街のあちらこちらから人々の賑わいが聞こえ始める。時刻はもうじき午後四時になり、ちょうど小腹の減るころだ。街に点在するNPCレストランやベーカリーには食べ物を求めて来たプレイヤーたちで一杯になっている。
その人の群れを噴水広場の
アルゴは二つ名の
アルゴが言うには攻略会議は午後四時にこの広場で始まるらしい、塀の上から見たところ広場にはプレイヤーが四十人程度が確認できる。この人数はMMOでボスを犠牲者無しで倒すにはかなり少ないが、デスゲームとなったこの世界で、死ぬかもしれない攻略に参加する人数としては多い方なのだろう。
そんなことをぼんやりと思いながら、黒パンの最後の一切れを飲み込む、その少し後にカナとアルゴも黒パンを食べ終える。
「ふう……ご馳走様。やっぱりそのまま食べると美味しくないね。これ」
「これは安さが売りみたいなものだからナ。旨さは求められないダロ」
苦労してようやく黒パンを食べ終えたカナが黒パンの不味さを語り、アルゴがそれに対して仕方ないことだと答える。
「逆襲の雌牛で貰えるクリームがあれば、別なんだけどナ……」
「あー……あれ美味しいけど、わざわざ取りに行くのは面倒だよね」
アルゴがポツリとクエストの名前と思われるものを呟く。どうやらカナはアルゴの言ったクエストを知っているらしく苦笑している。
「なんだ? 《逆襲の雌牛》って?」
どんなものか気になり、二人に尋ねるとカナが塀から飛び降り、こちらへ向き直った。
「逆襲の雌牛って言うのは、トールバーナの一つ前の村で受けられるクエストで、報酬にクリームが貰えるんだけど、クリアにけっこう手間がかかるんだ」
カナは軽く背伸びをした後、塀に寄りかかった。
「確かに、クリームたった一つに手間はかけたくないな」
この不味い黒パンの味が良くなるのは魅力的だが、今すぐ欲しいかと言われればそこまでではない。
「うん、今はレベリングに時間を使いたいからね。もう少し余裕ができたらやってみようか」
「ああ、そうだな。それなら今度そのクエストのレクチャー頼む」
今度などといつになるかわからない約束をし、サービス開始日のように二人して笑った。
「それならオレっちも参加させてもらおうカナ。あのクリームは時々無性に食べたくなるからナ」
アルゴが自分も参加したいと言い出し、カナがさらに楽しそうに話しだした。
――本当にずいぶんと最初の頃のように戻ったものだ。俺一人ではカナをここまで明るくすることは無理だっただろう。そう思えばあの時アルゴとぶつかったのは運がよかったのかもしれない。
二人と話しながらそんな風に考えていると広場の方が騒がしくなり始めた。目を凝らして見ると広場の中央の噴水の縁に、青い髪の青年が立っている。
「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
ディアベルと名乗った青年の自己紹介が終わると周りの人々が笑いだし、「ジョブシステムなんてねーだろ」など様々な声が口笛や拍手と共に上がった。
その歓声を聞きながら、俺はたった一言でここまで場を盛り上げた彼に驚いていた。
会議に集まった者たちは俺たちを除き、皆ボス攻略会議ということで、ほとんどの者が殺気だっていたのだ。
それを自己紹介だけでここまで解きほぐすとは、わずかな時間で人の心を掴む、まさにカリスマ性とも言うべきリーダーシップ。今回の第一層のボスが倒され、その後も順調に攻略が進んで行けば、いずれ彼は攻略を進める要となり、多くのプレイヤーたちを率いる存在となるだろう。
そんなことを考えていると、ディアベルが右手を上げ、迷宮区を指差した。
「今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階でボスの部屋を発見した!」
「ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームをいつかきっとクリアできるんだってことを、《はじまりの街》で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」
口笛と拍手が再び起こる。この場にいるプレイヤーほとんどが彼へ拍手を送っている。やはり彼は人をまとめ上げる才能があるようだ。
彼が居れば今回の第一層攻略もその後の攻略も上手く行くだろう。そう思い俺も彼へ拍手を送ろうと腕を上げる――
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
その時、歓声を割るように声が広場に響いた。お世辞にも綺麗とは言えない濁声、その音の発生元を見れば小柄な体に、大きめな片手剣背負いサボテンを思わせる茶色の髪を持った男が立っていた。
男は自分のいた席から駆け降り、ディアベルのいる広場の中央へ進み出た。
「そん前に、こいつだけはいわんと、仲間ごっこはできへんな」
「こいつっていうのは何かな? まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するならいちおう名乗ってもらいたいな」
サボテン頭の突然の乱入にも、ディアベルは表情を変えることはなく。冷静に彼へ名乗って欲しいと頼んだ。
ディアベルの言ったことに男は「……フン」と鼻を鳴らした後、数歩移動し、プレイヤーたちへ向き直った。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
彼はキャラネームを名乗り、広場のプレイヤーたちを見渡す。
「ボスと戦う前に、今まで死んでった二千人にワビ入れなあかん奴らがおるはずや」
サボテン頭の男、キバオウがそう言った時、俺は、いや、ほとんどの者が彼がこの後に言うことがおおよそ想像できたと思う。
「キバオウさん。君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人たちのこと、かな?」
ディアベルもキバオウの言いたいことは理解してると思うが、確認のためキバオウへ尋ねた。
「決まっとるやろ」
キバオウはディアベルを睨み、そして再び口開き話始めた。
その内容は俺の想像した通りのものだった。テスターたちはビギナーたちを見捨て、効率の良い狩り場やクエストをを独占し、自分たちだけが強くなっている。そんな奴らとはパーティーを組めないから名乗り出てアイテムと金を差し出し、謝罪しろと、彼はそう言った。
古典的なベータ嫌いの妬みからくる発言だ。彼は二千人が死んだのはベータテスターが悪いと言ったが、彼は自分の言ってることをちゃんと理解しているのだろうか? ベータテストを受けた者の数はわずか千人、そこから正規のゲームに移ったテスターはさらに少ないと思う。
その千人程度の者たちで残りの九千人の面倒を見れなかったから、謝罪をしろと言うのだ。
テスターの中にはカナのようにビギナーの面倒を見た奴も何人かはいるだろう。しかし、それは相手が一人ならの話だ。非常時に三人や四人ものビギナーの面倒など見れる訳がない。
ベータテスターだって人間だ。他人の面倒より、まず自分のことで手一杯。こんな状況で自分の命より他者の命を優先するなど、よっぽどの聖人か、はたまた頭のネジが外れた異常者だ。
俺がそんなことを思ってる間にもキバオウはベータテスターを批判し続ける。
ふと隣にいるカナとアルゴの様子を見れば、カナは俯き唇を噛み締めながら拳を強く握り、足を小刻み震わせていた。アルゴのほうも何か言いたそうな顔で押し黙っている。
彼女たちの様子を見て、これ以上あの男に喋らせるのは不味いと思い口を開きかけた時。
「発言、いいか」
と、張りのあるバリトンボイスが聞こえた。声の方向には、スキンヘッドに褐色の肌、彫りの深い顔だちでバトルアックスを背負った体の大きな男がいた。
「オレの名前は《エギル》だ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ、その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」
騒ぎ立てるキバオウとは反対にエギルと名乗った男は静かに尋ねた。
「そ……そうや、あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃあトップ張ってたベテランやったんやぞ!」
その後のキバオウはエギルへ話を続け、テスターたちが情報やアイテムなどを分けていれば、今ごろはもっと上の階層に行けていたと言う。
「あんたはそう言うが、キバオウさん。金やアイテムはともかく、情報は合ったと思うぞ」
言い終えると同時にエギルは腰に着けた大きなポーチから《鼠のマーク》の描かれた本を取り出した。見覚えのあるそれは間違いない。今となりに座っているアルゴの作ったガイドブックだ。
「このガイドブック、あんただって貰っただろう。《ホンルカ》や《メダイ》の道具屋で無料配布してるんだからな」
エギルがキバオウへガイドブックを見せながら話す。二人の話し合いを見ていると、隣から肩を軽く叩かれた。
「アル坊、カナっち悪いけど、オイラはちょっと席を外させてもらうヨ。何か用事があったらメッセージ飛ばしてくレ。んじゃ、またナー」
「えっ! アルゴそんな急に……って、もう見えないや……」
アルゴは一方的に言い終えると、カナの話も聞かず、異名通りの高い敏捷さで走り去ってしまった。幸いここに来る前、ベーカリーでパンを買う時に俺たちとフレンド登録はしてあるので、何時でも接触はできるのだが、ガイドブックの話が出た途端に逃げ去るとは、相当注目されたくないようだ。
「貰たで。それが何や」
俺たちが揉めている間にも話は進んでいたらしい、キバオウは棘のある話し方でエギルにいい放つ。エギルは表情を変えずガイドブックをポーチに戻し、腕を組み話を続けた。
「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報がはやすぎる、とは思わなかったのかい」
エギルが落ち着いた様子でキバオウへ尋ねる。
「せやから、早かったら何やっちゅうんや!」
「こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターたち以外には有り得ないってことだ」
エギルの話が終わると同時に辺りが騒がしくなる。どうやらエギルも俺と同じく、ガイドがテスターによって作られたものだと考えたようだ。
「いいか、情報はあったんだ。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている」
エギルは広場のプレイヤーたち両手を広げながら説明する。
「このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った。だが今は、その責任を追及してる場合じゃないだろ。オレたち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、オレは思っているんだがな」
エギルは堂々とした態度でそう言った。言い返す隙を掴めないキバオウは、エギルを忌々しそうに睨んでいる。
「キバオウさん、君の言うことも理解はできるよ。オレだって右も左も解らないフィールドを、何度も死にそうになりながらここまで辿り着いたわけだからさ。でも、そこのエギルさんの言うとおり、今は前を見るべき時だろ? 元のベータテスターだって……」
ディアベルは少し間を置き続けた。
「いや、元テスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗したら、何の意味もないじゃないか」
ディアベルの言葉を聞き、広場の空気が良い方向へと戻り始めた。
「みんな、それぞれ思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせて欲しい」
そう言い、ディアベルはプレイヤーたちを見渡して再び口を開く。
「どうしても元テスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからさ」
プレイヤーたちへ伝えた後にディアベルはキバオウを見た。
しばらくの間を挟んでキバオウが最初の時のように鼻を鳴らし、ディアベルへ向き直った。
「ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でもな、ボス戦が終わったら、キッチリ白黒つけさせてもらうで」
キバオウはそう言って元々自分のいた場所へと戻って行った。