ごゆっくりお楽しみ下さいませm(__)m
穂村「……さてさて、仕事の催促でもしてやりますかね」
胡桃と別れた直後、穂村はそのまま階段を上り柳の部屋を目指した。胡桃が悪夢を見てしまう程に追い詰められていたと知ったので、ここは一つ柳に『早いところ薬を作れ』と応援の言葉…というより野次を飛ばそうと考えていたのだ。
穂村は鼻歌混じりに階段をスタスタと上り、そのままの勢いで柳の部屋の前に立つと、ノック一つせずにその扉を開けていく。
穂村「おっす、まだ起きて……んっ?」
柳「…なんだ、穂村君か。こんな時間にどうした?」
穂村「いや…そのぉ……」
扉を開けた後、穂村は不思議そうな目線を柳に向けたまま部屋の中へと入る…。何故不思議そうな目線を向けているのかというと、柳が部屋の奥にあるテーブルの上に置かれている無線機の前に立ち、マイクを握っていたように見えたから…。そして、こちらの存在に気付いた途端に慌ててそれを元の位置に戻した気がしたからだ。
穂村「…今、誰かと話してたのか?」
柳「いや?今は圭一君も狭山君も外に出てはいないしね」
念のため尋ねてみたが、やはり違ったらしい…。
この無線機は真冬が柳の為にと用意した物であり、穂村・真冬・圭一の三人…もしくはその内の誰かが外に出ている際の連絡手段として使う為の物なのだ。この無線機を使って連絡を取る相手が全員屋敷内にいる今、誰かと会話していたという事はまず無いだろう。
となれば、柳は何をしていたのか……穂村はそれを尋ねようとしたが、聞くよりも先に本人がそれに答えた。
柳「メンテナンスをしていただけだよ。いざ連絡するっていう時に動かなかったりしたら面倒だからね。正常に動作するかどうかのチェックを定期的にするように狭山君から言われていたんだ。ま、今日も問題は無かったがね」
穂村「ほう、そりゃ何より」
柳「…そんな事より、こんな時間に何か用かな?」
穂村「おおっ、そうだったそうだった……実はな…」
穂村は近場にあった椅子を引っ張り、その上に腰掛けて胡桃の事を話していく…。ついさっき彼女と会った際、様子がおかしかった事…。その理由が悪夢にあった事…そしてその悪夢の内容……穂村は全てを語り終えた後、ビシッと言い放つ。
穂村「あんた、自分の事を天才だの何だのって言ってたろ?なら、とっとと薬を作って胡桃の事を治してやれよ。アイツ、結構
柳「なるほど、彼を襲う夢を見たのか…。話を聞いた限りだと確かに相当参っているようだが、私だって全力を尽くしているよ。ただ、今回の仕事は中々に大変でね。少しばかり時間がかかるのは仕方ない事だと思ってほしいな」
穂村「完成する前に胡桃が死んじまわなきゃいいがな……」
そうなってしまったら何の意味もない…。
穂村は椅子の背もたれにグイッと寄りかかり、天井を見上げながら呟く。
その直後、穂村は目の前にいる柳が目を見開いてこちらをじっと見つめている事に気が付いた。
穂村「…なんだよ」
柳「いや、ただ少し気になってね。仮に私が薬を作れなかったとして、恵飛須沢君が助からなかったとする………そうなったとして、
穂村「あ?逆に聞くけど、胡桃が死ぬ事に対して俺が不都合を感じていたらアンタに何か不都合な事でもあるのか?」
柳「いや、何もないよ。しかし面白いな……狭山君だけじゃなく、君まで変わってきたか…。彼女らは思っていた以上に影響力のある子達だな」
由紀達と出会い、真冬は大きく変わった。しかしそれは何も真冬に限った事では無く、この穂村も変わり始めているのかも知れない…。柳がニヤニヤと微笑みながら興味深そうな視線を向けると、穂村は小さく鼻で笑う。
穂村「はっ…別に俺は変わってねぇよ。元々こういう人間だからな」
柳「そうかい?私の知っている君は他人に対してもっと冷たいというか…乱暴というか……そういったイメージがあったんだけどね」
少なくとも、他人の心配をするようなタイプだとは思わなかった…。
だからこそ先程、胡桃の為に早く薬を作るようにと言ってきたのには柳もかなり驚いたのだが……
穂村「まぁ他人に対してはな……。気に入らないヤツが相手なら遠慮なく殺らせてもらうし、物資だって奪う。けど、アイツらは今や狭山の友達であって全くの他人って訳でもねぇし…それに俺は可愛い女の子には甘いんだよ。しっかり覚えておいてくれ」
柳「ははっ…ああ、覚えておくよ」
そう言えば、穂村には少々女好きな面があった。
柳がそれを思い出して小さく笑うと穂村は椅子から立ち上がり、そのまま柳の部屋をあとにしていった…。
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翌朝……。
由紀「はぁっ…はぁっ……う~、ちょっと休憩…」
由紀は悠里達と共に運動として屋敷の庭を走っていたが、塀の内側を沿うようにして二週ばかりしたところで日陰にしゃがみ込む。勉強だけでなくしっかりと運動もしなくてはならないという事で今日は走り込みをしていたのだが、柳の屋敷は庭すらも広く、由紀の体力では塀の内側を沿うようにして二~三週走るのが限界だった。しかも今日はよく晴れており、陽射しが暑くて体力の消耗が余計に速い。
胡桃「なんだよ由紀、もうダウンか?」
庭にあった木の下で休んでいると、後ろから走ってきた胡桃がこちらへと寄って声をかける。見た感じ、彼女はまだ余裕のある感じだ。
由紀「もう疲れたよぉ…。胡桃ちゃんは本当に体力あるねぇ…」
胡桃「あたしは普段からしっかりと鍛えてるからな。けどほら、見てみろよ。美紀と真冬だってかなり頑張ってるぞ」
胡桃は由紀の隣に腰を下ろし、一息つきながら前の方を指差す。
そこでは体操服に身を包んだ美紀と、動きやすそうな服に着替えた真冬が並んで走っていた。二人は由紀よりも更にもう二週は走っているハズだが、休憩する気配は無い。
由紀「二人とも体力あるんだね、若いって良いなぁ…」
ただ一つ学年が違うだけで由紀は大袈裟な事を言い、深くため息をつく。ちょうどその時、木陰で休む由紀と胡桃の前を悠里が通った。
悠里「はぁっ…!はぁっ…!」
彼女は胡桃や美紀、真冬とは違ってかなり体力を失っているようであり、ふらふらとした足取りで走っている。…いや、走っているというよりはもう早歩きに近い。顔は真っ赤に染まって汗が溢れ出ており、息も激しく乱れていた。彼女も由紀と同様、あまり運動は得意な方じゃないらしい。
由紀「りーさ~ん、がんばれ~~」
胡桃「人の事ばかり言ってないで、お前もがんばれよ」
由紀「うっ……わかってるよ~」
胡桃は由紀の額を小突いてから立ち上がり、再び走り出そうとする。
しかし彼女はそのままグラッと姿勢を崩し、地面に膝をついた。
胡桃「おっ…とっと…」
由紀「わっ!?だ、大丈夫?ケガとかしてないっ?」
胡桃「大丈夫大丈夫。ちょっと足がもつれただけだからさ」
由紀が心配そうに尋ねると胡桃はニッコリと微笑み、膝についた土を手で払ってから再び立ち上がる。そう言えば、胡桃は既に美紀や真冬以上の距離を走っていた。あれだけ走ったのならもう満足して終わりにしても良さそうなものだが、まだ走り続けようとしているのは
由紀「あんまり無理しちゃだめだよ?」
胡桃「分かってる。あと二~三周したらやめにするよ。ふふっ、由紀はあと四周くらい走らないとな?」
由紀「そ、それはさすがに無理だよぉ……」
しかし、ある程度の体力を付けた方が良いのも事実…。
由紀は胡桃がそこを離れてから数分休んだ後にゆっくりと立ち上がり、庭の中をもう二週だけ走った。
由紀「ううっ……く、くるし~…」
悠里「お疲れ様、よくがんばったわね」
一同は走るのを止め、木陰の下に集まり休憩する…。
悠里は額に汗を浮かべながら息を整えている由紀の頭を優しく撫でたが、彼女自身もまた汗を流し息を乱していた。
そして美紀もまたある程度の疲れを感じているようであり、
由紀「胡桃ちゃんはともかく、真冬ちゃんも体力あるんだね…。わたしよりも多く走ってたのに、全然疲れてなさそう…」
真冬「ああ、ボクの体は柳さんの薬で強化されてるから、あのくらいじゃ疲れないかな…」
由紀「薬で強くなったの?……なんかカッコいいね!ヒーローみたい」
"ヒーローみたい"…そう言われると聞こえが良いなと思い、真冬はそっと微笑む。一時期、柳の薬によって変化した自分は"人"でも"かれら"でも無い化け物のような存在なのではと思う事もあったが、由紀の言葉を聞いて考え方が少し変わった。
真冬「…由紀は面白いね」
由紀「えへへ…」
照れたように笑う由紀を見て、その場にいた全員が笑い出す。
悠里にとって、胡桃にとって、美紀にとって、そして彼にとって…由紀は太陽のような存在なのだろう。こんな世界においても明るい心を忘れずにいさせてくれる、とても眩しい太陽のような……
真冬「そう言えば、彼の調子はどうだった?」
悠里「う~ん…昨日より元気そうではあったけど、まだ安静にしていた方が良さそうね」
由紀「はやく治ると良いね」
今もしっかりと休んでいるだろうか…。
由紀は庭の木陰から上を見つめ、彼のいる部屋の辺りへ視線を向ける。
ただの風邪ならそこまでの心配はいらないと思うが、彼がいないと何となく退屈を感じてしまう部分がある。
美紀「もう少ししたらお昼ですし、昼食を届けるついでに様子を見に行きますか?」
由紀「あっ、そうだね。みんなで行こうっ!」
悠里「それだとちょっと騒がしくなっちゃうかも知れないから、お昼は私と由紀ちゃんで…。夜は胡桃と美紀さんが行くって事にしない?」
悠里が提案し、皆がそれを受け入れる。
その後、悠里は真冬の事を見つめてから更にもう一つ提案した。
悠里「でね、もしよかったらなんだけど…今日の夜は女の子達だけで私の部屋に集まってお話でもしない?私達がこれまでどんな暮らしをしてきたのか狭山さんには知ってもらいたいし、私達も狭山さんの事を知りたいから…」
真冬「えっ…?うん……別にいいよ」
由紀「はっ!?それって女子会ってヤツ!!?」
悠里の提案を聞き、由紀の瞳がキラキラと輝き出す。
普段から子供っぽい彼女だが、そういうのには興味があるらしい。
由紀「じゃああれだねっ!お菓子とか持ってかないと!!」
胡桃「お菓子はともかく、互いの事をより深く知るのは良いかもな」
美紀「ですね。では今日の夜…夕食の後にしますか」
由紀「うんっ!」
相当期待しているのか、由紀の目が更に輝きを増す。
そして時は過ぎ、夜が訪れ、一同は約束通り悠里の部屋へと集う…。
いや、約一名…まだ来ていないものがいた。
美紀「あれ、由紀先輩はまだですか?」
この集いを最も楽しみにしていた由紀がまだ来ていないとは、何かあったのだろうか…。美紀はほんの少し不安になるが、後に真冬が言った言葉を聞いてその不安はあっさり消し飛ぶ。
真冬「由紀ならキッチンだよ。お菓子を取りに行ってるみたい」
美紀「ああ…そう…」
少しでも心配して損をした…。
美紀は『はぁっ』とため息をつき、室内に敷かれていた
悠里「じゃあその…由紀ちゃんが来るまでの間に話しちゃうわね。私達がこれまで、どうやってこの世界を生き延びてきたのか…」
悠里はベッドの上に腰掛けながら真冬の方を向き、静かに口を開く…。
あまり明るい話では無い為、由紀がいないのは都合が良い。もっとも、今の由紀なら変に心配しなくても大丈夫だとは思うが…。
世界が一変した時の事…。
巡ヶ丘学院高校で過ごした時の事…。
美紀と出会った時の事…。
めぐねえと呼ばれていた先生や、太郎丸という犬の事…。
学校を出て、彼と出会った時の事…。
悠里はそれらを簡潔にまとめて真冬へと語り、そっと息をついた。
悠里「と、こんな感じね…。何か言い忘れた事はあったかしら?」
胡桃「いや、上手くまとめられてたよ…お疲れさん」
全てを語り終えた後、悠里も胡桃も美紀もどこか重苦しい表情になる…。
それだけ大変な事、
真冬は悠里の語りや皆の表情からそれを知り、顔を俯ける。
彼女達と出会った当初はその笑顔や雰囲気を前に"なんの苦労も知らなそうな娘達だ"と思って苛立ちもしたが、そうでは無かった…。
真冬「やっぱり、みんなも大変だったんだね…」
悠里「ええ、本当に大変な事ばかりだったわ…。けど、私達はそれでも毎日を出来るだけ前向きに…明るく生きていこうと努力し続けているの。そうでもしないと、不安や恐怖に押し潰されてしまいそうになるから……」
真冬「………うん、悠里の……みんなの事はよく分かった。
自分はただ目的も無く街中を駆け回り、"かれら"や生存者を相手に力を振るう事ばかりしてきた。それらの相手に対して八つ当たりのようにぶつかっている時だけは嫌な事を全て忘れられたから、柳に助けられてからはずっとそうしてきたのだ…。
美紀「私達だって、だいぶギリギリでしたよね」
胡桃「そうだな。多分、由紀がいなかったらこんなに明るくいられなかった」
悠里「ええ、由紀ちゃんの笑顔には助けられてばっかりね」
この三人だけじゃない…。きっと彼も由紀の笑顔に元気を貰ってきたハズだ。彼女の笑顔や雰囲気には周りを明るくするだけの力がある。出会ってまだ数日しか経っていないが、真冬もそれを感じていた。
…と、皆がそのように由紀の事を話題にしていた時、部屋の扉が開いて本人が現れる。彼女は両手にお菓子を抱え、満面の笑みを浮かべながら悠里達のそばへと歩み寄った。
由紀「えへへ~♪お菓子たくさん持ってきちゃった~♪」
胡桃「また随分な量を持ってきたな…。それ、真冬達が集めたヤツだろ。少しは遠慮しろよ」
真冬「ううん、ボクが由紀に遠慮しないで好きなだけ取ってきて良いよって言ったの。集めたは良いけど柳さんも圭一さんもお菓子とか食べないし、ボクもそんなに沢山は食べないから…」
そのスナック菓子やらチョコレート菓子やらは真冬達が外から持ってきた物だが、バクバクと食べる人間がいないので増える一方だった。このままだといつまでも放置し続けてしまい無駄になってしまう可能性もあったので、由紀が食べてくれるというのなら好都合でもある。
由紀「で、どんなお話しよっか?」
キラキラと輝くその瞳を見るだけで、由紀が明るく楽しい会話を期待しているのが分かる。なので真冬は申し訳なさそうに苦笑いして由紀の方を見た。これからするの話は、彼女が期待しているような明るいものではないから…。
真冬「ごめんね。今から話すのはボクがみんなと会う前の話だから、由紀は少し退屈になっちゃうかも…」
由紀「あっ、そっか、お互いの事を話すって言ってたもんね。ううん、全然退屈じゃないよ!わたしも真冬ちゃんがどんなふうに頑張ってきたのか知りたいもん」
真冬「………あの、少し暗い話になったりもしちゃうけど、大丈夫?」
真冬は悠里の方を見て、不安そうな表情で問う。
これからする話の中にはいくらか暗い場面もある為、由紀がいる中でそれを話しても大丈夫なのかと心配になったのだが…
悠里「ええ、大丈夫よ」
今の由紀なら大丈夫だろう…。
悠里はそう信じてゆっくりと頷いたが、彼女にも心配な事があった。
悠里「それより、狭山さんは平気?話し合いを提案しておいてこんな事を言うのもアレなんだけど、思い出したりして
"真冬の通ってきた道は穂村、圭一とは比べ物にならないくらいに残酷なものだった…。"
以前、真冬について細かな事を聞こうとした際に柳がこう言っていた事を思い出す…。だから悠里は最後の最後で確認したのだが、真冬はニッコリと笑っていた。
真冬「大丈夫…。みんなには、ボクがどうやって生きてきたのか知っておいてもらいたいから」
悠里、由紀、美紀、そして胡桃を順に見つめ、真冬はそっと息を吐く…。
もうあの時の事を誰かに話す事なんて絶対に無いと思っていたが、由紀達には話しておきたい…。全てを知ってもらった上で、改めて友達になってもらいたい…。
真冬「あの日の事は今でもしっかり覚えてる…。良く晴れた日で、ボクはその日…友達の女の子と一緒に帰ったんだ…」
だから真冬は前を向き、彼女らに向けて語り出す…。
自分がどうやって生きてきたのか…。
そして、"あの娘"がどんな人間だったのか…。
真冬「女の子の名前は
というわけで、次回からは真冬ちゃんの過去に何があったのかを語っていきます。
今回の話の最後に名前だけ出てきた"紗巴果夏"という少女……この娘が真冬ちゃんにとってどういう娘なのか、【どんな世界でも好きな人】を読んで下さっている方ならよく分かる事と思います。
真冬ちゃん&果夏ちゃんの話はずっと前から展開を考えていたので出来るだけ早く……四話くらいで終えられるようにしたいと考えていますが、予定より長くなったらごめんなさいです。