ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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今回の話は主人公の周りの人間シリーズ第2弾です。
次回はアルジュナかユユツです。
カルデア編はもう少々お待ち下さい。
時期としてはクルクシェートラ戦争のちょっと前。


生前:シャクニ

ふふ、と花のような笑みを浮かべるシャクニをドゥリーヨダナは氷の如き冷たい眼差しで見やった。そんな彼に構わず、返り血すら浴びずにターゲットを殺してみせた最高作品をとろりと見つめる。賭け事と同じ位、いつまでも不完全であり続ける青年のことをシャクニはとても好んでいた。

 

「な?オジサンが提供した情報通りだったろう?」

「…あの男が私の弟達を減らせと声高に父に進言していたことを教えてくれたことには感謝しています。ーーーけれど、それだけです」

 

頬をゆっくりと撫でる無骨な手をドゥリーヨダナは無遠慮に払い、吐き捨てた。先程殺した男に撫でまわされたことを知った上で、思い出させるように撫でてくるこの男のこういうところを彼は気に食わなかった。シャクニは時々、気に入ったものを敢えて傷つける悪癖があった。

 

「私の可愛い甥っ子、ドゥリーヨダナよ。だから言っているだろう?お前が王になればいいのだと」

「…知恵の回るお方、私の叔父上。貴方はいつもそう仰いますね。だがあえて言わせて頂きます。私が貴方を重宝するのはその良く回る頭を買っているからです。その頭を父や私達に使ってみろ―――殺すぞ」

 

少し動けば唇が触れてしまう程の距離で、ドゥリーヨダナは暗器をシャクニの首に当てながらそう囁いた。傍から見れば、とても仲がいい叔父と甥の触れ合いである。だが、そこには確かに命のやりとりがあった。

 

シャクニは思わず大声で笑った。このどこまでも人を惑わす青年の、こういう一面を知っているのは自分だけだった。肉親や、彼が親友であると公言しているカルナでさえ知らないだろう。そして、凶手としての才能に満ち溢れているこの青年をそう育てたのは他ならぬ彼なのだ。それは男に限りない優越感を抱かせた。

 

「私の最高傑作、人を惑わす才能に長けた子よ。お前は未だに足掻いているが、この流れは止められない。もうお前達の殺し合いでは済まない話になっていることを気づいているのだろう?賽はもう振られたのだよ」

「そう仕向け、周りを煽ったのは貴方でしょう。貴方が賽を振らせたんだ」

「愛しき姉の子、ドゥリーヨダナ。私が振ったのではない。お前が生まれる前に、とっくに神々によって振られていたのだから」

「…どういう意味だ」

 

もう二度と見る事が出来ない、最愛の姉と同じ色の瞳に剣呑な光が宿る。シャクニはこういった時のドゥリーヨダナの瞳を最も好んでいた。

 

「おや、私としたことがお喋りが過ぎていたようだ。いけないね、お前の囀りは小鳥のように、いつまでも聞いていたくなる」

「話を紛らわすな。可笑しいとは思っていたんだ。オレとあいつら兄弟の争いなのに、あまりにも大事になり過ぎている。…まるで誰かがそう仕向けたみたいにな」

「……それを知ってお前はどうする?今更だろう?」

 

私達が出来ることは命を賭けるということだけだ、と恋人に睦言を囁くように言えば「気持ち悪い」と叔父の言葉をドゥリーヨダナが切り捨てる。小さな頃の姉を思い出すその表情に思わずシャクニは相好を崩した。今でこそよき母となっているが、昔はドゥリーヨダナのように言いたいことをズバズバ言っていたものだ。シャクニも、その当時沢山いた兄も、何人もそれに泣かされた。―――生き残っているのはもう、自分と姉だけだが。

 

「ドゥリーヨダナ」とシャクニは世界で一番大切な人である姉の子であり、世界で一番憎い男の子でもある青年の名を万感の想いを込めて呼んだ。神々の計画の要となる子。全ての罪を背負わされる可哀想な子。それでも立ち続ける、馬鹿で愛しい甥っ子。ドゥリーヨダナのお陰で長年シャクニが望んでいた舞台がやっと整った。後は自分達も賽を振るだけだ。

 

それが吉と出るか凶と出るかはお楽しみである。

 

「これだから賭けはやめられないんだよなあ」と嗤う男の隣で、ドゥリーヨダナは「賭博狂いめ」と吐き捨てたのだった。

 

 

 

***

 

 

「…なるほどな」とオレはぽたぽたと前髪から垂れる水滴を布で拭いながら、オレの信頼する凶手からの報告に顔を顰めた。水浴びして折角人心地ついたというのに、内容が内容なだけに顔色が曇るのが分かった。正直、あんな軽薄な叔父にこんな過去があるとは思わなかった。

 

なんでも、自分の母であるガーンダーリーは山羊と結婚させられていたらしい。流石古代インド、発想の斜め上を平気でいきやがる…と思わず戦慄したが、聞けば占いでそうすれば災厄から免れることが出来ると言われたからだとか。オレなら鼻で笑ってその占いを無視するところだが、この時代だ、母はちゃんと…と言っていいものか、とにかく山羊の妻となったという訳だ。父はその事実を知って、烈火の如く怒った。どっちに怒ったかどうかは分からない。オレと同じで結構カッとするタイプだった父は怒りに任せ母の家族を牢獄へ送ったという。

 

その中の末っ子がシャクニ叔父だった。

 

せめて一人だけでもと僅かしか与えられぬ食糧をかき集め、シャクニに与え死んでいった家族。そんな家族の死に様があの男を形作ったのだろうということは明白だった。何かを企んでいるとは思っていたが、まさか。

 

(しくじったな…あの軽薄さに騙されていた訳か)

 

誰かの計画に便乗する形で、自分の復讐をやり遂げる。

 

…なるほど。確かにあの男は頭が良く回る奴だ。

 

「あの男を如何なされるおつもりで?」

「今は捨て置け。叔父上の望みはあくまでも戦いを起こし、この国に遺恨を残すこと。その望みが叶った以上、こちら側に尽くすだろう。そういうお人だ」

 

オレは深く溜め息をついて、目を閉じた。

 

可哀想だとは思わない。憐れだとは思わない。

 

そういうことが過去にあった。だから叔父は復讐を選んだ。

 

―――ただ、それだけだ。

 

「…弟達の様子はどうだ」

「何人か凶手が手配されていましたが、全員返り討ちにしておりました。流石は貴方の弟君達ですな、気配に敏く毒への耐性も高い」

「そうじゃなきゃ、生き残れなかったからな」

「ただ、気がかりなのはユユツ王子です。彼だけ貴方へ反抗心を持っておられるようですが、どうされます?」

「…あいつがそう決めたんならオレはそれを尊重するだけだ。お前の見立てでは後何日だ?」

「三日以内には離反の意思を伝えるでしょうな」

「…そうか」

 

男の言葉にオレは静かに頷いた。それが過ぎればオレはユユツと敵になり、殺し合いをしなければならなくなる。

 

 

 

 

 

この仮初の安寧の期限は、すぐそばまできていた。




シャクニ

ドゥリーヨダナの叔父。唯一残された姉の幸せを願ってはいるものの家族を奪った王を許してはいない、賭け事好きの執念深い男。それもあって主人公のことが愛しくて愛しくて、憎い。百人の中で最も姉の面影が色濃いドゥリーヨダナの容姿自体は気に入っている。甥の立場を、ひいては姉の立場を揺るがす五兄弟とその母を脅威に感じている。

「あいつらが来てから随分と、君のように敬愛する我が姉上を蔑ろにする馬鹿が増えたみたいだね?あんの糞王に従って、あの美しい眼を閉じた姉上に対する仕打ちにしてはあんまりじゃないか。君もそう思うだろう?―――ああ、もう聞こえていないのか」

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