ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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賭け事も課金もほどほどに。
でもネロは欲しいよね!(ガチャガチャ


生前3

ユディシュティラは心底呆れたような顔を隠しもしないドゥリーヨダナの顔から目をそらした。

 

「お前…宝石とか賭けるのはまだいいけど弟賭けるとか馬鹿か。それでも長男か」

「うるさい、大体シャクニを代理にするとかずるいと思う。君との勝負なら僕が絶対勝ってたもの」

「…お前ほんっとナチュラルに人見下すよな、潰すぞ?大体オレ最初に戦う相手が叔父上だって言ったからな。それで断らなかったのはお前だ」

「クシャトリヤとして勝負を挑まれた以上、断る訳にはいかないことを知っておいて誘ったのは君だけどね」

「そうじゃなくてもお前は賭け事に参加してたと思うがな。そもそもがお前賭け事好きだし。『ドゥリーヨダナ、僕は今日アルジュナが寝返りを打つに今日のおやつを賭ける!』とか嬉々として言ってたし、思えばあんな小さな時から賭け事好きだったんだな」

「人の黒歴史を暴露するとか、君には人としての情はないのかい」

「お前のその顔まじ愉悦」

「この僕を馬鹿にするのは世界広しといえども君だけだよ!」

 

ドゥリーヨダナの馬鹿にしきったその態度にユディシュティラはプルプルと身体を震わせた。とはいえドゥリーヨダナの言っていることは正しかった。ユディシュティラにはこの勝負を断るという選択肢があったのだ。

 

ドゥリーヨダナは卑怯な手を度々使う男だが、ある意味では正々堂々としていた。そもそもユディシュティラ達を殺したいなら凶手を雇って食事で毒でも仕込む方が殺せる確率は高いのに、あくまでも自分の手でやり遂げようとする時点で卑怯とは言い切れなかった。だからユディシュティラ達は彼等が現れない時は思い思いに過ごすことが出来ているのである。それは、逆に言えばドゥリーヨダナが現れた時は何かしら企んでいる時であるから警戒しなければならないということでもあった。実際兄弟も今回の勝負を断るように何度もユディシュティラに進言したのだが、その進言を退け勝負を受けることを選んだのはユディシュティラである。

 

……勝負の内容を聞いて受けると決めたのも、まあ、その、事実だ。

 

「で、もうやめるか?お前もう賭けるもんないだろ」

「いや、まだだ、まだなんかあるはずだよ」

「流石にないだろ…。時代が時代なら課金で身を亡ぼすタイプだぞお前」

「訳の分かんない言葉で僕を愚弄する癖、まだ治ってないんだね。そんな暇あったら一緒に考えてよ、昔一緒に暮らした仲でしょ」

「オレもよく言われるけど、お前も大概面の皮厚いよな。…もう賭けられるもんなんてお前自身しかないんじゃないか?」

 

ユディシュティラはパチパチとその大きな瞳を瞬いてドゥリーヨダナの顔を見つめた。普段のユディシュティラなら絶対にしない反応だった。それだけドゥリーヨダナの言葉は衝撃だったのだ。

 

「僕初めて、君が頭がいいと感じたよ!」

「オレは改めてお前という男を憎いと思ったわ!」

 

 

 

***

 

 

 

「…おい」

「言わないで、頼むから言わないで」

「いやあえて言わせてもらう。お前馬鹿だろう」

「言わないでって言ったのに…!」

「お前等みたいな奴を得たオレの身にもなれ。お前等戦う以外使い道ないし、まだあのクソ女の方が下女として使えるんじゃな…おい待て馬鹿、やめろ、恥の上乗りする気か!おい、そこで突っ立ってる馬鹿パーンダヴァ兄弟、コイツを止めろ!」

 

確かに今回の『賭け事に弱い一番目を嵌めて、身包み剥がして笑ってやろうぜ』作戦の計画を練ったのはオレである。しかしユディシュティラの賭け事好きをオレはなめていた。こんなんでこいつらに勝っても今までの苦労はなんだったんだとしか思えない。だからこそオレは小声でユディシュティラに忠告していたのだが、結局はユディシュティラにいらんことを言ってしまっただけだった。横にいるパーンダヴァ兄弟に至っては「こんなの兄上じゃない…!」と現実逃避までしている。いいからコイツを止めろ、神の血を引くせいか馬鹿力を生まれ持つユディシュティラを止めるのは命がけなのだ。なんで勝ってる側のオレが命賭けなきゃならんのだ!

 

「ドラウパディーを、僕は賭けよう!」

 

オレの奮闘むなしく、そう高らかに宣言するあの馬鹿に頭を抱えた。異母兄弟であるユユツの視線が突き刺さる。そういえばアイツはオレの計画に最後まで反対していた。反抗期なのかと密かに思っていたが単にユディシュティラが賭け事狂いであることを知っていたらしい。ごめん、お前の忠告を聞き入れなかった兄ちゃんが悪かった。

 

「しかもお前、あんなに自信満々に言って負けんなよ…。どうすんだよ、周りにこれだけオレ達以外の人間が集まってるんだ、うやむやには流石のオレも出来んぞ。大体なんでこんな人だかりが出来るような場所を選んだんだよ」

「僕、注目された方が頑張れるんだよね」

「んなどうでもいい理由だったのかよ!」

「だって君ごときが不正しても見抜ける自信あるし」

「お前いっぺん『謙虚』って言葉学んで来い」

 

なんでこの状況でも強気なんだお前は。

 

「忌々しいが、あの女がごねることを願うしかないな。そうすりゃここにいる奴らも今の状況がいかに異常であるか気づくだろ」

「その心配は不要だろう。…それよりもドゥリーヨダナ、お前は怒りに身を任せることが多い。気をつけろ」

 

どういうことだ、とカルナへの忠告に返答する前にオレの耳に女の金切声が聞こえてきた。ドラウパディーを誰かが連れてきたらしい。あの女声も耳障りだな。思わず顔を顰めるオレの耳元で「兄上、角が立たないように僕が貴方を糾弾するよ。そしたら僕のおねだりに負けたって感じでこの勝負をなしにしてやって。多分それでうまくまとまるよ」と弟の一人であるヴィカルナが囁く。と、同時に「また貴方ですのねドゥリーヨダナ!このわたくしに惚れたことは仕方ありません、ですがわたくしアルジュナ様を愛してますのでどんな手を使っても貴方のものにはなりませんわ!どうせさっき弟とひそひそ話していたのもわたくしを手籠めにする算段でしょう!」とドラウパディーが眦を釣り上げてオレの目の前に姿を現した。

 

「ドゥリーヨダナ、」

「ああ、カルナ、オレの最も大事な友よ。オレの耳はちゃーんとお前の忠告を聞いていたさ。でもな、今のオレをどうか止めてくれるな」

 

咎めるように名を呼ぶカルナには悪いが、オレの頭の中はこの女をどう貶めるかでいっぱいになっていた。そんなオレの様子に小さく息を吐き、カルナが一歩後ろに下がる。ドラウパディーもようやく自分の言葉のなにかがこちらの忌諱に触れたことが分かったのだろう、世間で散々もてはやされたであろうその美貌が恐怖に歪んだ。

 

けれどもう遅い。

 

この女はオレの逆鱗に触れた。

 

オレの弟を、ましてやこんな女を庇おうとした優しい弟を侮辱した。

 

オレは嘲笑して、女が一言も聞きもらさないようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「お前みたいな自惚れ女に惚れるだと?馬鹿をいうな、お前みたいに醜い女を目にしている今でさえ気持ちが悪くて吐きそうだ。おい女、お前はかつて友に言ったな、『低い身分のくせに、わたくしに話しかけるとは身の程知らずな』と。お前は知らないようだからオレが直々に教えてやろう。お前の夫であるユディシュティラはお前の身分ですら賭け、そして負けた。今のお前はこの場にいる誰よりも身分が低い。ーーーお前には、この場にいる誰にも話しかける資格はない」

 

女はオレの言葉を聞いて、助けを求めるように自分の夫達を見やり、そうして項垂れた。五人の中で一番プライドが高いアルジュナでさえ黙っていることに気づいた彼女はオレの言葉が全て真実であることを悟ったのだ。そこまでは馬鹿ではなかったらしい、と内心で少しだけだが女を見直す。だが、それだけだ。

 

「パーンダヴァ兄弟の長男は衣服を賭け負けた、その女の衣服も賭けの対象だ!」

 

周りに集まっていた奴らの一人がそう声をあげれば、同調するように他の者もドラウパディーに衣服を脱ぎ捨てるように囃し立て始めた。その一人が、百人の中で実は一番気の弱いドゥフシャーサナの背を促すように押し出す。不意の衝撃に耐え切れずあの女を巻き込む形で倒れこんでしまったドゥフシャーサナは自分のしてしまったことに気づき、意識を手放した。まずいな、両方気絶したか。オレは更なる波乱を予想して溜め息をついた。

 

「ヴィカルナ、ドゥフシャーサナを連れて先に帰れ」

「…あの人は、どうするの」

 

優しい子だと思う。オレを盲目的に慕う次男とは違い、自分の頭で考え、そして行動することが出来る子だ。自分が侮辱されようが、正しいことを為そうと努力することが出来る子だ。だからオレはこの優しい弟に「知らん。だがあいつは殺す」と答えてやった。

 

「なっ、兄上?!」

「ドゥリーヨダナ、貴様…!」

「ヴィカルナ、ビーマ、落ち着きなよ。ドゥリーヨダナが殺すと言っているのはドゥリーヨダナの弟の背中を押し出した、あの男のことだから」

 

…本人には絶対に言ってやらんがこういう時、オレはユディシュティラを長男だなと感じる。王族の長子に求められるのは武芸もだが、一番は観察力だ。そうでなければ国を治めることは出来ない。「ふん、正直あの女も殺したいがな。だがまずはあの男だ。お前も気づいているんだろ、一番目」と鼻をならしながら言えば「まあね。これは僕の推測だけど、ドラウパディーを連れてきたのもあの男の仲間なんじゃないかな」とユディシュティラが肩を竦めた。美形だからか様になっているのがムカつく。絶対殺す。今はあの男が最優先だが。

 

「率先して周りを煽っていたしな。あの女、相当あの男に恨まれてるぞ。」

「それも彼女の魅力だよ。それよりドゥリーヨダナ、僕達の妻のお陰で無事収まりそうだね」

「馬鹿かお前は。心優しいドゥフシャーサナのお陰だろうが。可哀想に、あんな女なんかに触ってしまって。うちの弟が女性恐怖症になったらどう責任と…待て、おい、なんでまたサイコロを握っている」

「さっきのはチャラになったんだろう?ならもう一度勝負に挑むのがクシャトリヤだ」

「世間ではそれはただの賭博狂いっつーんだよこんの馬鹿!」

 

さっきあの男を殺すのが最優先だとオレは思ってたが訂正だ。この男を止めるのが最優先だ。世の中には殴っても止めなければならない馬鹿というものが存在するって本当なんだな。これがオレのいとことか泣けてくる。カルナ、悪いがコイツ止めるの手伝ってくれ。もうオレ一人の手には負えない。

 

 

「承知した、友よ。死力を尽くしてユディシュティラを止めてみせよう」

「待ちなさい、ユディシュティラ兄上を止めるのは弟であるこのアルジュナだ」

 

 

 

…もうお前ら全員帰れ。


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