「えーでは、4番、レグルス・コル二アスさん。入ってきてください」
扉を開け、つかつかとレグルスは部屋の中心へと進んでいく。
そして部屋のど真ん中手前に用意されていた椅子に腰かけ、机を挟んだ先の面接官を見据える。
面接官とは言っても店の店主が面接をしているだけなので恰好は普段着に布製のエプロンをまとっただけの簡素なものだ。目が悪いのか簡素なメガネらしきものを身に着けている。
「レグルスさん、ではまず当店で働こうと思ったわけを教えてください」
「あのさあ、僕はキッチン担当募集中っていう張り紙を君の店が張り出しているのを見て来たんだよね。それなのに当店で働こうと思ったわけを聞くっていうのはどうなのかなあ? だってそれ完全にわかってるでしょ。君がキッチン担当を募集したから僕が来たに決まってるじゃないか。そういった分かり切ったことをいちいち聞くって言うのはさあ、根本的に相手の時間を大切にしてないって事だと思うんだよね。時間っていうのはとても大切なものだ。ありとあらゆる人間は限られた人生という時間を使って生きているんだ。それを無駄にしようっていうのは限られた人生に対する冒涜で、その人の時間を無駄にするって事は少なからずその人の人生を殺してるって事だ。どんなに小さくてもそれは明確な人生への殺人で、人間が人間たる権利を不当に奪って侵害するって事だ。そうやって僕の時間を奪って、僕の人生を殺して、僕の権利を侵害しておいてまるで何の罪の意識も感じないような平気な顔でのうのうと生きてくっていうのは僕の存在そのものを軽んじてるって事だ。それはいくら温厚な僕でも、さすがに許せない悪行だよねえ?」
レグルスは自分だけが正しいと、自分の意見こそが正しいと、強烈な印象を面接官へと植え付けていく。
それを聞いた面接官はコホンと、一旦間をおいてから、言う。
「えーでは、5番の方ー。入ってきていいですよー。あ、レグルスさんはもう帰っていいからね」
「なるほど、面接を最後まで受けさせる事もなく僕を合格にするって事か。まあ僕の器の大きさを感じればそうなるのも無理はない。さっきの僕の時間を奪った行為に関しても君が謝罪すれば許してあげよう。謝罪を受けて罪を許せないほど僕は小さな人間ではないからね」
「いや不合格ですから。邪魔だから早く帰ってくださいよ」
ビキビキと、レグルスの顔が怒りで崩壊していた。
とっさに目の前にあった机を蹴り上げて、レグルスは叫ぶ。
「あのさあ、この僕を不合格だって!? そんな事をするっていう事はどう考えてもこの、僕が! 他の志望者に劣っているって言うようなもんだよねえ! それってどうなのかなあ? この完成されて欠けたところのない僕が他の志望者に劣るって言うのはいくら君の目が節穴だったとしても許されるような事じゃないとは思わないかい?」
店長兼面接官は机が顔面に直撃したようでしばしうずくまっていたが、ようやく痛みが引いたようで立ち上がった。立ち上がった顔には当たり所が悪かったのか割れたメガネと鼻血らしきものがついていた。
そして彼は穏やかに言う。
「あー確かに節穴だったな俺の目は」
「そう、それでいい。他人の忠告を受けて、己をただす。そういったやり取りが小さくてもこの世の中を少しずつ良いものへと変えていくんだ。それで、合格なんだよね? 先に謝罪の気持ちとして給料を受け取るのもやぶさかじゃあないよ。僕はこれでも他人の謝罪を受け取れる人間だからね」
「節穴だったよ。なんで俺はこんな奴を面接に呼んだんだ! 表にでろよ! 何が権利の侵害だ! 高かったメガネの分払わせてやるっ!」
***
――レグルスは警察に捕まりました。
レグルスの肩を兵士が捕らえ、警察署の奥へ奥へと連れていく。
「あのさあ、なんで僕が捕らえられなきゃいけないのかな? 僕はあくまで僕の権利を侵害した彼に正当な報復の権利を行使しただけで、何も悪いことはしていないだろ? たとえそれがこの国において法を破っていたとしても全人類による法ができる以前の普遍的な善悪、正しさの考えにのっとれば僕の行いが正しかったのはおのずと証明されるはずだ。だったらさ、例え法を破っていようとも僕は捕まえるべきじゃないと思わないかい? っていうか決定的に捕まえるべきじゃないよね。というかもはや捕まえるのは全人類の良心に対する裏切りだよね。普遍的にみて正しい僕の行動が罰せられる法があるのなら、それは間違っているのは法の方だ。法っていうのはさ、あくまで法が人を、正しさを守るためにあるのであって、決して人が、正しさが法を守るためにあるものじゃない。ならさ、正しい僕を見逃して、間違っている法を正そうっていうのが真の遵法者としての姿だと思うんだよね。同時にこうやって法に背いてでも正しい行いをするっていうのは誤っている法を正そうとする真の遵法者って事でもある。そのために法に背いてでも正しい行いをした僕を捕まえようっていうのが君の遵法精神ならさ、それは真の遵法者たる僕の権利を、侵害するって事だよねえ?」
「はいはい。軽めの罪だから一日牢屋でおとなしくして後であの店主さんに弁償すればそれでお勤めはおわりだから。先客がいるけどあまり騒がないようにな」
連れてくる際に散々わめかれて慣れたのか兵士は適当にレグルスをあしらって牢屋へ叩き込む。
そして施錠。レグルスがまた喋らないうちに――喋ったので適当に相槌をうちながら兵士は去っていった。
「ん、お前は……やたら長話する……誰だったか。レグルスだっけ? じゃねーか」
始めから部屋にいたチンピラ冒険者ダストは新客のレグルスを見て興味深そうに言った。
「なんだってお前も捕まったんだよ?」
「捕まったって言うのは人聞きが悪いと思うんだよね。僕はあくまで正しい行いをしたがそれを理解する知能のない法によって裁かれようとしたわけだ。勿論それに反発するのは簡単だ。だけど僕は人々の調和を守れる人間だから、間違っている法を信じている彼らのためを思って捕まえられてあげたんだよ。そうやって捕まえられてあげた僕に対して、捕まっただなんて言い放つなんて常識的に考えて失礼でしょ。それがどうして分からないかなあ?」
ダストも流石にドン引きである。
お前さっき捕まるのに抵抗してたじゃないかと思いっきり突っ込みたい。そしてついでにどうして捕まったのかも大体分かった気がした。
「お、おう。で、なんで捕まえられてあげたんだ?」
「そう、それでいい。そうやって相手の行為への理解を深めようとする意思が相手を尊重する一助となり、また自分を尊重する一助となるんだ。
で、なんで捕まえられてあげたのかだったかな? まあ僕は他人の質問に答えられない程器が小さくないから答えよう。まず僕は職を探していてだね。あの店主が張り紙を出していたんだ。キッチン担当二名募集とね。まあ僕もそんなくだらない仕事をするのはどうかと思ったさ、しかし僕を必要に思っている人がいるって言うのにそれを無視するのは人間として正しくないと思ってね。彼のためを思って面接に赴いてあげたんだ。だけど彼は突然僕の時間をくだらない質問で無駄に奪って、それを注意してあげたら逆切れして僕を理不尽にも落としてきたんだよね。こんな風に他人の注意を、善意を平気で踏みにじる人間っていうのは器が小さいって思わないかい? ていうか思うよね。というか常識をわきまえた人間なら思うべきだよね。そうやって僕の善意を踏みにじるって事は、僕の生き方の侵害だ。他者の権利の侵害だ。無欲で理性的な僕に対する、僕の権利の侵害だ。だから彼に二度とそうして権利の侵害を平然と行えないように復讐をしてあげたんだよ。もちろん、相手が許せなかったからじゃない。相手を許すことが相手のためにならないと思ったからだ。だから僕は復讐することで、相手の罪を自覚させてあげて、彼が新たに人を傷つけないようにさせてあげたわけだ」
要約すればつまり面接で落とされた時に逆ギレして店主のメガネを破壊したというだけの話である。
「まあそんなわけで、正当なる権利の行使とはいえ、この地の法を守らないのもどうかと思ってね。一日だけ捕まえられてあげられることにしたんだよ」
どんな場所でも逆ギレが正当な権利の行使として扱われてはいないのだが。
「おう……大変だったな」
大変の前に店主がと付け加えながらダストは言う。
しかし――レグルスには本当に何の職にも向いてないのだろうか?
向いてない気がする、ダストは割とそう思ったが口に出せばレグルスの口から無限かと思えるほどの反論が出てくるだろうなと思ってスルーする。
だけど、個室にダストとレグルスの二人だけという事は――
「あのさあ、僕の隣でくちゃくちゃ物音をたてて食事をするの止めてくれない? 常識的に考えて食事の際に物音をたてたら相手が不快になるってわかるよね? ていうか一般的な生き方をしてたら分かるようになってしかるべきでしょ。そういった些細な事から相手を不快にさせていかない事が相手の尊重につながってひいては自分の尊重につながるってなんで理解できないのかなあ?」
「僕のゆんゆんに対して幼いだのストライクゾーン外だの少しこじらせてるだの失礼だと思わない? ゆんゆんを幼いって思うって事はそれを愛する僕の心が幼いって言ってるのと同意義だ。僕が選んだ僕の妻を乏しているって事だ。それはゆんゆんを選んだ僕の生き方そのものを乏しているって事で、それはもはや僕という存在そのものを乏して、僕が僕である権利を侵害するって事だ。それはいくら温厚な僕でも許せない事だと思うんだよねえ?」
「いびきかいて寝ないでくれない? 僕はこれでも疲れているんだ。君は完成されていなくていびきをかかなきゃ眠れない体だったとしても、そういうのはあらかじめ断っておくべきでしょ。っていうか自覚があったら僕が寝てる間は僕に配慮して寝ないべきだよね。いびきをかいて僕の睡眠を邪魔するって言うのは僕の疲れなんかどうでもいいって思ってるって事だ。疲れは始めは些細なものでも積み重なれば体を重くし休まなければいずれは死に至る。そうやって他人に死ぬ思いをさせてまで君はいびきをかいて寝ようって言うのはいくら何でも強欲でしょ。っていうか強欲の権化そのものだよね。そうやって僕の睡眠を蔑ろにして、自分だけは寝ようっていうのは強欲で、自分のことしか考えていない傲慢だ。寝る権利だなんてものは主張したくないけどさ、それを邪魔するのは明らかに権利を侵害してるよね。そうやって僕の権利を、資産を侵害しようっていうのは、いくら温厚な僕でも許せないなあ」
「うるさい黙れ!!」
ダストの渾身の右ストレートが レグルスに 突き刺さった!
――そうしてダストの刑期が伸びながらも夜は更けていく。
***
翌日、レグルスは無事お勤めを終えていた。
殴られたショックで気絶していて兵士に起こされた時にはすべては終わっていたのだ。
ちなみにメガネ代はゆんゆんが弁償してくれたらしい。
そんなわけでレグルスが新たな就職先を探そうとした矢先の事だった。
「あらあんたは……! あんたは……?」
「レグルス・コル二アスって名乗ったよねえ!? 水の女神だかなんだか知らないけどさ、そうやって人の名前を忘れるのはどうかって思わないのかい?」
レグルスはカズマ少年とアクアに鉢合わせたのである。
カズマは真っ先にアクアが女神として扱われた事に、反応し、驚嘆した。
「おいアクア女神とか言われてるけどあいつも転生者か?」
「ええそうよ。何人か忘れたけど日本からたくさん転生させてるからね。生意気いったからチート無しで適当に放りだしちゃったのよ」
「チート無し!?っていうかあいつ日本人なのか?」
「私の管轄に来たんだから日本人でしょ。聞いてみたら?」
アクアに話を聞いてみた分には転生者、らしい。しかし老人でもないのに白髪とは珍しい。っていうか絶対骨格が日本人のそれではない。適当なアクアの事だから海外の人なんだろうかとカズマは考え、確認しようとした。
「あのさあ、僕が話しかけてるのにそうやって無視して会話をするっていうの、失礼だと思わない? まず僕は自分の名乗ったじゃない。そしたらさ、まずは名乗り返すのが礼儀だって思わない? アクアだかなんだかはともかく、そっちの茶髪の君は初対面だろ? ならさ、名乗り返すのが常識だし礼節を持った行動でしょ。もちろん君が恥ずかしがり屋であらかじめ名乗ることのできない気性を持っているのかもしれない。僕はこれでも気遣いができるほうだからさ、そういった人でも名乗りやすいようにあらかじめ僕から名乗って名乗りやすい土壌を作ってあげてるわけ。そういう僕の好意を無視して、名乗りもせずずけずけと好意の上で生きていくのって失礼だと思わない? っていうか完璧に失礼だよね。 礼を失するって事は、僕に対してその程度の価値しか見ていないって事だ。僕に価値を見ないって事はさ。それはもはや僕の権利を、侵害するって事だよねえ?」
カズマは驚いた。
翻訳とはここまで凄まじいものなのかと。明らかに日本人ではないのに日本語で無茶苦茶わめいている。
ともかく、名乗らないのがお気にめさないらしいと判断したカズマは朗らかに笑って適当に受け答える。
「あー悪かったよ、佐藤和馬だ。覚えてくれレグルスさん。ところで質問なんだけど、レグルスさんは、日本……いや地球から転生してきたのか?」
「そう、それでいい。佐藤和馬、ね。僕はこれでも気遣いができる方だから名前くらい覚えておいてあげるよ。
それで二ホン? チキュー? だったかな? それはどこだい? 察するに地名みたいだけど」
「え!? お、おう。知らないならいいんだけどさ」
予想外の返答だった。
カズマ的には日本に住んでいた外国人である説と外国に住んでいた外国人をアクアが間違って転生させた説の二つが三対七くらいで有力だったのだが。
カズマはひそひそ声でアクアにふる。
「おい日本どころか地球知らないって言ってんだけど」
「私に言われても知らないわよ。そもそも私は日本しか担当してないんだし。日本人のはずよ」
――手詰まりである。
アクアの事はあまり信頼できないのだが、カズマとしてはレグルスの立場がさっぱり分からない。
転生したのは間違いなさそうなのだが。
と、そこでカズマの脳裏に数日前のアクアの言葉がよみがえる。
『私達神々の親切サポートによって、異世界に行く際にあなたの脳に負荷を掛けて、一瞬で習得できるわ。もちろん文字だって読めるわよ? 副作用として、運が悪いとパーになるかもだけれど』
『副作用として、運が悪いとパーになるかもだけれど』
『運が悪いとパーになるかもだけれど』
――カズマの中で全てが繋がった。
レグルスのやたら自意識の肥大化した意図不明の言動も。レグルスが地球も日本も知らない理由も。
運が悪いと、とアクアは言っていた。そしてレグルスは適当に放り出したとも言っていた。
適当に放り出せば、運悪く事故って頭がパーになる確率というものは跳ね上がるのではないだろうか?
「おい、アクア。お前が適当に放り出したおかげでレグルスさんの頭がパーになったんじゃ?」
「いや、そんな事は……ないわよ。ないはずよ。多分元々パーだったんだわ」
大正解である。レグルスの頭は元々パーだ。
「ところで僕はそっちのアクアに手ひどい扱いを受けていてね。謝罪をするべきだと思うんだよね。僕は無欲な人間だから強欲なそこらの連中みたいに謝罪をうけて己を高く見せたいってわけじゃない、だけど君のためにも、悪いことをしたのなら謝る。そういった基本的な事をやるべきだと思うんだ。それは神であっても人であっても同じだ。謝れないっていうのは生まれてから自分だけが正しいと思っている傲慢で、自分だけは決して間違えないと奢る不遜だ。そういった人間達の器の小ささを、醜さを知っているからさ、君は君自身のためにも謝るべきだと思うんだよね。ここまで譲歩した、僕のやさしさに満ちた発言を無視して、謝らずに生きていくっていうならさ、それは僕の権利を侵害するって事じゃないかなあ?」
その言葉にカズマはつぶやく。
「おい、アクア謝っとけ」
「私がなんで謝らなきゃいけないのよ」
「今の発言を聞いただろ。どう考えても頭がパーになってる」
「それもそうね……」
そういったアクアは素早く土下座をする。
「あーごめんなさい! 私が悪かったです! 許してくださいレグルスさん!」
それを見たレグルスはにこやかにアクアの頭を踏みつけながら言う。
「そう、それでいい。僕は謝罪を受け入れられないほど器が狭くはないからね。だけど、謝罪だけで済ませるって言うのはさ、違うと思うんだ。っていうか決定的に間違ってるよね。ああして僕を散々コケにしておいてさ、そうやって謝るだけで許してもらおうって言うのはいくらなんでも調子が良すぎると思うんだ。だけどさ」
そこで言葉を区切ったレグルスはそのまま足に力をいれて頭を地面にぶつかるまで踏みつける。
アクアの顔面と地面がぶつかり鈍い音が響く。
ぐりぐりとレグルスは足でアクアの頭の上で体重を移動させる。
「あの時の君の軽挙な行いへの報復は、これでいいってことにしておこう。君が再び罪を犯すこともあるかもしれないけど、僕は君の未来にも期待したいと思うんだ。この痛みが君の再犯を止めてくれると、僕は信じてるから。礼はいらないよ。君が罪を犯してる人がいたら、同じように止めてくれたらそれでいいブグァっ!」
「ゴッドブロー!!」
立ち上がったアクアの渾身のパンチがレグルスに突き刺さった!
レグルスは吹き飛び、壁へと叩きつけられてそのままぐたりと倒れ伏していた。
それを見て、カズマは思ったのだ。
確かに、自分はチートをもらえず異世界でゼロから生活する事を強いられている。
大変だし、チート持ちの連中に比べてなんて恵まれていないのかと。
そんな時に、レグルスを見るのだ。
レグルスは頭をパーにされ、さらにチートもない。
きっと俺も辛いときは下を見ればまだまだ救いがあるって思えると、そう思ったのだ。