ヒュウガ・ヒナタ VS ヒュウガ・ネジ
続いての第八回戦、電光掲示板に映し出された対戦者の名前は互いに縁がある者の名だった。どちらも苗字は同じ“
──ヒナタ……。
──何とも面白い対戦になったもんじゃ……。
──……。
紅と三代目火影、そして、ガイが真剣な眼差しで見つめる中、試験会場の中央には二人の姿があった。一人は首元で揃えられた濃紺の髪の少女、一人は長い黒髪を後ろで纏めた少年。
日向ヒナタと日向ネジ。
「まさか、アナタとやり合うことになるとはね……ヒナタ様」
「……ネジ兄さん」
二人の様子を上の観覧席から見つめるサスケとナルトの目が細くなった。
「あいつら、兄妹だったのか?」
「酷な事だ」
サスケの疑問に答えるのは二人の後ろに立つカカシだ。
「あいつらは木ノ葉で最も古く優秀な血の流れをくむ名門、日向一族の家系だ。だが、兄妹じゃないよ」
「じゃ……どういう関係なの?」
カカシの正鵠を得ない返答にサクラは小首を傾げる。
「んー。ま、日向家の“宗家”と“分家”の関係……って言やいいのかなァ?」
「つまり……どういうことだ?」
サクラとサスケはカカシの答えにピンと来たようだが、山籠もりをしていた上に大人と話す機会を得る事が難しかったナルトは人里について疎い。そうであるから、彼はもっと簡潔に説明するようカカシに求めた。
ナルトに更に噛み砕いた説明をするかどうかカカシは迷う。そもそも、ヒナタもネジも自分の受け持つ下忍ではない。彼らの事情を詳しく自分の口から説明することは躊躇われた。
カカシはネジの担当上忍であり、自身の竹馬の友でもあるガイへとチラと目を向ける。それに気づいたのか、ガイがカカシの視線に頷きを返す。許可は得られた。カカシが口を開こうとした瞬間、隣に立っていたリーが口を開いた。
「ボクから説明します」
ネジと同じ班であるリー。ネジとの面識がない自分よりも彼の方から説明する方がいいだろうとカカシは判断する。
「ありがとね、リーくん」
「いえ、お礼を言われるほどのことではありません。おっと、話を戻して……」
右手の人差し指を天に向かって立てながらリーは話を続ける。
「ヒナタさんは日向流の宗家──本家とも言います──にあたる人で、ネジはその流れをくむ分家の人間です」
「つまり、親戚同士の闘いってことね。やりにくいわね、あの二人」
「ハイ。ただ……」
「何だ?」
言い淀んだリーをサスケが促す。
ややあって、言い難そうにリーは重々しく口を開いた。
「……宗家と分家の間には昔から色々あるらしく、今はあまり仲の良い間柄ではありません」
「酷な事だな」
「ええ、ナルトくんの言う通りです。何でも、昔ながらの古い家にはよくある話らしいんですが、日向家の初代が家と血を守っていくために色々と宗家が有利になる条件を掟で決めていて……分家の人間は肩身の狭い思いをしてきたらしいんです」
「じゃあ、因縁対決って奴なんだ」
「流石、サクラさん。その通りです」
リーの説明が終わると同時に試験官であるハヤテの声が会場内に木霊した。
「では、試合を始めてください」
試合開始の合図。
だが、両者とも動かない。いや、ネジにとっては戦闘態勢に移ることすらしない。ただ、彼は口を開くのみであった。
「試合をやり合う前に一つ……ヒナタ様に忠告しておく」
「……?」
「アナタは忍には向いていない。棄権しろ!」
「……!」
「アナタは優し過ぎる。調和を望み、葛藤を避け、他人の考えに合わせることに抵抗がない」
「……」
「そして、自分に自信がない。いつも劣等感を感じている。だから、下忍のままでいいと思っていた。しかし、中忍試験は三人でなければ登録できない。同チームのキバたちの誘いを断れず、この試験を嫌々受験しているのが事実だ。違うか?」
「ち……違う、違うよ。私は……私は、ただ……」
ネジの言い様に対し、構えを解いたヒナタはギュッと両手の掌を腹の辺りで握り締める。
「そんな自分を変えたくて……自分から……」
「ヒナタ様。アナタはやっぱり宗家の甘ちゃんだ」
「え?」
「人は決して変わることなどできない!」
ネジの声が一段と冷たくなった。冷たい中に激しい怒りも感じられる、そんな声だ。
「落ちこぼれは落ちこぼれだ。その性格も力も変わりはしない。人は変わりようがないからこそ、差が生まれ……エリートや落ちこぼれなどといった表現が生まれる。誰でも顔や頭、能力や体型、性格の良し悪しで価値を判断し判断される。変えようのない要素によって人は差別し差別され、分相応にその中で苦しみ生きる。オレが分家で……アナタが宗家の人間であることは変えようがないようにね。今までこの白眼であらゆるものを見通してきた。だから、分かる! アナタは強がっているだけだ。本心では今すぐ、この場から逃げ去りたいと考えている」
「ち……違う。私はホントに……ッ!」
ネジの視線がヒナタを襲う。
目尻の辺りの血管が浮かび上がり、その
「白眼、か」
「白眼?」
「うちは一族も元を辿れば日向一族にその源流があると言われている。“白眼”ってのは日向家の受け継いできた血継限界の一つで、写輪眼によく似た瞳術だが……洞察眼の能力だけなら、写輪眼を凌ぐ代物だ」
カカシは階下のネジをじっと見つめる。
──まさか、これほどとは……。
ネジの発するチャクラ、そして、圧は既に下忍のものではない。戦闘に秀でていない上忍ならば、難なく倒せるであろう覇気をネジは発していた。自身が受け持つ天才、サスケでさえも戦えばネジには手も足も出せずに敗北するであろう。
上で品定めをする上忍たち、そして、第二の試験を突破した下忍たちの視線と、そして、自らの胸から溢れ出る怒りの感情を尻目に、ネジは冷徹に、そして、淡々と言葉を紡ぐ。
「オレの目は誤魔化せない」
「……!」
「アナタは今、オレの
更にネジの冷たい言葉は続く。
「体の前に腕を構えるというその行為もオレとの間に壁を作り、距離を取りたいという心の表れだ。これ以上、自分の本心に踏み込まれたくないと訴えている仕草。オレの言った言葉が全て図星だからだ。更に……唇に触れたのも心の動揺を表す自己親密行動の一つだ。それは緊張感や不安を和らげようと行う防衛本能を示す。つまり……アナタ、本当は気づいてるんじゃないのか?」
一呼吸置き、彼は吐き捨てるように言った。
「“自分を変えるなんてこと絶対に出来ない”ということに」
「“自分を変えるなんてことは絶対に出来る”! 済まぬ。貴殿の言に、一言、言わずにはいられなかった」
「何? ……何?」
ネジが振り返ると、そこには服を脱ぎ始めたナルトの姿。白眼の瞳術は透視もでき、その視覚野はほぼ360°と言えるほど広い。振り返らずともナルトの姿は見えているのだが、思わず振り返させられるような光景がネジの後ろにはあった。
その肌は艶がありながらも力強い。その腕は剛を端的に表しながらもしなやかだ。その胸は、腹は修練の果てにありながらも美しかった。
拳を握り締め、ゆっくりと力瘤を作りながら、ナルトは叫ぶ。
「己が肉体を見よ! 日々のトレーニングこそ体を作る! 日々の食事こそ体を作る! 人は一日毎に変わるもの! 人は一秒毎に変わるもの! もう一度言おう! “自分を変えるなんてことは絶対に出来る”と!」
ナルトへ何も言う事なく、ネジは彼に背を向けた。しかしながら、ネジの顔は常とは違ったものだった。
ヒナタへと振り返るネジの表情は一言で言えば困惑。
──ヒナタ様……何故、服を脱いだ?
先ほどの『何? ……何?』というネジの発言の一番目にあった疑問符は、突如として服を脱ぎだしたナルトへ向けたもの。そして、もう一つの疑問符はナルトのすぐ後に服を脱ぎだしたヒナタへ向けたものだった。
ネジが振り返った先のヒナタは上着を床に落とす。
ヒナタが身に着けているのは胸のみを覆うタイプの鎖帷子だ。軽量のために余分な部分は削ぎ、人体の絶対の急所である胸部のみを保護している。腹の防御を捨ててまで敏捷性に特化した造りだ。
晒す肌の面積が多くなった分、今のヒナタの姿は煽情的であると思う者もいるだろう。子どもながら均整の取れた肉体。確かに恰好だけは実に男を煽るものとなっている。
だが、違うのだ。
ヒナタの腹は修練の跡が分かるように美しく割れていた。これを見て、欲情する者はいない。高名な彫刻家が心血を注ぎ、魂を籠めた会心の出来である阿修羅像を思わせるようなヒナタの身体だ。細く、だが、強さに溢れる。樹木で例えるならば、柳の木か。ヒナタの身体は美しく、そして、荘厳であった。
既に性別は問題にはなってはいない。荘厳なものに人は劣情を抱くことはない。もし、仏像や彫刻に劣情を抱くような考えを持つ者がいるならば、それは破綻者であろう。
そして、ネジは礼節を解する常識人。破綻者とは反対方向にいる者だ。ヒナタの行動に一瞬、呆気に取られたものの唇を噛み締め、ネジはヒナタをこれまで以上に睨みつけた。
確かに、ヒナタが何をし始めたのかはネジには理解できなかった。しかし、ヒナタの真っ直ぐな目を見たネジは腕を構え直す。目の前にいるヒナタの目はどこまでも真っ直ぐで強く見えた。
ナルトが剛よく柔を断つならば、ヒナタは柔よく剛を制す強さを持つ。
そう、つまりは難敵だ。
「棄権しないんだな? どうなっても知らんぞ」
『叩き潰す』という意志を乗せたネジの視線を受けながら、ヒナタはナルトの言葉を思い返していた。
──真っ直ぐ自分の言葉は曲げぬ。己の……忍道だ!
それは、第一の試験の際、自分の隣でナルトが宣言した言葉。
──私はもう……。
「逃げたくない!」
ヒナタの眼が変わる。ネジと同じ白眼だ。
「ネジ兄さん。勝負です」
「……いいだろう」
白眼を出したということは、これから戦うという意志表示。
目の前の少女を敵と認めたネジは全身にチャクラを回す。両者ともに攻撃準備は整った。
「……ハッ!」
一拍の後、先に仕掛けたのはヒナタだ。息を呑む攻防。柔軟で速い。
幾度かの応酬の後、先に相手の体に攻撃を当てたのはヒナタだった。
「入った!」
「いや、浅い」
同期であることと顔見知りであるということから、サクラとサスケはヒナタに対して応援をするように見ていた。ヒナタがネジへと攻撃を加えたことで身を乗り出して喜びの声を上げたサクラだったが、サスケの冷静な観察眼で気を取り直す。
しかし、サスケの判定に隣のリーは首を横に振った。
「いえ、かすっただけで効きます」
「どういうことだ?」
「……それが、日向一族が木ノ葉名門と呼ばれる所以」
「日向には代々伝わる特異体術があるのだよ!」
リーに続いて、彼の担当上忍のガイが口を開く。
「私やリーが得意とする体術、敵に骨折や外傷といった、つまり、外面的損傷を与える攻撃主体の戦い方を『剛拳』というのに対し、日向は敵の体内のチャクラの流れる“経絡系”にダメージを与え、内臓……つまり、内面を壊す『柔拳』を用いる一族。見た目の派手さはないが、後でジワジワ効いてくる」
「まあ、内臓だけは鍛えようがないからなあ……どんな頑強な奴でも喰らったら致命傷もんだ」
カカシがガイから言葉を引き継ぐようにして会話を終わらせるが、ふと、サクラはあることに気が付いた。
「“経絡系”を攻撃だなんて……何者なの、あの人たち」
「……ケイラクケイ?」
“経絡系”という言葉に覚えがないナルトが思わず復唱する。
「ナルトは忍者学校の授業に出てなかったっけ?」
「聞いた覚えがない」
「どうせ、コイツのことだ。山籠もりをしていた時に経絡系についての授業があったんだろ」
「では、ボクから説明します。“経絡系”とは血液を流す血管のように全身に広がっているチャクラを体の隅々まで行き渡らせる管の束のようなものです。また、“経絡系”は体内のチャクラを練り込む内臓と密接に絡み合っています。だから、その経絡系を攻撃されると、内臓にもダメージを受けてしまうんです」
「……もう一度、説明してはくれぬか? 今度は書き記す故」
「試験が終わったら家に帰って教本を読め。リーが説明したことは全部書いている」
「承知」
下の闘いから目を離さず会話するナルトとサスケからサクラは視線をリーへと移す。
「あの、リーさん。一つ分からないことがあるんですけど」
「なんでしょう?」
「経絡系って目には見えないし、体の中にある経絡系をどうやって攻撃しているんですか?」
「それを可能にするのが日向一族の血継限界、“白眼”です。日向一族の人間は白眼の力で経絡系を視認することができます」
「凄い……」
「そして、柔拳の攻撃は普通の攻撃と少し違う。自分のチャクラを手のチャクラ穴から放出して相手の体内にねじ込み、敵の経絡系に直接ダメージを与える」
カカシが呟いたと同時にヒナタの手がネジの胸に入った。
口から血が零れる。
血は流れ、ネジの腕を赤色に染めた。
「やはり、この程度か。宗家の力は」
血はヒナタのものだった。ヒナタの攻撃を往なしながら彼女の急所へと的確にカウンターを行うネジの燻し銀な攻撃だ。
だが、ヒナタとしても一回、クリーンヒットを受けただけで止まるつもりは毛頭ない。
──ま……まだ。
「はっ!」
今度は左手でネジへと柔拳で攻撃する。その攻撃はネジの隙をついたのか完璧にネジの胸に入った。
「!?」
だが、ネジは顔色一つ変えない。
ヒナタの手首を抑えたネジはジッと彼女の腕を見つめる。
──何て奴だ。
──ま、まさか。
──ホホ……流石、日向家始まって以来の天才と呼ばれるだけのことはある。
「オレの眼はもはや“点穴”を見切る」
「そんな!」
カカシと紅はネジの力に戦慄し、三代目火影は頼もしそうに頷く。
そして、ヒナタは驚愕の表情を浮かべることしかできなかった。しかしながら、その流れに着いていくことができない者もいた。ナルトだ。
「“テンケツ”?」
「さっき言った経絡系上にはチャクラ穴と言われる361個のツボがある。針の穴ほどの小ささだけどな。“点穴”って言ってな……理論上、そのツボを正確に突くと、相手のチャクラの流れを止めたり増幅させたり思いのままコントロールできるとされてる」
カカシはネジから目を離すことなく、苦い表情でナルトへと説明する。
「説明ついでに教えといてやる。点穴はな……はっきり言ってオレの写輪眼でも見切れない。いくら洞察眼が使えると言っても、戦闘中にあそこまで的確に……」
カカシの説明は、下の二人には関係ない。戦闘を続けるネジはヒナタを突き飛ばす。地面に転がるヒナタの体。全身の痛みに耐え、震えながら立ち上がるヒナタをネジは冷ややかな目で見ていた。
「ヒナタ様。これが変えようのない力の差だ。エリートと落ちこぼれを分ける差だ。これが変えようのない現実。“逃げたくない”と言った時点でアナタは後悔することになっていたんだ。今、アナタは絶望しているはずだ。……棄権しろ」
「……私は」
ゴクリと喉を鳴らす。
「真っ直ぐ……自分の言葉は曲げない」
その顔に浮かぶは自信。内から溢れ出た感情だ。
「私もそれが忍道だから」
退くことはない。
ヒナタの様子に不退の心を感じ取ったネジは完全にヒナタを叩き潰すことを決める。
「……来い」
ネジの宣言があるが、ヒナタは動けない。
咳き込みながら吐血するヒナタの体は棄権を望んでいた。
ヒナタは顔を上げる。その先にはネジ、そして、更に先には腕を組み、厳しい顔付きで自分を見るナルトの姿。ナルトの表情はどこか苦悶に満ちていた。それもそうだろう。心優しき彼にとって顔見知りが一方的に叩きのめされる姿など見たくない光景だ。ヒナタの気概を知らなければ、ナルトは割って入ってでも試合を止めただろう。
──ナルトくん。
ヒナタの心は棄権を望んではいなかった。
ふらつくヒナタの足が地面をしっかりと捉えた。ただ前へ。それだけを信じ、構え直す。
先ほどの焼き直しのようにネジの掌がヒナタを襲い、今度はヒナタの顎を捉えた。
飛びそうになる意識を必死に抑え、ヒナタは体勢を立て直す。口から血を流しながら、今にも倒れそうになる体を気力で支え、ヒナタはネジへと再度、柔拳で挑む。
が、それを許すネジではない。カウンターでネジの掌がヒナタの胸の中心へと入る。今度は堪らず、ヒナタの体は床へと崩れ落ちた。
「アナタも分からない人だ。最初からアナタの攻撃など効いていない」
冷たいコンクリート製の床へと横たわるヒナタをネジは無感情に見下ろす。
「これ以上の試合は不可能と見做し……」
「待たれよ!」
「!?」
ナルトの声が朗々と響いた。
──ありがとう。
ヒナタは立つ。
「何故、立ってくる? 無理をすれば本当に死ぬぞ」
「ま……まだまだ」
「強がっても無駄だ。立っているのがやっとだろ。この眼で分かる。アナタは生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力のない自分を呪い責め続けた。けれど、人は変わることなど出来ない。これが運命だ。もう苦しむ必要はない。楽になれ!」
「……それは違うわ、ネジ兄さん。だって、私には見えるもの。私なんかよりずっと……」
これだけは言わなくてはならない。
義務感に突き動かされ、ヒナタは言葉を口にする。
「宗家と分家という運命の中で迷い苦しんでいるのは、あなたの方」
──そんなあなたを救いたかった。けど、ごめんなさい。私がとても弱くて……ごめんなさい。
ヒナタの言葉は続けられることはなかった。ヒナタの言葉を最後まで言わせないタイミングでネジがヒナタに向かって駆けていた。言葉は遮られた。
なら、拳で“答える”。
ヒナタは右手を握り締め、今までとは違うフォームで拳を突き出して、自身へと迫るネジの右の掌へと当てた。
──許さない。
攻撃が防がれた怒りのままにヒナタへと追撃しようとしたネジであったが、体が動かない。
それもそうだろう。試験官であるハヤテ、上忍であるガイと紅、そして、カカシがネジを抑えていた。
「ネジ、いい加減にしろ! 宗家とのことでもめるなと私と熱い約束をしたはずだ!」
「……なんで、他の上忍たちまで出しゃばる。宗家は特別扱いか?」
上忍が飛び出してきた状況に目を白黒させるヒナタであったが、突如、自分の腹に違和感を覚える。それは今まで感じたことがない感覚。それと同時に鉄の臭いがせり上がってきたことをヒナタは感じた。
「ガハッ!」
大量に口から流れる血を抑えるために手を口に当てたヒナタだったが、それは無駄だった。一目見て、これは危険だと感じる量の血を吐き出したことを確認した後、ヒナタは自分の意識が遠くなっていくことを感じていた。
ぐらりと後ろに傾く体。しかし、先ほどまでとは違い、今度は暖かい。
「ヒナタ、よく頑張った」
──ナルトくん。
ヒナタの体をナルトの大きな腕が抱き留めていた。
──私も少しは変われたかなぁ……。
それを最後にヒナタは目を閉じた。
傍に寄る医療班が持つ担架にヒナタの体をそっと横たえたナルトは、担架に乗せられ試験会場から去っていくヒナタを見送る。
ヒナタの姿が完全に消えた後、ナルトはゆっくりと振り返った。彼の視線の先にいるのは、上忍たちから解放されたネジの姿。
「ネジよ、一ついいか?」
「何だ?」
「何故、貴殿は精神的にヒナタを追い詰めるようなことをした? それは強者がするべき行いではない」
「フン……お前に語るようなことはない。だが、強いて言えば……忍の世界というものはこういうものだ。弱者は戦いの中、何も出来ずに死んでいく。それが忍の世界だ。よく覚えておけ、ルーキー」
「それは違う、と言っても今の貴殿は聞かぬだろう。なれば、己が貴殿との闘いの中で教え諭そう」
ナルトは地面から血を掬う。
「この血と我が肉体、そして、運命に誓おう。己は“勝つ”と」
「面白い。精々、足掻いてみせろ」
これ以上話すことはないと言うように背を向け離れるネジ。階段へと向かいながら、ネジは自分の掌を確認する。
──掌の骨が折れている。
思い出すのはヒナタの最後の一撃。日向流の柔拳ではない。子どもがするような拳を固めただけの攻撃。
しかし、それは流派も血もかなぐり捨てた一撃だ。家も運命すらも捨て去ったヒナタの一撃は剥き出しの彼女の力。
──だが、届かない。
弱者が全霊を懸けて自分に挑んだ所で敵う事などない。才能と努力に裏打ちされた実力こそが勝敗を分ける。
観覧席へと戻ったネジは下を見下ろす。そこには、班員であるリーと赤髪の少年が向かい合っていた。
砂瀑の我愛羅。
ネジが警戒した唯一の相手。その他の下忍たちに関しては、彼は脅威として見ていなかった。しかし、我愛羅だけは違う。彼は底知れないとネジは考えていた。そして、自分ですらも敗北するかもしれないと考えていた。
そして、その対戦相手は自分が実力を認めたリー。ネジにとって、これ以上ないほどに楽しみな試合だ。
「では、第九回戦。始めてください!」
──リー。
ネジの前で繰り広げられ白熱する闘いを見つめながら、ネジは思い返す。これまでのこと、そして、これからのことを。
──お前は最後まで気づかなかったんだ。“刺し違えてでも”などという形でしか勝利を目指せぬ者に、駒を先に進める事を天は……。
「勝者、我愛羅!」
──許しはしない。
ネジは医務室へと担架で運ばれていくリーを見つめ、腕を組もうとした。
「ッ!」
ネジは忌々しげに自らの掌を見つめる。掌の痛みは確かにそこに在った。