NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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走り幅跳び

 朝日がサスケの顔を照らす。

 眩しそうに顔を顰めたサスケは、まだ重い瞼を億劫そうに持ち上げて隣に目を遣る。金色に染まる桜色は幻想的だ。

 

「あ、サスケくん。おはよう」

 

 どこか眠たげな声がサスケへと掛けられた。サスケは顔を上げて、声の主を見る。忍装束を既に身に着けたサクラが髪を櫛で梳かしている。

 窓から差し込む朝日に照らされながら、長い髪を梳いているサクラに『ああ』と短く返事をしたサスケはいつもと違う光景に目を止めた。

 

「今日はいるんだな」

 

 サスケがサクラの次に見たのは自分の隣に寝ているナルトの姿。

 いつもならば、自分が起きるよりも早く、それこそ朝日が昇る前よりも早く修行場へと向かうナルトであったが、修行が終わったということもあり、睡眠をキチンと取るべく休んだのだろう。

 そう結論付けたサスケは静かに布団から身を起こす。

 

「今日は起こさない方がいいかも」

「そうだな」

 

 どうやら、サクラもサスケと同じ考えだったようだ。

 サスケはサクラに頷き、それまで自分が被っていた布団をナルトへと乗せる。

 

 ──足……寒くないのか、コイツ。

 

 布団から飛び出していたナルトの足に掛布団を乗せたサスケは敷布団を畳んでサクラと同じように部屋の隅へと重ねたのだった。

 

 着替えを手早く終えた二人は階段を降り、居間へと向かう。タズナの家、二階の一室を割り振られた第七班の三人。一部屋で雑魚寝をしている下忍の彼らとは違い、上忍のカカシは一階の客間で寝泊まりをしている。

 とはいえ、三人はそれに不満がある訳でもない。忍者となったからには何日も野宿があることを覚悟していた。野宿に比べれば、多少部屋が手狭だとはいえ何の不満があるだろうか。

 例え、朝に目が覚めたら隣に筋骨隆々とした(ナルト)がドドンと寝転がっていたとしてもサスケとサクラには不満はなかった。

 

 居間についた二人を出迎えたのはツナミとカカシだ。

 

「二人ともおはよう」

「おー、おはよう」

 

 朝食の準備をしているツナミ。彼女が準備をしている横でカカシは呑気そうに二人に向かって手を上げた。サクラとサスケも彼らに応えた後、サクラは疑問を口にする。

 

「タズナさんとイナリくんは?」

「今、着替えているらしい。で、ナルトはどうした? オレの見立てだと、まだ休息が必要そうだけど」

「ぐっすり寝てる。もう少し寝かせてあげて置いた方がいいと思う」

「そうか。ツナミさん、すみませんが先ほど言った通りナルトは寝かしてやって貰ってもいいですか」

「もちろん」

 

 ツナミは力強く頷く。

 

「ふぁ……おはようさん」

「タズナさん、おはようございます。イナリくんもおはよう」

 

 リビングへと入ってきたのはタズナとイナリだ。

 

「……」

「こら、イナリ。挨拶は?」

「……おはよう」

「うん、おはよう」

 

 まだ、慣れてくれないか。

 ツナミに促されて挨拶をしたイナリに頬を掻きながらサクラは苦笑する。一週間、寝食を共にしたのに、未だ距離が感じられるイナリ。サクラは一抹の寂しさを感じていた。

 テーブルの前に腰を下ろすタズナに続いて、イナリやカカシも近くへと腰を下ろす。

 

「タズナ、アンタの分だ」

「おお、すまんのう」

 

 トンと軽く音がしてタズナの前にサスケが皿を置いた。

 あれは何日前のことだっただろうか? 朝食の準備の手伝いをしているサクラの姿に触発されたのか、サスケも朝食の準備を手伝うようになった。なんでも、目玉焼きを作るのは得意だということで朝食のメインである目玉焼きは、ここ数日サスケの手で作られている。

 そして、率先してツナミを手伝っていたサクラはすることがなくなってしまったというのは何と言う皮肉だろうか。

 

「おお、旨そうじゃ」

 

 得意だというだけあり、サスケが作る目玉焼きは最高の出来栄えだ。卵への火の通り方は完璧だという他ない。火を操る団扇(うちわ)が家紋となっている“うちは一族”の末裔というだけはある。

 黄身は半熟、白身はしっかりと火が通っている。そのことを彼らは数日前から知っている。

 

 朝食の準備が整い、全員がテーブルの周りに座ると誰ともなしに手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 玄米に大根の味噌汁。そして、目玉焼き。シンプルながら奥深い味わいのスタンダードな朝食だ。

 サクラが箸で黄身を割ると、トロリと白身が黄身に覆われる。綺麗な目玉焼きを崩すのは少し勿体ない気もするが、これがおいしい食べ方だとサスケに教わったサクラは黄身で彩られた白身を箸で持ち上げる。調味料は塩、それと、胡椒。

 シンプルな味付け故に、サクラが目玉焼きを口に運ぶと彼女の口内が卵本来の豊潤な香りで一杯になった。

 

 ──卵。

 

『歯ごたえがいい』『香りがいい』などといった美味しさを表す言葉を知らないサクラではない。だが、サスケの目玉焼きの美味しさを表す言葉は『卵』という一言だけしか思いつかなかった。ただの固有名詞、その一言だけでは味を伝えることなど到底出来はしないことはサクラも分かっている。だが、全ての言葉に優先して出てきた言葉が『卵』という言葉だった。

 次いで、サクラから零れるのは感嘆。朝一で食べる食材に対する感動と感謝だ。感動に浸ったまま食事を進めたいと考えたのか、サクラは左手に茶碗を持つ。玄米を程よくブレンドしたご飯。ピンと米粒がしっかり立っている。

 それを見たタズナは小さく頷く。

 

 ──口に入れなくても分かる、これは美味い。

 

 タズナは口の中にまだ残存している目玉焼きの風味を逃さないようにご飯を口に入れ、そして、また目玉焼きを口に運ぶ。卵の香りと玄米の香りが合わさり、何とも言えぬ美味しさに思わず声が零れる。

 

「ほう……」

 

 タズナは満足した。

 朝の活力を全身へと漲らせる儀式、それが朝食だ。体に力が湧いて来るのを感じる。だが、体のスイッチを入れるには後一つ必要だ。

 茶碗を持ち替え、味噌汁の器を手に取る。箸を味噌汁へと入れ、下へと沈んだ大根を持ち上げながら味噌汁全体の濃さを均一にするべく静かに掻き混ぜるタズナ。まずは、大根と言わんばかりに口へとそれを放り込み、続け様に味噌汁の器に口をつけて啜る。

 口から喉へと下っていく熱い液体。

 

 ──これだ。これを待っていた。

 

 タズナがリアクションを出す前に動いたのはカカシだった。

 

「ごちそうさま」

『食べるの早ッ!』

 

 思わず、タズナとサクラの声が重なる。

 

「いや、だってオレ、結構、早食いだし」

「先生よ、勿体ないぞ」

「んー。そうは言っても目玉焼きで、そんなに感動しなくても」

「カカシの言う通りだ。オレが作った時から毎日、目玉焼きって飽きないか?」

『全然!』

 

 再び重なる二人の声。

 

「おかわりは?」

『これを食べてから!』

 

 ツナミに声を返した二人は、その後、無言で食事を進める。逃さぬという気迫が感じられるほどの二人から目を離したサスケは上を見上げるのだった。

 

 ──ナルトの分まで食うんじゃねぇだろうな、コイツらは。

 

 +++

 

「じゃ! ナルトをよろしくお願いします」

 

 朝食を終えたナルトを除く第七班、そして、タズナは家を出る。橋作りも佳境を迎え、完成するまでの目途がしっかりと立ってきた。だが、タズナを狙う者はまだ諦めていないとカカシは確信していた。再不斬を退けた第七班ではあるが、刺客は再不斬一人だけという甘いことはないし、再不斬が生きている可能性があるときた。

 だからこそ、カカシは修行を切り上げさせ、自分が持ち得る最大の戦力でタズナの護衛をすることに舵を切ったのだ。とはいえ、一人は起き上がる事もできないほどに体力を使い切っているが。

 

 カカシはツナミに頭を下げる。

 

「限界を超えて体、使っちゃってるから、今日はもう動けないと思いますんで」

「ええ、任せて」

 

 胸を軽く叩いたツナミは力強く笑った。

 

「じゃ、超行ってくる」

「ハイ」

 

 彼らを見送るツナミは遠くの空、そこに掛かる雲を見て思う。なんだか……冬の雲みたい、と。

 

 +++

 

 魚や海藻は海に近い波の国ではよく捕れる。鳥や猪などの肉も波の国が有する森で捕ることができる。しかしながら、野菜の生産量はそれほど多くない。国民の多くは漁業などの海にまつわる仕事をしている者が大半だ。従って、農家をしている者の数は限られ、別の国からの輸入で野菜の供給を賄っている。

 

 とはいえ、別の国からの輸入がある程度、できていたのは昔の話だ。

 今は輸出入を全て取り仕切るのはガトー。彼は野菜の輸入を極端に少なくして物価を上げることで波の国の国民から富を絞り取ろうとしている。これは彼の計画の第一歩だ。物流を取り仕切り、波の国の国民から富を絞り取った上で、自らが経営する金融企業に金を借りさせる。その借金が膨らんだ者を自らが囲い込み、ガトーカンパニーの仕事を斡旋する。

 つまり、ガトーは波の国の民を全て自分の奴隷にしようとしている。

 

 ──だからこそ、邪魔なのだ。あの橋を作っている奴らは。

 

 黒スーツに黒ネクタイに黒いサングラス。マフィアのような恰好をしたガトーは手に持つトランシーバーへと命を下す。

 

「襲撃の用意はいいか?」

 

 ガトーの言葉に反応はなく、トランシーバーは無言を貫いたままだ。

 

「おい、再不斬! 聞いてんのか、おい!」

 

 声を荒げるガトーではあるが、どうやら、回線の向こうにいる者は彼を無視しているらしい。

 

 ──まあ、いい。

 

 サングラスの奥で、ガトーの目が冷たくなる。爬虫類を思わせるような冷酷で他者を喰らい尽くすことに何の躊躇いもない目。

 

「予定通り、再不斬を殺せ」

 

 左手を擦りながらガトーは少し前の出来事を思い起こしていた。

 ナルトたちと戦った後、再不斬が臥せっている時、ガトーは彼の様子を見に行ったことがあった。その時、自分の話に返事をしない再不斬に手を伸ばした所、控えていた少年が自分の左腕を折れるかと思うほどの力で握ったのだ。

 年端もいかない少年が波の国の実質的な王である自分に逆らう所か、痛みを感じさせたのだ。許せるか? いや、許すことなどできない。

 

「あと、白とか言ったか? 奴はただでは殺すな。悲鳴を上げさせ、嗚咽を漏らさせ、この世に産まれたことを後悔させてやるように痛めつけろ。豚の様に、虫けらの様に、生きながらにして……殺せ」

「ハッ!」

 

 ガトーの隣に控える黒服は自分の背に冷たいものが流れるのを感じた。あまりにも恐ろしい主人。その機嫌を損ねてしまっては、自分がその白とかいう者の前に、白にされる拷問を受けさせられる実験体として扱われる可能性も十分ある。

 

 迅速に動かなければならない。

 白を主人の気が済むように痛めつけなければならない。そして、その白を痛めつける前に立ちはだかるのは“鬼人”と謳われた桃地再不斬。前門の虎後門の狼ならぬ、前門の鬼後門の悪魔。

 黒服は悪魔に魂を売り自分の身を守るべく、自分の部下へとトランシーバーで指示を飛ばした。

『木ノ葉の忍と再不斬の戦闘後、どちらも抹殺しろ』と。

 

 +++

 

「む? 寝過ごしてしまったか」

 

 タズナたちが家から出て行った後すぐにナルトは目を覚ました。

 

「急がねばな」

 

 呟くと同時に、ナルトは事前に予備動作が必要ない機械のような身のこなしで布団から起き上がった。そのまま、立ち上がる彼は手早く布団を畳み、部屋の隅へと持っていく。その際に、足に被せられていた布団があったが、特に気に留めることもなくナルトは全ての片づけを終えたのだった。

 

 次いで、ナルトは自分の鞄に近づく。

 鞄の中からいつもと同じオレンジ色の服を取り出したナルトはまず、ズボンの裾へと無理矢理足を通す。ミチミチと繊維が悲鳴を上げているもののナルトはそれを気に留めることなく、黒いTシャツを取り出した。12歳用とアパレル店のポップに書いてあったTシャツだ。確かにナルトは12歳、今年で13歳になるのではあるが、メーカーが想定していた12歳のものとは非常に大きな隔たりがあった。

 改めて、ナルトの体格を確認するが、彼の身長は196cm。ナルトは成人男性の身長を優に超える。そのナルトが子ども用のTシャツを身に着けると、パンパンに伸びた生地がナルトの体にピッタリと張り付き、筋肉の質感を再現する結果となる。その代わり、腹回りは全て出てしまうという真夏の女性の、余程自身の体に自信がないとできないことではあるが、ファッションになってしまう。

 

 しかし、ナルトはこの服装を気に入っていた。周りの人が視線を思わず逸らしてしまうような服装。もちろん、ナルトの姿を初めて見たツナミも視線を逸らしたが、今となっては慣れたものだ。

 

「あれ? ナルトくん、もう起きたの?」

 

 階段を降りてきたナルトへとツナミが声を掛ける。

 

「済まない、ツナミ殿。この時間まで起きることができなかった。皆は先に橋へと向かったようだな」

「そうだけど、先生が今日はゆっくり休めって言ってたわよ」

「それには及ばぬ。己の体調はすこぶる良い」

 

 力瘤を作り、白い綺麗な歯を見せるナルト。ナルトの様子を見たツナミは息を吐き出す。

 

「体調が悪くなったら、すぐに帰ってくること。それを約束してくれるなら、行ってもいいわよ」

「承知した」

 

 そのまま扉を開けてタズナたちに追いつこうとしたナルトをツナミは止める。

 

「ナルトくん。朝食はキチンと食べなきゃダメよ」

「む。しかし……」

 

 護衛任務で来ているにも関わらず、自分の朝食を優先することはナルトには認められることではなかった。

 

「サスケくんが折角作ってくれたのに、食べないのはダメでしょう?」

「……しかし」

「もう、仕方ないなぁ。依頼人からの要請。ナルトくん、朝ごはんをしっかり食べなさい」

 

 朗らかに言うツナミに苦笑しながら、ナルトはやっと首を縦に振った。

 

「そこまで、言われては断る事などはできぬ。済まぬが、ツナミ殿。朝食を頂いてもいいか?」

「うむ、よろしい」

 

 ナルトに座るように促すツナミにナルトは一度、首を振る。

 

「荷物の中からプロテインを取ってくる」

 

 そう言って、ナルトは自分たちに割り当てられた部屋へとUターンしたのだった。

 

 +++

 

 所変わって、建設中の橋の上。そこへと辿り着いたタズナは信じられないというように己の目を丸くする。

 

「な……なんだァ、これは!?」

 

 タズナの声が響き渡った。

 彼の視界に写るのは、血を流し横たわる己の部下の姿。タズナは慌てて駆け寄る。

 

「どうした!? 一体、何があったんじゃ!?」

「ば……バケモノ」

 

 ──まーさかなァ……。

 

 タズナの部下の“バケモノ”というワードを耳にしたカカシの目が鋭くなる。

 バケモノ。それは、異形の者。隔絶した力を持つ者。まさかとは思いつつも、カカシは下手人の正体が誰なのかを確信していた。

 

 と、霧が彼らを包み込んだ。

 

「来るぞォ!」

 

 ──やっぱり生きてやがったな。早速、お出ましか。……再不斬。

 

「カカシ先生! これって、もしかして!」

「ああ、気を抜くなよ。再不斬は無音殺人術(サイレントキリング)のスペシャリスト。音を立てずに敵を暗殺するのが奴の手口だ」

 

 カカシがサクラに声を掛けた後すぐに、霧の中から声が響いた。

 

「久しぶりだな、カカシ。……あの筋肉ダルマはどうした?」

「修行の疲れで寝ているよ」

「そうか。それは良かった」

 

 優し気な再不斬の声。だが、それは一転して恐怖を突き付ける言葉の刃となる。

 

「……アイツの枕元にお前らの首を並べることができるからな」

 

 言葉だけではない。霧に反射する鈍い刀の色。

 霧に隠れて接近したのだろう。再不斬の姿がサスケの前に、いや、サスケの前だけではない。周り全てを取り囲むように何人もの再不斬が迫っていた。水分身の術だ。

 自分を取り囲む再不斬に物怖じすることなく、サスケは不敵に笑った。

 

「ナルトばかり見てんじゃねーよ」

「やれ、サスケ」

 

 カカシがサスケに指示を出した瞬間、彼らを取り囲む再不斬の体が弾け水となる。致命傷を負わされた水分身はその姿を保てずに水に還った。

 

「ホゥ……水分身を見切ったか。やるのは筋肉ダルマだけじゃないらしいな」

 

 霧の中から姿を現した再不斬は自分の水分身たちを一瞬で屠ったサスケを面白そうに見つめた。

 

強敵(ライバル)出現ってとこだな……白」

「そうみたいですね」

 

 再不斬の横に付き従うように現れたのは霧隠れの追い忍部隊の仮面を身に着けた白だ。

 彼を見たカカシは思わず溜息をつく。

 

「どうやら、オレの予想、的中しちゃったみたいね」

「あ!」

「あのお面ちゃん。どう見たって再不斬の仲間でしょ。一緒に並んじゃって」

「どの面下げて堂々と出て来ちゃってんのよ、アイツ」

 

 下品なジェスチャーを白へと向けるサクラの前にサスケが一歩足を踏み出した。

 

「アイツはオレがやる。下手な芝居しやがって。オレはああいうスカしたガキが一番嫌いだ」

「カッコいい、サスケくん♡」

 

 ──サスケにはツッコまないんだよなァ、サクラの奴。

 

 カカシは半眼でサクラを見つめる。

 今一、緊張感が感じられない戦場ではあるが、それはまだ、両者とも臨戦態勢に入っていないことを示す。

 

「大した少年ですね。いくら、水分身がオリジナルの1/10程度の力しかないにしても……あそこまでやるとは」

「だが、先手は打った。行け!」

「ハイ」

 

 サスケの感覚が警鐘を鳴らした。

 本能に従い、クナイを振るうと甲高い音が霧の中に響く。クナイと千本が奏でる音だ。

 眼前の者を改めて敵と認めたサスケの視線と、仮面の奥から覗く黒い瞳の視線が交錯する。

 

 今、戦闘が始まった。

 

 +++

 

 再び、タズナの家。ナルトが出て行った後、家にいるのはツナミとイナリだけ。

 イナリは自室で海を眺め、ツナミは昼食の準備をしていた。今日の献立のメインは鯵の南蛮漬け。仕込みは全て終わっており、後はタズナたちが帰ってくるのを調理で使った器具を洗いながら待つだけ。

 そんなどこにでもある家庭の一幕。それを文字通り壊しに来た刺客が腰の刀に手を掛ける。

 

 瞬間、タズナの家の壁が切り刻まれ、バラバラと音を立てた。

 

「!?」

 

 刺客は二人組の剣客。帽子を被ったゾウリと半裸のワラジ。どちらもガトーに与する者だ。

 そして、二人の剣の技術は優れていた。刹那の間に何度も居合で刀を振るう腕力、そして、木造とはいえ壁を切り刻むことができるほどに的確かつ正確な刃の入れ方。

 唯者ではない。

 

「アンタがタズナの娘か? 悪いが一緒に来てもらおう」

 

 振り返ったツナミへと帽子を被った男、ゾウリが有無を言わさぬ物言いでツナミへと話し掛けた。

 

「母ちゃん!」

 

 只ならぬことを感じ取ったのか、イナリが顔を覗かせる。

 

「何だ、ガキ!」

 

 半裸の男、ワラジの顔が厭らしく歪んだことに気が付いたツナミはワラジがしようとしていることを感じ取った。

 

 ──この男は殺す気だ。

 

「出て来ちゃダメ! 早く逃げなさい!」

「こいつも連れてくか?」

「人質は一人居ればいい」

「じゃあ……クク……殺すかァ?」

「!?」

「待ちなさい!」

「その子に手を出したら、舌を噛み切って死にます。……人質が欲しいんでしょう?」

 

 しばし睨み合うツナミとガトーの刺客たち。

 軍配が上がったのはツナミだった。敗北の中、捕まえた唯一の勝利。ゾウリは肩を竦めて、ツナミからイナリへと視線を移す。

 

「フッ……母ちゃんに感謝するんだな、ボウズ」

「あーあ。なんか斬りてーなァ」

「お前、いい加減にしろ。さっき試し切りしたばかりだろーが。っと、そんなことより連れてくぞ」

 

 母親が縛られ、連れて行かれる様子から目を離すことも、止めろと叫ぶこともできないイナリ。彼は涙を流すことしかできなかった。

 

 ──母ちゃん、ごめん、ごめんよ。ボクはガキで弱いから、母ちゃんは守れないよ。

 

 イナリは誰も聞くものはいないということが分かっていても、心の中で独白する。母が、祖父がガトーの手先にいい様にされるのを見ていることしかできない弱い自分に対する言い訳だった。

 それに死にたくないんだ。ボク、怖いんだ。

 彼は只々、体を震わす。

 

『逆境にあっても、己の信念を貫き通すは漢の道。その途中で命を落とそうが信念は譲らぬ。そして、その信念は己を活かす糧となる』

 

 思い出すのは木ノ葉の忍たちの姿。そして、母の、祖父の姿。

 

 ──みんな、すごいよなぁ……。

 

 ──カッコイイよなぁ……。

 

 ──みんな、強いよなぁ……。

 

 (ナルト)の後ろ姿。そして、父親(カイザ)の後ろ姿。

 

 ──ボクも……筋肉はないけどボクも強くなれるかなぁ……父ちゃん!

 

 イナリの震えが止まった。

 

 +++

 

 タズナの家は海の上に作られている。木を海中に沈め、それを組み合わせて家を作ることで玄関を出るとすぐに海へと飛び込むことができる構造だ。家から陸地まではこれまた木製の橋が架かっており、そこをツナミとガトーの手先たちは歩いていた。

 後ろ手に縛られ、ゾウリとワラジに連行されるツナミへと刺客たちは愉し気に声を掛ける。

 

「クク……アンタのそのキレーな肌見てると斬りたくなるねェ」

「ホラ、早く歩け」

「待てェ!」

 

 突如、響くはイナリの声。

 

「あん?」

 

 三白眼を大きく開き、イナリを見るのはワラジだ。一廉の大人でも、思わず後退ってしまうほどの迫力をワラジは有していた。

 

「イナリ!」

「何だ。さっきのガキじゃねーか」

 

 そんなワラジに加えて、ゾウリまでもが自分を拘束している状況。イナリが彼らに挑めば、その結果は目に見えている。だからこそ、ツナミはイナリに叫んだのだ。

 だが、イナリは逃げない。

 

「かっ……母ちゃんから離れろー!」

 

 イナリは拳を握り締め、勇気を絞り出した。

 

「うおおおおお!」

 

 鼓舞するは己。貫くは信念。母を守るという決意だ。

 

「ったく。しょーがねーガキだな」

「斬るぞ」

「ヤリィ!」

「イナリ!」

 

 刀を鞘に収めたチンという音がした。目にも止まらぬ速さの剣戟。居合だ。

 

 ──傷一つ付いてないとは……。

 

 後ろを振り返ったワラジとゾウリはバックステップで彼から距離を取る。

 ゾウリもワラジも報告で聞いていた。あの“鬼人”と恐れられた桃地再不斬を一拳の元に屠った木ノ葉の忍。油断はできないとゾウリは威風堂々と立つ、その人物(マッスル)を見つめた。

 

「遅くなって済まない」

「な、ナルトの兄ちゃん」

「ナルトくん……どうして?」

 

 もう大丈夫だというように笑うはうずまきナルト。タズナの方へと向かったナルトの姿がそこにあった。

 ツナミの問いにナルトは迷いなく答える。

 

「イナリとの約束を果たすため」

 

 イナリの目が大きく開かれる。

 

『約束だ。貴殿らを守ってみせよう』

 

 確かにナルトはそう言った。綺麗ごとだと思っていた。戯言だと思っていた。しかし、ナルトは約束を守ったのだ。どんなに危険な敵でも恐れることなく、自分たちを守るために敵の前に立ったのだ。

 そのことがどれだけイナリの心を打ったか。彼の頬を流れる涙を見れば、それは自ずと解ることだ。

 

「何だ。誰かと思ったら、タズナが雇ったダメ忍者か」

「ワラジ、気を引き締めろ。オレたちの居合で斬れなかった奴だぞ」

「ハッ……なら、斬れるまで斬るだけのことだろーがよ」

 

 状況はそう変わっていない。確かに、二人の凶刃からイナリを救い出したナルトではあるが、敵は消耗もなくいつでも次の攻撃に移れる体勢だ。

 そのことに気が付いたイナリは喉を鳴らす。だが、常人では恐怖を感じるような状況に晒されてもナルトは眉一つ動かすことはない。

 

「動くな」

「あん?」

 

 ナルトが今にも飛び掛かってきそうなワラジへと声を掛けた瞬間、ワラジが着けていた眼帯がハラリと地面に落ちた。

 

 ──どういう……ことだ?

 

 ナルトが飛び道具を使っていないことは、しっかりと観察していたワラジは分かっている。ならば、罠かと下を見ると木製の橋へと突き刺さっていたのは銀色の刃。抜き身の刃だ。

 そして、それは自分が持っていた相棒と呼ぶべき刀に酷似していた。尤も、持ち手はない刃なのだが。

 ワラジは恐る恐る刀を鞘から抜く。

 

「……嘘だろ」

 

 呟くワラジの視線の先には何もなかった。あるはずの自分の刀の刃の部分が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。

 ゾウリもワラジと同様に信じらないという表情を見せる。彼の右手にあるのはワラジと共に戦場を駆け抜けた己の半身。ただし、敵を殺すために在った機能は根本から綺麗さっぱり無くなっている。

 

「貴殿らの刀は己の手刀で叩き折った」

「ふざけんな!」

 

 それは心からの叫び。なぜ、鋼で出来た刀が骨と血と肉で出来た手刀に叩き折られなくてはならないのか。常識に照らし合わせると、まずあり得ない事態。認められる訳がなかった。

 次いで、彼らの胸に去来するは怒りと悲しみ。自らの誇りと言ってもいいほどの刀が折られたのだ。折った者を許せる訳もなく、ワラジとゾウリは感情に身を任せ、目の前の怨敵の命を奪おうと走り出した。

 

「貴殿らにも大切なものがあるように、己も大切なものがある。……忍道だ。己が信念を貫く。それが己の忍道だ」

 

 自らに向かって来る二人の怒りが大切にしていた刀を折られたものだと感じ取ったナルトは二人に向かって静かに忍道を説く。

 だが、彼らはそれどころではない。

 

「痛い痛い痛い!」

「離せ離して離してください!」

 

 ワラジとゾウリは外聞も恥もかなぐり捨てて両手でナルトの手を掴む。だが、自分たちを襲う痛みは変わることはない。ナルトの手は彼らの頭から動かない。

 掌全体で自分の頭が掴まれている。脳天締め、アイアンクローと呼ばれるこの技は雲隠れの里の里長、雷影が得意とするとゾウリは聞いたことがあった。そして、その時、自分は『アイアンクローをされたら、そいつの腕を斬り落としてやるよ』と冗談交じりに言ったのだ。

 だが、現実は雷影ではなく木ノ葉の下忍に、そして、刀を折られた状態で頭を締められている。尤も、刀が万全の状態でも、頭を掴まれた瞬間の恐怖と痛みで刀を取り落としていただろうが。

 彼らにはもう為す術はなかった。

 

 忍道とは何かということを懇々と説くナルトの耳には彼らの悲痛な叫びは届かない。やがて、彼らは抵抗する力も失い、ダラリと全身から力を抜くのだった。

 

「兄ちゃん」

 

 沈黙したゾウリとワラジを下に置いたナルトへとイナリは声を掛ける。

 

「どうして、この人たちがここに来るって分かったの?」

「森の中に刀で斬られた猪がいてな。それで、それをここへと運んでいたら、イナリがこ奴らへと向かう様子が見えて、駆け付けた訳だ。おそらく、こ奴らは再不斬と同じようなガトーの手先であろう?」

「うん。この人たちは……」

 

 イナリは父、カイザが処刑された光景を思い出す。命を下したのはガトーであったが、処刑を実行したのは今、自分の足元で気絶している二人だった。

 そして、イナリは昔の自分と今の自分を比べ、答えを得た。

 

「ナルト兄ちゃん。ボク分かったよ。漢の花道って立ち向かうことだったんだね」

「然り。漢の花道、それは勇気」

「勇気……」

「イナリよ。貴殿は勇気を示した。貴殿はもう雛ではない。立派に翼を広げたのだ。これからは貴殿が……」

 

 ナルトは広背筋をイナリへと見せる。

 

「……この国を背負え。勇気ある若人よ」

「……押忍ッ!」

 

 思わず出てきた涙を拭ったイナリは満面の笑みをナルトへと見せたのだ。

 

「さて、ここが襲われたということはタズナ殿の方にも刺客が向かっていそうだな。イナリ、ここは貴殿に任せてもいいか?」

「うん……無論!」

 

 イナリは袖で流れ続ける涙を拭いて、また笑った。

 

「今夜は祝勝会としよう。ツナミ殿、ここに来る途中でこの者たちに狩られた猪を見つけて近くに運んだ。牡丹鍋などは如何か?」

「うん、任せて。……ナルトくん。お父さんをお願い」

「無論!」

 

 地面に伏していたワラジとゾウリの襟首を掴んだナルトは猛烈な勢いで橋へと向かって駆けた。

 

「牡丹鍋……猪ってどうやって捌けばいいのかしら?」

 

 目の前で起きた出来事が自分で捌ける量を超えた時、人は現実から逃避する行動をするという。未だ何が起きたのか分かっていないツナミが現実に気づくのは、もう少し先だろう。

 

 +++

 

 霧に包まれた橋の上から甲高い音が何度も空気を叩く。

 霧は自然に作られたものではなく、“忍”がその超常の技を使って作り上げたもの。つまり、橋の上は忍がその力を存分に活かす場、戦場となっている。

 

 橋の上では青色と水色が両者とも目にも止まらぬ速さで攻防を交わしていた。

 

 ──ほう……あのスピードを見切るか。

 

 二人を見つめるのは“鬼人”再不斬。そして、“写輪眼”のカカシ。両者とも、唯の忍ではない。血を血で洗う戦場を生き抜いた強者だ。その弟子たる者が弱い訳がない。

 

 自分の弟子である青い服の少年、サスケならば水色の服の少年、白の攻撃から暫くの間は持つだろうと判断したカカシは再不斬から目を離すことなく、部下たちへと指示を下す。

 

「サスケ、そいつはお前に任せる。サクラは職人たちの応急手当を!」

「すまん、先生! アイツ等を頼む、助けてやってくれ!」

「もちろんです」

 

 そう言ったものの、カカシは動くことができない。以前、再不斬はナルトに不意を突かれ一敗地に塗れたとはいえ、その実力は折り紙付きだ。

 不用意に動けば、命はないということを理解していたカカシは見に徹するしか選択肢はない。特に、彼の背中には自らの身を守る術がないタズナがいる。彼を守ることは何においても優先しなければならないことだ。

 

 カカシと同様に、再不斬も動くことができない。再不斬の目的はあくまで、タズナの殺害。依頼主の望みを叶え報酬を受け取ることが、再不斬が第一に優先することだ。

 そして、彼が第二に優先すること。それはナルトの命。出来るならば、ナルトと戦うまでは体力を温存しておきたいと考えた再不斬は白を使って、なるべく戦いを長引かせることを選択した。

 

 ──気配を消していたオレに気が付いた筋肉ダルマだ。ここでの戦闘に勘付かない訳はない。

 

 だからこそ、カカシと再不斬両名は動かない。カカシは再不斬と、再不斬はカカシと戦うことは望んでいなかった。

 カカシと再不斬が見守る中、サスケと白の動きが止まる。手に持つクナイと千本を突き合わせた彼らは引くことをしない。右手の千本をサスケの方に押し込みながら白は口を開く。

 

「君を殺したくはないのですが……引き下がって貰えはしないのでしょうね」

「アホ言え」

 

 サスケの返答を予期していたのか、白は『やはり』と呟き、言葉を続けた。

 

「しかし、次、アナタはボクのスピードにはついて来れない。それに、ボクはすでに2つ先手を打っている」

「2つの先手?」

「一つ目は辺りに撒かれた水」

 

 先ほど、サスケの攻撃によって再不斬の水分身が破られた。その際に、形を保つことが出来なくなった再不斬の水分身の材料である水が彼らの足元に飛び散っている。

 

「そして、二つ目にボクは君の片手を塞いだ」

 

 キチキチとサスケのクナイと白の千本が音を立てた。

 

「従って、君はボクの攻撃をただ防ぐだけ」

 

 瞬間、サスケの顔が驚愕の色に染まる。

 

 ──なにィ! コイツ、片手で!?

 

 秘術 千殺水翔。

 通常、忍術は印を組んで発動される。その印の組み合わせは無限大。12の印をパスワードのように組み合わせ、更にその術に対応したチャクラを正しく練り込むことで忍術は発動する。

 しかしながら、忍術の発動には必ずと言ってもいいほどの共通点がある。それは、印を“両手”で組むこと。片手で印を組むことなど、サスケだけではなく、忍の世界の深い所で長年、活動を続けてきたカカシですら見たことも聞いたこともない。それを、いとも容易くやってのけた白への驚きによって、刹那の間ではあるがサスケは硬直してしまった。

 

 一瞬の隙。

 それが致命的だ。白の術は完成し、千本の形に固まった水がサスケの周りを一部の隙もなく取り囲んでいた。サスケの周りに浮かぶ、数えるのも嫌になるほどの水で作られた千本。それを見たサクラは声の限りに叫んだ。

 

「サスケくん!」

 

 だが、サクラの声が聞こえないほどにサスケは自分の内側に集中していた。思い出すのは、この一週間の間、何度も行ってきた“基礎的な”チャクラの運用。チャクラを練り上げ、足の裏に集める修行だ。

 それの応用。天性の感覚がサスケへと答えを囁く。

 

 と、細い水が一斉に動き出した。猛烈な勢いを持って、サスケへと迫る千もの水の刃。固めた水が一点に収束し、弾けた。

 

 ──消えた!?

 

 白がそう錯覚するのも無理はない。自身の術で体から血を流すハズのサスケの姿どころか、白の視線の先には何も、それこそ、布切れ一つこそなかったのだから。

 

「!」

 

 白は風を切る音に気が付いた。その方向は自身の上。

 音源が手裏剣だと把握した白は音の方向から手裏剣の到達地点を瞬時に計算、そして、自分にとって最適な行動をするように体に命令を下した。

 

 小刻みにバックステップを繰り返すことで、5枚の手裏剣を躱した白は視線を上へと向ける。しかし、そこにはサスケの姿はなかった。

 

「案外トロイんだな」

「!?」

 

 後ろから聞こえたサスケの声。今度は仮面に隠された白の顔が驚愕の色に染まる番だった。

 

「これから、お前はオレの攻撃をただ防ぐだけだ」

 

 右手の鈍い煌めき。クナイだ。それが自分の体に刺さらないように白はサスケの右腕へと自分の左腕を当てて、サスケの斬撃を防ぐ。

 

「!」

 

 しかし、その程度はサスケの予想の範疇だった。サスケは薄く笑い、白に防がれたクナイの斬撃を投擲にシフトする。

 とはいえ、敵もさるもの。サスケの右手から放たれたクナイを避けるために白は身を伏せる。

 だが、それもサスケの予想の範疇だった。

 

 目の前に迫るサスケの左脚。手玉に取られていたのは白だったのだ。気づいた時にはもう遅い。

 

「ぐっ!」

 

 サスケの左足が白の顔を捉え、彼を再不斬の足元まで蹴り飛ばす。

 

「どうやら、スピードはオレの方が上みたいだな」

 

 勝利宣言にも似たサスケの物言い。

 

「ククク……」

 

 それに返ってきた反応は蹴り飛ばした白からのものではなく、再不斬の含み笑いだった。

 

「何がおかしい?」

 

 サスケの疑問に答えることなく、再不斬は身を起こした白へと話し掛ける。

 

「白……分かるか? このままじゃ、返り討ちだぞ」

「ええ、残念です」

 

 地面へと膝をつけた白の姿を見たサスケは寒さを感じた。白の殺気に体が反応した訳ではない。

 

 ──これは、冷気?

 

 白は印を組みながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

 そこからは一瞬の出来事だ。

 サスケを閉じ込めるように氷の板が突如、出現した。

 

 秘術 魔鏡氷晶。

 白しか映さない氷で出来た鏡による必殺の忍術。過去、白のこの術から逃れた者はいない。

 

 そして、そのことを情報として知らずとも、これまでの経験からカカシはサスケを取り囲んでいる氷の鏡が危険な、あまりに危険なものと判断した。

 

「サクラ! ここを頼んだ!」

「おっと……」

 

 思わず、足を踏み出そうとしたカカシの前に再不斬が出る。

 

「あのガキは白とやらせるんじゃなかったか?」

 

『ここを動けば、ジジイを殺す』

 再不斬の目がそう告げていた。今のカカシに出来ることは再不斬と睨み合うこと、ただそれだけだ。

 

 ──サスケ。

 

 無事でいることを祈る事しかできないカカシ。

 カカシが動かないことを確信した白は氷の鏡へと足を踏み出す。すると、吸い込まれるように氷の鏡へと白はその身を沈めていく。そして、全ての鏡に白の鏡像が映し出された。

 サスケを囲む何枚もの氷の鏡全てに映る白の姿。本能が最大音量で警告音を鳴らすが、サスケに打つ術はなかった。

 

「じゃあ、そろそろ行きますよ。ボクの本当のスピードをお見せしましょう」

 

 肩口が斬られた。

 そのことに気が付いたサスケだったが、次の瞬間、全身を隈なく引っかかれた痛みが一斉に彼の脳を襲う。

 

「ぐぁあああ!」

 

 サスケの声を聞いたサクラの顔が強張った。

 霧と、そして、氷の鏡のよって遮られた空間でサスケが白に何をされているのか分からない。だが、その声から彼が傷ついたことは容易に理解できる。

 

「タズナさん、ごめん。少しだけ、ここを離れるね」

「ああ、行ってこい」

 

 サスケを助けるためにサクラは白が作り出した氷の鏡へと向かって、全力でクナイを投擲した。助走で威力を高め、更に、チャクラコントロールで身体能力を底上げしたクナイの投擲だ。

 だが、それは易々と白の手に掴まれた。

 

「無駄ですよ」

 

 クナイを止めた白はクナイをサクラへと返そうと刃先を彼女へと向ける。しかし、それは実行されることはなかった。

 

 突如響くは、ドドドドドという忍の戦いにおいて似つかわしくない騒音。それは遠くの方から段々と橋へと近づいて来ているようだ。

 白はクナイを投げるのを止めて、音が聞こえてきた方へと首を向ける。

 

 土煙を上げながら、橋へと一直線に迫る橙色。濃い霧の中でも、何故か妙にその色はハッキリと見えた。そして、その両手が掴んでいる者が上下に激しく揺られていることも見ることができた。だが、土煙の線が走る場所は橋の入口から遠く離れた場所。

 橋の上に来るまでには一度、迂回しなければならない。

 

 彼が橋の上に到着するまでには時間が掛かる。以前の彼の動きから算出した速さでも、橋の入り口に到着するために2分は必要だ。例え、チャクラコントロールを身に着け、水の上を歩くことができるようになったとしていても、最短で20秒は掛かる距離。

 そう白は考えた。

 

 ──彼が来る前に全てを終わらせなくてはならない。再不斬さんの為に。

 

 仮面の奥で白は忍としての顔を作る。無情に、無意味に、無敵に成り切るための忍者としての自分を表に出したのだ。

 だが、白は気づくことはない。白は見誤っていたのだ。彼の大腿四頭筋を。

 

 瞬間、空気が爆ぜた。

 

 それはあまりにも巨大で強大であった。白い霧の中から、突如現れた漆黒の影が白の仮面を黒へと染めるかのように光を遮る。

 

 彼は白の手にあるクナイを認めたのだろう。クナイが向けられている先には彼の仲間がいる。

 彼の優先順位の第二は“仲間”だ。班員であるサクラへと凶器が向けられている状況は看過できなかった。で、あるから、彼はタズナの家から一直線に橋へと向って林を抜け、霧に包まれた橋を確認したと同時に膝を曲げた。彼の前を防ぐようにあるのは海だけ。目の前には障害物はない。

 

 ──ならば……征こう!

 

 力を太腿へと溜めた彼はV字の端から端へと移動するように、橋まで200mはあろうかという距離を飛び越えた。

 そして、一足飛びに近づいた白へと仮面越しに頭突きを食らわしたのだ。

 

 橋の上へと転がる白、そして、思わず、後ろを振り返る再不斬。そこにいたのは、霧で大部分が見えない大男の姿。彼の手から離れた何かがボトと地面に落ちる音が二つ響いた。

 次いで、ボンと音がし、霧に加えて煙が大男の姿を更に隠す。

 

 誰のものだろうか?

 ゴクリと喉が鳴る音が妙に大きく橋の上に木霊した。

 

「子が泣く、母が泣く、人が泣く。尊厳を踏み躙る悪は跋扈し、血は流される」

 

 煙玉により悪くなった視界の中、聞く者を皆、震わす声が朗々と響く。

 

「されど、悪は必ず打ち滅ぼされん。邪悪を倒す英雄譚はここから語り継がれよう」

 

 その声は心を震わせる。正義の者の心を鼓舞し、悪の者の心を威圧する。

 

「その名を、その姿をその目に焼き付けろ! さあ、己の名を高らかに謳い上げよ!」

 

 風が彼の頬を撫でる。

 

「うずまきナルト……只今、見参!」

 

 煙が渦巻く中心に姿を現したのは英雄。悪をその拳で打ち払う英雄だ。

 昂然たる英雄の姿。白はナルトの姿を見た瞬間、悟ってしまった。

 

 ──ボクはこの人に勝てない。

 

 だからこそ、彼が選んだ答えはあまりにも残酷なものだった。

 

「ナルトくん」

「む? 貴殿は……」

 

 仮面が割れるのも気にせず、白はナルトへと昏い瞳を向けた。

 

「ボクを……殺してください」

 

 白が下した結論は自ら投降するのではなく、処刑を望むもの。

 

「それは出来ぬ相談だ」

 

 白は寂しそうに笑って、ナルトへと首を振る。

 

「再不斬さんにとって弱い忍は必要ない。君はボクの存在理由を奪ってしまった」

「強くあることだけが……貴殿がこの世に生きていていいという理由なのか?」

「ええ。アナタと森で会った日、アナタとボクは似ていると、そう思いました。アナタにも分かるハズです。再不斬さんに必要のないボクは生きることはできない」

「そのようなことは断じてない!」

 

 ナルトは叫ぶ。

 

「自分の命を任せられるほどの存在。それは強さだけではない信頼で結ばれた絆。そうだろう? ……再不斬!」

 

 腕に力を籠めたナルトの左腕が、彼を切り裂こうと最上段に上げられ振り下ろされた再不斬の刃を止めた。再不斬の刃を押し戻しながら、ナルトは立ち竦む少年へと目を向ける。

 

「……まだ貴殿の口から名前を聞いていなかったな。貴殿の名はなんと言う?」

「ボク……ですか?」

「無論」

「白……です」

「白よ、己が保証しよう。再不斬は確かに貴殿を愛していると!」

「……黙れ、小僧」

「黙らぬ! 貴殿も貴殿だ! なぜ、白へ言葉を掛けぬのだ? なぜ、斯様に力を持ちながら、その力を正しく使わぬのだ?」

「テメェに何が分かるッ!?」

「分からぬッ! 己は貴殿らのことを何も知らぬ! だが、一つだけ分かることがある。貴殿らの行為は人々を傷つける……“悪”だ!」

 

 ナルトの筋肉は再不斬の刃を大きく弾いた。再不斬とナルトの距離が広がる。

 

 対峙する二人。鬼と、阿修羅。

 

 ナルトはゆっくりと再不斬へ拳を向けた。

 

「……己は悪に与する者への対話の方法は一つしか知らぬ」

「何?」

「拳で語り合うことのみ。再不斬よ、覚悟はいいか?」

「……フン」

 

 離れた所で鼻を鳴らす再不斬を見たナルトは静かに上着を脱ぎ、地面に落とす。

 

「ハッ!」

 

 ナルトが自らの大胸筋に力を入れた瞬間、着ていた黒いTシャツが弾け飛んだ。

 臨戦態勢を整えた両者は視線を交錯させる。

 

「来いよ、クソガキ。身の程を分からせてやる」

「己はクソガキなどというものではない。木ノ葉流“忍者”うずまきナルト……」

 

 ナルトは大きく息を吸い込む。

 

「……推して参る!」

 

 覇気が霧を吹き飛ばした。

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