ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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主人公の名前を型月記載に従いドゥリーヨダナに変更しました。
誤字報告、感想、お気に入り登録ありがとうございます。
宝具を考えて下さった方々もありがとうございました。
詳しくは活動報告にて記載させて頂きます


閑話*真の英雄は眼で殺す

まるで女が自分に贈られた宝石を愛でるように艶やかな、それでいて子どもが宝箱にしまいこんだ石を見つめるように無邪気さを秘めた瞳の奥が、うっとりととろける。悪魔でさえも魅了するようなその眼差しを一心に注がれている男―――カルナは顔色一つ変えずに目の前の友人に「…満足したか」と口を開いた。

 

「んー、もうちょっとだけ…って言いたいとこだが、お前も首疲れたろ。付き合わせて悪かったな」

「お前が望むなら応えるまでだ」

 

椅子にかけたドゥリーヨダナが見やすいように、絨毯の上に座っていたカルナはそう言いながら少しだけ乱れた衣服を無造作にととのえた。王族に仕える者としては華やかさが足りないものだったが、よく見れば上質な物であることは目が肥えた者なら一目見て分かる代物だ。もしこの場に女官が居合わせていれば、その無頓着さに顔を顰め、所詮は御者の子だと嘲笑ったであろう。しかしドゥリーヨダナもそういうことにこだわらない方だったので、カルナの様子を何とはなしに眺めるだけだった。

 

「…お前の瞳は不思議だよなあ。なんつーか、本当に太陽みたいだ」

 

手持無沙汰にしていたドゥリーヨダナが不意にしみじみと呟いた。それに「そうか」と、照れるでもなくカルナは淡々と返す。ドゥリーヨダナとは短い付き合いだが、この男が何の下心もなく自分の瞳を誉めていることをもう既に知っていたからだ。美醜に拘らないカルナにとってはあまり理解が及ばないことではあるが、友人が喜ぶならそれはそれでいいと思っていた。

 

「んー、なんでだろうな。オレ、この手の勘外したことないんだよな…。光線が出そうな程鋭いからかね?」

「光線?」

「ほらー、あれだよ、目からビームみたいな」

「びーむ?」

「『真の英雄は眼で殺す』とか」

「理解しがたいな」

「ん?どこが分からなかったんだ?」

 

ドゥリーヨダナはきょとんとした顔でカルナに問いかけた。人を突き放すような物言いを気にする素振りは全くない。何故なら彼にとって、カルナは何も知らない子どもも同然だったからである。勿論人間離れした身のこなしや容姿に伴うように、高潔な魂をもった思慮深い男だとは思っている。しかし差し伸べられた手にどう行動をとればいいのか戸惑う時点で、ドゥリーヨダナは要情操教育対象者リストのトップにカルナを記すことを決めたのだ。99人を育てきった男である、今更自分よりちょっと年上位の男を人並みにするぐらい苦にも思わない。そこまで思ってドゥリーヨダナは遠い目をした。

……オレ、結婚もしてないのに年々子育てスキル上がってる気がする。全然嬉しくない。

 

「全てだ。びーむとはなんだ?王族特有の言葉か?『真の英雄は眼で殺す』とはなんだ?」

「もう一回言ってみて。真の英雄はってとこから、気持ち強めに」

「『真の英雄は眼で殺す』」

「んん?なんかすげー思い出しそうで思い出せねえ…。なんでだ…荒ぶる鷹のポーズのお前がなんで脳裏を過ったんだ…」

「ドゥリーヨダナ」

「はいはいちゃんと答えるから裾引っ張んな。くそ、オレでさえ父上におねだりする時の最終手段をあっさり使うとは。カルナなんて恐ろしい子…」

 

ぶつぶつと呟いて、鬱陶しそうにドゥリーヨダナが髪をかき上げた。少し癖の入った暗闇色が風に遊ばれゆらゆらと揺れる。耳当たりの良い声がカルナの耳朶を打った。

 

「ビームってのは、なんかこんな感じでシュッといく光線みたいなもんだ。多分。『真の英雄は眼で殺す』はなんか決め台詞的な?オレもなんでこんな台詞を思い出したかどうか分からん」

「真の英雄なら出来るのか」

「出来るんじゃないか?お前も出来そうだよな」

「…お前がそう望むなら、俺はその期待に応えるまでだ」

「いやまて、軽い気持ちで言っただけだ、おい!どこ行くつもりだ!」

「鍛錬場だ。ここでやればお前の部屋を壊してしまうかもしれない」

 

心なしかきらきらと目を輝かせているカルナにドゥリーヨダナは悟った。あ、これ止めるの無理だわ。カルナが時折こういった無理難題に嬉々として挑む癖があることをドゥリーヨダナは既に学んでいた。出来るまで励むのも勿論知っていた。ドゥリーヨダナは腹を括った。そもそも自分の軽率な一言が招いたことである。後ビームも見たい。ビームは男の浪漫だ。

 

「…オレも行く」

 

 

 

***

 

 

 

二人は宮殿から遠く離れた湖の畔へとやってきた。動きやすいように装飾品は出来るだけ外し、念の為に持ってきたそれぞれの得意とする得物を木に立て掛ける。鍛錬場じゃないのか、と独り言にも似た問いにドゥリーヨダナは肩を竦めた。

 

「ここはなんもないから好きに暴れられるんだよ。父上の許可も貰ってるし、近隣住民も野生の獣くらいだ。お前この前アルジュナと戦って周りを壊して、師に怒られたばっかだしな。あの後オレとユディシュティラで直したんだぜ?監督責任云々言われて」

「…すまなかった。次は壊さないように努める」

「あーいいよいいよ、んなもん気にすんな。大体下手に手加減して挑める相手か?何よりお前は本当にそうしたいか?お前がそう選ぶならオレは何も言わないが」

「……そうか。感謝する」

 

ふ、と息を吐くような小さな笑みをカルナは漏らした。既に自分の在り方が他人と違うと分かっていたカルナにとって、自分の在り方を受け入れてくれたこの友人の言葉は胸をぽかぽかと温めた。そんなカルナの様子を少しだけ訝しみながらも「で、どうやって出すつもりだ?」と促すドゥリーヨダナ。その言葉に「気合でなんとかなるだろうか」と疑問でカルナが返せば「…お前意外に脳筋なんだな」と少し呆れた顔をしたドゥリーヨダナががしがしと頭を掻いた。

とは言ってもドゥリーヨダナに具体的な案自体はない。だって目からビームである。古代インドだからってそんなことが出来る訳が「…あ」

 

「おい、今なんか出たよな?!」

「ドゥリーヨダナ、出来たみたいだ」

「はやっ!お前、流石に早すぎだわ!このスーパーインド人め!すごいけど!流石はカルナだけど!」

 

ドゥリーヨダナは考えることを放棄してカルナを褒めた。この時代色々と深く考える方が負けなのである。現実逃避ではない。ないったらないのだ。

 

「これなら万が一、弓を失っても戦えるだろう」

「それは一理あるけどよ…うわー、でもこの眼から今のビーム出たのな。でも待てよ、これ制御出来んのか?」

 

ぺたぺたと興味深げにカルナに触れるドゥリーヨダナの疑問は尤もだった。使いこなせていない武器程恐ろしいものはない。自分ならまだしも、仲間を傷つける可能性があるからだ。「ふむ、確かにお前の言う通りだ。もう一度やってみるとしよう」とカルナが頷いて、眼力を籠める。

 

 

そしてまさに放とうとしたその瞬間、その場を通りがかったアルジュナ達が「…貴様ら、こんなところで何をしている」「どうしたのアルジュナ、ってドゥリーヨダナじゃん。君またなんか企んでいるの?」と声をかけた。

 

 

―――………一言で言うならば、『間が悪かった』のである。

 

 

 

「「あ」」

 

カルナとドゥリーヨダナの、どこか気の抜けた声が重なった。声の方に思わず顔を向けたカルナの瞳から出たビームがアルジュナに直撃したからだった。「えっ、なに今の」と驚くユディシュティラの横でプスプスと煙をあげながらプルプルと怒りに身体を震わせているアルジュナ。

 

この後の展開を悟ったカルナは無言で得物を構え、ドゥリーヨダナは距離を置いて耳を塞いだ。

 

 

 

「………カルナアアアアアアア!」

 

 

 

一拍後、我にかえったアルジュナの怒りの声が辺りに響き渡ることとなる。


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