったく……、私も成長しないわね」
「あれ? 美琴さんじゃないですか! 偶然ですねー!」
折り畳みの携帯を閉じ嘆息する私の背から掛けられた明るい声には、聞き覚えがあった。
二日前に会ったばかりの友人、佐天涙子の声。
お馴染みの制服を身に着けた姿を見て、自分同様に下校途中なのだと察し、自然と表情を緩める。
同居人の帰りが遅いなら、友人とともに時間を過ごすのも悪くない。
「そうですか、麦野さんが……じゃあせっかくですし、どこかでご飯でもどうですか?」
「いいわね。この辺だと……、美味しいパスタの店があるけどどう?」
「いいですねー、パスタ! 最近はダイエットのために和食ばっかりだったので、ぜひぜひ!」
明るい声にどこか安心に似た心地よい感情を覚えつつ、共に歩き出す。
カバンを持つ手とは逆の腕を取られ、友人に抱き締められつつ歩き出したのには少し戸惑ったが、最近はよくあることだった。
思えば付き合いもだいぶ長くなったため、深まった友情の表れなのだろうと一人で勝手に納得する。
……腕に感じる豊満で柔らかな感触が、明らかに自分以上であることについては内心嫉妬してしまう。
会話を交わしながら目的の店へと到着し、軋む音を立てる店のドアを開く。
間接照明でムードがあり、学生には少し合わないように感じられる店だったが、味に定評があるためか繁盛し、店の中は混雑し雑談の声で満ちていた。
「んー、美味しいー! さすが美琴さんお薦めのお店ですね。これから常連になっちゃおうかな? ……あ、でもまた体重が……」
「涙子はそんなに太ってないでしょ? 過度な食事制限は体に毒だし、食べたいもの食べて、運動するのが一番よ。鮭弁当ばっかり食べても全然太らない奴もいることだし」
「あはは……、麦野さん、本当にスタイルいいですよね。羨ましいです」
案内されたテーブルで、向かい合うようにして二人で座り注文を終えると、しばらくしてから運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、笑顔を浮かべる涙子。
自分まで元気をもらえるような天真爛漫の明るい笑顔に、つられて笑みを浮かべてしまいながら食事を進めていく。
「美琴さんのも美味しそうですね。私、それと迷ったんですよー」
「じゃあ、食べてみる? ほら、一口」
「……そういうこと、無意識にやっちゃうのはずるいですよね……、ん、あーん……」
羨ましそうな涙子の視線を察して、一口分の麺をフォークに巻き付け、向かいに座る涙子の口元へと手を伸ばし差し出す。
なぜか少し不満げな表情を見せたのは、量が足りなかったからだろうか?
よく聞き取れなかった言葉を特に気にすることなく食事を進めていると、涙子がなぜか聞きたがることも手伝って、会話は自然と沈利の話題へと移っていってしまう。
自分からすれば、身勝手でこちらをからかってばかりいる沈利に対する愚痴のような内容なのでが、目の前の涙子はにこにこと笑みを浮かべてそれをすべて聞き入れ、受け止めてくれる。
「いやいや、パスタも麦野さんのお話も、二重の意味でご馳走様です。美琴さんののろけ話はデザートにしてはちょっと重すぎですねー……、胃がもたれそうですよ」
「ななな……の、惚気てなんかないでしょ!? 涙子まで私をからかう気?」
共に食事を終えると、自分の話を聞き終えた涙子がにやにやと沈利に似たからかいの笑みを浮かべていることに気付き、むっと頬を膨らませてしまう。
まるで、沈利にいいように弄ばれたような感覚に、ふと心に暗い影がよぎる。
「……とはいえ、惚気てばっかりでもなさそうですね。ほらほら、さっさと吐き出しちゃってくださいよ」
まったく、涙子にはかなわない。
友人が鋭いのではなく、自分の感情が表に出やすいのではという情けない考えが頭をよぎるが、テーブルを超えて顔を近づけてくる涙子の様子に観念して重い口を開く。
「私、沈利に釣り合ってるのかなー……なんてね。いつも簡単にあしらわれて、からかわれているばっかりで、自信なくなってきちゃって……」
「ふむふむ、なるほど……なんて、私も恋愛経験豊富なわけじゃないですから、話を聞くくらいしか役に立てないですけど」
漏れ出した本音のないように頷く涙子は、変わらず優しい笑みを浮かべたままで、会話の内容とはそぐわないようなわざとらしいほどの明るい声で答える。
おそらく励ましてくれているのだろうと考え、最初から答えなど求めておらず、聞いてくれただけでもありがたいと吐息を一つ漏らし口を開こうとすると、涙子の表情がいきなり頼もしくなったように感じ、目を瞬かせる。
「相手が女だろうと男だろうと、付き合ってるからにはお互いが好き合ってるってことですよ。美琴さんは美琴さんらしくいるのが、麦野さんにとっても嬉しいことなんじゃないんですかね」
そもそも麦野さんが自分と釣り合ってない人と一緒にいようと思うはずないですし、と、自分以上に沈利を理解しているような言葉を後に続ける涙子。
飾り気のない言葉はすとんと自然に胸に落ちてきて、今までの悩んでいた気持ちは何だったのかとすら思える。
「ありがと、涙子。これじゃどっちが先輩だか、分からないわね。私が男だったら、涙子のこと、放っておかなかったと思うわ」
「いえいえ、どういたしまして。……女同士でもこっちは全然構わないんですけどね」
「え? 今何か……」
「何でもありませーん。……今時、難聴系ヒロインとか誰得なんでしょうか全くもう」
時折呟かれる涙子の言葉が聞き取れないが、重要なことではないらしく特に気にしないことにする。
先ほどまでの凛々しく頼もしい顔立ちはどこへやら、諦めたような深いため息を吐く涙子とともに店を出れば、夕暮れ時から夜の闇へと外の光景が切り替わりかけていた。
「おごってもらっちゃってごめんなさい、美琴さん。ご馳走様でした」
「こっちこそ、いろいろ聞いてもらっちゃってごめんなさい。アドバイス代、ってことだから気にしないで」
街灯が灯り始める中、店から出て歩き始める涙子と私。
少し歩いていると、公園らしい広場に到着する。
「じゃあ、私はこの辺で。また遊びに行きましょうね、美琴さん」
「この辺で、って……もう暗いし、寮まで送ってあげるわよ?」
「いえ、もうすぐそこですし大丈夫です。ちょっと寄りたい所もありますから。……それに、これ以上一緒にいると我慢できなくなっちゃいそうです」
「え? 我慢?」
「ちょっとは聞こえたみたいですねー」
どこか遠い目をしながら、別れを告げる涙子。
最近は学園都市の治安もいいし、涙子がもはや危ない裏道を通るはずはないだろうと考えて渋々頷き、了承する。
別れの挨拶を返そうとすると、突然、涙子が胸に飛び込んでくる。
「っと……、いきなりどうしたの?」
「お別れのハグですよ。挨拶代わりです。あーんなにたっぷりと惚気聞かされたんですから、私にだってこれくらいの役得があったって……」
後半は良く聞こえなかったが、挨拶代わりと言われれば強く拒絶することもないだろう。
胸に顔を埋めてくる涙子の長い艶やかな黒髪をそっと梳くように撫でていると、ぶるりという震えの後、涙子がそっと体を離す。
「……じゃあ、またメールしますね! 今度は初春や黒子さんも一緒にカラオケもいいですね。ではではー……」
「あ、ちょっと、涙子! ……じゃあね、ありがと」
よく見えなかったが、頬が朱くなっているようだった涙子が慌てた様子で駆けていき、手を振りながら去っていく。
まるで嵐のような勢いに呆気にとられつつ、苦笑しながら手を振り返してみる。
去っていく涙子の背が見えなくなるまで見送ると、ふと疑問が浮かぶ。
「涙子の学校から寮までの道って、私の学校から真逆じゃ……?」
涙子と偶然タイミングよく遭遇するはずがないことに思い至るも、まあいいかと思考を切り替え、マンションへと足を向ける。
「沈利、ご飯食べてくるのかなー……、あ、冷蔵庫に鮭あったし、いざとなったら焼いてあげればいっか」
まるで主婦みたいだと自嘲しながら呟き歩いていると、自然に沈利のことを考えてしまっていることにふと気づいてため息を漏らす。
沈利との付き合いで揺らしでしまった自信は、沈利で取り戻そう。
まずは一泡吹かせてみることを目標に頑張ってみようと、小さな反抗心を固める。
「覚悟しなさいよ、沈利。私らしいままの私で、アンタに並んで歩いてやるんだから」
自分でも驚くほどに楽し気な声色の言葉は、夜空に浮かんで静かに消えた。