軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回の終わりでボーリング場へと逃げ込むも、そこを狭山真冬に見つかってしまった由紀ちゃん達。今回は1話丸々彼女らの話となっています!(少しだけ見辛いかも知れません)


百十七話『覚悟』

 

 

 

 

 

 

 

狭山「もう…逃がさないから」

 

薄暗いボーリング場へと逃げ込んだ由紀達…。ここにいれば少しの間"かれら"から逃れる事が出来ると思っていたが、狭山が来るのは想定外だった…。何故なら、彼女はあの穂村という男に邪魔され、足止めをくらっていたはずなのだ。

 

 

 

 

美紀「どうしてここに……あの男の人、穂村さんは…?」

 

狭山「…道を開けてくれたよ。一応、穂村はボクの事を仲間だと思ってるからね……。ボクと殺し合ってまで君らを逃がす必要はないって思ったんじゃないかな」

 

美紀「それにしたって早すぎる!この短い間に、私たちは結構遠くへ逃げたつもりなのに…」

 

美紀はもちろん、胡桃や悠里も自分達の目の前に狭山がいるということが未だに信じられない。自分達は穂村が稼いだ数分間ずっと、狭山から逃げるべく雨降る外を全力で駆けてきたのだ。だというのに何故狭山はこうもあっさりとこの場所にたどり着いたのか…それだけが理解できない。

 

 

 

 

 

狭山「ボク、隠れた人を見つけるの得意なんだ…。それにほら、君らが通った道には…感染者の死体が倒れてたしね…。ダメだよ胡桃…みんなを守るためだっていうのは分かるけど、倒しすぎるとただの道しるべになっちゃうから…」

 

胡桃「っ…!」

 

ここに来るまで、胡桃は自分達に襲いかかってきた"かれら"を倒してきた。しかしそれは必要最低限の数を倒しただけでほんの数体のはず……それを辿られて自分達の居場所がバレるなど考えもしなかった。

 

 

 

 

狭山「ま…運が良かったっていうのもあるけどね。途中の道を一つ間違えでもすれば、そのまま君らのこと見失っちゃっただろうから」

 

狭山からすれば彼女らに追いつけた事は幸運だろうが、由紀達からすればそれは不運以外の何物でもない…。またこうして、自分達の事を殺そうとする人間に追いつめられたのだから。

 

 

 

 

由紀「みんな……どうしよう…」

 

悠里「どうにかして逃げましょう…。きっと隙が……」

 

 

 

狭山「ボクに隙があったとして、もう全員で逃げるのはムリだよ。全員が全力で逃げようと努力したところで走る早さとか体力の多さとか、色々なところでそれぞれの差が出る。つまり…逃げ遅れてボクに捕まる人が絶対に一人はでるってこと」

 

狭山がその気になれば彼女らとの距離を一瞬で詰めて即座に襲えるが、今はあえて一歩しか距離を詰めずにニヤリと笑う…。確かにこの薄暗い空間の中、全員が全員逃げ切るのは不可能に近いだろう。

 

 

 

狭山「胡桃は運動神経いいから、逃げ切れるかもね。見たところ危ないのは由紀かな?走るのが得意そうには見えないし」

 

由紀「………」

 

薄暗い空間の中にいても、狭山がこちらをじっと見つめているのが由紀には分かった。その視線に恐怖を感じた由紀が微かに肩を震わせると、誰かが彼女の背をそっと撫でる…。由紀を安心させるべくその背を撫でていたのは、強がっているように微笑む美紀だった。

 

 

 

美紀「誰も逃げない…。誰も死なせない…。私達は、みんな一緒にあなたから逃げきる。逃げきってみせる…!」

 

狭山「………」

 

悠里「ええ…そうね…」

 

悠里は美紀の発言に賛同し、少しだけ微笑む。それを見た由紀も力ないながらも笑顔をつくり、美紀の手をギュッと握った。しかしそんな中、未だ緊張の面持ちを微塵も解かない者が一人…。狭山はそれにいち早く気が付き、不気味にクスクスと笑う。

 

 

 

 

 

 

狭山「…ふふふっ、美紀たちは状況の悪さが分かってないみたいだけど、胡桃は分かってるみたいだね」

 

胡桃「………」

 

胡桃は返事を返さない…。僅かな時間とはいえ、狭山と直に争った彼女だけが狭山の実力を分かっていた。『いくら隙を作って逃げようとしたところで、全員が逃げきるのは絶対に無理だ…。きっと、誰かが犠牲になる』そんな考えが胡桃の頭にこべりつき、離れようとしない。

 

 

 

 

悠里「……胡桃」

 

胡桃「りーさん……どうしよう…このままじゃ、きっとムリだ…」

 

悠里「っ…!」

 

怯えたように震えている胡桃の声…。彼女のこんな声を今まで聞いたことがなかった悠里は、それだけでこの状況がどれだけ最悪なのかを悟る。いつもは率先してみんなを引っ張る彼女がこんな状態になってしまうとは…本当にマズイのかも知れない。

 

 

 

 

悠里(どうにかして狭山さんを止めなきゃ……本当に誰かが…)

 

きっかけは何でもいい、自分がどうにかして狭山を止めなければと焦った悠里が口を開こうとする。しかしそんな彼女よりも一瞬速く、美紀が口を開いた。

 

 

 

 

美紀「なんで私達のことを追うの?私達があなたに…真冬ちゃんに何かした…?」

 

狭山「いや…何もしてないよ。でもね、今はたとえ何もしてなくても襲われたり、誰かが殺されたりするのが普通の世界なんだよ。知らなかったでしょ…?」

 

美紀「じゃあ…真冬ちゃんは特に理由もなく私達のことを……」

 

 

 

狭山「そこはちょっと違う……理由ならあるよ。ボクは君達に現実ってものを教えてあげようとしてるだけ」

 

美紀「現実?」

 

狭山「そう…。君達は世の中がこんなになってもみんなでヘラヘラと笑いあって、仲良しごっこを続けてる。『幸せだ』なんてバカなことを平気な顔して言えるほどにね……」

 

狭山の発言の意味が今一つ理解できぬまま、時間だけがのんびりと過ぎていく。『幸せだ』と言うことの何が間違っているのか……美紀を初め、由紀や悠里も狭山が何故ここまで自分らに迫るのかと必死に頭を悩ませたが、その答えは分からなかった。

 

 

 

 

 

悠里「あなたが何故私達にこだわるのか、まるで理解できないわ…。私達はあなたに言われなくたってこの世界の厳しさは知っているし、現実だって見てるつもりよ」

 

狭山「見てない…理解してない……。だから教えるって言ってるの………一番、効果的な方法で…」

 

狭山の声色が冷たいものへと変わり、更に一歩…こちらへと近寄る。そんな彼女の足音に由紀達が警戒した次の瞬間、彼女は右腕を真っ直ぐこちらへと伸ばし、その人差し指で胡桃の事を指さした。

 

 

 

 

 

 

狭山「一か八か全員で一斉に逃げるか……胡桃一人だけを差し出して見逃してもらうか…。選ばせてあげる…」

 

放たれた狭山の言葉…。彼女が言うには胡桃さえ差し出せば他の者は見逃すそうだが、そんな提案をあっさり受けられる訳もない。

 

 

 

 

 

悠里「なっ…!ふざけないで!!」

 

由紀「胡桃ちゃんだけを見捨てるなんて、そんなの出来るわけ――」

 

狭山「じゃあみんなで逃げてみる?ボク、最低でも二人くらい殺せる自信があるよ。二人殺されるより、胡桃一人だけ見殺しにした方が良いでしょ?あとの三人は生きのびられるんだから…」

 

 

美紀「真冬ちゃん…いい加減にっ…!!」

 

美紀にとって大切な先輩であり、友達でもある胡桃を見捨てろと告げる狭山が信じられなくて、美紀は彼女の事を睨み付けた…。しかし狭山はその睨みに動じるどころか、逆に美紀の事を冷たく睨み返す。

 

 

 

 

狭山「キミ達は胡桃が感染してるって知ってるんだよね?なら、胡桃はもうすぐ死ぬって事も分かってるでしょ…。それとも、美紀達は平和ボケし過ぎてそんな簡単な事も分からないのかな?」

 

美紀「ッ!!」

 

悠里「あなた、なんでそんなっ…!!」

 

美紀だけでなく、悠里もその発言には腹を立てた。二人は強く狭山の事を睨み付け、そのまま彼女の前へ足を運ぼうとすらしたが、そんな時…誰かが啜り泣くような声が聞こえた……。ハッと我に帰った美紀、悠里が振り向くと、由紀が顔を俯けて泣いていた…。

 

 

 

由紀「っ……ぐ……ぅ…ぅっ…」

 

美紀「……」

 

悠里「……」

 

二人が声をかける事すら躊躇ってしまうほど、由紀は悲しそうに泣いている。由紀は溢れる涙を両手で必死に拭いつつ、その顔を上げて狭山の目を見つめた。

 

 

 

 

由紀「もうイヤだよ……殺すとか…死ぬとか……これ以上言わないで……。わたしはこれからも胡桃ちゃんと……みんなといたいよ…」

 

狭山「…………」

 

泣いている由紀を見ても狭山は表情を変えず、ただ無言のまま立っている。美紀と悠里は由紀の背をさすって落ち着けようとしていたが、胡桃は狭山同様無言のまま立っているだけ…。自分の背後で涙を流す由紀の方へ振り向くことすらせず、ただじっと立っていた。

 

 

 

 

狭山「…胡桃はどう思うの?キミはこれからもずっと、彼女達と一緒にいられると思ってる…?」

 

胡桃「あ…たしは………」

 

小さく呟き、胡桃はそっと由紀の方へと顔を振り向ける…。彼女はそうしてから由紀の頭をそっと撫でると、ゆっくりと深呼吸してから狭山へ尋ねた。

 

 

 

 

胡桃「ほんとに…みんなは見逃してくれるのか?」

 

美紀「!?胡桃先輩っ!!」

 

悠里「胡桃っ!何を言って――」

 

胡桃「こうするしかないからっ…!あたし一人で済むなら…それが一番だろ…?なぁ真冬、あたしさえ殺せれば、あとのみんなは見逃してくれるんだな?」

 

胡桃はその言葉に驚く美紀と悠里を突きだした手で制し、もう一度狭山に尋ねる。由紀はそんな胡桃の背中を見て、ただ呆然(ぼうぜん)としていた…。

 

 

 

 

狭山「うん。キミが率先して犠牲になってくれるのなら、あとの娘は見逃してあげる…。とりあえず一人でも失えば、この世界の厳しさが多少は理解できると思うから」

 

胡桃「わかった…。それと、見逃すのはここにいる奴だけじゃなくて…アイツも入れてほしい」

 

狭山「アイツ…?ああ、圭一さんが相手してる彼だね。分かった、キミが死んだあとで圭一さんに連絡して、彼を見逃すように言ってあげる。まぁ…その時まで彼が生きてれば、だけどね」

 

じゃあ、彼の為にも早いところ済ませなければ…。胡桃は持っていたシャベルを美紀にそっと渡すと、そのまま彼女の頭を撫でてにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

胡桃「みんなの事とか…アイツの事とか……全部頼むな?」

 

美紀「な…っ……」

 

諦めきったかのような胡桃の笑顔……その力ない表情を見てしまった美紀の目には涙が浮かび、胡桃からシャベルを受け取った手が震える…。そばでその様子を見ていた悠里は胡桃の手をガシッと掴み、離そうとしなかった。

 

 

 

 

 

悠里「くるみっ!!ダメだから…そんなの絶対許さないからっ!!」

 

胡桃「……ごめん、こうするしかないんだ」

 

悠里「そんなっ…!だって…彼も、私達も…あなたを助けるためにっ……」

 

ここ数日…胡桃の感染症状を治す手掛かりを見つけるべく外をまわった。彼女を助けるためにそうしてきたのに、ここで彼女が犠牲になるなど許せるわけもない。悠里はそれを涙声でうったえるが、胡桃の気持ちは決まっていた…。

 

 

 

 

胡桃「ほんとはさ、もうどうあがいてもムリだって分かってたんだ…。でも、だからといってそのまま死ぬのも怖くて……そんな時、アイツがあたしを助けるために外に出るって言ってくれたから……あたし、それに甘えちゃったんだ…」

 

悠里「っ………」

 

胡桃「アイツだけじゃない…結局みんなまでついてきてくれる事になってさ、あたし…すごく嬉しかったよ。由紀も、美紀も、りーさんも…本当にありがとう…」

 

胡桃は悠里に掴まれていた腕をそっと振りほどき、直後にそれぞれの肩を撫でていく…。悠里、美紀…そして由紀の肩に手を当てていった胡桃はまたニッコリと微笑み、狭山の方へと体を向けた。

 

 

 

 

 

胡桃「アイツにも伝えといて…『助けるって言ってくれてありがとう。本当に嬉しかったよ』って…」

 

悠里「く…るみぃっ…」

 

由紀「やだ…やだぁっ…!」

 

悠里と由紀…二人は狭山の方へ向かう胡桃を掴み止めようとするが、彼女はそれを避けて進んでいく。胡桃の進む先では、狭山がどこからか取り出したナイフを手にして待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

狭山「大丈夫、痛くしない……一瞬だから」

 

胡桃「…そうかよ」

 

狭山と胡桃の距離はみるみる縮まり、あと5メートル程しかない。進む胡桃を止めなければと理解しているのに、悠里と由紀は金縛りにあったかのように動けなかった。

 

 

 

 

 

胡桃(これで良いんだよな……仕方ないもんな……)

 

心の中で自分に言い聞かせながら一歩ずつ進む。確かに死ぬのは怖いが、みんなの為だと思うと不思議とその恐怖も和らぐ。こうすることがベストな選択なんだ…。そう信じて進む胡桃の手を…誰かが力強く掴んだ。

 

 

 

ガシッ!!

 

 

 

胡桃「っ…美紀、離せよ…」

 

胡桃の腕を右手で強く掴む人物…それは美紀だった。美紀は胡桃が先ほど手渡したシャベルを左手に持ったまま、じっと彼女を見つめていた。

 

 

 

 

美紀「ワガママばかり…ふざけないで…!!」

 

胡桃「…えっ?」

 

美紀の言葉が自分に向けられたものだと思い、驚いた胡桃は一瞬目を丸くする。しかしその言葉は胡桃ではなく、狭山へ向けられたものだった。

 

 

 

 

美紀「現実を見てないからだとか、この世界の厳しさを教えるためだとか…そんなふざけた理由で胡桃先輩は殺させない…」

 

狭山「なら他の誰かが死ぬだけだよ……それでもいいの?」

 

美紀「誰も殺させる気はないよ…。でもどうしてもって言うなら、その時は私を殺せばいい…」

 

胡桃「!?お前っ、なに言ってんだよ!!」

 

美紀の発言に驚いた胡桃は彼女の肩を掴み、由紀達の方へ押し退けようとする。しかし美紀はそれに負けじと胡桃の手首を掴み、持っていたシャベルを彼女に無理矢理返すかのようにして押し付けた。

 

 

 

 

 

美紀「真冬ちゃんだけじゃない、胡桃先輩もふざけた事を言い過ぎですっ!!自分の事を簡単に諦めたり、かと思えば私にみんなの事をまかせるとか言ったり……冗談じゃありません!!」

 

胡桃「っ…!お前っ、あたしが自分のことを簡単に諦めたと思ってんのか…?そんなわけねぇだろっ!!すごく…すごく悩んだけど、もうこれしかみんなを助ける方法がないんだよ!!」

 

美紀「そんなのまだ分からないっ!!あとこのシャベル、私には重くて使えませんから…!先輩にお返ししますっ!!ほら、はやく受け取って下さい!」

 

胡桃「なっ…!?」

 

何か言い返さないといけないのに、胡桃は美紀の気迫に押されて言葉が出ない…。彼女がここまで自分に強く言葉を放つことなど今までなかったから戸惑ってしまったのだろう。気づけば胡桃はシャベルを受け取り、何も言えずに立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

狭山「つまり…美紀は胡桃の代わりに死んでくれるの?」

 

美紀「最悪の場合は、そうなると思う……。でも、私だってただ殺されるつもりはない…。だから由紀先輩もりーさんも、そして胡桃先輩も…静かに見守っていて下さい」

 

由紀「…みーくん」

 

心配そうにこちらを見つめる三人へ笑顔を返し、美紀は狭山のそばへ歩み寄る。彼女は狭山の間合いへ(おく)する事なく進んでいくと、そのまま正面に立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

狭山「じゃあ、覚悟はいい…?」

 

美紀「…少し待って。私、真冬ちゃんに……ううん、真冬に言いたい事があるんだ。大した時間はとらせないから、ちょっといいかな?」

 

狭山「………」

 

この時、狭山は有無を言わさず美紀の事を刺すことも出来た。なのに何故そうしなかったのか…。もしかすると、美紀とは学年も同じだし、雰囲気もどことなく自分と似ているから甘さが出たのかも知れない。

 

 

 

 

狭山「…ちょっとだけだよ」

 

狭山が答えると美紀はこんな状況にも関わらずペコリと頭を下げ、それから静かに口を開いた……。

 

 

 

 

 




微かに甘さを見せ、みーくんに話す時間を与えた狭山真冬…。
みーくんはその時間を活かしてみんなを救えるのか…それとも結局は狭山を止められずに終わるのか…。次回、ご注目下さい!


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