呆けていた。
それに気が付くまでどれだけの時間が立っていたのだろうか。
「しまっ……!」
木ノ葉暗部の隊長は仮面の裏で唇をきつく噛み締める。暗部、いや、忍としてあってはならない所作だ。殺意を剥き出しにした者を前に、突如、筋肉隆々の漢が現れたとはいえ、呆けるなどあってはならない。
──挽回は……もう遅いか。
ほんの少し駆け出すのが遅かった。前には風影の付き人の二人が駆けている。手の届く距離、その僅か前を行く二人に、せめてもの妨害としてクナイを投げるが上半身と下半身が分かれた二人の付き人が足を緩めることなどなかった。
──変化の術で化けていたか。やはり、コイツら……並の忍ではない!
二人から四人に増えた風影の付き人たちは試験会場の屋根へと一足飛びに飛び移る。
「やりなさい」
「はっ! 忍法・四紫炎陣!」
屋根の上に佇む三代目火影と三人の見知らぬ男たちを囲むように紫の炎で作られた檻が現出する。
「くっ……結界か」
臍を噛む暗部の部隊長。檻の中の人物を確認していくと共に、彼の額に大量の汗が流れ出た。
──大蛇丸! それに、“鬼人”再不斬に霧隠れの追い忍!? その上、風影の付き人に変化していた“音”の忍が四人だと!?
どうしようもない。
「せめて、結界を張っている四人の内の誰かを三代目が倒してくれれば……」
「何を悠長なことを言っている!?」
後ろで呟く暗部の一人を暗部の隊長は叱責する。
「チャクラを練ろ! 水遁系忍術の使い手を集めろ! こちら側からも何とかして穴を開けるんだ!」
「やめい!」
「えっ?」
暗部の隊長はまた呆けてしまう。自身の命令を止めることができる人物など一人しかいない。
「ワシは大丈夫じゃ。ワシよりも優先すべきことがあろう?」
暗部の隊長を優しく見つめる三代目火影の姿がそこにはあった。
「……お前たちは下の戦闘に参加しろ。大名たちを守れ」
「し、しかし!?」
「ここにはオレが残る」
「……はっ!」
自分が残ったのは、せめてもの責任。三代目火影が負けた後、せめて一矢報いるための捨て石になることを覚悟した暗部の隊長は紫の炎の檻の中を睨みつける。
少しでも隙が生じれば、そこから切り崩すと言わんばかりの視線を大蛇丸に遣る。
だが、大蛇丸の視線は動かない。捕食対象を定めた蛇のように大蛇丸はジッと三代目火影を見つめるのみだ。
だが、大蛇丸の付き人の四人の音忍は違った。
「内側に結界を張っとけ!」
片目を髪で隠した男が他の三人へと指示を出す。その指示に従い、一瞬にして紫の炎の壁が彼らと三代目火影の間に現れた。
「そう易々とは出させる気はない、か。そのまま五人でかかってくりゃ、一気に斬ってやったが」
「彼ら、なかなか頭が回りますね。再不斬さん」
再不斬と白は三代目火影の隣に並びながら現状を分析する。
相手は一人。そして、こちらは暗部クラスの実力を持つ忍が三人。“鬼人”と謳われた再不斬に、才能はその再不斬よりも上にある血継限界、氷遁使いの白。そして、“プロフェッサー”と謳われ、その名は木ノ葉はおろか、世界に轟く猿飛ヒルゼンのスリーマンセルだ。
連携などなくとも、この三人を相手にして勝負ができる猛者など、世界中を探しても、そうそういやしない。
──何を企んでおる?
だが、その三人を前にしても大蛇丸の余裕を感じさせる表情は崩れることはなかった。
「猿飛先生に再不斬と白ねぇ……私一人じゃ流石に勝てないかもしれないわね」
「御託はよい。……大蛇丸、あるのじゃろ? 貴様の手の内を見せてみよ」
「ふふふ……この術だけは使いたくなかったのだけれど」
そう言って、長い印を数秒で組み上げた大蛇丸の横に二つの棺桶が屋根の下からせり上がる。
「口寄せ・穢土転生」
「……貴様ッ!」
開いた棺桶の蓋が屋根に落ち、ガコンと音を鳴らす。棺桶の中に居たのは黒の長髪の男と白の逆立つ髪をした男だった。
「久しぶりよのォ……サル」
「ほぉ、お前か。歳を取ったな、猿飛」
「……まさか、このようなことで御兄弟お二人に再びお会いしようとは。残念です……覚悟してくだされ」
三代目火影は怒りの籠った目で大蛇丸を睨みつける。
「初代様、二代目様」
「かつての師を殺す経験なんて、猿飛先生にはさせたくなかったんだけどねぇ……」
少し上を見上げた大蛇丸は目だけを動かし、再不斬と白を見つめる。
「その二人が助太刀するというなら、これは仕方のないこと。そうでしょ?」
「……この下種が」
「……人でなしですね」
「ふふ。たった一人に三人で来るアナタたちが言える言葉じゃないわ」
大蛇丸は飄々と再不斬と白の言葉を受け流す。
「再不斬と白よ。気にするでない」
「ん?」
「どういうことですか?」
「穢土転生という術は準備が必要な術での……死者の肉体、そして、生贄の生者を予め用意する必要がある術じゃ。つまり……」
三代目火影は一度、溜息を吐く。
「……奴は初めからこの術を使う気でおった。お主らが駆けつけていようがいまいが、な」
「下種が」
「やっぱり人でなしですね」
「……」
三代目火影は逡巡する。自らの気持ちを声に出していいのかどうか。
ややあって、三代目火影は重い口を開いた。
「悪に堕ちたといえ、大蛇丸は我が弟子。勝手を承知で頼む。ワシは……」
「白。オレは初代火影だ」
「なら、ボクは二代目火影ですね」
タンッと足音を響かせながら前に出た再不斬と白。その二人の姿に目を丸くした三代目火影は、一度、頭を下げた。
「済まぬ。助かる!」
再不斬と白は何も答えない。答える必要などないと二人とも理解しているからだ。
やっと戦いが始まる。そう感じ取った大蛇丸は呪符付きのクナイを初代火影と二代目火影の頭に埋め込んでいく。
「最強の
再不斬は二人に声を掛けながら、懐から“瑟”と書かれた巻物を取り出す。
「その名……今日で返上させてやる」
白も再不斬に続いて“琴”と書かれた巻物を取り出す。
「今日からはボクらが……」
白煙を上げながら、体のひび割れが消えていく初代火影と二代目火影。
白煙が体を覆い隠した後、その手に新たな武器を握る再不斬と白。
二人の声が重なった。
「最強の