唐突にゴーン、ゴーンと鐘の音が鳴り響く。それは教会のチャペルと同じ音を響かせているはずだが、教会で聞く祝福するような音とは違い、何かを警告するかの如く響き、不吉さを感じる音色は、俺たちの不安を更に加速させた。
「今度は何だよ!」
「もうっ、どうなってるの……」
次々と起きる出来事に思わず叫ぶ、カナの方は何がなんだか解らないといった様子だ。
だが叫んでも仕方がない、一旦落ち着きカナと相談しようと思った瞬間、再び変化が起きた。
俺たちを包むように青い光の柱が現れたのだ。光の向こうにある草原が徐々に薄れていく、そし青い輝きによって俺たちの視界は完全に奪われた。
青い輝きが治まり、視界に風景が戻る。だが、そこには果てしなく広がる草原はなかった。
足元には緑鮮やかな草はなく、変わりに硬い石畳が踏みしめられている。周りは街路樹と、中世ヨーロッパ風の街が広がり、遠くには黒に輝くの巨大な宮殿がみえる。
俺がつい数時間前までいた場所、《はじまりの街》――その中央広場だ。
隣を見れば状況がまだ理解できていない様子のカナが立ち尽くしている。周囲を見れば俺たちだけでなく無数の人がここに集まっている。
リアルではあり得ないカラフルな髪の色、漫画の登場人物のように整った容姿を持った人々。
NPCではない、全員プレイヤーだ。彼らも俺たちと同じく、ここへ強制的に《
しばらくは皆周りを見回していたが、やがて一人また一人と話だし、広場は騒がしくなり始めた。
プレイヤーたちは皆、不満と苛立ちの叫びを上げ、喧騒がさらに大きくなっていく。
だが、その喧騒はすぐに静まることとなった。
多くの声の中から誰かが上をみろ! と叫んだ。全員がその声に従い、上を見上げる。そこには異様な光景が広がってた。
遥か上に見える第二層の底が真紅の一抹模様に塗り替えられる。
その正体は、【Warnig】、と【System Announcement】の英単語。
どうやらようやく運営のアナウンスが始まるようだ。広場いるプレイヤーたちもそう思ったのだろう、喧騒が収まり幾人かが安堵の表情を浮かべている。
しかし、次の瞬間の再び俺たちは不安に包まれた。
空を覆う真紅のパターン、その中央が突如として雫の如く垂れ下がる。まるで血のようなそれは不気味さを感じさせる。
垂れ下がった雫は空中で姿を変え、鮮血で染めたような真紅のローブをまとった巨大な人が現れた。
だが、それには顔がなかった。ローブの中の本来顔があるべき場所は深い闇が広がっている。
出現したそれは運営が用意したのだろうが、フードの奥の空虚さに俺はさらなる不安抱いた。
他のプレイヤーたちからは「あれがGMか?」「何で空っぽなの?」という声が聞こえてくる。
やがて、ローブの右腕が動き、真っ白な手袋が見えた。だがそこには手首がなく顔と同じく肉体がない。
右腕に続き左腕もゆるりと上がる。そして、直後に低い落ち着いた男の声が広場に響いた。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
何を言っているんだ? 確かにGMなら操作権限持っているからこの世界の神のようなものだが、わざわざ《私の世界》と改めて宣言する必要はないだろうに。
ふと隣のカナを見れば、俺と同じく意味が解らないといった顔をしている。そして真紅のローブは両腕を下ろし、再度言葉を発した。
『私の名前は茅場昌彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
「――は?」
驚きのあまりそんな声が出てしまった。
茅場昌彦、このゲームのプレイヤーでこの名前を知らない者はいないだろう。
ナーブギアの生みの親、そしてこの世界を作り出した男だ。
だが疑問点はそこではない、なぜ運営ではなく茅場が現れた? 彼はメディアへの露出やゲームマスターの役割などしない完全な裏方に徹していたはず、その彼がなぜここにいる?
それに今彼はなんと言った? 今やこの世界をコントロールできる唯一人間?
先ほどから起こる出来事に必死で追い付こうとしている思考を更に酷使させる。
しかし、茅場が再び放った言葉は、更に思考を酷使させるものだった。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。これは不具合ではなく、《ソード・アートオンライン》本来の仕様である』
「な……何をいってるの、仕様ってどういう――」
隣から聞こえてきたカナの疑問は最後まで続くことはなく、直後に聞こえた低い声のアナウンスによって遮られた。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
この城? 城とは一体何のことだ。《はじまりの街》には城なんて無い筈だ。
新たに生まれた疑問、この場にいる者たちは更に混乱しただろう。
しかし、それはあっけなく消え失せた――茅場の言葉によって。
『また、外部の人間の手による、ナーブギアの停止あるいは解除もあり得ない。もしもそれが試みられた場合――ナーブギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが……』
茅場が最後に発したその言葉は力強く、暴力的なまでに俺の鼓膜を震わせた。
『諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
「っ……!」
よく、驚きの余り言葉も出ないと言うが、まさに今俺がそれだろう。
今コイツはなんと言った? 本能が理解を拒む、それを認知してはいけないとが悲鳴を上げる。
しかし、理性がそれを許さない、ゆっくりと着実に現実を整理していく。
ナーブギアの停止、もしくはロックの解除をすれば、脳を破壊する。
本能が最高レベルの警告を発する。理解するな、目をそらせ、しかし理性は冷酷にその結論を出した。
俺たちを殺す、と茅場がそう言ったことを理解した。
叫ぶ者はいない。まだみんな今の話を信用できていない、いや、信用したくないのだろう。
カナはあの明るい笑顔は見る影もなく困惑と不安に満ちた表情で口を開いた。
「何……言ってるの、ナーブギアはゲーム機でしょ、そんなもので脳を破壊するなんて嘘を言わないでよ!」
カナは語尾を強めて言い放つがその声はどこか力なく感じた。
確かにナーブギアは最先端の機械だが、原理的に同じものがずっと昔からそれは存在している。どの家でも使われているだろう家電――電子レンジ。
「原理的には可能だが、そんな高出力の電磁波なんて電源を抜けば、発生させるのは無理なはずだ」
俺がそう言って否定するが、カナが首を横に振り力なく声を出した。
「出来るよ……ナーブギアは重さの三割がバッテリーだって聞いた。だからコードが抜かれても電磁波は発生させられる……」
カナの声はだんだんと小さくなり最後は耳を澄まさねば聞こえない程だった。
カナの話が終わると入れ替わるように上空から茅場が再び語り始めた。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーブギア本体のロック解除または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーブギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』
茅場が言葉を切り間をおく、それは数秒だったのか数分だったかはわからないがひどく長く感じた。そして奴はそれを俺たちへ放った。
『残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
その瞬間、全身を痛い位の寒気が襲った。無意識の内に奥歯がガチガチと音をたて、膝か震える。
カナはその場によろよろと膝をついて座り込んでしまった。
二百十三名――つい数時間前この世界にいた約二百人がナーブギアに脳を焼かれて死んだと、茅場はそう言ったのだ。
彼らは最後に何を思ったのだろうか、もしかしたら自分が死んだことすら気付かなかったのかもしれない。
そんなことを考えている間に、茅場が再び機械の如く淡々とした話を再開する。
『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーブギアが強引に除装させる危険性はすでに低くなっていると言ってもよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーブギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へ搬送さら、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……』
少しの間のあと、茅場はこれまでの話の中で最もふざけたことを言ったのだ。
『ゲーム攻略に励んでほしい』
その瞬間、俺の中で何かが切れ、押さえようのない怒りが込み上げた。
「ふざけるな! 死人が出ているんだぞ!? こんな状況でゲームをしろって言うのかよ!?」
遥か上空に浮かぶ真紅のローブへ怒りの叫びを放つ。だが奴は何も変わらぬ声で、ただ静かに話を続けた。
『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、ソードアートオンラインは、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、このゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に――諸君の脳は、ナーブギアによって破壊される』
その言葉は鼓膜を揺らし、長い時間頭の中で反響し続けた。
俺はただ茅場の言ったことに、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
原作を壊さないよう執筆するが難しい……
原作の一話が思ったより長いので前半と後半に分けました。
意見、感想お待ちしております。