ナルトたちが我愛羅たちと遭遇した同時刻。ナルトたちと別れたカカシは、他の多くの忍たちと共に、とある会議室に集められていた。
「さて……」
カカシたちを集めたのは里のトップである三代目火影だ。重々しく口を開く三代目火影は、目の前に並ぶ中忍、上忍たちをゆっくりと見渡す。
「……まず新人の下忍を担当している者から前に出ろ」
今日、三代目火影が中忍以上の忍たちを一同に集めたのは中忍選抜試験の説明のため。中忍選抜試験は、担当上忍の推薦と本人の志願によりエントリーされることになる。これは下忍を受け持つ担当上忍が自分の部下の推薦に対する意志を確かめることが要の会議だ。
三代目火影の言葉に従い、三人の上忍が前に出る。
「カカシに紅にアスマか。どうだ? お前たちの手の者に今回の中忍選抜試験に推したい下忍はいるかな?」
第七班隊長、はたけカカシ。
第八班隊長、夕日紅。
第十班隊長、猿飛アスマ。
カカシは言うまでもなく、紅もアスマも忍としての実力は高い。とはいえ、それは彼ら個人の戦闘能力の話。彼ら三人の、下忍を教育し力を伸ばすという能力は未知数だ。
三代目火影も彼ら三人が推薦するかどうかは分からなかった。通常ならば、推薦することはないだろう。だが、万が一ということもある。彼らの意志を確かめるため、三代目火影は口を開いた。
「言うまでもないことだが、形式上では最低8任務以上をこなしている下忍ならば、後はお前たちの意向で試験に推薦できる。まあ、通例、その倍の任務をこなしているのが相応じゃがな」
前に出た三人から離れた後ろの方で、イルカは受け持った生徒たちの顔を思い浮かべる。
──聞くまでもない。アイツ等にはまだ早すぎる。
まだまだ子どもの下忍たちだ。中忍試験は命をも遣り取りされる試験。どんなに優秀な者だろうが、この平和なご時世で一年も忍として活動しない者を中忍試験へと推すことは考えられないことだった。
「じゃあ、カカシから」
「カカシ率いる第七班、うちはサスケ、うずまきナルト、春野サクラ、以上3名。はたけカカシの名をもって、中忍選抜試験受験に推薦します」
「何……?」
上忍たちは新人の忍を推薦しないだろうと高を括っていたイルカの表情が驚愕に染められる。
「紅率いる第八班、日向ヒナタ、犬塚キバ、油女シノ、以上3名。夕日紅の名をもって左に同じ」
「アスマ第十班、山中いの、奈良シカマル、秋道チョウジ、以上3名。猿飛アスマの名をもって左に同じ」
「……ふむ。全員とは珍しい」
ただでさえ、新人の下忍が中忍選抜試験を受験するのは5年振りのこと。それが、今年は新人全員が受験するときた。しかし、そのことを僅かばかりとはいえ、予想していた三代目火影は少し眉を顰めるだけで首を縦に振る。それは、上忍たちの推薦を受理するという意志表示。
そのことを認めることはできない。
イルカは前にいる忍を押しのけながら、声を上げる。
「ちょ……ちょっと待ってください!」
「なんじゃイルカ?」
「火影様! 一言、言わせてください! 差し出がましいようですが、今、名を挙げられた9名の内のほとんどは、学校で私の受け持ちでした。確かに皆、才能ある生徒でしたが、試験受験は早過ぎます。アイツ等にはもっと場数を踏ませてから……」
イルカは三人の上忍に鋭い視線を遣る。
「……上忍の方々の推薦理由が分かりかねます」
「私が中忍になったのは、ナルトより6つも年下の頃です」
「あの時とは時代が違う! アナタたちはあの子たちを潰す気ですか? 中忍試験とは別名……」
「イルカ先生」
いつもと変わらないカカシの眠そうな目はイルカに更に苛立ちを募らせる。イルカは、カカシが何か下手なことを言えば三代目火影の前で糾弾することも辞さない覚悟だった。
「アナタの言いたいことも分かります。しかし……」
「カカシ、もうやめときなって」
紅の意見を無視したカカシは現実をイルカに突き付ける。
「口出し無用! アイツ等はもうアナタの生徒じゃない。今は私の部下の“忍”です」
「くっ……」
アナタのそれは越権行為だと暗に示すカカシの言葉でイルカには黙るしか選択肢はなくなった。
「それに、私は信じているんですよ」
「信じる?」
「オレが受け持った下忍たちは一味も二味も違う。中忍試験程度の障害物なんて叩き壊して進む、と」
細くなったカカシの右目を見たイルカは嘆息する。
彼は彼なりに受け持った“忍”たちのことを見ていたのだと。巣立った生徒たちは既に自分の手を離れて羽ばたいていっていた。そして、羽ばたく彼らを一番近くで見てきたのは、目の前の担当上忍たち。
「カカシさん、失礼しました。紅さん、アスマさん。すみませんでした」
イルカは頭を下げる。
話は終わった。そう判断した三代目火影はイルカから目を離し、目線を前に戻した。
「では、次に新人以外の下忍を担当している者たちで、今回の中忍選抜試験に推したい下忍はいるか?」
会議室の中で、粛々と推薦が行われる。
何か言いたそうなライバルに向けて、アイコンタクトで『後でな』と示したカカシは踵を返し、後ろへと下がるのであった。
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昨日のことを思い返していたカカシの意識は現実へと舞い戻る。
地面を蹴り跳び上がったカカシは、小川へと掛けられた小さな橋を囲む鳥居へと降り立った。
「やあ! お早う、諸君! 今日はちょっと人生という道に迷ってな」
「ハイッ! 嘘ッ! ちょっとは反省してください!」
『信じてくれないなんて、先生、悲しいなァ……』とぼやきながら、カカシは鳥居から三人の前へと移動する。
「ま! なんだ……いきなりだが、お前たちを中忍選抜試験に推薦しちゃったから。ほれ、志願書」
とんとん拍子に進んでいく話の中、三人の顔色が変わる。
「推薦したと言っても、これは命令じゃない。受験するかしないかを決めるのはお前たちの自由だ。受けたい者だけ、その志願書にサインして明日の午後4時までに学校の301に来ること。以上!」
言いたいことだけ言って、瞬身の術で姿を消すカカシを見送ったサスケの顔が歪む。
──アイツと闘えるかもしれない。
サスケの体が震える。それは、興奮から来るものだった。我愛羅の顔を思い出すサスケは闘いを求めていた。自分の力を証明できる絶好の機会である中忍選抜試験。それを逃さぬというように、サスケの目は獲物を狙う肉食獣のそれと同じように爛々と光っていた。
ナルトの表情はいつもと同じように影に覆われており、表情を窺い知る事はできないものの彼の足取りは軽い。
ナルトもナルトで中忍試験を楽しみにしているのだろうとサクラは当たりをつける。
──私、嫌だ。このまえだって……。
二人について行くどころか、二人が戦っているのを後ろで眺めているだけしかできなかった。それなのに、私が中忍選抜試験なんて。
グルグルと回る思考。サクラの思考の渦には、不安と劣等感がマーブル模様を作り出していた。
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翌日、待ち合わせの定食屋で顔を合わせる第七班の三人。
「二人とも、お早う」
「うん、お早う。ナルト」
「ああ」
と、ナルトはサクラの表情に目を留める。
「む? サクラ、少し顔色が悪いが朝食は摂ったのか?」
「え? うん、バッチリよ」
「……」
ナルトとは違い、言葉が少ないサスケだ。彼は言葉に出すことはなかったが、サクラの不調に気が付いていた。その原因についても推測しており、彼の推測は的を射たものだった。
──体調が悪いというよりは不安感か。
かと言って、口下手なサスケだ。正確にサクラの心情を見抜いていたが、彼はそれを口にすることはなかった。同じ班員であるサクラのことが心配とはいえ、どのような言葉を掛ければいいか分からない。それに、サスケはサクラがこの程度の不安で潰されるとは思っていなかった。
ただ、何か機会があれば声を掛けよう。
そう考えたサスケはサクラとナルトの前に立ち、忍者学校への道を先に行くのだった。
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忍者学校へ着いたナルトたちはいつもとは違う物々しい雰囲気に目を細める。ナルトとサスケにとっては程よい緊張感。至る所で闘気がぶつかり合って牽制し合っている。
その中へと何の気負いも見せず、ナルトは足を踏み入れた。
「おい、アレ……」
「下忍、か? いや、それよりも忍か?」
「凄ぇ体」
「ナ……ナルトだ」
「なんでアイツがここにいるんだよ。まだ忍者になってすぐだろ?」
「落ち着け、もしアイツと本戦で当たったとしてもギブアップすれば、死ぬことはない。そうだろ?」
「ついてねェ……。何でアイツが出てくるんだよ」
周りのざわめきには関心を向けることなく、ナルトたちは忍者学校の廊下を進んでいく。と、廊下の途中に何やら人だかりができていた。
「ふ~ん。そんなんで中忍試験、受けようっての?」
「止めた方がいいんじゃない、ボクたち?」
一人の男が鼻を啜る。
教室の扉の前で陣取るように二人組がいた。ツンツン頭の黒髪の男と、頭巾を被った伊達男の二人組だ。
二人組の男は通さないというように扉の前で立ち塞がる。
「ケツの青いガキなんだからよォ……」
「そうそう!」
お団子頭の少女が一歩足を踏み出す。
「お願いですから、そこを通してください」
先ほど鼻を啜ったツンツン頭の男の左手がぶれた。
近づく少女が吹き飛ばされる。
──妙だな。
その様子をじっと見たナルトは目を細める。
少女をつぶさに観察したナルトは一つの結論に辿り着いていた。それは少女が避ける気配を全く出さなかったことに起因する。
男の裏拳をワザと受けるように動いた少女の実力は高い。本来ならば、男の拳の軌道を見切り、背中をほんの少し逸らすことで、いとも容易く男の拳を避けることができるだろう。それほどに、少女の
そのことを見抜いたナルトは少女たちのやり取りが演技だと察し、動くことはなかった。
「酷ぇ……」
だが、それを見抜けない者もいた。忍とはいえ、他人の筋肉の付き方から実力を推し量ることができるのは、そう多くはない。
少女が殴られたことに同情した声を耳聡く聞きつけた男は、声を出した者を睨みつける。
「何だって?」
次いで、ツンツン頭の男は威嚇するように周りを見渡す。
「いいか? これはオレたちの優しさだぜ。中忍試験は難関だ。かく言うオレたちも3期連続で合格を逃している。この試験を受験したばっかりに忍を辞めていく者、再起不能になった者。オレたちは何度も目にした。それに、中忍って言ったら部隊の隊長レベルよ。任務の失敗、部下の死亡。それは全て隊長の責任なんだ。それを、こんなガキが……」
鼻を啜り、男は自分の行為を正当化するべく声を上げた。
「……どっちみち、受からない者をここで
「正論だな」
ツンツン頭の男の声を止めるように、クールな声が学校の廊下に響く。
「だが、オレは通して貰おう」
自信に満ち溢れた声。サスケだ。
「そして、この幻術で出来た結界をとっとと解いて貰おうか。オレは3階に用があるんでな」
「何、言ってんだ、アイツ」
「さあ?」
首を傾げる下忍たちには目を向けることなく、伊達男は面白いものを見つけたという表情を浮かべ、サスケを見つめる。
「ホウ……気づいたのか、貴様」
「サクラ、どうだ? お前なら一番に気づいているハズだ」
「え?」
「お前の分析力と幻術のノウハウは、オレたちの班で一番伸びてるからな」
それはサクラに自信を取り戻させる言葉。
俯きがちだったサクラの表情が明るくなる。
「もちろん、とっくに気づいてるわよ。だって、ここは“2階”じゃない」
髪を揺らし、宣言したサクラには迷いはもうなかった。
「ふ~ん。中々、やるねぇ。でも、見破っただけじゃあ……ねぇ!」
突如、ツンツン頭の男が繰り出した全体重を掛けた右の回し蹴りがサスケを襲う。だが、サスケは余裕の表情を崩さない。そもそも、今、自分に襲い掛かってくる蹴りなど、ナルトの超人的動きに慣れたサスケやサクラの目には止まって見える。
迎撃のためにサスケの右足が前にいる男の頭に向かって繰り出される。それは、確実に男の意識を刈り取る結果となった。
そう、邪魔が入らなければ。
二人の間に出るは緑色。二人の蹴りをそれぞれ、別の腕を使って止めたのは廊下の床に転がっていた少年だった。ナルトたちが来る前にツンツン頭の男によって殴り倒されたと推測していたサクラだったが、痛みを感じないというような少年の動きに目を丸くする。
──この人、唯者じゃない。サスケくんの蹴りを見切るなんて。もしかして、殴られていたのは演技?
ナルトに続いて、サクラも気が付いたようでサスケとツンツン頭の男の蹴りの間に体を滑り込ませた少年を油断なく見つめる。
「フー」
「おい。お前、約束が違うじゃないか。下手に注目されて警戒されたくないと言ったのはお前だぞ」
「……ですが」
黒の長髪の少年は親し気に、サスケたちの蹴りを片手で受け止めた緑のタイツの少年へと声を掛ける。
緑の服を着たおかっぱの少年は黒の長髪の少年の言葉に答えることなく、サクラを見て頬を赤らめた。
「これだわ」
呆れたように首を振るのは先ほど、男に殴られたお団子頭の少女だ。先ほど、殴られたのが嘘のようにピンピンしている。その頬には痣どころか、赤くすらなっていなかった。
「あの……」
サクラへと近づいた緑タイツの少年。
「……僕の名前はロック・リー。サクラさんと言うんですね」
リーと名乗った少年はその白く綺麗な歯をキラリと光らせた。
「僕とお付き合いしましょう! 死ぬまでアナタを守りますから」
「絶対、イヤ。あんた、濃ゆい」
告白した瞬間、断られたリーから目を離した黒の長髪の少年はサスケへと視線を注ぐ。それは、愉しみを見つけた少年の表情だ。
「おい、そこのお前」
黒い長髪の少年はサスケへと声を掛けた。
「名乗れ」
「人に名を聞く時は自分から名乗るもんだぜ」
「お前、ルーキーだな。歳はいくつだ?」
「答える義務はないな」
──やれやれ、バケモン揃いだぜ。中忍試験はよ。
長髪の少年にクルリと背を向けたサスケは自分が冷や汗を流していることを感じた。
そのサスケの様子を冷ややかに見つめるは二対の眼。
「クククッ。あれがカカシとガイの秘蔵っ子ってガキたちか。取り敢えず、志願書提出は通過ってとこだな」
「ああ」
倉庫から覗く二人の忍。先ほど、扉の前に立っていた二人だ。ボンという音と共に煙に包まれた二人はその正体を現す。
「今年の受験生は楽しめそうだな」
「オレたち試験官としてもね」
煙が収まった後に居た二人は木ノ葉隠れの中忍以上が身に着けることを許されている緑色のベストを着ていた。
+++
「リー、行くわよ。何やってんの?」
去っていくサクラたちの後ろ姿を見つめるリー。
「テンテン、ネジ。先に行っててください。僕にはちょっと確かめたいことがあります」
「はあ……すぐに終わらせてよね」
「あまり虐めすぎるなよ」
お団子頭の少女、テンテンと黒の長髪の少年、ネジは緑タイツの少年、リーが何をしようとしたのか分かったのだろう。言葉は少なくとも互いに何をしようとしているのか理解できるほどに彼らの一年の付き合いは濃かった。
テンテンとネジと別れたリーは目的地の教室へと向かうサスケの後ろ姿を踊り場の上から見つめる。
「目付きの悪い君、ちょっと待ってくれ」
「……何だ?」
サスケは目を細める。自分を上から見下ろすリーが気に食わなかったのだろうか。
苛つきを滲ませながらサスケはリーへと答えた。
「今、ここで僕と勝負しませんか?」
リーの言葉を聞いたサスケの唇が孤を描いた。