レグルス・コル二アスは無職である。仕事はもうない。
仕事は探しているので、ニートではない。年齢は百を優に超えているので、そういう意味でもニートではない。
だけど、彼自身は無収入でも、養ってくれる者がいる。
「レグルスさん首にされちゃったんですか? せっかく受かったお仕事だったのに……」
そう、ゆんゆんである。
レグルスの生活費は大体――というか全部ゆんゆんから出ているし、レグルスが破壊した物の弁償等もゆんゆん持ちである。それでいてレグルスが職につけない事を心配している。
――もはや完全に母親である。
母親十三才の息子百数十才という年の差という言葉も引くような年齢差ではあるが。
「ああ店主が僕の当たり前で常識的な僕に事もあろうかけちをつけてきてね。いや、完璧で欠落のない僕に嫉妬してけちをつけてきたんだろうって事ぐらいは分かるさ。無欲な僕には全く縁のない感情ではあるけど、彼は僕に嫉妬してああいった軽挙な行いにでたんだろう。他人の正しさを素直に認められないっていうのは人間らしさの一つとして許されるべきかもしれないけどさ、それが素直に認められないどころか嫉妬して攻撃してしまうだなんて人間性が垣間見えるものだよ。きっと自分は誰よりも優れている、自分は生まれたときから特別なんだとでも思ってるんだろうね。世界なんて大きなものに比べたら自分がいかに小さいかなんていう当たり前の事を認識できてないよね。そうは思わないかい?」
「謙虚な事は美徳ですもんね。それでどんなけちをつけられたんですか?」
「そう、また一つ君と認識の相違が無い事が確認できたね。僕はそれが当たり前の事であってもそれを素晴らしい事だと思う。世の中には当たり前の認識も持てない常識のない人たちが大量にいるからね。君がそうでないと確認できて良かったよ。さて、夫婦間の謙虚さに対する認識のすり合わせは問題ないみたいだ。今後とも君とはうまくやっていけそうで何よりだよ。
さて、どんなけちをつけられたか、だったかな? それは理由はさっき言ったように店主の嫉妬でね。僕が厨房で指示を待っていたら彼は僕に対して裏の畑からサンマをとって来いと言ってきたんだよ。常識的に考えてありえない事だよね。そうやって不可能な指示を与えて新人をいじめるなんてクズのやることだ。そうは思わないかい?」
流暢に言葉を連ねていくレグルス。昔ゆんゆんが理想としていた人は黙って話を聞いてくれる人、だったのだがなかなかどうして言葉足らずな自分には話続けるレグルスさんも悪くない、とそう思えるのだ。
しかし、それはそれとして先ほどのレグルスの語りには一つ大きな違和感がある。
裏の畑からサンマをとって来い、などと指示するというのは余りにも――
「サンマは畑からとれるものですよね? 何が不可能だったんですか?」
――余りにも常識的な指示過ぎて、ゆんゆんは不思議そうに首を傾げた。
「えっ」
***
「上級悪魔と思われる影と、黒い新種の魔獣が森の方で見かけられていますー! 市民の方は森の方へ近づかないようにお願いします! 冒険者の方は懸賞金がかけられたので詳細は冒険者ギルドの方へお越しくださーい!」
耳に入る雑音を聞き流しながらレグルスはすたすたと今日も白い服をはためかせながら歩いていた。
仕事を、探しているのである。といってもレグルスはこの町で募集していた仕事の大半に応募して落ち、あるいは首を切られているので仕事探しという名のただのお散歩だったが。
ゆんゆんは未だパーティメンバーが見つからないようでいつでもレグルスがパーティに入ってくれるなら受け入れますよ、と言っていた。自分が盾になるだけの仕事というのも惨めなばかりだし、なんと前衛という職業は敵に攻撃を受けるのだ。レグルスにとって権能のない今はおおいに遠慮したい職業、それが冒険者。だけど、無職のままよりかはマシなのかなとも思うのだ。主に世間体的な意味で。
レグルスは、誰よりも自分を信じていた。この僕が、本気を出せばそれだけで就職なんて。
たったそれだけの意地と、プライドでレグルスは今日まで立ってきた。
しかし、そんなレグルスだって少しづつ理解してきた。この世界では、レグルスに仕事は見つからないのだと。自分という完成され過ぎた人間の収まる職業など無いのだと。
思えば魔女教大罪司教という職業のなんと恵まれた事だったか。
気持ちの悪い教徒たちだったが適当にフードを剥いていけば妻として見れる者もいたし、上司からの指示は数十年に一度しかない。さらに福音という望んだ未来への道しるべが与えられ、安心安定の人生が約束されている。
と、そこまで考えたところで、福音に致命的な違和感を覚える。
文字通り致命的な違和感、福音を授かっていたというのに何故己は死んだのか?
思い出せない記憶に少しだけ歯噛みする。
その時だった。聞き覚えのある罵声が高々と咆えられていたのだ。
「うっせー! 黙ってろリーン! 魔剣だかなんだかしらねーが、そんなもんで俺がビビると思うなよ! オラ、ちょっと面かせや! 名前の知れた冒険者なんだろ? ちょっと俺に稽古をつけてくれや!」
ダストの声であった。レグルスとの刑務所仲間である。
もちろんレグルスには仲間意識は無いしダストにもない。
どうでもよかったので通り過ぎようとしたレグルスだったが、ダストともう一人の男がギルドから現れ、見物客がそれを囲むようにぞろぞろと現れたので道を通るに通れなくなった。
「おらかかって来いよ魔剣使いミツルギさまよお!」
男、御剣響夜はやれやれとため息をついて、言った。
「こんな事のためにあの方からもらった力じゃないんだけどね……。さあ、始めようか」
レグルスも暇ではあったので一応見ようかとは思った。仕事を探すためには休息もまた必要なのだ。
ミツルギがその剣に手をかけ、ダストが長剣を殴りつけるように振りかぶる。
一瞬だった。
ミツルギの魔剣グラムが抜かれ、ダストの渾身の一撃を軽々と弾き、そのままダストの首元にその刃が向けられた。
「さて、これで勝負あったね。まだやるかい?」
「チ、チクショおおおおおお!」
休息は一瞬で終わった。
興味をレグルスは散り始めた見物客の合間を抜けて去っていこうとする。
だけど、彼の耳に届いた言葉が、彼の歩みを止めたのだ。
「おい! レグルス、探してたぞ! まだお前職が見つかってねえなら、俺と協力して一稼ぎできる案が有るんだが、のらねえか?」
ダストの言葉は、レグルスにとって光明であった。
ついに自分の本気が出せる職場が見つかるのだと、そう確信してレグルスは振り返った。
***
「まずは本題に入る前に大切な事を話そうか。君さ、僕の事を思いっきり殴ってたよね? 殴るっていうのはさあ、理由をならべたてなくても赤ちゃんだって分かるように明確に悪でしょ。君はそれをぐちゃぐちゃ理由をつけて正当化しようとするのかもしれないけどさ、そもそも君にどんな理由があった所でやった行為が悪であるなら理由の良し悪し関係なく悪に決まっているんだ。っていうか君さ、理由言ってたよね? うるさい黙れ、だったっけ? そりゃあ僕の言葉を聞いてうるさいと思うのは自由だろうさ。だけどさ、黙れって自分の意見を押し付けるのはどうなのかなあ? それが話し合いによる意見の押し付けだって言うならまだしも、君は黙らせるために暴力をえらんだわけでしょ? ああ、確かにこれも君の自由なのかもしれないさ。だけどさ、それってつまりさ、自分の自由のために僕の権利を無理やり侵害したってことだよねえ?」
レグルスとダストの二人は町を歩いていた。
なんでもこの先にダストの言う二人で協力すれば金の稼げる場所が有るらしい。
「ああそん時はすまなかったな。俺が悪かった」
ダストは心にもない謝罪を口にしながら先へ先へと進んでいく。
レグルスにとってダストはこの世界で正当な権利をもって復讐すべき人物リストの内の一人だ。ちなみにリストにはすでに四十七人が登録されている。
だけど、職を得るためならば許しはしなくても妥協はしなければならないのだ。
「ふむ……、僕は器が広い方だから君の謝罪の気持ちは受け入れよう。だけどさ、それだけで済まそうっていうのはあまりにも虫がいいよね。っていうかよすぎるよね。だから、この仕事は今日は君の取り分無しで僕に全額を渡すといい。それなら僕も君が態度を改めた事を認めてあげよう。生ぬるい処置かもしれないけど、僕は君の未来に期待したいと思うんだ」
「お、おう……そいつで許してくれ」
ダストは依頼人に自分に対して金を払った事を伏せてもらうように頼まなきゃな、と思いながら案内する。レグルスは確かにイラつく。だけど今回はそれが役に立つのだ。しかも次回、次々回もあるだろう。今日、見える部分の報酬を全額レグルスに渡しただけでいいのなら大した損ではないと思って特に条件に突っ込まずに承諾したのだ。
「君の真摯な謝罪を受け取らないほど僕の器は小さくないからね。素直に謝った君の常識的な態度に免じて、今回は許してあげよう。感謝はいらないよ。次、君が同じように謝られたら許してあげられる度量を持てばそれでいいから」
「ありがとな。 っともうすぐだぜ。ほら、あそこの店だ」
「ふむ、確かに僕が来たことのない店だね」
ダストが指をさした先にあったのはなんの変哲もない居酒屋だ。
そもそも求人を出していなかったのはずなのでレグルスには縁のない場所だった。しかし、求人を出していなかったというのにどうやってここで金を稼ぐのだろうかとレグルスは思いながらダストの後をついて店の中に入っていく。
「おう、おやっさん前に話してたレグルスさん連れて来たぞ!」
「ああ……、あのレグルスさんか。よろしく頼むよ」
店主の男はその後名前を名乗ってから、事情説明に入った。
なんでもチンピラまがいの人物が最近この居酒屋に入り浸るようになったらしい。と、ここまでなら売り上げに貢献してくれるいい人達なのだが、彼らは酒や料理にケチをつけて大騒ぎしてこんなに食べてない、虫が入っていたから減額しろと迫ってくるらしい。そのうるささに他の客も店を離れ売り上げが落ちる一方だとのことだ。
「――なるほどね、話は理解したよ。僕が彼を説得すればいいのかな?」
「そういう事だ。お前は思うままに喋ってくれたらいい。それだけで金が手に入る」
ダストの言葉にレグルスはこんなにも自分に向いている仕事があったのかと気を良くする。
「じゃ、俺はちょっと奥の方に隠れてるからうまくやってくれや。もうすぐ奴が来る時間だしな」
そうして、ダストとレグルスの金稼ぎ――チンピラまがいの撃退が始まったのだ。
***
「あのさあ、そうやってありもしない罪をおしつけて値段を安くしようっていうのはどうなのかなあ? 何かを得る代わりにお金を払う。これは人間社会の原則で絶対だ。それを破って駄々をこねてお金を節約しようだなんていうのはさあ、ちょっと違うんじゃない? っていうか決定的に人間として間違っているよね。それぐらい普通に生きて来たなら理解できて当然でしょ。それとも君、金を払わずに物を奪うのが当たり前の生活をしてきたの? だとしたらそれってちょっと僕の常識感と文化が違うよね。それでも文化や常識は土地によって違うんだから新しい土地に来たのならまず自分の常識感をその土地に合わせる努力をすべきだよね。そういった心遣いの一つもせずに自分の常識という土足で相手の常識を踏みにじっていくって言うのは相手の、この店の、そしてこの店を弁護している僕の事を軽んじてるって事だよねえ?」
案の定ごねはじめたチンピラまがい達を収めるためにレグルスは立ち上がってその法衣をはためかせながら持論を押し付けていく。
たとえブーメランを投げていたとしても、自分の発言が矛盾していたとしても、気付く事すらなく、ただただ流暢に自分の意見を押し付ける。
「何言ってんだお前。お前には関係ない話だろうがよ!」
「君、僕の話聞いてた? 軽んじてるかって質問したじゃん。質問されたなら答えるべきでしょ。っていうか君の関係ない話だっていうのも的外れだよね。僕は今この店を弁護してるとも言ったんだ。質問にも答えず、僕の話は聞いていない。これって完全に僕の発言を、存在を、権利を軽んじてるよねえ? たしかに質問されても答える答えないは君の自由だ。僕の話を聞くか聞かないかも君の自由だとも。それで君は聞かず答えずっていう選択肢をとるわけだ。ああいいさ。確かにそれが君の自由の使い方なわけだ。でもそれってさ、僕の権利を侵害するって事だよねえ?」
「うるせーよ頭のおかしい長話野郎! テメー青髪の女にぶっ飛ばされてるの見たぞ! そんなに弱いのに俺にたてついてんじゃねーよ!」
「……君さあ、頭おかしいんじゃない? 弱いとか強いとか関係ないでしょ。僕は正論を言っているし、君は間違っているんだ。そうやって力で全てを解決しようだなんて欲望に突き動かされただけの野蛮人でしょ。これまでそうっやって物事を解決するのが正しいと思ってたの? だとしたらそれは自分だけが正しくて、生まれてからこのかた間違う事の一つもないとでも思ってるだろうからそんな思考になるんだろうけど、それならどんだけ傲慢なわけ? 世界に対する己の小ささってものを少しでも自覚できていたらそんな思考にはならないだろうに。君の下劣で我欲にまみれた薄汚い品性が透けて見えぐふぅっ!」
レグルスの顔面にチンピラまがいの拳が突き刺さった。
レグルスはそのまま吹き飛ばされ、店内にあった壺を破壊しながら壁へと打ち付けられる。
「はあ、なんだったんだアイツ。頭に血が上って殴っちまった」
チンピラまがいは店内の状況を確認してそそくさと代金をおいて逃げようとした。
ところにダストが立ちふさがった。
「おう、お前高い壺をあんなに壊して、人を殴って逃げるつもりか? しっかり証拠もとってある。警察のお縄になりたくなきゃ、わかってるよなあ?」
ダストは下卑た笑みを浮かべながらチンピラまがいを圧倒する。
ちなみに壊れた壺はダストが二束三文で買ってきたものだし設置したのはダストと協力していた店主である。
更にチンピラまがいが切れて暴力をふるうようにレグルスを読んできたのもダストなので、ようするにただのマッチポンプ、自作自演であった。
「壺一つ五万エリスに、レグルスさんへの賠償金、合わせて二十万エリスってとこだな。さあ財布を出してみな!」
ダストはそう言って、チンピラまがいに対してこの町一番のチンピラ冒険者として格の違いを見せつけたのだ。
***
「あのさあ、確かに僕はお金が欲しかったから君に協力したよ。だけどさ、壺をあらかじめ設置したあたりとか完全に僕が殴られる前提の作戦だったよね? 確かに十万エリスはありがたいよ。だけどさ、僕は説得するっていう仕事だと言われて参加したわけじゃない? 仕事の内容を伝えずに仕事を任せる、しかもそれが傷を負う仕事だって言うのはどうなのかなあ?」
レグルスは気絶していたのでいくらチンピラまがいから奪ったかは知らないのでダストは半分ちょろまかしておいた。まさにダストである。
「いや、それは悪かった。だけどいい稼ぎになっただろ? ゆんゆん、だったかあの嬢ちゃんに養ってもらいっぱなしってわけにもいかないだろうし定期的にこれをやっていこうぜ」
「……素直に謝罪されたらそれを受け取れないほど僕の器は狭くないからね、その謝罪は受け取っておこう。確かに稼ぎはよかったしね。それに殴ってきたのは君じゃあない。だけど続けるかと言われたら否だ。だってそれは僕が傷つく前提の仕事で、そして悪人からでも奪う仕事だ。それはいくらなんでも無欲で高潔な僕にはあまりふさわしい仕事じゃない」
実にふさわしい仕事だったが、レグルスには気に入らない。
というかダメージ前提という時点で論外だ。
「そうかよ、なら気が変わったら声かけてくれや。あんまりあの嬢ちゃんを困らせんなよ」
「満たされている僕に、指図なんていらないよ」
そういってレグルスは去っていった。
ゆんゆん関係なく手に入れた初めてのお金をその手に抱えながら。
この世界でゆんゆん以外のレグルスにとって初めての人間関係。
レグルスは心底チンピラ冒険者ダストを見下していたし、ダストはレグルスを頭がおかしいと思っていたけれど、確かに会話は成り立ったのだ。
今はまだ、友人というのも程遠い関係で、どれだけ大げさに言ってもただの知り合いだろう。
だけど、いつかきっと二人は悪友になれるようなそんな雰囲気が二人の間には漂っていた。