オレ達の殺し合いにたくさんの人間や神の思惑が絡みあい、最早誰にも止められない戦争が始まった。
オレは先陣をきって、棍棒を片手に走り続けた。
大切にしていた弟達が何人も死んでいった。
あまりそりは合わなかったものの「お前のその根性と努力と生きようとする意思だけは認めよう」と言ってくれた師も死んでいった。
そして今日、友が死んでいった。
器用に生きることが出来ない、馬鹿な男だった。
人というより神に近い感覚を持っている癖に、誰よりも人に寄り添おうとした不器用な男だった。
オレの、たった一人の友達だった。
カルナを知らない奴はきっとあいつを”惨めな人生で、惨めな最後を送った”英雄だと称するだろう。
それでもオレはあいつがあいつなりの信念をもって”選び続けた”と知っている。
そして”選び続けた”結果を今日、受け入れただけだということも知っている。
……でも、悪いなカルナ。お前はいつもオレの選んだことを尊重してくれたが、オレにはどうもそれは無理みたいだ。クリシュナ達は殺したい程憎いし、―――お前がもうこの世のどこにもいないことが、悲しくて哀しくて堪らないんだ。
オレはその日の夜の間ずっと、わあわあと小さな子どもが泣きじゃくるように大声で泣き続けカルナの死を悼んだ。
***
ビーマがオレの弟達を全員殺した時、オレはついにこの戦いが終わることを悟った。兵士たちは四方八方に逃げ、自軍の人間はオレ一人だけだった。逃げるのかい、とユディシュティラが口火を切った。
「お前ってそういうとこあるよな。逃げるだなんて微塵も思ってない癖に。で、やるんだろ?誰からだ」
「君が選んでいいよ。殺される相手を選ばせるくらいの情は君に持っているから」
「お前本当腹立つな…とりあえずクリシュナは嫌だ。後お前も嫌だ。ねちっこい」
「君だって腕折れようが血だらけになろうがしぶとく戦うじゃない。クリシュナが君と戦うの大変だから気をつけてねって忠告するって相当だよ?あ、じゃあアルジュナとかどう?僕のおすすめだよ」
「今日のおすすめ言うようなノリでアルジュナ勧めんなよ…すげー戸惑ってるじゃん。それに弓より棍棒で戦いたいから嫌だ」
「我儘だなー。より取り見取りな好物件に文句言うのなんて君だけだよ。泣いて喜ぶとこだよ?」
「んな訳あるか。もうお前が決めたらいいんじゃねーの」
「駄目。君は”選んできた”んだろ」
少し投げやりに言えばピシャリとユディシュティラがそれを却下した。最期まで選んでよ、と声なき声で訴えかけてくる目が、オレを見下ろす。オレは溜め息をついて髪をかき上げた。母譲りの我ながら気に入っていた髪は、戦場を駆けまわったせいで随分埃っぽくなっていた。
「今なら前言撤回受け付けるよ?…僕が、相手してもいいんだよ」
「んな顔してる奴の顔を最期に見るとかお断りだね。…ビーマ、頼めるか。お前はオレの大事な弟達を殺した。お前を殺すことが出来れば敵討ちになるし、殺せなくてもあいつらと同じになれるだろうから」
此方の敗戦は開幕前から薄々分かっていたのに、それでも最後に自分を”選んでくれた”弟達を思い出しながらそう言えば、ビーマが静かに頷き了承の意思を示した。
―――そんなビーマに変化が起きたのは、オレとあいつが打ち合ってしばらく経ってのことだった。
オレは長子として色んな武芸を身に着けたが棍棒術を最も好み、また得意とした。
気合と根性で乗り切りやすい、というのも勿論理由だが、一番は”勘”で大体の攻撃が読めるからだ。
読み取りにくいのはクリシュナみたいに”人からかけ離れた”存在だけだった。
必然、成長するにつれ”人の子”となっていったビーマの攻撃を読み取るのはたやすい。
オレは満身創痍だったが、打ち合いを続けるにつれビーマの先手を行くようになっていった。
なのに、突如読めなくなったのだ。まるで、”誰か”がビーマを”操った”ように。
そしてそれを此方が問いかける暇もなく、ビーマは禁じ手を躊躇うことなく使った。
大腿骨を砕くという、手段を選ばなかったオレでも使わなかった最大の禁じ手だ。
「お前…ビーマじゃない、な」
致命傷を負って地面に倒れこみながらもなんとか絞り出した声に答えず、オレの頭を足で踏みつけるビーマ。「何をしているんだ、やめろビーマ!」とユディシュティラが叫ばなければオレはそのまま頭蓋骨を足で砕かれて死んでいただろう。オレは荒い息を吐いて、痛みをじっとやり過ごした。
(まだ、考える頭がある。棍棒を握り振るうことが出来る手がある。右足はやられたが、立ち上がる左足がある。まだ―――終わっていない。オレはまだ、戦うことを”選ぶ”ことが出来る)
オレは棍棒を杖のようにしてなんとか立ち上がろうとしたが、突き刺すような痛みに思わず呻き声をあげてその場に崩れ落ちる。ユディシュティラの軍の兵士がそんなオレを囃し立てて嘲笑った。
無様だなと誰かが言った。さっさとくたばっちまえと誰かが罵った。顔は綺麗なんだ、ひん剥いてやろうぜと誰かが下品な声をあげた。女みたいな顔をしているんだ、どういう反応するのか楽しみだと誰かが嗤った。
全くとんだ物好きがいたものである。大体、そんな目にあう位ならオレは死を”選ぶ”。
しかし舌を噛み切ろうとしたまさにその瞬間、クリシュナが「やめなさい、勇敢なる兵士達よ。この子は負けそして死んでいくのだから。死んでいくこの子を嘲笑うことをしてはいけない。例えこの子が愚かで卑怯で厚顔で、予言通りに破滅を招いたとしても、この子を辱めることはいけないことだ」と静かに兵士達を咎めた。
―――オレは、人生で一番キレた。
お前が言うのか。それを、お前が言うのか!!
「お前に卑怯とか厚顔とか一番言われたくねーよ!裁判だったら訴えて即勝てるレベルだわ!弁護士だってお前につかねーわ!よくも、んなダイナミック棚上げが出来たな!オレだってその面の皮の厚さに驚き桃の木山椒の木だわ!
大体なーにが卑怯だ、お前も卑怯な手使ってウチの大切な兵士達を殺しただろーが!さっきのやつだって最後ビーマを乗っ取りやがって!ビーシュマじいさんと戦う時も、じいさんの性格を知った上で弱点を聞きに行くよう兄弟を唆し、実行に移すよう促したのもお前だ!ドローナ師を嵌めるためにユディシュティラに嘘を言わせたのもお前だ!身動き出来なくなったオレの友を、カルナを殺すようアルジュナを焚き付けたのも、全部全部お前だ!
よーくこれだけのことしといてオレを”滅びの子”呼びが出来るな!オレからしたら、お前の方がよっぽど滅びをもたらす存在だわこんの”人のなりそこない”!」
思いつく限りの罵倒をしたオレはそこで一旦言葉をきり、ゲホッと地面に血を吐いた。多分オレはもう長くはない。けれど、このまま死ぬのは癪に障る。まだまだこの、神の化身のくせに片方の陣営…というか一人の人物に偏りまくった愛を貢ぐ目の前の屑野郎には言いたいことがあるのだ。
「ドゥリーヨダナ、私の力が及ばない哀れな人。貴方に私を責める権利はどこにもない。貴方が言った通り、私は確かに卑怯な手段を用いたとも。でもそれは貴方が”間違っている”からだ。貴方がそもそも間違わなければ、私が間違うことはなかった。貴方が私に”間違わせた”のだよ」
「うわーここにきてオレのせいにするとかマジねーわー。馬鹿じゃねーの、どんな経緯や思惑があったにせよ最後に”選んだ”のはお前だ。お前の”選んだ”結果をオレになすりつけんなこのタコ。あーやだやだ、アルジュナ、お前友達はちゃんと選んだ方がいいぞ」
「…貴方はいつもそうやって”選んだ”と口にするね。本当は”選ばされた”というのに」
その答えにオレは初めて、他人を可哀想だと感じた。哀れだと感じた。人にも神にもなりきれないコイツを、悲しい存在だと思った。怒りはいつのまにか消え失せていた。
「いいや、クリシュナそれは違う。オレはちゃんと”選んだ”のさ。おい、クリシュナ。人という存在を愛し守るものだと考えている、大馬鹿者。人はいつか神の手から離れるぞ。誰かがお前達と人を切り離すんじゃない。可能性を信じて、人がお前達から離れるんだ。子どもが大人になり独り立ちをするようにな。いらない訳じゃない。必要ない訳じゃない。ただそばで見守っていてくれば、充分だと思う時代がくるんだ。…いつかインドラの雷をも誰しも扱う日が来る。英雄の存在が過去になり、誰もが輝ける可能性を秘めた時代がやってくる。神が誰かを選ぶのではなく、人が人を選びまた選ばれる時代が必ずやってくる」
ずっと、前世の記憶がおぼろげながらでもなぜあるのかを不思議に思っていた。
オレは多分、こいつにこのことを伝える為に前世の記憶を持っていたのかもしれない。
…いやそれはそれでなんか嫌だわ。
うん、オレの前世の記憶は弟達の為にあった。そういうことにしとこう。あの子達に愛されるということがどういうことかを教える為にあった。うん、これでおっけー。
「………強欲で嫉妬深くも、誇り高きドゥリーヨダナよ、貴方の言うことはどれもあってはならない、間違っていることだ。さあお眠りなさい、勇猛なる戦士よ。貴方の生まれながらの罪は、この戦争の苦しみでようやく赦された。貴方はやっと正しくあれるのだよ。貴方は英雄として死に、天へと行くだろう。貴方はようやく、幸せを得ることが許される」
せり上がる吐き気。零れ落ちる赤い血。霞む視界。聞こえる淡々としたクリシュナの声。
死の足音がもうすぐ傍にまで来ている。
まだだ、あと少しだけ。あと少しだけでいいから猶予をくれ。
一度目の生は殆ど覚えていないが幸せだった。
二度目のこの生も、家族や友に囲まれ幸せだった。
ならこの幸せを最期ぐらいなら、例え気に食わない奴でも、まあ分けてやろうかななんて思うんだ。
「クリシュナよ、お前はまだ分からないのか。オレはこの地に生を受けてからずっと幸せだった。その幸せを否定することはオレ以外誰も許されない。
クリシュナよ、お前はまだ分からないのか。勝つことだけが幸せではないのだと。だからお前にはアルジュナがどうしてあんな辛そうな顔をしているのか分からないんだ。ユディシュティラが笑っていないことに気づかないんだ。死んだ人を思い、苦しみ悲しむことは生きているから得るものだ。自分が選んだものならともかく、お前に押し付けられた”勝利”という選択の結果を、どうしてこいつらが耐えられようか。お前はどれだけ残酷なことをこいつらに強いたのかを未だに分かっていない。子の為に親がなんでもするのは間違っていると、まだ気づいていない。
クリシュナよ、オレはお前の言う通り英雄として死に、息絶えるだろう。
けれどそれもまた、オレがした”選択”なんだ」
最期の力を振り絞ってそう言い切れば、天から花が降ってきた。今までオレを嫌ってばかりいた神々が降らした、花の雨だ。いつものオレなら、今更だと怒鳴り罵っていただろう。けれどオレはそれを笑って受け入れることにした。そんな気力もなかったのも確かだが、それだけが理由じゃない。
―――舞い散っていたのは、前世のオレが愛していた梅の花びらだった。
オレは春の訪れを告げるこの花が一番好きだった。春に咲き誇る桜もいいが、暗く寒い冬にちょっとした幸せを教えてくれる梅が一番好きだった。
なら、まあ、いけ好かない神々のこの計らいを、今回ばかりは許してやらなくもないかと思ったんだ。
(ああ、でも、少し…ほんのちょっとだけど少し、疲れたな…)
思えば、二度目の人生は好き勝手やってばっかりで脇目も振らずに走り抜けてきた。
………二度あることは三度あるという。
一度目はゆっくりと歩いていた。
二度目はずっと走り抜けてきた。
なら、三度目があるのなら、今度は休み休み走るのもいいかもしれない。
―――どこからか、オレを呼ぶ声が聞こえた。
カルナでもなく、弟達でもなく、前世のオレの知っている人でもない、聞いたこともない少年の若い声だ。
『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』
…ああ、行ってやろう。オレを”選んだ”お前を、オレも選ぼう。
でもな、流石のオレも今回はちょっとだけ疲れたんだ。
寝たら、ちゃんとお前のところにいくからさ。
ちゃんと起きて、お前のところに行くから。
今は、もうちょっとだけ、待っててほしい。
ちゃんと、お前を”選ぶ”から。
(だから、今は、少しだけ―――)
はふ、と欠伸にも似た最期の吐息が唇からこぼれ落ち、眠気に誘われるように目を閉じる。
オレはそうして、二度目の生を終えた。
***
俺が初めて呼んだサーヴァントは「お前がオレを眠りから起こしたマスターか。オレはドゥリーヨダナ、クラスはバー…は?」と名乗りの途中でポカンと口を開けて、呆然としたようにこちらを見つめてきた。まるで信じられないものを見るような目つきに俺とマシュが顔を見合わせる。
次の瞬間、ドゥリーヨダナが頭を抱えて唸り始めた。
「(ええーマジかよまさかのGOかよfateかよー!えっあっじゃあカルナってああああマジかということはアルジュナもあああああマジか道理で既視感あった訳だわ爆死した奴らじゃねーか!んだよかつてなく前世の記憶がはっきりしてんだけど正直2回目の時に思い出したかったああ)あああああああああ!」
「ば、バーサーカーだからでしょうか?」
「いや、どっちかというとベッドの上で自分の厨二病思い出して悶える、みたいな?」
「聞こえてるぞマスター!あーごほん、取り乱して悪かったな、ちょっとこっちの都合で色々あったんだ。改めて名乗らせてもらおう。
―――オレはドゥリーヨダナ、クラスはバーサーカーだ!オレはお前が”選んだ”サーヴァントだ、そしてお前はこのオレが”選んだ”マスターだ!お前が選び続けた先がどんなものになるかを、どうかオレにみせてくれ!」