睨み合うのは何故か? 相容れないため。
睨み合うのは何故か? 譲れないがため。
睨み合うのは何故か? ただ闘いに、赴くため。
音の三人と木ノ葉の三人。
鬼童丸、左近、多由也。
日向ネジ、犬塚キバ、奈良シカマル。
双方、共に、合図はなし。
どちらともなく動いた。
何故に? 決まっている。
「オラッ!」
「ハッ!」
「死ねェ!」
「行くぜ!」「ワン!」
「潰すぞ、クソヤロー!」
「やってみろよ!」
拳を、クナイを、爪を、そして、声をぶつけ合う忍たち。
その動きは誰かに強制されずとも、最適な闘いの場を作り出す。
誰が発した音だろうか?
ザリッと足元の地を削った音が合図だ。
『散ッ!』
シカマルと左近の声が重なった。
同時に動く忍たち。それぞれがそれぞれの相手を見据え、他の
ネジVS鬼童丸。
キバVS左近。
シカマルVS多由也。
「んじゃあ……」
戦端を開いたのは、森の広間でネジと向かい合う鬼童丸だ。
「行くぜよ」
ズッと鬼童丸の体中を呪印が取り巻いていく。
呪印状態1──膨れ上がったチャクラは暴風となり、正面のネジの黒髪を揺らす。
「強いな……」
白眼の使用者はチャクラを視覚情報として得ることができる。
それは、体から噴出されたチャクラの情報だけではない。チャクラの通り道である体の中の経絡系を透視して確認することができる特別な眼、それが白眼である。
ネジの白眼は鬼童丸の経絡系に流れるチャクラが、今までとは別物のように活性化していることを見抜く。
先ほどは経絡系に沿って一本の綺麗な線として見えていたチャクラが、今は洪水時の河川を思わせるほどに狂暴な荒い線として見えている。
──それに、あの模様……。
中忍試験の際、死の森でサスケが見せたものと同じような模様が鬼童丸の体を取り巻いていた。
──やはり、強い。
あの模様が体中に浮き上がったサスケが見せた動きは下忍の範疇を優に越えるもの。
そう、忍になって数ヵ月しか時間が経っていないにも関わらず、体術のエキスパートであるガイに鍛えられた自分が内心、舌を巻くほどの動きだった。
それを、自身より格上の忍が使ったらどうなるか。答えは明白。自分の負けだ。それが運命だ。
スッとネジは構える。左手を下に、右手を上に。
それは、不退転の構え。これから、闘いを行うための構え。
──負け?
運命をネジは鼻で笑い飛ばす。
相手は格上。その上、全能力強化という凶悪な特殊能力を見せた。
強者だ。強者の行いだ。
あの日……自分の運命をナルトが力強く壊してくれた日……中忍試験、本選の日。
その日に得たのは敗北の記憶だけでは決してない。
「なれば、己が貴殿との闘いの中で教え諭そう」
強者の行いとは、相手の力を引き出し、自分の力を全力以上に籠め、正々堂々、闘って前を向く者。
それこそが強者だという答えをネジは得た。
鬼童丸は、自分の力を全力以上に籠め、正々堂々、闘うために前を向いている者。ならば、自分は力を今まで以上に引き出し、強者に立ち向かわなくてはならない。それが礼儀だ。
“道”が違うと言えども、強者に対する礼儀を忘れてはならないことを、ネジはナルトから教わった。
構え、息を吐き、そして、吸う。
仲間も、敵も遠くに行ってしまった。ここには、二人の忍のみ。
確かな強者と、強者たらんとする者の二人だけだ。
サラサラと木の葉が掠れる音がする。
両者ともに、目を見開く。一挙手一投足を見逃さない、いや、まだ甘い。瞬きすら、細胞の無駄な弛緩すらも許さない、強者だけの空間だ。
サラサラと木の葉が掠れる音がする。
ピンと張り詰めた空気の中、ネジの指がほんの少しだけ動いた。
「蜘蛛巣開!」
「!!」
しかし、攻撃に移るまでの僅かな時を制したのは、鬼童丸だった。
先手を取った鬼童丸の口から巨大な蜘蛛の巣がネジに向かって吐き出される。
「ハッ!」
絡み付く蜘蛛の糸をネジは一息で引き千切る。いや、それには語弊がある。
ネジはナルトのように力で鬼童丸の糸を切った訳ではない。
日向一族に伝わる技術……柔拳で鬼童丸の糸を切ったのだ。
──手のチャクラ穴からチャクラを鋭い針のようにして放出。糸に流れるチャクラの薄い部分を確実に見切っての突き。柔拳……やはり厄介ぜよ。
柔拳とは物質の内部にチャクラを流し込み、内部を破壊する技。
鬼童丸が吐き出した糸は彼のチャクラが流れ続けることで、強度を担保している。
だが、ネジは柔拳でそのチャクラの流れが薄い箇所を的確に突くことで糸を破壊。鬼童丸の糸による拘束は不可能かに思えた。
「!?」
だが、鬼童丸は音隠れの里、有数の実力者である。その上、彼は中忍試験の際にネジとナルトの闘いを観ていた。いや、ネジとナルトの闘いに魅せられていた鬼童丸にとって、日向ネジは特筆に値する忍であった。
──うずまきナルトに負けたとはいえ……コイツは油断できない!
心の中で油断をしないと自分自身に言い聞かせた鬼童丸。
だが、その表情は笑顔。子どもが新しい
自分が繰り出した糸を易々と引きちぎってみせたネジ。なら、次はどうするのか?
「くっ!」
ネジの反応が楽しくてたまらない。
鬼童丸の口から次々と吐き出されていく蜘蛛の糸。それを柔拳によって絶ち切っていくネジであったが、対応できるキャパシティを越えるほどの物量がネジを襲う。
ネジの体に絡み付き、彼のスピードとパワーを奪っていく蜘蛛の糸。絡まり、纏まり、繭のように丸まっていく。
いや、それだけであれば、まだ良かった。
「なにッ!?」
「おらッ!」
頃合いを見計らい、鬼童丸は糸をネジの手に引っかけた。そして、首を回し、糸に円運動を与えることでネジの手を後ろに固定。
所謂、“休め”の姿勢にさせられたネジはなす術もなく、自分に巻き付いていく糸の感触を感じることしか許されなかった。
「……」
鬼童丸は口から延びていた糸を噛み切り、完成させた目の前の作品を見つめる。
出来上がったのは巨大な繭。ネジを包み込み、素体とした繭だ。
──こんなもんか。
近接戦闘特化のネジに対して、粘着性の糸という搦め手を得意とする自分。
結果は分かりきっていた。だが、あの中忍試験で魅せられたネジの限界を越えた動きが見れるかもしれないと、少しばかり期待していた。
「……」
鬼童丸は目を閉じる。
「そいつらを“必ず”殺せ」
──分かってるぜよ、君麻呂。
切り替える。
君麻呂の言葉に反した場合、結果は死だ。例外なく、死。
鬼童丸の選択肢は二つだけ。
敵を殺すか、味方に殺されるか。
決まっている。敵を殺す方を選ぶに決まっている。
遊ぶ暇も余裕もない。
それに思い至った鬼童丸は目を開け、口元に手を伸ばす。
先ほどの糸とは違う、口から吐き出された金色の物質を掴む。
パキパキと音を立てながら硬質化していく金色の物質の形状は、鎌に似たハルパーという刀剣に酷似していた。
剣として扱うには、並外れた技量が必要であるが、鬼童丸は“忍”だ。剣に命と誇りを懸ける侍ではない。
「フン」
であるからして、鬼童丸は金色の物質をネジに向かって投げた。
呪印で底上げされた身体能力に裏打ちされた金色の軌跡は、確かな殺意を持ってネジへと……糸が絡まり身動き一つできないネジへと飛来する。
「ゲームオーバーぜよ」
鬼童丸の呟きを後ろに金色の死神の鎌がネジに迫る。
「ハッ!」
「なに!!?」
──糸から抜け出しただと!?
「特別に教えてやる」
「!?」
下から聞こえたネジの声。
「オレは手だけじゃない。全身のチャクラ穴からチャクラを放出できる。それと……」
体中に絡み付いた鬼童丸の糸。
それを全身のチャクラ穴からチャクラを放出することで破ったネジは一足跳びに鬼童丸の懐に潜り込んでいた。
「……ゲームオーバーだ」
ネジの反撃が始まる。
「八卦二掌!」
それは息も吐かせぬ連続攻撃。
「四掌」
二乗していく攻撃数。
「八掌」
上がっていく威力。
「十六掌」
研ぎ澄まされていく精度。
「三十二掌」
鬼童丸の体が後ろにあった大木に押し付けられる。
「六十四掌」
鬼童丸の体を通った衝撃は彼を押し付けていた大木を破砕させ、それどころか貫通させることにも成功した。
ネジの才能が鬼童丸の才能を打ち破った。
──どういうことだ?
だが、ネジの顔は訝しげに顔を歪める。
それは手応えが全くというほどなかったことに起因する。中忍試験でナルトにも八卦六十四掌は繰り出した。その時も手応えがなかったが、今ほどではない。
ナルトに対しては、点穴を“突けていない”という手応えのなさ。
だが、鬼童丸は違う。今回は、点穴を“突くことができない”という手応えのなさだった。
そして、ネジの感覚は合っていた。
ネジの攻撃が波及し破砕されて、おが屑のようになってしまった大木の中から、鬼童丸は何の痛苦もないように立ち上がる。いや、実際に痛みは全く感じていないのだろう。
──金色の体表……!?
その理由が鬼童丸の体を覆う金色の金属光沢だ。
それを見たネジは白眼に力を入れる。目の前の不可解な光景の謎を解くために、一つでも多くの情報を求めて目を凝らす。
──口から吐いた武器と同じ物質……。
鬼童丸が体を震わせると、ガランと重い音を奏でながら、体表が地面に落ちていく。
その中から現れた鬼童丸の体には擦り傷一つ、ついてはいなかった。
「ク……危ねェ、危ねェ。柔拳をまともに喰らえば経絡系をやられてチャクラが練れなくなると聞く。ギリギリぜよ」
「化け物か。……口からだけじゃないようだな」
「フッ。オレの“蜘蛛粘金”は、体外に出ると瞬時に硬質化する金属でな。しかもチャクラは通さない。そして、それは口からだけでなく、体中の汗腺からも分泌できる」
鬼童丸の説明が終わり、双方ともに動きを止める。
──点穴への攻撃は効かない。そういうことか……。
──“蜘蛛縛り”は効かねェ。それに、柔拳相手に接近戦はないな。つまり、遠距離から死角を突くしかねーぜよ
鬼童丸の考察が終わった。
瞬身の術で姿を消した鬼童丸は一呼吸の内に全ての準備を整え、茂みの中からネジを観察する。
──音もない。あっという間だ。
人指し指に繋がる糸。それを解く。
先ほどの準備が作動した。
ネジの前方に起爆札が着いたクナイが刺さった。そして、一拍遅れて蜘蛛粘金で作られた刃物が、全方向からネジを襲う。
フェイクの起爆札を囮にして、本命の刃物で逃げようのない空間を作る。それが鬼童丸の策。
だが、無意味だ。
「八卦掌回天!」
ネジの絶対防御、八卦掌回天。
チャクラを全身から放出させ、体を独楽のように回転させることで全方位の攻撃を無効化する技だ。日向一族、その宗家の中でも才能が突出している者にしか口伝されない技をネジを独学で体得していた。
だが、そのことは既に他里まで知れ渡っていることだ。日向一族の情報、そして、ネジ個人の情報も、鬼童丸は得ていた。
木ノ葉でスパイ活動をしていたカブトに聞く必要もない。その情報は、中忍試験本選で配られたパンフレットにあった。ザジが心血を込めて作成したパンフレット。その情報は観戦客を盛り上げるために使われるだけであれば、どれほど良かったことだろうか。
──木ノ葉がバカばかりで助かったぜよ。
鬼童丸が“バカ”と蔑むのは、情報を深く考えずに出したザジのことだけではない。目の前のネジのこともだ。
「口寄せの術!」
「!?」
上を見上げるネジ。彼の正面にいるのは、天地を逆にして鎮座する巨大な蜘蛛であった。
一息に駆け上がるのは不可能な高さに巣を張り、逆さまにこちらを睥睨する巨大蜘蛛。その目からは何の感情も感じることができない。
その上に、いや、天地が逆となっているため下にと言うべきか。
鬼童丸も、巨大蜘蛛と同じように冷たい昆虫のような目をネジに向けていた。
「お前の能力……完璧に攻略法を見つけてやるぜよ」
鬼童丸の言葉を合図に、巨大蜘蛛は尻から白い塊をひり出した。
「散れ!」
鬼童丸は蜘蛛粘金で作り出した小刀を白い塊に振るう。
「!?」
文字通り蜘蛛の子を散らすように、小さな蜘蛛──とはいえ、人の頭ほどの大きさはある──が一斉に飛び出てくる。
数を数えるのも嫌になるほどの大群だ。
ネジは唇を結び、全身からチャクラを放出させる。そして、先ほどと同様に体を大きく回転させた。
「回天!」
先の蜘蛛粘金で作られた刃物と同じように子蜘蛛たちの体は回天によって弾かれた。
だが、弾かれたのは子蜘蛛の体のみ。そこから出る糸は吹き飛ばすことができず、ネジの体に巻き付き、彼の回転速度を奪っていく。
──クク。止まったぜよ。
「死ね!」
隙。
それを見逃さず、鬼童丸は小刀をネジに向かって投擲する。
が、その攻撃を見逃すネジではない。白眼の能力である広範囲の透視で、鬼童丸が投げた小刀を視覚で捉えたネジは軽く首を傾けることで、その軌道から避ける。
──だろうなぁ。
いつの間にかネジの前から姿を消していた鬼童丸。彼は茂みの中で薄く笑みを浮かべる。
そして、中指に繋がる糸を解いた。
──第二陣ぜよ。
ネジの八卦六十四掌を防いだ後、準備は全て終えていた。
「!?」
蜘蛛粘金で作られたクナイがネジを襲う。
四方八方から迫るクナイ。そして、先ほどの子蜘蛛が残した糸によりネジの動きは阻害されている。
──回天は……無理か。
「ハッ!」
クナイの軌道を読み、最小限の動きでクナイを掌底で弾く。
それを見た鬼童丸は嗤い、薬指に繋がる糸を解いた。
──第三陣。
「上か!」
先ほど塊から飛び出してきた子蜘蛛は全てではなかった。
ワラワラと時間差で上から落ちてくる子蜘蛛を迎撃するためにネジは構えを取る。
「八卦六十四掌……くッ!?」
子蜘蛛を潰していくネジだったが、突如、視界の中に金色が現れ出た。
慌てて身を伏せるが、ほんの少し遅かった。
「痛っ!?」
肩口を浅く、だが、確かにクナイは切り裂いていた。
「……」
小指に繋がる糸を解いた。
──第四陣。
鬼童丸は検証を冷静に、そして、冷徹に続ける。
そこからはネジにとって久遠とも言えるほど長く時を感じるものだった。
絶え間なく襲いかかるクナイと子蜘蛛。そして、急に視界に現れるクナイ。
物量もそうだが、厄介なものは急に現れるクナイだ。
一回目は何とか浅い傷で抑えることができた。だが、鬼童丸のクナイは徐々に精度を上げ、一本二本と避けきれず背中に刺さっていく。
検証は完了。
鬼童丸は右手首に繋がる糸を解いた。
「!?」
ネジに視覚に今まで動くことのなかった巨大蜘蛛が写る。
「柔拳!」
上に向かって掌底を繰り出したネジの攻撃は、巨大蜘蛛の腹に見事に突き刺さり、その巨体を破裂させた。
だが、巨大蜘蛛の目的は圧殺ではない。拘束だ。
──糸!?
破裂と同時に糸をネジに纏わりつかせた巨大蜘蛛。そのサポートを以て、鬼童丸の検証は完了する。
体を動かすことをさせないための大量の糸。そして、糸を断ち切る時間も与えない波状攻撃。それがネジの攻略法の一つだ。
──終わりか。やはりクソゲーぜよ。
背中の大部分に大量のクナイが刺さり、地面に倒れたネジの姿を見て、鬼童丸はため息を吐く。
それは、弱いネジに対してか、それとも、君麻呂に釘を刺されているにも関わらず、遊んでしまった自分に対してか。
「!?」
鬼童丸の目が丸くなった。
──まだ……。
彼の目線の先、約50から60m。そこに倒れ付していたネジが身を起こしていた。
「フ……そうか」
合点がいった鬼童丸は体を取り巻く呪印を更に励起させる。
体の鍵が外れていく高揚感の中でも鬼童丸の戦闘に対する思考は冷静だった。
──致命傷からはギリギリ外しているか。それに、50mも離れてのクナイじゃ、そうは簡単に死なないか。
肌は浅黒く、そして、体はより戦闘に適した
──まあ、クソゲーなりに楽しませてもらった……。
鬼童丸の額当てが落ち、その額が
ギロリと睥睨するのは、白目が黒に染まった目玉。額にある目と両目、計3つの目玉が遠くのネジを睨み付けていた。
呪印・状態2。
変異を遂げた鬼童丸の実力は、同じ状態2となった次郎坊すらも越える。
──その礼ぜよ。
鬼童丸は蜘蛛粘金で新たな武器を作り出した。
それは今までのような検証用の武器ではない。
鬼童丸が見つけ出したネジの二つ目の攻略法。それを完璧にするための
それは弓であった。
鬼童丸は蜘蛛粘金で作り出した矢を番え、それを引く。が、彼の弓の引き方は常人に、いや、人間に可能な引き方ではない。
特異体質の彼にのみ許された弓の引き方である。
蜘蛛の糸で自身を宙吊りにし、矢を口で咥え、そして、足を
普通の弓よりも強い剛弓を引くためには、多大な筋力が必要とされる。手より強い足の筋力を使うことで、より強い弓を引くことを可能にし、宙吊りという不安定極まりない状態で一寸の狂いなく弓を放つことができる鬼童丸の身体ポテンシャルは末恐ろしい。
これは余談であるが、このような難易度が恐ろしく高い弓の引き方を、双子の神の弟から授かったという噂もある。
そして、その矢の威力は人一人を殺すには十分。ナルトの筋肉と君麻呂の骨には通用する未来が見えないが、目の前の
──第一胸椎の真後ろ。そこがお前の死角ぜよ。
その上、鬼童丸はネジの弱点を検証の末、確信していた。
白眼で見えている範囲にも関わらず、なぜか避けるのに遅れが出た箇所。それは第一胸椎の真後ろであることを把握した。
後は矢を放つのみ。
──命中精度100%……破壊力・最大。
ピタリと鬼童丸の動きが止まる。
一切のブレなし。集中が最大限に高まった証拠だ。
──死ね。
そして、矢が放たれようとした。
が、鬼童丸は動きを止める。
──諦めたか?
鬼童丸の視線の先には望洋とした表情で、戦闘により薙ぎ倒された木々の隙間にユラユラと歩みを進めるネジの姿があった。
ネジの目には何も写っていない。
彼が感じるのは、背中の傷の熱さと腕の倦怠感だけだ。
ネジは一つ、瞬きをする。
──走馬灯か。
白く靄がかかったような彼の視界に写るのは両親の後ろ姿。
──父さん……母さん……。
敬愛する両親の間で、両方から手を繋がれ、嬉しそうな自らの小さな頃の姿。
ネジは一つ、瞬きをする。
──これは、未来か?
白く靄がかかったような彼の視界に写るのは彼が知る人物の未来の姿。
──息子に……娘か……。ああ、それがいい。そうがいい。
今よりも成長したナルトの後ろ姿。今よりもデカくなったヒナタの姿。
その二人の間には、ナルトによく似た……いや、そんなに似てないなとネジは思い直す。だが、似ているとすればナルトが少年だった頃……今も少年と言われる年齢だよな、オレと同じで。というか、一つ年下だよな、ナルトは、とネジは思い直す。
とにかく、ナルトとヒナタの息子と思われる少年と、娘と思われる少女が二人の間で手を繋がれ、嬉しそうに笑っている。
それは自分の手から溢れてしまった過去であり、未来だった。
──これが未来なら……護らなくては。
ネジが今まで闘った者の中で、最も強い敵。それが鬼童丸だった。
強敵、困難、苦境。
だが、それを打ち破ってこその忍だ。
「答えはノーだ! どんなに危険な賭けであっても、降りる事のできない任務もある。ここ一番で仲間に勇気を示し……苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ!」
中忍試験、第一の試験での、イビキの言葉がネジの頭の中に響く。
中忍試験が終わり、中忍になったのがシカマルだけだったと聞いた時、彼の言は正しかったのだとネジは思い至った。
──あの時のオレには勇気がなかった。苦境……日向の血の運命に克つ勇気がなかった。だが、今は違う!
ふらついていた足元がしっかりとした。
──何を……いや、油断はできないぜよ。
遠くからネジを観察する鬼童丸の目は、さらに鋭くなった。
一挙一動を見逃さない視線。だが、気配は完全に消している。獲物を狙う蜘蛛と同じように、動かず、その時を待つ。
鬼童丸の視線の先、森の広間に進み出たネジは袖を捲り上げる。
「……」
ネジが何をしようとしているのか鬼童丸には全く分からなかった。だが、彼はその時を、ネジへと襲いかかる最適な時を待つ。
「……」
袖を捲り上げたネジはゆっくりと息を吸い、そして、吐いた。
突然ではあるが、経絡系上には、点穴と呼ばれる361個の針の穴ほどの大きさのツボが存在する。そして、理論上、点穴を正確に突くことでチャクラの流れを停止させることや、増幅させることなど、自在にコントロールが可能である。
そう、白眼で見抜いた点穴を突くことで流れるチャクラを自在にコントロールできる。
敵のチャクラの流れを止めること。それだけでは、コントロールとは到底、言うことはできない。
ネジは、“自分”の腕に存在する点穴を突いていく。
チャクラを止めるために突くのではない。チャクラを腕へと流し入れるために点穴を突いたのだ。
「
ボンッと爆発音が聞こえたかと思うほどに、ネジの上腕二頭筋、上腕三頭筋、前腕筋群が膨れ上がった。
衝撃で破られた袖がヒラヒラと木の葉のように宙に舞う。
それを3つの目で見る鬼童丸の表情は驚愕を端的に示していた。
──腕が……デカくなったぜよ???
一回り、いや、二回り三回り大きくなったネジの腕。それを見て、呆気に取られる鬼童丸。
──だから……何ぜよ???
頭の中に浮かんだ疑問符。それを打ち消す。
腕を肥大化させた。
それでどうするのか鬼童丸には見当もつかなかった。
遠距離からの攻撃に対抗する手段。それが、腕の筋肉を増やすというのは訳が分からない。
空気を殴って、空気砲をこっちに向けて飛ばす? 不可能だ。古今東西の忍術、幻術、そして、体術を集めた大蛇丸の元で鍛え上げられた鬼童丸だ。下忍程度が知り得る術など、全て知っている。そして、彼が学んだ知識の中に、腕の筋肉をつけてから行う遠距離攻撃など、一つもなかった。いや、正確に言えば、遠距離が可能な体術は片手で数えることができる程度の数しかなく、その全てが禁術である八門遁甲の陣により体内門を外した後に可能となるもの。腕の点穴を突き、筋肉をデカくしてから打つ技ではないことを鬼童丸は理解していた。
──ハッタリぜよ。
そう結論付けた鬼童丸は目を鋭くする。そして、番えていた矢をゆっくりと外す。
このままの矢でもネジに致命傷を与えることはできる。
だが、筋肉を肥大化させるなどというふざけたように思える行動は、自分をバカにしていると鬼童丸は感じた。
──嘗められたなら……無惨に殺す!
鬼童丸は矢をより鋭く、より強く、より固く作り上げる。
鏃はスパイラル状に、そして、蜘蛛粘金の金属光沢は艶かしく、そして、鈍く光を反射する。回転と剛性を与えるための処置だ。
──命中精度120%……破壊力・極大!
番えた矢は、もう止まらない。
スムーズな動きで弓を引き、そして、狙い澄ました一矢は放たれた。
──威力。それだけじゃないぜよ。口から矢に繋がる糸で軌道を完全にコントロール。この矢は死角からお前を襲う!
木々の間を目にも止まらぬ速さで駆け抜ける一条の光。そこから矢は速度を落とすことなく急降下。
ネジの首に向けて鬼童丸の矢は猟犬の如く空を疾走する。
鬼童丸のコントロールは完全。不可避の矢はネジの白眼の死角に入ったまま、ネジの首を貫く。
だが、そうはならなかった。
「すぅ……」
鬼童丸が矢を放つ数瞬前にネジの準備は整っていた。
左手の親指を曲げ、チャクラで掌に固定。残りの四本の指を束ねるように重ねることで、接触面はより小さく、鋭くする。
そして、チャクラを放出させながら、急速に右回転をさせる。それは、さながらドリルのようであった。
「ハッ!」
体を180度回転させたネジの抜手が、鬼童丸の矢を完璧なタイミングで真っ向から迎え撃つ。
「ガッ……アァアアアア!」
中指と人差し指、そして、薬指の爪が剥がれた。そして、小指の爪も。
だが、ネジはチャクラの放出は止めない。そして、鬼童丸から放たれた矢の勢いも止まらない。互いに互いを掘削するかのような攻撃と攻撃。
「ガァアアアア!」
獣のような雄叫びを上げながら、放出するチャクラ量を上げる。
肺の空気を押し出しながら、回転させているチャクラの速度を上げる。
背中から血を流しながら、ネジはしっかりと前を、未来を、そして、勝利の方向に顔を向けていた。
「ラァア!」
バツンとネジの腕の皮膚が切れた。一際、多量にチャクラを放出したせいだ。だが、それと同時に鬼童丸の矢が完全に動きを止めた。
そして、動きを止めてしまったのは、矢だけではない。鬼童丸自身もだった。
──こ、このために……筋肉を!?
ネジが点穴を押し、腕の筋肉を大きくした理由を鬼童丸はやっと理解した。
──フィジカルを上げて物理で殴る。……ク、クソゲーぜよ。
そして、そう理解してしまったが故に、鬼童丸は見失っていた。
フィジカルを上げたのは物理特化の忍ではなく、どちらかと言えば“技術”に重きを置く日向一族であることを。
「柔拳」
ネジの声は遠くの鬼童丸まで届かない。
だが、彼のチャクラは鬼童丸に届いた。
ズグンと腹に響く衝撃。
『しまった』と自分のミスを認識した鬼童丸は口から出ていた糸を噛み切る。
──柔拳でチャクラを……糸を伝わせて攻撃したのか。
バランスを崩し、木から滑り落ちる鬼童丸。
──だが、この程度の攻撃。まだ余裕ぜよ。
頬に血が落ちた。
上を向く鬼童丸の視線の先には、ネジの顔があった。細い糸を辿って、勝利を見据えて、血を流しながらも走り続けた漢の貌が、そこにはあった。
そして、先ほどの左腕同様に、ネジの右腕からチャクラが吹き荒れ、それは渦を巻く。
「クッ!」
バキンと木が折れた音がした。
それを後ろに、地面に向かって落ちる鬼童丸へと猛烈な勢いで向かうネジの右腕が迫る。
鬼童丸はネジの攻撃をしっかりと認識している。
どうすればいいか?
答えは単純。蜘蛛粘金を厚く出せばいい。
──五倍の厚さぜよ!
『クッ!』という鬼童丸の漏れ出た声は焦燥からではない。自身の罠へと、獲物がかかったことに対する愉悦の声だった。
しかも、腹だけではなく全身の汗腺から蜘蛛粘金を出す。地面に落ちた時の体へのダメージを減らすために、二重構造にして間には通常の蜘蛛の糸を挟み、クッション性を持たせている。
即席とは言えど、その全身アーマーの防御性能は、彼が強者と認める君麻呂にも届き得るほどのものと鬼童丸は自負している。
──指をへし折ってやるぜよ。
分厚い生体鎧へと、ドリルと化した抜き手が当たる。
──やったぜ……よ!?
ネジの手が鬼童丸の蜘蛛粘金に当たり、そして、ネジの手は弾かれた。
だが、鬼童丸の歓喜は一瞬。
──離れ……ない!
それもそのハズ。
ネジは下にいた鬼童丸に、つまり、地面へと向かって、全力で加速していた。それは、足場にしていた木が折れるほどの加速。
ネジの抜き手は鬼童丸の背中を地面に押し付けていたのだ。それは、衝撃を逃すことができないことを意味する。
だからこそ、反発によりネジの“手”は弾かれたのだ。
だが、彼の渦巻くチャクラは鬼童丸を地面に押し付けたままの圧力を維持していた。
ネジの白眼が鬼童丸を捉え、そして、弾かれた右腕を再度、鬼童丸へと全力で押し込む。
「
印など要らず……。
「
相手を破壊するために……。
「
苦しみ抜こうが……。
「
未来を叶えるために……。
「
怒りを持って……。
「
修羅場に降り立ち……。
「
夷敵を倒すため……。
「
一振りの刃となり……。
「
それは連なる一撃だ。
蜘蛛粘金に抜き手が弾かれる度に、ネジは右腕を押し込む。
衝撃で先ほどの矢を防いだ際に切り裂かれた傷が拡がる。背中に刺さっていたクナイが衝撃で抜け、血が飛び出る。
その傷から出た血が顔を、服を赤に染める。指の爪が次々と剥がれ、木の葉のようにひらりと宙に飛んでいく。
回転と衝撃。それを計9回。苦痛を9回だ。
「グガァア!」
かくして、鬼童丸の鎧は破れた。
だが、鬼童丸の目はギョロリとネジを睨み付ける。
彼の闘志はまだ死んでいない。
全身に痛み、そして、先ほどのネジの攻撃で呪印も鎮静化されつつあるが、あと一撃、放つまでは持つ。
敵は満身創痍。口から吐き出す蜘蛛粘金の矢を避ける術はない。
しかしながら、鬼童丸が行動を起こす前にネジが行動を起こしていた。
すぼめた手を解き、無事な親指を下に向ける。
「ロックオン」
「や、やめ……」
全身を、腹を覆っていた鎧は、先の
鬼童丸を守るものはもう何もなかった。
ネジの親指が鬼童丸の腹にある一つの点穴を押した。
点穴を軽く押されると同時に体から力が入らなくなる。
「な、なに、を……」
「急止の点穴を押した。お前は数日、昏倒し続ける」
「……やられたぜよ」
──けど、まあ、楽しめたぜよ。これで勝てていたら神ゲーだった、な。
と、そこで鬼童丸は疑問を覚えた。
「一つ、質問が、あるぜよ」
「なんだ?」
「あの、時の……矢。なぜ……来るタイミングが、わかった? オレのコントロールは……完璧、だった。死角、だった、ハズ……ぜよ」
「ああ、あれか」
それは鬼童丸の切り札。蜘蛛戦弓・凄裂という一人以外の忍を撃ち抜いてきた自身の最強の術。
威力で互角だったのは仕方がない。筋肉のせいだ。
だが、問題は見えてもいないのに、完璧なタイミングで相殺されたこと。それが腑に落ちなかった。
ネジは鬼童丸に頷き、質問に答えた。
「勇気だ」
「……は?」
「外せば死ぬ。その状況で一歩を踏み出す勇気がオレを救った」
「は? つまり……」
落ちそうな瞼を必死に上げて、鬼童丸は最後の質問を行う。
「……
ムッとした顔でネジは告げた。
「勇気だ。だが……偶々と言い換えることもできるかもしれないな」
──やっぱ、クソゲーぜよ。
その答えを最後に、鬼童丸の意識は落ちたのだった。