ソードアート・オンライン Tracer   作:夜型人間

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 やっと五話が書けました。本当に投稿遅くてすいません。今回でアニメ一話の部分は終わります。


悪夢が生まれた日

 脳を破壊する。その一言が広場にいる者たちへ放たれてから、いったいどれくらいの時がたったのだろうか、かなり長い時間だったような気もするし、たった数秒かもしれない。

 

 いまだに乾いた笑みを浮かべながら、俺は視線だけ左上に動かす。342/342 この数字はヒットポイント、つまりこのたった三桁の数字が俺の命なのだ。

 

 これがすべて尽きた時、俺は脳を焼かれ、この世から消え去る。

 

 視線を動かし、広場の北を見れば黒く輝く宮殿、《黒鉄宮(こくてつきゅう)》が見える。本来ならヒットポイントがつきればあそこで蘇生するが、もはやそれは不可能になってしまった。

 

 すでに死亡した二百十三名は、あそこから再びこの世界へ戻れると、最後まで信じていたのだろう。

 

 RPGは何回もの死を繰り返し、強くなるゲームだ。それがたった一回の死で、現実でも死ぬ。

 

 「こんな状況で、ゲームが成り立つ訳がない……」

 

 こんな時に、死ぬ可能性のあるフィールドに行く奴がいるものか、誰も街から出るはずない。

 

 だが、茅場はそんな考えを読み取ったかのように、話を続ける。

 

 『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

 沈黙、広場には約一万人のプレイヤーがいるのに、まるで無人のように一切の音が消えた。

 

 「無理だよ……クリア百層なんて」

 

 唐突にカナが、沈むような声で話しだす。

 

 「ベータテストじゃ六層しかクリアできなかったんだよ!?」

 

 カナは叫びを上げるが、それは今にも消え入りそうな雰囲気だった。

 

 カナが言ったことが本当なら、クリアにどれだけの時間がかかるのだろう。

 

 ベータのときのプレイヤーの数は千人、正規サービスでは一万人のプレイヤーがいるが、その人数でクリアを目指すとして、百層に辿り着けるのは何人だろうか?

 

 広場にどよめきが生まれ始める。だが、絶望や恐怖に叫ぶ者はいない。

 

 ほとんどのプレイヤーが、いまだに《ゲームのオープニングイベント》か《本当のこと》なのかわかっていないのだろう。

 

 現実には帰れない、第百層をクリアするまでログアウト不能、ヒットポイントが尽きれば本当に死ぬ。

 

 茅場の語る言葉は恐怖をまといながらも、現実味を感じられなかった。

 

 嘘か真実か、茅場の語ったことを延々と考え続ける。

 

 しかし、深紅のローブは思考の暇すら与えずに、右腕の白い手袋を動かして、感情のない無機質な声で話し始める。

 

 『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 茅場の話が終わると同時に、俺やカナ、周りのプレイヤーたちはまるでロボットのように、右手の指を二本揃え、下へ向け振り、言われた通りにメインメニューを開いた。

 

 広場にたくさんの鈴の音が響き渡る。

 

 メインメニューのアイテム欄のタブを叩き、所持品リストを確認すると、見覚えのないアイテムがリストの一番上に存在していた。

 

 《手鏡》と表示されたそれを疑問に思いながら、《手鏡》をタップして、小ウインドウからオブジェクト化を選び、出現した小型の四角い鏡を手に取る。

 

 しかし、何の変化も起きない、鏡を覗けば俺が造った爽やか風な男性アバターの困惑した表情が映るだけ。

 

 隣にいるカナを見れば、モデルのような顔は困惑を浮かべている。

 

 しかし、突如としてカナの姿が白い光に包まれた。それと同じく、周りのプレイヤーたちも次々に光に包まれていき、そしてついに俺もその光に呑み込まれた。

 

 視界が真っ白に染まり、わずか二、三秒で光は収まった。

 

 視界が戻り、カナの無事を確認するため隣を見る――そこには、この数時間で見慣れたカナの姿はなかった。

 

 髪の色、それと同じ黒色の瞳は変わらない。だが、顔の造形や髪の長さが全く違うものになっている。

 

 腰の辺りまで伸びていた髪は首よりも少し下の辺りまで短くなり、モデルのような美しい容貌は、まだあどけなさの残る顔立ちとなって、美しいというよりかわいらしさが感じられ、彼女がカナだとすれば、カナの口調によく合っている。

 

 しばらく呆然と見ていると、困惑した様子で彼女が口を開いた。

 

 「キミ……誰?」

 

 そう呟かれた言葉に、彼女がカナなのか確認を取るため、同じ言葉を返す。

 

 「お前こそ誰だ?」

 

 そう言ってから、ある予感がし、今の自分の姿が気になり、茅場から配布された《手鏡》を覗いた。

 

 そこに映っていたのは試行錯誤して造り上げたアバターではなった。

 

 黒い色の髪と柔らかな瞳。今でもたまに女子に間違われる中性的な容姿。

 

 現実世界の俺の姿がそこにあった。

 

 「わ、私!?」

 

 隣からカナの驚きを含んだ声が上がった。どうやら俺と同じく鏡を覗いたようだ。

 

 「じゃあ……キミがアルト?」

 

 「やっぱり、お前がカナか」

 

 カナは俺だとわからなかったようだが、こちらは思った通りカナ本人だった。

 

 確認ができて安心したのだろう、手が緩んでしまい鏡を落としてしまい、破壊音の後にポリゴンとなって消えてしまった。カナも同様に鏡を落としたらしく、足元にポリゴンが漂い数秒後に消えた。

 

 周りを見渡せば、先ほどまでのファンタジーのキャラクターじみた美男美女の群れは消え、現実の人々がただ鎧や兜を身に着けただけのものへと激変した。しかも、男女の比率すら大きく変わっている。

 

 いったい、どうやってこんなことが出来たのか、俺たちを含め、恐らくだが他のプレイヤーたちは現実の姿へ変わっている。質感や細部には違和感が多少あるが、ほとんど現実と変わらない、こんなもの立体スキャナーを使わない限り不可能なはず。

 

 「いや、ナーヴギアは頭と顔を高密度の信号素子で包んでいる。顔の造形を把握するのは可能だ。でも身長と体格はどうやって……」

 

 身長や体格は頭に着けるナーヴギアで確認できないはずだが、いったいどうやって把握したのだろう。

 

 しばらく考えていたが、その答えは隣から聞こえてきたカナの話で判明した。

 

 「たぶん、ナーヴギアを最初に着けた時のだよ。ほら、体あちこち触ったやつ、確かキャリブレーション? だったと思う」

 

 「そうか! 確かにそれなら全身を把握するのも可能だ」

 

 キャリブレーション、《手をどれだけ動かせば自分の体に触れるか》の基準を測る作業だ。

 

 これで全身を把握し、ナーヴギアで顔をスキャンする。そうしてそのデータを使えば今のようなことも可能。

 

 そして、茅場がわざわざ俺たちのアバターを現実の姿に変えた意図も、簡単に理解できた。

 

 「茅場はさっき、この世界が俺たちにとって、唯一の現実だと言った。このたった三桁のヒットポイントは本当に俺たちの命だと、そう理解させるために、あいつは俺たちのアバターを現実の姿に変えたんだ」

 

 「なに……それ」

 

 カナは呆然とした表情で呟き、両手で頭を抱えて叫んだ。

 

 「意味わかんないよ! なんで……なんでこんなこと……」

 

 カナの悲痛な叫びは、だんだんと押し潰されるように小さくなっていった。

 

 「たぶんもうじき、その理由も教えてくれるさ」

 

 俺はそう言ってカナの問に答えず、空中の茅場を目で示す。

 

 そして、俺が話終えた少し後、予想通り茅場は新たな言葉を放った。

 

 『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場昌彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

 そして、今まで全くの感情を見せなかった茅場の声に、初めて感情の色がついた。

 

 『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら――』

 

 少しの間を挟み茅場は再び声を上げる。

 

 『この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 そして、茅場は無機質さを取り戻した声で話を続けた。

 

 『以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――』

 

 一旦言葉を切り、茅場は無機質な声のまま、最後にその一言を響かせた。

 

 『健闘を祈る』

 

 そう言い終えると同時に、真紅のローブは空へと昇り、天空を埋める赤に頭から徐々に沈んでいき、最後に一つの波紋を残して消え、空は元の夕暮れに染まった色へと戻った。

 

 呆然と立ち尽くす俺の耳に、市街地のBGMが聞こえる。

 

 しばらくの間は、全員が静寂を保っていたが、思考がようやく事態を理解したことで、広場に数多の声が響き渡った。

 

 「帰せ! 帰せよ! 俺を現実へ帰せぇぇぇ!」

 

 「ふざけんな! 大事な用があるんだ!」

 

 「あはは……嘘よ。こんなの全部嘘、きっと私夢を見てるんだわ……」

 

 絶叫する者、罵声を上げる者、現実から逃避する者、ほんの数十分でプレイヤーたちはこの世界に縛り付けられる囚人へ成り下がった。

 

 この悪夢の光景に圧倒されていると、ぐいっと隣から服の裾を引っ張られ、振り向けばカナが俺の服裾を掴み、真剣な表情でこちらを見ている。

 

 「アルト、話があるんだ。とりあえず場所を変えよう」

 

 カナに腕を引かれ、人混みを抜けて、広場から少し離れた街路へ辿り着いた。

 

 「アルト、私はこれからすぐに街から出て、近くの村に行こうと思う。キミも一緒に行こう」

 

 カナの言ったことに、思わず息を飲む、今カナは俺の命を背負うと言っている。

 

 「あの人が言ってたことが真実なら、すぐクエストや狩り場の奪い合いが起きると思う。そうなったら《はじまりの街》じゃあもうレベリングは出来ない。私は近くの村までの安全な道を知ってる。今のうちに村へに行こう、私とアルトの強さなら確実に辿り着ける」

 

 瞬きすら忘れて聞く、確かにカナの言う通り、もう《はじまりの街》では狩りはできないだろう。どうするべきか最良の選択を考える。考え抜いて一つの選択が出た。

 

 しかし、これを実行するにはカナに一つ確認を取らなくてはならない。俺は口を開きカナへ問いを投げ掛けた。

 

 「お前に着いて行って、俺はお前の足手纏いにならないのか? もしそうなら本当のことを言ってくれ」

 

 これだけは知っておかなくてはいけない、カナの足手纏いになるのならば、俺は彼女と行くことは出来ない。

 

 カナは静かに目を瞑り、顔を左右降った。

 

 「むしろ一緒に来てくれたほうが助かるよ。二人でパーティーを組んだほうが生き残れると思う。だからお願い、私と一緒に来て」

 

 カナの答えを聞き、俺は己の出した選択を実行する決意を固めた。

 

 「ああ、わかった。お前と一緒に行くよ。でも絶対にお前の足手纏いにならないと誓う」

 

 そう言って彼女の目の前に拳を突き出す。その拳にカナが自分の拳を突き返した。

 

 「うん、私もキミを死なせないと誓う。だから二人で必ず生き残ろう」

 

 カナの言葉が終わると同時に突き合わせた拳を離し、二人で《はじまりの街》の北西ゲートへ走り出す。ゲートを越え、草原を駆け抜ける。この先にある村向け、途方もない巨大な城を進む――

 

 その果てしない悪夢を、俺たちは駆けて行く。




 すいませんキリト君はまだ登場しません。期待していた方はもう少し待っててください。
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