ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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今日は4話投稿しました。
後日少し修正するかもしれません。

次回からはやっとカルデア編です。
主人公の宝具はまだ未定です。
宝具名とかどうやって考えるの…


彼の死後:ユディシュティラ

人は忘れる生き物である。それは神を父に持つ僕らも同じ。最初は声だった。次は顔だった。

 

最後に残ったのは、あの下手くそな子守唄だけだった。

 

 

***

 

 

僕はほたほたと降る雪を横目に一人玉座に座っていた。最近は一人になることを望むことが多くなった。眠りにつくたびに、僕はこのまま起き上がらなくなればいいのにと思っていた。

 

でもそう思う度にどこからかあの男の下手くそな子守唄が聞こえてくる。音も拍子もどこかずれた、間抜けな子守唄だ。他の楽器はなんでも扱えた男だったのに、弦楽器の類の扱いは得意じゃなかった。本人は弦楽器が一番得意だと思っていた節があったけど、僕が知る限りあそこまで弾きこなせないのは才能に近いものがあると思う。ただ弦を弾くだけなのになんであそこまで下手に弾くことが出来るのだろう。あんな音程のなってない子守唄でアルジュナは良く寝ていたものだ。

 

―――冬のような、男だった。

―――春を知らせる為だけに、生きなければならなかった男だった。

―――生まれながらに”間違えていた”存在だった。

 

父が正義と法を司る神だからか、僕は小さい時から人と違ってなにが正しいのかが分かっていた。正しいことは善いことだということも知っていた。だから僕はあの男が本来なら存在してはいけない”正しくない”存在であることも一目見て分かった。あの男の父が愛してしまった故に”間違え”、生かしてしまった子ども。その時点であの男は生きているだけで”正しい”存在になれないことが決定づけられたのだ。

 

僕が一人きりだったら、決して大人になっても声をかけたりはしなかっただろう。けれど、あんな男だが昔は確かに可愛らしい容姿をしていたので、うぶなビーマが気にするのは仕方ないと思った。だから僕は知らんぷりをした。

…そんな風に知らんぷりしたこと自体が間違いだった。ビーマはあの男の逆鱗に触れ、彼等兄弟と僕達兄弟に修復不可能な亀裂が出来てしまった。

僕はそこで初めて自分も間違えることがある存在であることを悟った。

 

僕は神の子ではあったが、神ではなかったのである。

 

僕はそれを知って、ようやく人として生きていくことを覚えた。

どうでもいい存在だったあの男を、まあ気が向いたら気にかけてやろうかなと思うようになった位には、その点に関しては認めている。

 

それからの僕の暫くの人生において、あの男はちょくちょくと現れて、僕の兄であったらしいカルナを追いかけるように消えてしまった。こちらの都合も考えずにかき乱しておいて、まさかの放置。この僕をそんなぞんざいに扱ったのは結局あの二人だけだった。カルナに至っては僕のたった一人の兄なのに、僕をちゃんと認識していたかすら怪しい。でも母に聞くまで自分もあの男の友を名乗る変わった男だとしか思ってなかったからおあいこかもしれない。

 

思えばあの男はそういう、ここぞという時は間違えない男だった。僕が歌っても泣き止まなかったのに、あの男の下手くそな子守唄でアルジュナが笑ったように。誰からも馬鹿にされていた兄を庇った時のように。だからこそ僕はあの男を思い出すと何が正しくて間違っているのかが分からなかった。

 

僕は知らずとはいえ兄を殺してしまった。間違っていることだ。してはいけないことだ。

 

なのにそれでもみんなは僕が正しいと言うのだ。心優しいと褒め称えるのだ。

 

―――あの男なら、僕を罵り、怒鳴りつけただろうに。

 

でも、あの男はどこにもいない。あの男を愛し、また愛された者達ももう殆どいない。あの大戦で大多数は死んだし、あの男の父と母はめっきり口を開かなくなった。「兄は『お前がそう”選んだ”のなら何も言わない。…あいつは嫌いだが、オレの弟だからと言ってお前を邪険に扱うような狭量な男じゃないしな』と言いました。僕は、貴方についていきます」と言って、あの男の弟の中で唯一此方側についたユユツも、何かに思い悩むことが多くなった。

 

 

あいつが死に際に言った通り、僕達の得た勝利は苦しく悲しいものだった。

 

 

民たちの中には、あの男がしていないことまでもあの男がしでかしたと信じて、そうしてあの男達を殺し倒した僕達を褒め称えるものまでいる。彼等が僕達に望んでいるのは正しくあることだからだ。間違えるだなんてことはあってはならないなんて思っている。だって僕らは彼等が信じる神の血を持つ、選ばれた存在だからだ。

 

しょうがないな、と思う。それが生まれた時からの役割で、正しいこと。そして正しいことはいいことだ。

 

うん、多分、あいつの言葉を借りるなら。

 

 

―――僕はそう、”選んだ”んだ。

 

 

不思議と、その言葉はすとんと僕の胸の中に落ちた。うん、なるほど、中々いいんじゃない。あいつが良く使っていた言葉ってのがちょっと、いやかなり癪に障るけど。でもまあ最近ずっと落ち込み気味だったし、感謝してやらなくもない。

 

少しだけ笑って、押し寄せてきた眠気に身体を預けるようにゆっくりと目をつむる。

 

 

 

 

 

その日以降、僕は下手くそな子守唄でさえも思い出すことが出来なくなった。

 


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