この素晴らしい世界にレグルスを!   作:vanity

1 / 5
1話

 どこまでも白い部屋の中に、二人の人物がいた。

 一人は白髪の―それ以上は特に特筆すべき外見を持たない中肉中背の青年。レグルス・コル二アス。

 もう一人は人間離れした美貌を持った女性。その髪は驚くほど長く、そして美しい透き通った水色をしていた。そう、水の女神アクアである。

 

「突然ですがあなたは死んでしまいました、レグルス・コル二アスさん」

 

「あのさあ、君、礼儀ってもんがなってないんじゃないの? 僕は突然こんなところに連れ去られて、混乱しているんだよ。見たこともない光景に見たこともない人間がいてさ。それで? 黙って聞いてたら死んでしまいました? とぼけた事を言ってないでまずは状況を説明するのが筋ってもんでしょ。君は僕の名前を知っていて、どうやら状況も理解しているようだけど、だからといって相手にも同じだけの理解を求めるっていうのは違うでしょ。っていうか決定的に間違ってるでしょ。だからまずは名前を名乗って、それからこの状況を説明するのが常識ってもんなんじゃないのかな? それとも僕とは全く違う常識の中で生きてきたからそういった事を知らないとか? でもそれならそれでまずあらかじめ常識が違う事を断っておくべきだよね。いきなり意味不明な発言をするだなんて相手に理解させる気が無いって事だよね? 『知る権利』だなんてものは主張したくないけど、それって僕の権利を―数少ない資産を侵害するつもりだって事かな?」

 

 アクアは思いっきりドン引きして一歩後ずさりながらなげやりに叫んだ。

 

「あーもう! アクアよアクア! 水の女神アクア様なの! あなたは死んだからこの私が死後どこに行くか選ばせてあげようって言ってるのよ! ほらこれでいい? 満足した?」

「そう、それでいい。そうやって互いの意思を尊重することでこそ世界は平和に満たされる

 ――なるほどね、信じがたいが確かに記憶をさかのぼれば」

 

 レグルスはそこまで発言して苦虫を噛み潰したような顔になる。当然である。思い出せば虫けら達に強欲たる立場を脅かされ、挙句の果てに舐めきっていたゴミ虫達に殺された事になるのだから。そしてここが死後の世界であるということは当然復讐の機会すらなく惨めに死んだということで――

 

 レグルスには当然ながらとてもではないが耐えきれる記憶ではなかったのでとりあえず本能的にどうして死んだかは忘れ去る事にした。

 

「どうしてかは分からないが、僕は死んでしまったようだね。まあ僕はそこらの人間とは違って個として確立された存在だから、その事実を受け止めてあげよう。ところで死後の世界って言うのはどんなものなのかな?」

「どうして神様のわたしより偉そうなのよ。まあ天国は無理そうね。何故か生前何やってたかは見えないけどそれぐらいは分かるわ。とりあえず今ならなんと! 記憶を消さずに肉体もそのまま! 新たな世界に生まれ変われる方法があるの!」

「ふむ、個として完成された僕を輪廻の輪に入れるのは確かに神にとっても惜しいことだろうしね。器の広い僕は寛容に受け入れるよ。それでどんな方法なのかな?」

 

 ちっちっちとアクアは指を振りながら説明を始める。

 

「手短に行くわね、とにかく魔王って呼ばれる凶悪な存在がいる世界があってね。その世界で殺された魂達がその世界での生まれ変わりを拒否しちゃってね? 深刻な人不足が危惧されているのよ。それで他の世界で若くして死んじゃった人たちを―ってあなたどんな歳してんのよ!? まあいいわ、とにかく他の世界の人たちを送り込む事になったの。しかも、そのまま送ってすぐに死んでちゃ意味がないから才能なり特殊能力なり、なにか一つだけ好きなものを持っていける権利をあげてるの。だからあなたは異世界で人生をやり直せて、異世界の人も強力な人類の味方が現れる。ね? お互いにいいことづくめでしょ?」

 

 レグルスはしばし考えるそぶりを見せ、口を開く。

 

「そういう事なら僕はその異世界とやらに赴こう。だけど―」

「あーはい行くっていった! 決まりね! さっさと持っていくもの選んで早く行ってね。後がつかえてるんだからもう」

 

 そういいながらアクアはカタログのようなものをレグルスに押し付ける。

 と、その瞬間レグルスの目が急速に濁っていった。

 

「あのさあ、今、僕が話してる途中だったよね? それを遮って自分の話題を進めるっていうのは流石に空気読めてなさすぎでしょ。何か言いたいならまず最初に声をかけて、発言したいなら挙手しろよ。相手の言葉を待つぐらいの気遣い、僕ができないとでも思っているのか?」

「え……」

「まあいいよ。この短い時間でも君が空気を読めないのは察せられたし、それを許せないほど僕の器は小さくはないからね。とにかく本題に入ろうか。まずさあ、そのまま送ってすぐに死んでちゃ意味がないってどういう意味? いやもちろんそこらの完成されてない人間ならそういった事もあるだろうけどさ、この完成された僕に対してその言いぐさはどうなのかな? っていうか完全にそこらの人間と同一視してるよね? この完成されて、この世で最も満たされた個である僕をそこらの人間と同一視して、その挙句の果てに権利をくれてやるだって? これってさあ、僕の事を見下してるんじゃないかな? というか完全に僕の事を見下してるよね。神様だかなんだか知らないけどさ、そうやって見下すのって失礼だって知ってるかな? 知らなくても、それはそれで今まで気づきもせずに見下してさ、相手の事を、相手の心を傷つけてきたって事だ。小さな傷からでも菌が入って重病になって、もしかしたら命すら脅かされる事もあるかもしれない。それは体も心も一緒だ、人を傷つけて、殺しかけてるって自覚を持つべきでしょ。それすら理解できないってお前、本当に頭おかしいんじゃないの? もし見下すのが失礼だと知っていたのならなおさらだ。意図的に人を傷つけて、命すら脅かしてるって本当に頭がおかしい。そうやって見下しておいて詫びの一つもいれないって完全な僕には理解できない行動だよ。だからさ「ふぁぁ……」あのさあ、人が話してる最中にあくびってどうなの? まあ話すのは僕の自由だしそれを真面目聞くか聞かないかって言うのは君の自由なのかもしれないけど普通は相槌の一つぐらい打つのが聞く姿勢ってもんなんじゃないの? 人として当たり前のことがどうしてできないわけ? 神だからってなんでも許されるわけじゃないでしょ。人間的に欠陥が有るのにどうして自分の欠点を直そうとしないわけ? そうやって欠点のある人間が世の中のまともな人間達に迷惑をかけて生きていくのは周りのまともな人間たちの心を踏みにじっているのと同意義だよね。そうやって心を踏みにじり続けてきたのに改善しようとしないのはもはや犯罪でしょ。世の中は互いの善意が広がり、繋がりあってこそ丸く回ってるんだからさ、その輪を乱すって言うのはその輪の中で平穏に生きている人たちの権利を蔑ろにしてるっていい加減に気づきなよ。……いい加減相槌の一つでもうったら? これさっきも指摘してあげたよね? 人の親切心によるせっかくの助言も無視してさそうやって押し黙るのはどうなのかな? さっきからの君の態度、完全に僕の言葉を軽んじているよね。言葉を軽んじてるって事は僕の存在そのものを軽んじてるって事だ。僕の事を見下して、軽んじてるってことは、僕のことを、ひいては僕の権利を蔑ろにしてるって事だ。いくら温厚な僕でも、数少ない権利を、資産を蔑ろにされるっていうのは見逃せないなあ。誤解しないでね、僕は別にこの程度の事を許せないほど器の狭い男じゃあない。だけど、ここまで虚仮にされて、見下されて、蔑ろにされたなら、復讐するのは正当な権利の行使だ。許せないわけではないけど、ここで許したらまた君の軽挙な行いで新たに人が傷つけられるかもしれない。ならもうこれは正当な復讐なんだから、許せる許せないにかかわらずしっかりと実行するべきだと思うんだよね。正当な権利を行使せず、君が新たな人を傷つけるのはみたくな――

 

 しびれを切らしたアクアのドロップキックがレグルスの顔面に突き刺さった。鈍い音と共に低いうめき声が漏れる。レグルスはそのまま吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がり魔法陣の上に横たわる。レグルスはそれに心底驚いた様子で

 

「っ『強欲』の権能は!?」

「あーもううるさい! 勇者…?よ 願わくば数多の勇者候補の中から魔王を打ち倒しなさいよ! 願い一個叶えられるように「いきなり飛び蹴りをするだなんてさ、それは」さっさとこのうるさいのを地上へ飛ばせー!」

 

 そして辺りは光に飲まれ、何も見えなくなって…

 しばらくして、光が収まり見てみればこの場にいるのはアクア一人になる。その事実にアクアは安心したように一息つく。

 

「はぁ、変なのだったわね。日本人しか来ないはずだったんだけど何であんなのが来たのかしら。何も持たせなかったけどまあいいでしょ。次来るのは引きニートね、めんどくさいんですけどー」

 

 

 ***

 

 

 旅立ちの町、アクセル。

 その地に白髪の魔人が舞い降りた――というのは今は昔レグルスはすでに魔人ではない。ナツキ・スバルとラインハルト・ヴァン・アストレアに殺された際にすでに強欲の魔女因子はナツキ・スバルに移っているため、『無敵』とうたわれた権能はすでに失われ自称完成された個のただの人である。

 100年以上にわたって権能便りの生活をしてきたレグルスの運動神経や感の類はもはやそこらのニートとは年季が違い、圧倒的な鈍さを誇る。そういう意味ではただの人という表現すら温情に満ち溢れていると言えるだろう。

 レグルスが降り立ったのは暗い路地のような場所で、まず彼は懐をさぐっても福音書が無い事を確認してからあたりを見回す。

 

「これが異世界か…思ったほどの違いは無いものだね。さて、あのクズ女に復讐するためには…」

 

 ここでレグルスの思考がとまる。そもそも土地勘もなければアクアの攻撃が通用したことから強欲の権能も失われているようだ。であれば、権能を持たないレグルスは食事をとらなければ当然すぐに飢えて死ぬわけで…

 

「まあ寛容なる僕は許してやるかな。取りあえず仕事を、この僕が探さなければ…」

 

 堪忍袋の緒が切れたレグルスは、あたりを見回すが八つ当たりできそうな人間も居なかったのでその辺のゴミを蹴飛ばした。そもそも八つ当たりした所で今のレグルスは返り討ちにされるだろうが。

 とりあえず裏路地から出て、おそらく町の中では大きな通りであろう場所へ出る。

 ふと、レグルスの目に幼い少女が目にとまる。とりあえず情報を得なければ、とレグルスは歩を早める。

 

「ちょっといいかい? 僕はレグルス・コルニアスという者なんだけど、ここへ来たばかりであまり町に詳しくないんだ。少し道を教えてくれないかな?」

「ええっ! 私? 私なの? 私もあまり来てから長くないから拙い案内しかできないかもしれないけど、それでも大丈夫ですか? 見放したりとかしませんか?」

「えっ? いや…、僕は教えてもらう立場だからね。拙い案内程度で怒るようなそんな小さな器の持ち主じゃないさ」

 

 ―そう、ゆんゆんである

 流石のレグルスも意外な反応に一瞬たじろいだがすぐにいつも通りになる。

 

「それはともかく初めに僕は名乗ったじゃないか? 僕は誰とでも友好的に接したい方だからさ、先に名前を名乗って、そして名乗り返してもらって、そうやって互いを知っていく事で友好的な関係を形作っていきたいと思ってるんだよ」

「あ、そうですよね。すみません先走っちゃって。名乗りますけど…恥ずかしいので笑わないでくださいね?」

「笑わないよ。僕はさっきもいったけどこれでも友好的な関係を望んでいるからね。そもそも相手の自己紹介を笑うだなんてのはあまりにも傲慢で、欠落した人間がやるような事なんだからさ。…もしかして君、僕の事そんな人間だと思っているのかな?」

「あ、そういうわけじゃないです。すみません…面倒くさくてすみません…じゃあ名乗りますね!

 

 わ、我が名はゆんゆん。アークウィザードにして上級魔法を操る者。やがて紅魔族の長となる者……!」

 

 顔を真っ赤にしながら名乗りあげるゆんゆん。固まったレグルス。

 瞬間、数秒の静寂が訪れた。

 

「ゆんゆんね、うん君の名前は覚えたよ」

 

 とりあえずレグルスはこれがこの世界の一般的な挨拶で名前なんだろうとしてフリーズした頭を再起動させる

 

「じゃあこの町で、職業を斡旋してもらえる場所に連れていって貰えるかな?」

「冒険者ギルドの事ですか? じゃあついてきてください!」

 

 

 ***

 

 

「えーでは、冒険者ギルドへの登録手数料が千エリスになりますー」

「あのさあ、僕はこれでも下手にでてさ。危険な冒険者という仕事に従事しようとしてるんだよ。そんな善意の一般市民からさ、金を略奪しようだなんてどんだけ卑しいの? 普通、危険な仕事について町を守ろうとする人間がいたらさ、金を与えて支援しようってなるもんじゃない? っていうかなるでしょ。ならなきゃおかしいでしょ。それを実行するかしないかは確かに君の善意次第の自由だとも。だけどさ、それでも冒険者になろうって人間から金をとろうとするのはもはや自由の範囲越えてるんじゃない? というか完全に越えてるよね。人間としての一般的な良識、基本的な生き方を捨てて僕から金銭を奪おうとしているよね。それは善意で冒険者になろうとしているすべての人間への冒涜だし、なにより、今この場で冒険者になろうとしている僕への冒涜だ。僕を、ひいては僕の権利を冒涜しようって言うのはいくら温厚な僕でもとてもじゃないが許せないなあ」

「そうは言われましても仕事で、規約ですので」

「ふむ、仕事ね。なるほど、君に責任のすべてがあるわけではないのは分かった。しかし君はこの劣悪な規約を改訂しようというやる気がなかったのかい? それならそれはもはや――

 

 レグルスはゆんゆんの案内によって冒険者ギルドへたどり着いたものの、レグルスにはこの世界の金銭という物を一切持ち合わせてなかった。換金できそうなものなら元嫁達にもたせていたのだが…。というわけで冒険者ギルドのカウンターでのレグルスと受付嬢の押し問答?が始まったのであった。

 そこへ流石にゆんゆんが見かねたのか財布を開きながら受付カウンターまでいそいそと歩いていく。

 

「あ、レグルスさん千エリスくらいなら出しますよ!」

「ああ、ありがとう。僕はそこらの完成されてない人間と違って礼の言えない人間ではないからね。

 さて、これで足りるかな? 規則を尊ぶのもまた、確かに社会を回らせるために必要な事だ。寛大な僕は仕事でやっていただけなら許すよ。安心するといい」

「ええーありがとうございます? 

 では冒険者についての説明と冒険者カードについての説明はお聞きになりますか?」

「いや、道中彼女に聞いてきたから大丈夫だよ」

 

 その言葉に受付嬢は一瞬憐れんだ目でゆんゆんを見つめる。まあゆんゆんとしては例えレグルスだとしても会話ができたのでうれしかったのだが。

 ゆんゆんを見るのをやめ、受付嬢はおもむろにカードを差し出した。

 

「では、カードに触れてくださいレグルスさん」

「ああ分かっているとも」

 

 カードに手を触れるレグルスの目は希望に満ち溢れていた。たとえ、権能を無くしても完成された個である己ならば様々な才能があると確信していたのだ。それはレグルスの中で絶対の事実だった。

 

「えー全体的普通未満ですね。いや、知力が…

 

 レグルスの中の絶対の事実は一瞬で砕け散った。

 ここまで受け付け嬢は言ったところでレグルスの目を見る。ひどく濁り始めていた。

 クレーマーに絡まれるのは勘弁と、知力が平均より大幅に低い事実は隠ぺいすることにしたのだった。

 実に正しいレグルス評価だし、完璧な対応である。なにせ待っている客もいるのだから。

 

「ですのでなれる職業は冒険者だけですね、おすすめの職業ですよ」

「ふむ…仕方ないとはいえ、では冒険者に」

 

 そこでようやく終わると思ったのか晴れやかな笑顔で受付嬢はいった

 

「ではこれからもご贔屓よろしくお願いします! いい冒険者人生を!」

「そう、それでいいんだ。そうやって送り出す事こそが正しい世界の姿だ。

 じゃあ、行こうか君。少し話したい事があってね」

「え? 私ですか? まあ暇なので構いませんけど」

 

 そして二人は去っていった。

 受付嬢からは二度とくるなと思われていたのは書くまでもない事だろうが一応書いておく。

 

 

 ***

 

 

 冒険者ギルドを出てすぐの所で、レグルスとゆんゆんは向かいあっていた。

 レグルスはいつになく真剣なおももちで。ゆんゆんはぽけーっとした顔で。

 

「大事な、大事な質問があるんだ。大事なことだから心して答えてほしい。」

 

 そのレグルスのあまりの真剣な顔と言葉に、自然とゆんゆんの顔が引き締まる。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「ゆんゆん、君は処女かな? それだけは、本当に大事なことだからさ」

 

 




『レグルス・コル二アス』
 魔女教大罪司教『強欲』担当のこれといって特徴のない白髪の男。
 百数十年前に権能を手に入れ、その後魔女教大罪司教として生き続けてきた。
 たった一人で城塞都市ガーグラを攻め落としたとしてそのあまりの被害の大きさに騎士団にも危険な大罪司教として『怠惰』担当と並んで知られている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。