ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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北米神話大戦:最終話

『我が英雄、美しき太陽の人。オレは、お前と友達になれて良かった』

 

カルナはその言葉に、わずかばかり目を見開いて、それから微笑んだ。

その一言があれば、充分だった。

 

―――空には父が。

―――前には宿敵が。

―――そして、隣には親友が。

 

それが、カルナの幸せだった。

誰に理解されなくとも、それが確かにカルナの幸せだった。

 

『愛しき友、陽だまりの人。俺も、お前と友達になれてよかった』

 

 

 

―――それは、マハーバーラタには記されていない、カルナとドゥリーヨダナだけが知っている物語(過去の話)

 

 

 

***

 

 

 

誰しもが、物語()を綴っている。

時に悩みながら、時に投げ出したくなりながら、それでも物語()を綴っている。

その物語は、決して他人によって終わらせられてはいけない。

その物語は、決して他人によって汚されてはいけない。

 

特に、こいつらの物語(戦い)に関しては。

 

 

 

***

 

 

 

その攻撃にドゥリーヨダナが気づいたのは偶然であった。

 

ドゥリーヨダナは一度目の人生のことを、ドゥリーヨダナとして生きていた頃よりははっきりと覚えているが―――それでも細部までは覚えていない。当然、この物語(第5特異点)のこともぼんやりと覚えているが、細部までは覚えていなかった。カルナが途中で倒されるということは覚えていても、どうやって倒されたかまでは覚えていない、と言ったように。

 

だが、ドゥリーヨダナはその攻撃に気づいた。

気づいたからこそ―――ドゥリーヨダナは抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)を受け止めることにした。

 

カルナを残した方が、マスターの助けになるだとか。そんなのは、所詮後付けの理屈で。

 

―――ただ、湧き上がる衝動に身を任せただけだった。

 

「邪魔、すんじゃねーよ…!」

 

ふつふつと腹の底から湧き上がる怒りのままに、ドゥリーヨダナは吠えた。

 

一億と二千年前からとまでは言わないが。だが、あいつらはずっと待っていたのだ。この時をずっと待っていたのだ。あの時代を共に生きたドゥリーヨダナだからこそ、この奇跡がどれだけ尊いものかを知っている。

 

神々による祝福も、呪いも、なにもないこの瞬間をどれだけカルナとアルジュナが待ち望んでいたことか!!!

 

だからこそ、邪魔はさせない。そうするだけの力は、この手にある。

 

「すまんなマスター…宝具を、開放させてもらうぞ」

 

…ここで自分が消えたとしても、立香には他の英雄がいる。安心して、任せられる奴らがいる。

 

そうして、この特異点の歪みを直せたなら。

そうすれば、今度こそカルナとアルジュナは戦える。

 

それを見守ることが出来ないのは非常に残念ではあるが、―――ドゥリーヨダナは転生者である。

 

ならば他の人間より一度だけ多く人生を楽しんでいる分、こういう時くらい他の奴らに譲るぐらいはしてもいいだろう。

 

「堕ちた太陽の子よ、全て奪わせてもらうぞ…!『人々は、文明により発展し、神々のもとから巣立つ―――』」

 

 

―――誰に理解されなくても構わない。矛盾ばかりで、結構。

 

時に矛盾しながらも―――それでも歩みを止めないのがドゥリーヨダナ(人間)だ。

 

「『故に人は選ぶ。オレは選ぶ。神々によって与えられた二つ名、『災いの子』として相応しく選んで見せよう――――人よ、巣立ちの時が来た(カリ・ユガ)』」

 

静かな祈りと共に、梅の花が舞う。

静かな宣言と共に、ドゥリーヨダナが唯一愛した花が宙に舞う。

 

これこそが本当のドゥリーヨダナの宝具。

 

これこそが、ドゥリーヨダナの物語(生きた証)を現した奇跡だ。

 

―――斃すことは出来なくても一時撤退くらいには追い込むことが出来る、"未来を信じ、次に繋げる為の奇跡"。

 

「っ、てめえ…!!」

「そうら、抗ってみせろ堕ちた英雄、クーフーリン!この宝具は、普通の英雄には意味がない!だが、願いによって生まれ出たお前なら、この宝具の対象内となるだろうよ!」

 

そこまで言い切って、げほりとドゥリーヨダナは血を吐いた。せり上がる吐き気。零れ落ちる赤い血。霞む視界。何度だって、死ぬのは慣れない。

 

それでもドゥリーヨダナは笑う。無様に見えようが、笑ってみせる。

 

―――それが、ドゥリーヨダナの生き様。

―――神々に嫌われても、人間の可能性を信じた、紛れもない英雄の生き様だった。

 

「…なんだ、カルナ、お前妙な顔をして」

 

ふと、ドゥリーヨダナはカルナを見やって、呟いた。そんな顔は生前を含めて初めて見た、と口の端から血を零しながら途切れ途切れに呟く。霞む視界の中、目を凝らし―――ドゥリーヨダナは僅かに目を見開いた。

 

「…なんだ、お前、泣いているのか」

 

涙がその頬をつたっているわけではない。それでもドゥリーヨダナには、カルナが泣いているように見えた。

 

ドゥリーヨダナは手を伸ばした。

泣くことも出来ない、不器用で―――それでも人に寄り添い続けようとした男に、這いつくばりながらも懸命に手を伸ばした。

 

しかし、その伸ばした指先すら、梅の花びらへと変わり崩れていく。ドゥリーヨダナは、"おまけの時間"が終わることを悟り、手をおろした。

 

もう、僅かな時間すらも残されていない。

 

―――なら、ドゥリーヨダナがカルナに伝える言葉はたった一つだ。

 

ふ、と口の端に柔らかな笑みを滲ませた男は目を閉じる。

 

「ーーー勝てよ、カルナ」

 

 

 

その言葉を言い終わると同時に一陣の風が、その場を吹き抜け―――花が宙に舞った。

 

 

 

こうして、ドゥリーヨダナは第五特異点を去ったのだった。




次回、エピローグ。

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