ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

4 / 22
お気に入り登録、感想、誤字報告ありがとうございます。


すまないさん強くね…?何回やっても倒れないんですが。


生前4

ドゥリーヨダナ、少しいいか。そうビーマが躊躇いがちに声をかけてきたのは、周りにいた奴らを蹴散らして一息ついた時だった。普段は荒々しくオレの名を呼ぶ男の滅多にない声に、「なんだ、喧嘩なら今日は買わん。お前の兄のせいで疲れたからな」と顔すら見ずに言葉を返す。実際オレは疲れていた。この男のこと自体が、昔から殺したい位に嫌いだというのも勿論あるが。

 

「元々お前が売った喧嘩だろう。そうではない、ドゥフシャーサナのことだ」

「…気が変わった。内容次第では今ここでお前を殺す」

 

オレの言葉にその場のどこか抜けた空気が瞬時に張り詰めた。言い争いをしていたアルジュナ達も、シャクニに勝負を挑むユディシュティラを止めようとした弟達も、今や全員が己の得物を手にとっていた。それらをぐるりと見渡したビーマが「今日は戦うつもりはない。俺はただ、誓いをたてたいだけだ」と宥めるように言った。

 

「戦うかどうかを選ぶのはオレだ。大体、誓いをたてるんならオレじゃなくてドゥフシャーサナにするのが筋ってもんだろう」

「確かにそうだ。だが、お前はこの誓いを知っておくべきだ」

 

ふん、とオレはその言葉に鼻を鳴らした。こいつら兄弟のこういうところがオレは嫌いだった。上から目線を地で行きやがって。そっぽを向くオレをよそに「ドラウパディーは、俺が人生で三番目に好きになった人なんだ」と語り出すビーマ。だからなんだとオレは心底思った。しかもそこは一番じゃないのか。オレがドラウパディーなら「君は人生で三番目に好きになったんだ」とか言われたら夫だろうがなんだろうが殺してる自信がある。

 

オレが胡乱な目で見ていることに気づいたからだろう、流石に切り出し方がまずいと分かったのか「いいから最後まで話を聞け!」と焦ったようにビーマが怒鳴った。うるせえ。なんだか聞く気が失せたので、オレは無言でビーマに背を向ける。

 

そんなオレの腕をビーマが掴んだ。

 

「だからだな、俺は例え事故であれ、ドゥフシャーサナを許すことが出来ない。過程がどうであれ、アイツは妻を”辱めた”からだ。―――俺はお前の弟を、あの男を殺すことを、ここに誓う。俺はいつか、ドゥフシャーサナの胸を裂いて、その血を飲むだろう!」

 

 

 

オレが到底許せはしない誓いを、言いながら。

 

 

 

***

 

 

 

思えば、オレ達が何度殺そうとしても、パーンダヴァ兄弟はオレ達を積極的に殺そうとはしなかった。

それはあいつらが無意識に此方側を”見下している”ということも確かにあったが、最初に殺される原因を作ったのはあちら側であることを上二人は知っており、それに負い目を感じているからだ。

 

―――だが今回、ビーマはオレ達の間にあった暗黙の了解を破り、オレに弟を殺すと誓った。

 

ぶるりとオレの身体が震えた。あろうことか、オレは恐怖を抱いてしまった。後ろにドゥフシャーサナとカルナの気配を感じていなければその場に倒れていたかもしれない。

 

 

オレはこの男の恐怖を、百人の中でただ一人覚えていた。

 

 

それでもオレは長男だから、不遜に見えるように大声でその誓いを笑ってやった。お前なんかに、オレの大事な弟を一人だってくれてやるもんか。ちょっと震えてしまったが、これは偽りのない言葉だ。

 

うめき声一つすらあげることが出来ずに気を失っている弟の姿は、未だオレの瞼の裏に焼き付いている。

 

「…お前なら多分、そう言うと思っていた」

 

オレの答えを聞いて、今まで見たこともない顔で笑ったビーマが知ったようにそう呟いた。そのままするりと手を伸ばし、オレの頬を撫でる。昔は親譲りの馬鹿力を振り回していたくせに、いつのまにこんな力加減が出来るようになっていたのか。オレは多分その時初めて、目の前の、世界で一番気に食わない男をちゃんと見た気がした。

 

 

でも、何もかもが遅すぎた。

 

 

オレはかつて、こいつらを殺すと宣言し、そして実行してきた。そして今回ビーマはオレの大切な弟であるドゥフシャーサナを殺す誓いをたてた。クシャトリヤである以上、誓いは絶対だ。オレ達の殺し合いはもう、どちらかが滅ぶまで終わらないだろう。

 

けれどそれが運命だった、とは言わない。

仕方がないことだったとは言わない。

 

 

―――全部、このオレが選んだことだ。

 

 

「気安く触れんなばーか。お前の顔すら見たくねーんだよオレは」

 

 

そう笑ってぺちんとビーマの頬を叩いたオレは「ドゥリーヨダナ…!いいことをいった!シャクニ、次は『負けたほうが、兄弟とともに12年間、森に追放される』ってのはどうだろう」と言い出した馬鹿に拳骨を振り落したのだった。

 

 

 

お前はいい加減賭け事から身を引け!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。