NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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飛び散る汗! 溜まる乳酸!

 いのは薄く目を開けた。やはり、自分は負けたのだと納得した彼女は焦点の合わない目を数度、しばたたかせる。それほど、時間は経っていないだろう。目の前にある風景は天井。サクラの攻撃で地面に倒れて数十秒という所だと、いのは当たりを付けた。

 

「お、起きるの早いな」

 

 上を向くいのの視界に入ってきたのは彼女がよく知る人物、担当上忍アスマの顔だった。

 

「アスマ先生……ごめんなさい」

 

 担当上忍の顔を潰してしまったと感じ入るいのはアスマに対して謝罪する。自分を信じて中忍試験に送り出してくれたというのに、自分はその期待に応えることができなかった。いつもとは違い、殊勝な態度のいのに目を丸くしたアスマであったが、いのの頭に一度、手を当てた後、彼は頷く。

 

「いの、よくやった」

 

 二カッと歯を見せて笑うアスマ。彼の屈託のない表情で、いのの心は軽くなった。サクラに負けたことを受け入れつつも、それは彼女にとって確かな重みだったのだろう。

 アスマへと軽く笑い掛けたいのは腕を地面について、身を起こそうとする。

 

「痛ッ……」

 

 しかしながら、サクラからのダメージはいのが思っていたよりも大きかったらしい。全身に奔る痛みに思わず顔を顰める。痛みを押して、いのは腕に力を籠めて立ち上がろうとするが、立ち上がる前に再び上から声がした。

 

「まあ、待て」

「え?」

 

 アスマの声だ。立ち上がろうとしたいのをアスマが止める。止める理由が分からない彼女は混乱したようにアスマを見遣るが、彼は何も答えずに行動で示した。

 

「よっと」

「ア、アスマ先生?」

 

 いのが止める間もなく、アスマはいのを横抱きにして立ち上がる。いつもは三枚目だと思っていた担当上忍のその所作に驚きと困惑を覚えるいのだが、アスマを止める言葉は出てこなかった。

 

 ──まるで子どもみたいじゃない。

 

 羞恥で頬を赤く染めるいのが気を取り直して辺りを確認すると、自分の前には班員のシカマルとチョウジがいた。

 

「いの、大丈夫?」

 

 アスマの腕から床に降りたいのへとチョウジが心配そうに声を掛ける。

 

 ──大丈夫。

 

 そう声を出そうとしたいのだったが、声が出ない。自分の喉が震えていることに彼女は気づいた。くノ一として気丈に振る舞っていても、まだ忍者学校を卒業して一年にも満たない子どもでもある。

 

「チョウジ。胸を貸してやれ」

「え?」

「いいから」

 

 シカマルに押されたチョウジの胸板に額を押し当て、いのは口に手を当て、声を抑える。

 

 ──ありがとう。

 

 班員、そして、担当上忍への感謝を心の中で述べながら、いのは自分の心の乱れに身を任せるのだった。

 

 まだ終わっていない。半分も戦いは済んでいない。

 感動的な光景を壊すように試験会場にハヤテの冷たい声が響いた。

 

「第五回戦。テンテン対テマリ、前へ」

 

 電光掲示板に表示された名前を読み上げるハヤテ。彼の前には二人のくノ一がいる。

 

「さて……砂の国の二人目か。おもしろい試合になりそうだな」

「ガンバです! テンテン!」

 

 テンテンと同じ班のネジとリー。そして、担当上忍のガイ。

 彼女の実力を一番知っている三人は彼女の勝利が確定しているかのように余裕を持って応援に徹する。

 

「……」

「……」

 

 テマリと同じ班の我愛羅とカンクロウ。そして、担当上忍のバキ。

 砂隠れの三人は何も言わずに静かに下に降りたテマリを見遣る。こちらも、彼女の勝利を疑わない。掛ける言葉など不要という余裕に満ち溢れた立ち振る舞いだ。

 

 正面から睨み合うテンテンとテマリ。緊張が高まっていく。

 チラと二人の様子を横目で確認したハヤテは軽く右手を上げた。

 

「開始!」

 

 ハヤテが開始を告げると同時に動き出したのはテンテンだ。

 

「行くわよ!」

 

 それは様子見。あくまでもテンテンにとっては様子見だった。

 

 彼女が懐から取り出した巻物、合計三本を開きながらテンテンはそれを上へと投げる。巻物でテンテンの姿が隠れた瞬間、巻物から煙が上がり、数百本のクナイが巻物から噴出された。

 

 改めて言うが、これは彼女にとって様子見だ。

 彼女が修行をする時に仮想敵としているのはネジとリー。彼らならば、テンテンの物量を誇る忍具による攻撃を防ぐことができる。ネジは自らに流れる血の技術によって、リーは努力で流してきた血の技術によってテンテンの攻撃を防ぐことが可能だ。

 だが、その想定は並みの下忍には当てはまらない。並みの下忍ならば、クナイの津波とも言えるほどの物量によって、何も出来ずに敗退するのは必然。

 

 しかし、テンテンの対戦相手であるテマリは並みの下忍ではなかった。

 好戦的な笑みを浮かべたテマリは一瞬にして必要なチャクラを練り上げて背に抱えた自分の背丈ほどもある巨大な扇子を開く。

 

「ハッ!」

 

 掛け声と共にテマリが振るった扇子から吹き出したのは、風。

 テマリは豪風で以ってテンテンが繰り出した忍具を全て無力化する。

 

「そんな……」

 

 テンテンが呆けたのは一瞬。すぐに気を取り直した彼女は更に攻撃をテマリへと繰り出すべく持てる全ての巻物を取り出した。

 ボボボンと何度も口寄せの術特有の音が会場内に響き渡ると共に、口寄せの術で呼び出された煙が会場の中へと広がっていく。

 

「ふん」

 

 だが、それはテマリが振るった扇子の風で全て吹き飛ばされた。いや、吹き飛ばされたというには語弊がある。テマリが扱う風は緻密なるコントロール下に置かれている。到底、下忍の域とは思えないほどに卓越した彼女の技術は煙を飛ばす分に適切なだけの威力だった。更に風をコントロールしたテマリは換気口へと風を流すことで視界をクリアにしたのだ。

 

 しかしながら、テンテンはその程度で動揺して動けなくなるような軟な女ではない。煙が飛び、テンテンの姿がハッキリと見えるようになったガイ班以外の者は皆一様に驚愕の表情を浮かべる。

 忍具口寄せは下忍でも、ある程度の修行をすれば出来るようになる敷居の低い術だ。とは言え、それは常識的な範囲内。精々、風魔手裏剣など大きく持ち運びに不便な忍具を数点、巻物に封じる程度の使用。

 

「本気で行くわよ」

 

 今のテンテンの周りにある数百点もの忍具を持ち歩くなど考えられないことだ。

 そもそも、忍具の取り扱いに長けたと言われるような者は一点特化型が多い。例えば、鎌野一族などは、忍鎌の取り扱いで有名な木ノ葉の一族。それ以外の忍具を好んで扱おうという物好きはいない。

 

 ところが、テンテンの周りにある忍具は多種多様。手裏剣、忍刀、クナイ、鎖鎌などだけではなく、棍棒に鉄球、ナイフにナックルダスターに刃が着いた鉄拳、それに加えて、鉄拳から派生したのか、Dの字の曲線部分に刃が着いた鉄甲まである。

 テンテンが広げた武器群は、とにかく、種類を集めたというような光景だ。一種、バザールのような感覚を見る者に与えるだろう。

 

 だが、それは見掛け倒しではないとテマリは見抜いた。その上で自分の力と分析した彼女は顎をしゃくる。

 

「来な」

 

 テマリの一言がテンテンに火を点ける。

 地面に並べた愛用の武器たちを、それぞれの力が一番発揮できるように投擲したテンテンは、まだ終わらないと言うようにワイヤーに引っ掛けた武器をテマリに向かって弾き飛ばし、更に上方からテマリに襲い掛かるように槍を投げ、そして、テマリの背中から襲い掛かるためにブーメランを投げ、最後に自らの手に忍刀を持ちテマリへと駆ける。

 

 相手は強い。

 そのことをテンテンは認識していた。だからこそ、テンテンは自分の持つ全ての力で以ってテマリを叩き潰すことを決めた。だが、悲しいことに、テンテンの全力はテマリに届くことはなかった。

 

 クナイも刀も、その他のありとあらゆる武器も、そして、班員と共に鍛え上げた自らの体でさえも、一つも……そう、ただ一つとしてテマリを傷つけることはできなかったのだ。

 テマリが操る風は時に激しく、時に優しくテンテンの武器を弾き、受け止め一つとして通さなかった。

 それだけではなく、テマリの操る風はテンテンの体をも木の葉のように軽々と吹き飛ばした。

 

「つまらないな……ホントに」

 

 そう呟くテマリは扇子を地面に垂直に立てていた。そして、その扇子の上には口から血を流して気を失っているテンテンの姿。

 

「やはり……強者であったか」

 

 テマリを見つめ、ナルトは呟く。テマリは勿論、テンテンも強者と目していたナルトにとって、テンテンが何も出来ずに敗北したという結果は俄かには信じられないものだった。

 

「第五回戦、勝者テマリ」

 

 ナルトの心とは裏腹にハヤテが勝者の名を淡々と告げた。

 

 と、テマリの口が怪しく歪んだ。

 テマリはテンテンを一瞬、見た後、巨大な扇子の上に乗せたテンテンの体を床に向かって放った。床にはテンテンが口寄せした武具が散乱している。その武器のほとんどはテンテンが手ずからメンテナンスをしてきたもの。その刃の鋭さは折り紙付きだ。

 

 地面に迫るテンテンの体。その先には銀色に鋭く光る刃の数々。意識のないテンテンは受け身を取ることも、刃のない場所に足をつけることもできない。

 

 それは見過ごせない。床へと向かうテンテンの体を緑の影が受け止めた。

 目を細めて愉快そうに笑いながらテマリは緑の影、リーへと声を掛ける。

 

「ナイスキャッチ」

「何をするんです! それが死力を尽くして戦った相手にすることですか!」

「うるせーな。とっととそのヘッポコ連れて下がれよ」

 

 リーは柳眉を逆立てた。彼の心はどのような男よりも男らしいのは勿論、どのような女よりも女らしく他者を尊ぶ美しい心の持ち主。

 同じ班員をここまでコケにされて黙ってはいられなかった。一瞬にして、意識を失ったままのテンテンを後方まで下げたかと思うと、リーはテマリに向かって怒りのままに駆け出した。

 

「な!?」

 

 だが、リーの足は止まらずを得なかった。

 彼の前には巌の如く巨大で力強い背中があったからだ。

 

「なぜ、あなたが止めるんですか? ナルトくん!」

「リーよ。勝者は敗者をどう扱おうが自由」

「よく分かってるじゃないか」

「くっ……」

 

 ナルトの意見にリーは口惜しさに顔を歪める。自分が目標としていた努力の人であるナルトが情に薄いということが彼には残念でならなかった。対して、テマリはナルトの言い様に首肯する。忍というものがどうあるのか、ナルトはリーよりも理解しているとテマリは考えた。

 

 しかし、『だが……』と続けたナルトにリーとテマリは目を向ける。

 

「それは獣の理論! 人であるならば、闘った相手に対して敬意を払うのが当然!」

「へぇ……なら、アンタが私と戦ってみるか?」

 

 獣呼ばわりされては、黙っていられない。

 テマリはチャクラを練り上げてナルトに真っ向から啖呵を切る。

 

「それは神のみぞ知る。貴殿とは本選で闘い、闘いにおける礼、そして、心構えというものを教える所存だ」

「ここではやらないのか? とんだ臆病も……!?」

 

 そこまでだった。

 ナルトが腕を組んだと同時にテマリは息を止められた。まるで、深海にいるような感覚。周りの大気全てが自分を拒絶しているような感覚。

 怒り心頭のナルトと視線があった、ただそれだけのことで自分の生命活動は一瞬、完全に止まったとテマリは感じていた。

 

 目を極限まで大きく開き、動かないテマリに向かってナルトは感情の起伏を感じさせないような声、正確には感情を筋肉で以って無理に均した声で言葉を続ける。

 

「己はまだ予選を突破していない。貴殿と闘う資格はない。そして、リー。君もだ」

「彼女と戦うためには……テンテンの無念を晴らすには、予選を突破してからということですね?」

「然り」

 

 ナルトはテマリへと背を向ける。

 

「強者は闘いにおける所作を求められる。そして、貴殿は強い。なれば、闘いにおける相応しい所作があるというもの。努々、忘れるな」

 

 それだけ言い残し、ナルトは去っていった。その姿を見つめ、されども、動かないテマリをボオッと眺めていたハヤテだったが、次に進めても特に問題はないと判断した。しばらく、時間をおけば自分を取り戻すであろうという判断だ。

 

 電光掲示板の表示が変わる。

 

 ナラ・シカマル VS キン・ツチ

 

「くっ!」

「むむ……」

「オレね」

 

 そこに表示された名前を見て悔しがるリーとナルトを横目に、シカマルは頭を掻きながら階段へと足を向けた。

 階段を降りていくシカマルを見つめ、電光掲示板に表示されたくノ一も歩き出す。そのくノ一、キンの背中へと班員のドスが声を投げかけた。

 

「奴は影を操る。影に気をつけることだね」

「フ……あんなくだらない術にはかからないよ」

 

 下に降り立った二人は並び立つ。カンクロウが動こうとしないテマリを回収していたため、一階にいるのはシカマルとキン、そして、試験官のハヤテのみ。

 

「あーあ、めんどくせー。しかも、女が相手じゃやりづれーな」

「なら、すぐ終わらせてやるよ」

 

 ──暗器使いっつってたっけか。

 

 第二の試験でのキンとサクラの戦いを見ていたシカマルだ。その時のことを思い出してシカマルは憂鬱な面持ちを浮かべた。シカマルの術は影真似の術。相手にネタが割れていれば、影に気を付けるのは絶対と言えよう。

 

「開始!」

 

 ──とは言え、オレにはこれしかねェ! 影真似の術!

 

「バカの一つ覚えか……そんな術……」

 

 キンは横に素早く動いた。たったそれだけのことで、シカマルの術は発動できない。

 

「お前の影の動きさえ見てれば怖くないんだよ!」

 

 キンは腕を振り切った。そこから飛び出してきたものを避けるべく、シカマルは身を屈ませる。と、シカマルの頭の上を通り過ぎた影から何か軽い音がしていたことにシカマルは気が付いた。

 彼は目を細めて、状況の把握に努める。そして、後ろへと振り向いたシカマルは細い目を更に細くした。

 

 千本が壁に突き刺さっている。そして、その先には鈴がついている。

 その遣り口にシカマルは覚えがあった。

 

「古い手使いやがって。お次は鈴を付けた千本と付けてねーフツーの千本を同時に投げんだろ? 鈴の音に反応して躱したつもりでいたら、音のない影千本に気付かずグサリ。そうだろ?」

「おしゃべりな奴だ!」

 

 キンは更に千本をシカマルに向かって投げる。

 よく見て躱そうという雰囲気を出したシカマルだが、後ろからなった鈴の音に振り向いた。

 

 が、そこには千本があるだけ。では、なぜ、鈴が風の入らない室内でなったのか?

 答えはキンの手元にある。細く目に見えないほどの糸がキンの手に繋がっていた。キンの手から伸びる糸は壁に刺さる千本の鈴に繋がっている。

 

「くっ!」

「遅い!」

 

 弾かれたようにキンへと顔を向けるシカマルであったが、すでにキンの手からは追加の千本が投げられていた。シカマルの体に深く千本が突き刺さる。

 が、シカマルの体が丸太に変わった。

 

「何ッ!? 変わり身の術だと!?」

 

 まさかの事態だ。とは言っても、所詮は忍者学校レベルの術。恐れるに足りない。

 少し驚いたものの、キンはすぐに迎撃態勢を整えようとする。シカマルの位置は特に変わっていない。倒れる丸太の後ろで身を潜めるようにしゃがんでいる。

 

 ──これで……。

 

 そこで、キンは違和感に気が付いた。どうしたことか体が頭からの命令に背く。

 

「遅いっつーの」

「!?」

 

 ──体が……動かない!?

 

 渾身の力を籠めて動こうとするものの、指一本ピクリともしない。焦るキンの前で得意気にシカマルは信じられないことを言い放った。

 

「影真似の術、成功」

「な、何を言っている? そんな……お前の影など、どこにも!?」

「まだ、気づかないのか」

 

 シカマルの視線の先にキンも眼球を動かして視線を向ける。

 

「ま……まさか!」

「そのまさかだ、バーカ。こんな高さにある糸に影が出来る訳ねーだろ」

 

 ぐにゃりと形を変える糸の影、いや、キンが糸の影だと思っていたシカマルの影だ。

 

「オレは自分の影を伸ばしたり縮めたり自在に操れんだよ。限界はあるがな」

「初めから……見破っていたのか?」

「第二の試験の時に喋り過ぎだ。テメェが暗器使いだってことを聞いてどんな攻撃をしてくるかある程度、予想していた。おしゃべりな奴で助かったぜ」

「くっ!」

 

 自分へと近づくシカマル。同時にシカマルと同じ動きを強制させられたキンもシカマルへと近づいた。

 

「それじゃあ、オレはお前にギブアップをオススメする。どうする?」

「フン……するか、バカ。第二の試験でのお前の戦い方は聞いている。今、私を捕まえている術は、影で捕まえた奴に自分の動きを強制する術だろ? なら、全く同じ動きをする私に対してお前は攻撃できない! 私を殴ろうとしたら、私もお前を殴ることになる訳だ!」

「オーケー、ギブアップはしねーってことね。じゃあ、もう少し付き合って貰おうか」

 

 シカマルは同じ動きをキンに強制させたまま屈伸をする。

 

「まずは一分間で100回の腕立て伏せな」

「……は?」

 

 キンは訳が分からないという表情を浮かべた。だが、それに対してシカマルは説明しない。

 手を地面につけたシカマル、そして、同じ動きで地面に手をつけた自分の姿を認識したキンは、更に動きを強制されシカマルと目を合わせられる。

 

「行くぜ!」

「や……やめろォ!」

 

 もう止まらない。

 物凄い勢いで視線が上下に揺れる。

 

「次! 一分間で200回の腹筋だ!」

「や……」

 

 ──なぜ、増やした?

 

 震える腕が無理やり頭の上で組ませられる。乳酸が溜まっているなとほんの少し現実逃避をしたキンは、天井と前を交互に見させられる視界の中、現実からは逃げられないことを悟った。

 

「最後! 一分間で300回の背筋!」

「ひぐっ……」

 

 息も絶え絶えに、そして、汗を滝のように流すキンはあまりの過酷さに涙を浮かべていた。そこで思い出すのは、過去、自分が音隠れの里に来て数日が経った後のことだった。音隠れで修行をしていた時も、腕立てなどの体を鍛えるトレーニングをしたことがあった。尤も、その時は今させられているほどにハイペースではなかったが。

 その修行は多くの人数で共に行われる。基礎的な修行のため、下忍にも満たない子どもに一斉にさせるのが音隠れの方針だった。

 その修行の場で出会ったのが、班員であるザクだ。彼は夢を語っていた。

『いつかビッグな男になってやる!』

 筋トレという名の修行を適度に行い、力を付けている実感の中、そう語るザクの顔はとても眩しく見えた。

 

 顔を冷たい床に押し付けている。

 ふと、自分の今の状況に気が付いたキンだったが、あまりの疲労に動くことができない。床に顔を押し付けたままのキンへと上から声が降ってきた。

 

「で、ギブアップは?」

 

 シカマルの声だ。

 

「……して、堪るか」

「にしちゃあ、動けねーみたいだけど? 一応、影真似は解けてるんだが」

「くっ……」

 

 奥歯を噛み締めたキンは震える腕に力を籠め、四つん這いになる。このような形の敗北はキンには到底、認められることではなかった。彼女が思い浮かべるのは、血を流しながらも立ち上がったザクの姿。

 震えて休みたいと叫びを上げている体を気合いで動かしたキンは立ち上がる。

 

「ここで、負けられるか! ザクがあんなにまでして臨んだ戦いだ。私がこんな所で負けちゃあいけないんだよ!」

「そうかよ。じゃあ、もう1セットだ」

「……上等だァアアア!」

 

 悪魔のような宣告を受けながら影を繋がれたキンは吠えた。

 

「次はペースを上げる。それぞれ、二倍だ」

「ちくしょうがああああ! あああああ!」

 

 涙を流しながら、再び腕立て伏せを始めるキンを興味深げに見つめる音隠れの上忍。

 

「ねぇ、ドス?」

「は、ハッ!」

 

 慌てて返事をするドスへと目を向けた上忍は蛇を思わせる所作で首を傾けた。

 

「あの子、なんであそこまで頑張るのかしら? 重石をつけているのと同じ状態ね。あの子は鎖帷子を付けているし、武器も服の下に仕込んでいるから相当辛いハズよ」

「……私の考えでよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論」

「多分、木ノ葉の下忍と戦った後で、決して負けられないと思い入ったのだと思われます」

「木ノ葉の下忍?」

「ハッ! うちはサスケと同じ班の少女です」

「ああ、あの子……」

「彼女は勝ち目のない戦いでも臆さずに我々に立ち向かってきました。最終的には他の班の救援があったとはいえ、それまで一人で立ち向かってきた少女の姿勢に自分も負けられないと思ったのだと私は考えます」

「そう。なら、ザクも同じかしら?」

「ハッ!」

 

 考えを深めるべく音の上忍は手すりの上で組んだ手の上に顎を置いた。

 

「ドス。正直に言うとね、私はアナタたちに期待していなかった。アナタが気づいているようにね」

「……」

「でも、あんな必死な姿を見たら気が変わったわ。頑張りなさい」

「ハッ!」

 

 音の上忍の言葉が終わると共に、シカマルの術が解けた。

 床に力なく横たわるキンはもう立ち上がれない。ハヤテは結論を出した。

 

「勝者、奈良シカマル」

「めんどくせー相手だったぜ。けど、まあ……ナイスガッツ」

 

 下に降りてきた時と同じように頭を掻きながら階段を上がるシカマルには確かに勝者の風格が漂っていたような気がしたとは、後の担当上忍アスマの談だ。

 

「では、次の試合です」

 

 医務室に連れて行かれたキンを見送ったハヤテは進行を再開する。

 電光掲示板に表示された名前は第七回戦の対戦者の名を指し示していた。

 

 ウズマキ・ナルト VS イヌヅカ・キバ

 

「待ちわびたぞ」

「しゃああああ! 初っ端から最高じゃねェか! なあ、赤丸ゥ!」

「キャン!」

 

 どちらも犬歯を剥き出して闘争心を見せる。

 火が点いた若者は止められない。

 

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