軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回のお話は胡桃ちゃんの部屋に訪れた彼が『話がある』と言ったところで終わりました。今回はその直後の話となっています。ごゆっくりとお楽しみ下さいませm(__)m


百二十三話『ずっといっしょに』

 

 

 

胡桃「……で、話ってなに?」

 

彼はベッドの上に腰掛ける胡桃にそう尋ねられ、彼女の目の前に置かれた椅子…その上で顔を俯ける。そこに座った彼は落ち着きなくキョロキョロしてみたり、人差し指で頬を掻いてみたり…意味のない時間が過ぎていく。

 

 

 

「あ~…その………えっと…」

 

胡桃「…………」

 

もう、五分は経ったかもしれない。思えば、こんなに落ち着きのない彼を見たのは初めてかも…。そんな事を思った胡桃が気まずそうに微笑んだ時…彼がようやく口を開いた。

 

 

「柳さんから聞いたと思うけど、胡桃ちゃんは世界を救うきっかけになるかも知れない。まぁ…僕としてはキミさえ治ってくれれば、あとはどうでも良いんだけど…」

 

胡桃「どうでも良いってことはないだろ…。この世界が平和になるなら、それに越したことはない」

 

自分さえ治ってくれればそれでいい…。彼が恥ずかしげもなくそんな事を言ってきた為に胡桃は照れてしまい、目線を逸らす。彼は本当に世界よりも自分の事を気にかけてくれてるんだ…。そう思うとなんだか嬉しくて、つい口元がゆるむ。

 

 

 

「ま、確かにそうだ…。平和になるならなってくれた方がいい…。でも、そうなった後のことを考えると、少しだけ不安でね…」

 

胡桃「不安って…何が?」

 

「いやぁ…まぁ、色々と」

 

彼はニヤニヤと笑って答えたが、その笑顔には力がないような気がした…。恐らく、笑顔でごまかそうとしているのだろう。

 

 

胡桃「…あの…さ」

 

「…うん?」

 

このままその笑顔にごまかされてやる事も出来るが、それは違う気がする。何かに不安を感じているなら、正直に話して欲しい。その一心で、胡桃は彼の目をじっと見つめる…。

 

 

 

胡桃「偉そうにこんな事を言える立場じゃないけどさ、あたしには…全部話してよ…。言いにくい事でも、下らない事でも…何でもいいから…。お前が今から何を言おうとあたしは笑ったりしないし、怒ったりもしないから…」

 

「…じゃあ、お言葉に甘えて」

 

少し悩んだが、彼は胡桃の目を見てそれを話す覚悟を決めた。元より、これを伝える為に来たのだが、本人を前にするとどうにも言いづらい。しかし、悩んでばかりいても仕方がないのも事実だった…。

 

 

 

「胡桃ちゃんが治るのは当然として…更に物事が上手くいったとする。柳さんがワクチン作って、それが世界中に広まって……全ての感染者が消えるハッピーエンド。それを迎えた後、みんなはどうするのかなぁと思ってさ…」

 

胡桃「どうするって……う~ん……どうすんだろうな?」

 

「僕らは今、世界がこんなだから一緒にいるだけだ。けれどもし、平和な世界が戻ったら…その時はどうなる?」

 

彼の表情が、たまに見る真面目なものになっている。恐らく真剣にそれを考えているのだろう。確かに、言われてみるとそうだ…。今はこうして毎日一緒にいるが、世界に平和が戻った後はどうなのだろう…。

 

 

 

胡桃「どう…だろうな。まだ、よく分かんないよ…。世界に平和が戻るとか、ハッキリ言って想像も出来ねぇし…」

 

柳はああ言っていたが、実際そこまで上手くいく保証はない。それに万が一上手くいったとしても、もうこの世には自分達以外の生存者がろくに残っていない可能性だってあるのだ。

 

 

胡桃「全てが上手く進んだら、その時はその時だ。ゆっくり考えていくよ」

 

「ま…そうだよな。じゃあ一つだけ…伝えておくよ」

 

胡桃「ん?」

 

不思議そうに首を傾げ、胡桃は彼の言葉を待つ。彼はまた少し言いづらそうに顔をそむけるが、今度はすぐにその顔を上げ、口を開いた。微妙に恥ずかしく、言いづらい……その言葉を伝える為に。

 

 

 

 

 

「もし世界が平和になって、一緒にいる必要がなくなったとしても…僕は胡桃ちゃんのそばにいたい。出来るだけ長く…出来るだけ一緒に…」

 

 

 

胡桃「…………えっ?」

 

胡桃は大きく目を開き、今、彼が言った言葉を脳内で繰り返す。頭の中でそれを繰り返す度に胸がドキドキと高鳴り、頭がジリジリ熱くなる…。彼は今、自分になんと言ったのだろう?言葉自体は理解できているのに、その言葉の持つ意味が理解できず、胡桃は軽い混乱を起こす。

 

 

胡桃「お前が…あたしと一緒に…?」

 

「嫌?」

 

胡桃「い、いやじゃない…けどさ……」

 

「まぁそういう事だ。んじゃ、おやすみ。夜更かしはダメだぞ」

 

胡桃「お、おいっ…!!」

 

 

バタンッ…

 

彼はそのまま席を立ち、ニコニコと笑ったまま部屋をあとにする。彼が扉の向こうに消え、部屋に一人残された胡桃はただ、目を見開いたまま口をパクパクと動かしていた。

 

 

 

 

胡桃「あたしと…一緒にいたい?ど、どういう意味だ…?どういう意味だっ…?くそっ…なんかもう、意味分かんねぇ…」

 

バフッ!と勢いよくベッドに倒れ、頭からつま先まで、全身を覆うように布団を被る。彼はあんな事を言う為に、わざわざ部屋まで来たのだろうか?あの言葉は自分にしか伝えてないのだろうか?色々考えていると、眠気が益々なくなっていく。

 

 

 

胡桃(アイツ、あたしと一緒にいたいんだ…。あたしなんかと…)

 

もしかしたら、あの言葉に深い意味は無いのかも知れない。少し言い方を間違えてしまっただけで、本当は『胡桃ちゃん"達"のそばにいたい』と伝えようとしていた可能性もある。

 

 

胡桃(たぶん…そうだよな?わざわざ、あたし一人だけを選ぶわけ無いよな?…うん。きっとそうだ。アイツ、由紀やりーさん、美紀の事も大好きみたいだもんな。きっと、これからも皆と一緒にいたい…そう伝えようとしてたんだ)

 

そうに違いない。そうに決まってる。頭の中で何度も自分に言い聞かせ、胡桃は部屋の明かりを消した。

 

 

 

胡桃「っ……ふふっ」

 

彼の言葉を思い返すだけで、ついニヤニヤしてしまう。実際のところ、彼がどんな気持ちであの言葉を伝えに来たのかは分からない。ただ…改めてあんな言葉を聞けた事により、胡桃自身が彼と…そして皆とこれからも一緒にいたいと、より強く思えるようになった。

 

 

胡桃「ずっと、ずっと一緒にいような。あたしも…がんばるからさ」

 

部屋には自分だけ。誰かがこの台詞を聞いているわけでもない。それが分かっていながら、胡桃は笑顔で囁く。この身体を治して、これからもずっと皆と一緒にいたい…。そう強く願う内、彼女はいつしか眠りにおちていた。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

そうして迎えた翌朝、胡桃は起きてすぐ、部屋の奥にあるチェック柄のカーテンを開く。カーテンに覆われていた大きな窓の向こうでは朝日が昇っており、目線を下げると屋敷の広い庭を見下ろすことができた。

 

胡桃(まるで、どっかのお嬢様の朝みたいだな)

 

 

そんな事を思い、微かに微笑んでから部屋の隅にある洗面所へと向かう。一方その頃、既に起床していた彼は一階にある団らん室…そこで、ある人物と二人きりでいた。

 

 

 

 

 

「…おはよう」

 

真冬「おはよう。昨日は…よく眠れた?」

 

「あぁ、おかげさまで」

 

真冬「……ならよかった」

 

部屋の中央、向かい合うように置かれている二つの大きなソファー…。その一つに座る真冬と言葉を交わしつつ、彼は彼女の向かいにあるソファーへと腰かける。この二人はまだ、互いの距離を縮められずにいたため、由紀達抜きで話すとなると少しだけ気まずいが…。

 

 

 

真冬「昨日の夜、胡桃の部屋に行ったよね?」

 

「よくご存じで…。見られてたかな?」

 

真冬「まぁ…ね」

 

「…言っておくけど、少し話しただけだよ?別にやましいことは――」

 

真冬「分かってるよ、そんなこと…」

 

「…ならいい」

 

食いぎみに言葉を返され、彼は苦笑いしながら背中をソファーへもたれかける。胡桃の部屋に行ったのを見られた事で万が一にも変な誤解をされたらと思ったのだが、真冬相手にはいらぬ心配だったようだ。

 

 

 

 

 

真冬「胡桃は……たぶん、一人で色々抱え込む娘だと思う。だから、本人に多少おせっかいだと思われてもめげないで、しつこいくらいに支えてあげてね」

 

真っ直ぐな目線を向け、真冬が真剣な表情で呟く。まさか彼女にこんな事を言われると思っていなかった彼は目を丸くし、そのあとで『ふふっ』と笑った。

 

 

 

「この前、自分達を襲ってきた女の子にそんな事を言われるなんて…全く予想してなかったな」

 

真冬「あっ…………ごめんなさい…」

 

「…いや、別にいい。それに、キミの思う胡桃ちゃんのイメージも間違ってないと思う。あの娘は…一人でがんばり過ぎるところがある」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべる真冬に微笑みを返し、そっとため息をつく…。困った時は困ったと…怖い時は怖いと…辛い時は辛いと言ってくれれば楽なのに、胡桃という少女はそれらを可能なだけ自分一人で抱え込もうとする。彼もそれに気付いてはいたが、まだ出会って間もない真冬すらもそれに気付いていたのには驚く。

 

 

 

「人の内面を見抜くのが得意なのかな?」

 

真冬「えっ、ボク?……う~ん、どうだろ…」

 

「よし、じゃあテストだ。僕はどんな人間に見える?」

 

真冬の目を真っ直ぐ見つめ、ニヤリと微笑む。胡桃の内面を見抜いた彼女が自分をどのような人間だと思うのか、興味があったからだ。

 

 

 

真冬「えっと…キミは……たぶん、ウチの穂村に負けずとも劣らない変態」

 

「…………」

 

彼は思わず、言葉を失う…。あの穂村(兄)からは、確かに変態の波動を感じた。しかし、自分がそれと同等の変態と言われると何だか嫌な気持ちになる。それに自分が少しだけ変態だという事を否定はしないが、少なくとも真冬の前でその片鱗(へんりん)を見せたことはないハズだ。

 

 

 

「…なんでそう思った?」

 

真冬「穂村が言ってた…キミとは仲良くなれそうだって。穂村が仲良くなれそうだなんて言う人間は、恐らく穂村自身と同じような変態しかいない…」

 

「類は友を呼ぶ…的な事か」

 

真冬「少し意味が違うけど、まぁ…その解釈で問題ない。どう?当たってる?」

 

「………それなりに」

 

思い当たる節が無いわけでもないので否定はしない。苦い表情で答える彼を見た真冬は楽しげ頬を緩め、ソファーから立ち上がった。

 

 

 

真冬「でも、ただの変態ってわけじゃない…。何かあれば彼女達を全力で守ろうとするようなカッコいい面もあるってこと、ボクは身をもって思い知らされたから…」

 

「かっこいい……ねぇ」

 

真冬「少なくとも穂村よりは…っていう意味だけどね」

 

「あぁ、そっか…」

 

いきなりカッコいいと言われて少しドキッともしたが、『穂村よりは』という補足発言が付け足されたのが残念だ。彼はそんな事を思って残念そうに微笑みつつ、自分もソファーから立ち上がった。そろそろ由紀達も起きてきて、朝食が始まるであろう時間だからだ。

 

 

 

「まぁなんにせよ、ただの変態じゃないと分かってもらえてるなら結構。さぁ、そろそろ皆も起きた頃だろうし…朝食にしよう。真冬ちゃんも一緒に行くでしょ?」

 

真冬「うん…ボクも行く。……あっ、それとね」

 

「ん?どうした?」

 

真冬「真冬……でいいよ」

 

彼がリビングへ向かうべく部屋を出ようとすると、真冬が上目づかいでそう告げる。微かに赤く染まったその表情は少し照れているように見えたが、本人が言っているのだし、彼は遠慮なく呼ばせてもらう事にした。

 

 

 

「分かったよ、真冬…。さぁ行こう」

 

真冬「……うん」

 

彼は部屋の扉をガチャッと開き、廊下へと出る。廊下から、皆がいるであろうリビングへと向かうまでの間、真冬は彼の後ろをトコトコとついていった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

「みんな、おはよう」

 

真冬「おはよう…」

 

 

由紀「おはよ~!」

 

胡桃「おう、おはよう」

 

思っていたとおり、リビングには既に席についている由紀と胡桃の姿が。また、悠里と美紀も起きているらしく、リビング奥にあるキッチンの方から二人の話し声が聞こえる。

 

 

 

「朝食の準備、りーさんと美紀がやってくれてるのか」

 

由紀「うん!あと少しで出来ると思うから、お話しして待ってようよ」

 

「そうだね」

 

由紀、胡桃と同じく、彼と真冬も席について悠里と美紀を待つ。そんな中、胡桃はテーブルの上に肘をつけたままじーっと彼の事を見つめていた。

 

 

 

胡桃「お前、美紀の事を普通に『美紀』って呼ぶようになったよな…」

 

「え?」

 

由紀「あっ、そうだね。この前まではずっと、さん付けしてたよね?」

 

「…何か問題でも?」

 

胡桃「いいや。ただなんとなーく気になっただけだ」

 

 

 

悠里「あら、二人も起きたのね」

 

美紀「先輩、真冬、おはようございます」

 

胡桃がイタズラな笑みを浮かべた時、タイミングよく美紀と悠里が現れる。二人はさっきまでここにいなかった彼と真冬に挨拶をした後、共に準備してきた朝食をテーブルへと並べていった。

 

 

 

真冬「そういえば、圭一さん達は?」

 

悠里「あの人達なら、もう朝食を済ませて外に行ったみたい。柳さんは自分の部屋にいるみたいだけどね」

 

真冬「……そう」

 

思うに、柳は胡桃を治す為の薬を作ろうとしているのだろう。そして圭一、穂村の二人は物資集めにでも出掛けたのだろうが…真冬に声をかけていかなかったのは、由紀達と一緒にいさせてあげようと気をつかってくれたからなのだろうか…。

 

 

 

真冬(…いや、あの二人はそんなキャラじゃないか)

 

これまでにも別々に出掛ける事はあったし、深い理由はないだろう。ただ、せっかく家にいるなら今日も彼女達との仲を深めたいと…真冬はそんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 




『一緒にいたい』という彼の言葉に戸惑った胡桃ちゃんですが、そんな彼女も彼と同じ気持ちのようです。なんだか告白のような言葉でしたが、実際はどうだったのでしょうね…。何はともあれ、これからも彼や学園生活部のみんなが一緒にいれたら良いなぁと、私はそう思っています(*^^*)


本編での次回以降のお話ですが、恐らく…本当にのんびりとした雰囲気というか、ほのぼのというか、ちょっと下らない話とかが数話続いていく予定です(苦笑)そんなので良ければ、どうかお付き合い下さいませ(^^)



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