「セヤァァ!! 」
鋭い掛け声と共に青い軌跡が過ぎ去る。瞬間、青イノシシがぷぎゃぁを悲鳴を上げ、大きく体制を崩す。
あの後カナとフレンド登録し、一緒に行動を初めてから数十分、レベリングは順調に進み、もう何体目か解らないイノシシとの戦闘を行っている。
さすがベータ経験者、俺では真似できない流れるような動きでカナはイノシシを切り刻んでいく。
その姿にしばらく見とれていると、イノシシの攻撃を《パリィ》して弾いたカナがこちらへ顔を少し向け、後退してくる。
「アルト、スイッチお願い!」
「りょ、了解!」
気を取り直し、短剣構える。素早く敵の懐へ入り込み、ソードスキルを発動させる。敵はカナが攻撃をパリィしたことで硬直時間を課せられ、《間》が生み出される。
戦闘中にブレイク・ポイントを作り、間を生み出して、仲間と交代するのが《スイッチ》だ。
無防備なイノシシの体へ繰り出された《アーマー・ピアース》は吸い込まれるようにヒットし、イノシシのHPはゼロになり、その巨体が四散する。
「お疲れ様、だいぶソードスキルの使い方上手くなったね」
カナが腰の鞘へ剣を収めながらこちらへ歩いてきた。
「あぁ、おかげさまで発動は完璧にできるようになった。本当に助かったよ」
「どういたしまして、私もだいぶレベル上がったし、少し休憩しようか」
カナへ お礼を言う。カナもレベリングが一段落ついたらしく、休憩をしようと言い適当な地面へ座った。
俺はカナの近くへ行き、改めてこの世界を見渡す。
「しかし、何度見てもゲームの中とは思えないよな。本物の異世界だって言われた方がまだ信じられる」
「この光景はナーブギアが電磁波に乗せて私たちの脳が、眼や耳に変わって見聞きしてるものだけど。確かに信じられないよね」
カナもフルダイブの仕組みを理屈では解っているようだが、俺と同じ気持ちのようだ。
最外周の空を見れば、赤く夕焼けに色づき、草原は夕陽が差し込み世界を黄金に輝かせている 。
ふと、隣で座っているカナの姿を改めて見る。長く伸びた黒髪は夕陽に照らされキラキラと輝き、髪と同じ色の瞳は水面のように光を映している。
女優だと言われれば信じてしまうような姿だが、当然この容姿はアバターで、現実のものではない。
そうしているうちにカナがこれまた現実のものとは違うだろう、透き通るような声で話しだした。
「さて……休憩も十分に取ったし、もう少し狩りを続ける?」
「いや、狩りは続けたいところだけど……」
俺は目動かし、視界の右端に表示されている現在時刻を確認してみれば、もうすぐ五時半になる。さすがにずっとダイブしている訳にもいかない。
今日は母が家にいないので、俺が夕飯の支度をすることになっている。弟が部活から帰って来る前には戻らなくてだめだ。
「……用事があるし、一度落ちるよ」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
カナ少し残念そうな顔をして言った。
「悪いな、今度またレベリング手伝うよ」
「わかった。今度ダイブしたらメッセージ送ってね。一緒にやりたいクエストとかあるし」
そう言って、俺はもう一度時計見る。そろそろ弟が帰って来る頃だ。
「じゃあ、俺は一度落ちるよ。今日は本当にありがとう、これからも宜しくな!」
すっと右手を差し出す。カナはもう何度も見た顔で、俺の手を握り返した。
「うん! これからも宜しくね。また何か困ったことがあったら、力になるよ!」
「あぁ、その時はお願いするよ」
俺は握手をしながらこれから面白くなりそうだ、と思い。俺は手を離しウインドウを開いた。
後になって考えれば、《ソードアート・オンライン》が、正しくゲームとして存在していたのは、多分このときまでだったのだろう。
鈴のような音と共にメインメニューが現れる。
カナもすぐ近くでウインドウを開き戦利品を整理している。それ確認すると俺は気を取り直し、指を滑らせメニュータブの一番下にある《
ログアウトボタンが無かった。
目を擦って何度も確認するがやはりない。メニュータブをもう一度ゆっくり見直すがどこにもない。
「なあ、カナ、ログアウトボタンが無いんだが」
「えっ? そんな筈ないって、もう一度確認して見なよ」
言われてもう一度確認するがやっぱりない。念のため三回ほど確認したが、ログアウトボタンはもとから無かったかのように見つからない。
「やっぱり無いぞ。カナも確認して見てくれ」
「もう、絶対あるはずだって……」
カナは少し呆れたような顔でトップメニューに戻り、左にあるメニュータブをスライドさせる。
そして一番下を見た途端石像のように動きを止めた。
だが数秒後には再び動き出しメニュータブを何度も確認する。
しばらくそうしていたが、やがてカナはこちらへ困惑に満ちた視線を向ける。
「カナも無かったか……」
「な、何で……」
カナは信じられないといった様子で呟く。
「まあ、サービス初日だし、仕方ないだろ。今ごろ運営はGMコールの嵐だろうな」
「アルトは大丈夫なの? 用事があるんじゃ……」
カナが心配そうに聞いてくる。少し考えるがアイツは一応料理はできるので心配はいらない筈だ。まあ後でうるさいけど。
「あぁ、そこまで急ぐ必要はないから大丈夫だ」
そう言うと、カナの心配した様子が少し和らいだ。
「とりあえずGMコールをしてみるか、カナもにしておけよ」
「やったけど、全然反応ないよ」
どうやら運営は相当忙しいようだ。
だが何時までもこのままでいる訳にはいかないのでカナに他のログアウトの方法を訪ねる。
「なあ、他にログアウトの方法ってないのか?」
その言葉を聞いた瞬間、カナの表情が強張った。それを見た時、俺の中に言い表せない不安が生まれた。
「ない……ないよ。私たちが自分でログアウトする方法は、ログアウトボタンを押す以外ないよ」
「嘘だろ……」
信じたくないが事実だ。
《ソードアート・オンライン》にはログアウトボタンを押す以外の現実への帰還方法はマニュアルにない。つまり俺たちは今、ゲームの中に隔離されている状態だ。
「バグが修正されるか現実で誰ががナーブギアを外してくれるのを待つしかない訳か……」
「うん……そうなるね」
カナが静かに肯定する。弟が帰って来るまでもう少しかかる。それまでにバグが直らなければずっとここにいることになる。
「俺は弟がもうすぐ帰ってくるけど、カナは大丈夫か?」
少し迷ったが現実のことを話した。カナも数秒ほど考えていたが口を開いた。
「私は一人っ子だから、お母さんが買い物から帰って来るまで待たないと無理かな」
「じゃあ、いつ帰って来るか解んないのか……」
カナはこのままではかなりの時間待つことになりそうだ。それまでにはバグも直ると思うが、それでも長時間待つことになるだろう。こんなこと普通ならあり得ないことだ。
「SAO開発運営元の《アーガス》はユーザー重視の会社だろ。こんな失敗したら信用がた落ちだ」
「うん、それにこんなことがあったら、このジャンル自体が規制されるよ」
アインクラッドの季節は現実と同じだ。今現実は初冬なのでこちらも同じになる。
仮想世界の冷えた空気を感じ、草原を見渡せば遥か遠くに第二層へつながる塔――《迷宮区》が見える。
最外周から覗く空は先ほどと変わらず赤く染まり、草原を照らしている。
そして――
俺たちの夢見ていた世界は唐突に終わりを告げた。
次回でようやく原作一話です。前置き長くてすいません。