呼び寄せた蝦蟇の上に堂々と立つナルトは九尾の妖狐へと感謝を述べる。
自来也との修行21日目にして、彼はようやく至ったのだ。口寄せの術、そして、自身の中にいるモノの正体へと。
産まれてこの日までの謎の正体の判明。そして、己の内側にいる九尾の妖狐との会話。時間は確かに少なかったものの、心は通い合わせることができた。存在すらも認識できなかった今までと比べ、大きな進歩である。
ナルトの心は実に晴れやかであった。
しかしながら、ナルトの感謝の言葉を聞いて納得しないモノがいた。
「ワリャ……ワシの頭の上に乗っかって別の奴に挨拶するたァ……嘗めとんのか?」
「む! 失礼した」
ナルトは声が聞こえてきた方向へと目を向け、跪く。
「貴殿に謝罪を。そして、感謝を、蝦蟇殿」
「ホォ……」
ナルトに声を掛けてきたのは口寄せの術で呼び寄せられた巨大な蝦蟇である。
蝦蟇は品定めをするかの如く、自分の体の上で跪いたナルトの一挙手一投足を観察する。
どうやら、自分を呼んだ人間は礼節を重んじる性格のようだと大蝦蟇は当たりをつける。忍という輩は大抵の場合、口寄せの術を使う時は面倒事の最中であることが多い。
その上、聞いた話では敵の攻撃から身を守るための盾として口寄せされた生き物を使う輩もいるらしい。
そうであるから、大蝦蟇は忍自体に良い印象を持っていなかった。
だが、この度、自分を呼んだ人物は傲り高ぶる訳でもなく、少しばかりの注意で態度を改めて、畏敬の念を持って自分に接している。
そして、鍛え上げられた良い肉体をしている。根性もありそうだ。
「気に入った!
「申し訳ないが己は12。酒は飲めぬ故に、その申し出……断らざるを得ない」
「ガハハハハハ! 嘘、言っちゃあいけんのォ! ワリァ、12歳の人間にゃ見えん!」
「しかし、事実は事実。それに、蝦蟇殿の容貌魁偉な体に比べれば己の身は矮小そのもの」
「ワシと人間を比べちゃあ……は? 12歳?」
「然り」
『人間と蝦蟇の体を比べて落ち込むたぁお前、どこに向かおうとしとるんじゃ?』と笑いながら沈んだ声を出すナルトに話しかけようとした大蝦蟇はその言葉を喉の奥に押し込んだ。
──12歳?
やっと違和感に気が付いた大蝦蟇は怖々と自分の上にいる人間がいる方向へと目を向ける。
嘘は言っていない。そもそも、自分の上に立つ人間は嘘を吐くような性格はしていないことを、多くの人間を見てきた大蝦蟇は十二分に理解していた。
ならば、人間が言うことは本当のことなのだろう。例え、自分の頭に感じる重みが12歳の少年の体重どころか大の男でも到達し得ないほどの重みだとしても、大蝦蟇は頭に乗る彼の言を信じる他になかった。
大蝦蟇は少年とは思えない少年の言葉を思い返す。
どうやら、弱冠12歳の少年が自分を呼んだらしい。普通ならば、どうあがこうが自分を呼ぶにはチャクラが足りない年齢にも関わらず口寄せの術で自分を呼ぶことに成功したという事実は大蝦蟇に感嘆を覚えさせた。
──この人間が欲しい。
ナルトが行った口寄せの術は大蝦蟇にそう思わせるほどの成果であった。
「おい」
「む?
「盃を交わせん言うちょったな?」
「然り。己は未熟者
「なら、同盟を結ぶいうんはどうじゃ?」
「同盟?」
「そうじゃ。お前が困った時にはワシャ全力でお前を助けちゃる」
「そして、蝦蟇殿の危機には己が駆けつけるということか」
「ああ。で、返事は?」
ナルトは難しい顔をして腕組みをする。少し時間を置いてナルトは口を開いた。
「一つ、聞いてもよろしいか?」
「なんじゃ?」
「貴殿はその
善を抱くものか否か?
この答えを間違えば、自分の上に立つ男は自分に見切りをつけるだろう。そして、上の男は嘘を許すような人間ではない。心にもない事を言った瞬間、この交渉は破談する。
尋常ではない緊張感が大蝦蟇を包み込む。
──試されている!
今まで多くの人間を試してきたこともある大蝦蟇であったが、人間から試されるのはこれが最初で最後の経験だろう。
善を抱くものか否か?
普通に考えれば答えは簡単だ。頷くだけでいい。事実、大蝦蟇は曲がったことを許すことができない性格。罪には罰を、邪道には正道を以って、これまで戦ってきた。腕に抱くのは確かに“善”である。
『だが……』と大蝦蟇は考える。
罪を裁くために振るわれた刃は善なのか? 心は善だと声を大にして言う事ができる。
だが、行為はどうだ?
刃を振るうこと。例え、正義という名の錦の旗の元で行われた行為でも、刃を振るうことは悪ではないか?
そう大蝦蟇は考えたのだ。
自分が今までしてきたことは間違いではない。だが、純粋ではない。
正しく、そして、汚れている。
ならば、自分が腕に抱くのは……。
「ワシが抱くのは……」
自分の中の答えを探し、振り絞るように大蝦蟇は声を出す。
「……矜持じゃ!」
大蝦蟇はキッと表情を固くする。それは彼の信念が面に出てきたようなもの。
「“道”を違えたりしちゃあいけん。そう言い聞かせてワシャ生きてきた。確かにワシの手は血に汚れちょる。じゃが、ワシはそれを誇っとる!」
「
「守ってきたからじゃ」
「……」
──守ってきたから。
“何を”と聞くまでもない。ナルトは大蝦蟇が守ってきたものの正体を悟った。それは“弱いもの”であることに間違いない。そして、それが大蝦蟇の矜持なのだろう。
弱きを助け、強きを挫く。
それは例え、自らが傷付いたとしても。
それは例え、自らが血に塗れたとしても。
決して……決して譲る事のできない心の芯。
それは漢の資格、大和魂であろう。
ここに、大蝦蟇とナルトの想いは一致した。
「蝦蟇殿」
「何じゃ?」
「盃は交わせぬが、よろしく頼む。己は貴殿と共に歩みたい」
「その言葉を待っちょった。……ヨッ!」
大蝦蟇は崖に突っ張っていた手足に力を籠め、一気に崖の上まで跳躍する。地響きを起こしながら崖の上に大蝦蟇は着地した。崖の上には既に自来也の姿はない。しかし、崖の上には、これ見よがしに拡げられた巻物があった。
大蝦蟇は巻物に血で書かれていた一つの名前を見つめる。自来也の一つ左隣に書かれていた名は知っている。だが、その名の左隣の名は知らない。
彼の知識にない名は巻物に書かれていた他の名よりも力強かった。
──うずまきナルト、か。
と、大蝦蟇の視線に肌色が上から下へと降ってくる。
「申し遅れた」
大蝦蟇の頭から巻物の前に降り立ったナルトは大蝦蟇を見上げて口を開く。
「己は貴殿と共に歩む者」
「うずまきナルト……じゃろ?」
「む?」
「いい名じゃ」
何故、自分の名を知っているのか?
困惑に包まれたナルトの表情を見て、大蝦蟇は笑みを浮かべる。
「ブン太」
大蝦蟇は口を開いた。
「蝦蟇ブン太。ワシの名じゃ」
「委細承知した、ブン太殿。しからば、己も改めて名乗らせて貰うのが礼儀」
兎に角、名乗られたならば名乗り返さなくてはならない。ブン太と名乗った大蝦蟇が何故、自分の名を知っているのか疑問は覚えたナルトであったが、疑問をブン太に尋ねる前にナルトは息を大きく吸い、そして、そのまま後ろ向きに倒れた。
「……」
ブン太はナルトが21日間ほぼ不眠不休で修行を続けてきたことは知らない。しかし、その服が、その掌が、そして、その筋肉がナルトの努力の跡を端的に物語っていた。
だからこそ、ブン太は舌を伸ばし地面に横たわるナルトの肉体を自身の頭へと再び乗せたのだ。
そして、ブン太は誰にも聞こえないように心の中で独白する。
──それにしても大したもんじゃわい。ワシの頭に乗るだけやのォてワシを試すたァ……。
苦笑するブン太は拡げられたままの巻物へと目線を遣る。自来也の隣、そして、ナルトの隣に書かれていた名前を見たブン太はゆっくりと青空を見つめる。
「……あの四代目以上の忍になるに違いねーのォ」