軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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数話続いた狭山真冬の過去編ですが、それも今回で終わりとなっています。
最後は長めとなってしまいましたので、のんびりとお楽しみ下さいm(__)m


百三十六話『ダイスキ』

 

 

 

 

激しい雨が降り注ぐ中、真冬は果夏に肩を貸したまま必死に歩き続ける…。視線の先に感染者が立っていればそれを避けるようにして別の道を進み、何処へ向かうべきかも分からないまま果夏に言葉を放っていった。深い傷を負ってしまった果夏が、少しでも元気になるようにと願って…。

 

 

 

真冬「カナっ、絶対に大丈夫だからね…!カナは…こんなところで死んじゃうような娘じゃないっ!今は具合悪くても、きっと…すぐに良くなる…!左腕の怪我だって…手当てすればすぐにっ…」

 

と言いながら、果夏の左腕を覗き見る…。

そして、すぐに後悔した…。

見るんじゃなかった……と。

 

 

真冬「う…うぅっ………ボクの…せいだ……」

 

あちこち食い千切られたその左腕は未だドクドクと出血しており、骨が見えてしまう程に深い傷もある。ハッキリと直視出来ずすぐに目を逸らしてしまったが、指も何本か足りないように見えた…。果夏の腕は…手は…とても綺麗で柔らかくて、これまでに何度となく頭を撫でてもらった。真冬はその度に鬱陶しそうな顔をしてきたが、本当は……彼女に頭を撫でられるのが大好きだった…。それなのに…その手は残酷なくらいにボロボロで……

 

 

 

真冬「やだ……こんなの嫌だっ…!誰か、助けて…っ……」

 

誰でも良いから、彼女を助けてやって欲しい。自分は助からなくても良いから…だからこの娘だけは、果夏だけは助けて欲しい…。涙で視界が歪む中、真冬は必死に歩き続けた。どこを目指す訳でもなく、ただ感染者を避けるようにしながら…。

 

 

 

 

果夏「まふゆ…ちゃん……もう、いいんだよ…」

 

行くあての無いまま彷徨(さまよ)い続けてどこかの公園へと出た時、果夏がポツリと呟く。しかし真冬はそれでも歩みを止めはしないし、果夏の事を離したりもしない。

 

 

真冬「何も良くないっ!!カナがいないとボクは……ボクはっ…」

 

自分一人では…もう何も出来ない。

世界がこうなる前からそうだ。ろくに友人のいない自分が学校生活を楽しんでいられたのも、毎日を楽しく過ごせたのも、果夏がいたからだ。もしも果夏がいてくれなかったら、生きる事すら嫌になっていただろう…。

 

 

真冬「お願いだから…そばにいて…っ……ボクを…独りにしないで…」

 

涙が溢れて止まらなくなり、前がボンヤリとしか見えなくなる。果夏はもう自分の足で歩くのすら辛いらしく、彼女に肩を貸している真冬の足取りも自然と重たくなっていった…。

 

 

果夏「もうね…何となく……分かるの…。私はもうすぐ、私じゃなくなるんだと思う………頭がね、ぼんやりするの…体のあちこちが、苦しいの…。だからもう、ここで…お別れしよう…?私、大好きな真冬ちゃんを……傷付けたくないよ……」

 

真冬「カナがボクを傷付けるわけないっ…!!絶対に大丈夫だからっ、もうそんな事…言わないで……」

 

どんな時でも元気で明るいのが取り柄の果夏が、みるみる弱っていくのが分かる。弱々しい果夏を見ていたら胸が痛くなってしまい、真冬はもう歩く事が出来なくなった…。彼女に肩を貸したままその場にガクッと膝をつくと、足元に出来ていた水溜まりがピシャッと鳴って服や体に泥が跳ねる…。

 

 

 

真冬「ボクは…独りじゃ生きていけないよ……カナがいてくれないと、何も出来ない…。カナがいてくれないと……もう、笑うことも出来ないよ…」

 

果夏「…大丈夫、真冬ちゃんは優しくて可愛い子だから…友達くらいすぐにできるよ…」

 

真冬「ボクは可愛くないし…それに…優しくなんて…っ……」

 

果夏「ううん…真冬ちゃんはすっごく可愛いし…優しいよ…。私がどれだけしつこくしても、ず…っと……友達でいてくれたもん……」

 

果夏はそう言って真冬の肩に頭を寄りかけ、ニコリと微笑む…。

あちこち食い千切られた左腕はとてつもないくらい、それこそ気絶してしまいそうな程に痛むだろうに、そんなのは微塵も感じさせぬ笑顔を見せてくれた…。

 

 

果夏「こんなに優しくて可愛い女の子、私じゃなくても絶対に好きになる…。真冬ちゃんならきっとすぐ、こんな世界でも…新しいお友達が出来る…。だからもう、私なんかいらないの…。もう…すぐさよならだと思うけど…私の事なんか忘れて…元気でいるんだよ…?」

 

真冬「い…やだっ………お別れなんて…言わないで…っ!」

 

果夏の笑顔は大好きなはずなのに、今だけはそれを直視出来ない…。

真冬が顔をうつ向けたまま体を震わせて泣いていると、果夏は自らの頬を真冬の頬へと押し当て、また嬉しそうに笑った…。

 

 

 

果夏「えへへ……だ~いすき……」

 

じゃれるかのようにして、ふにふにと柔らかな頬を数回擦り付ける。

思い返してみれば、こうして果夏にスキンシップをとられたのは久しぶりだ…。溢れていた涙をそのままに、真冬はそっと微笑みかける……が、隣にいる果夏を見つめて再び涙を溢れさせた…。

 

 

果夏は真冬の肩へ寄り添うようにぐったりと首を傾けたまま、眠っているかのように瞳を閉じていた…。ただ眠っているだけなら良かったのだが、彼女はもうピクリとも動かない…そして、息もしていない…。それに気付いてしまった途端、真冬は自身の脳内が真っ白になっていくのを感じた…。

 

 

 

 

真冬「う……あ…ぁぁっっ…!!!カナ……ボク、今言おうとしたんだよ……ボクもカナの事が大好きだよって……昨日は、酷いこと言ってごめんって………そう言おうと…したのに……ちゃんと…謝りたかったのに…っ!ちゃんと…好きって伝えたかったのにっ…!!ずっと…一緒にいたかったのに……」

 

肩に寄りかかったまま動かない果夏へ向け、涙声で語りかけ続ける。足元に広がっている水溜まりへと落ちていくのが自分の涙なのか、それとも空から降り注いでいる雨なのか分からなくなるくらい大粒の涙を流し、大声で泣いた…。

 

 

真冬「ぐすっ…!うぁぁ…ぁぁあっッ!!!うぅ…っっ!!」

 

公園の中心で膝をついたまま子供のように大声で泣き喚き、水溜まりに涙を落とし続ける。辺りには泣き声を聞き付けた感染者達が集まりだしていたが、真冬は構うことなく泣き続ける…。果夏を失った今、もう逃げる気力なんて無い…。

 

 

果夏「ッ……あ……あ」

 

真冬「…っ…ううっ…」

 

肩に寄りかかっている果夏の口が動き、声が漏れているのが聞こえる。しかし、真冬はちっとも喜んだりせずに顔を俯けていた…。すぐ横で声をあげているのはもう、今までの果夏じゃないと分かっていたから…。

 

 

 

果夏「ッッ…!ァ…ァッ…!!」

 

果夏の右手に左肩を掴まれたが、それでも真冬は動かない。

ただ顔を俯けたまま涙を流し、肩を震わせて静かに声を放つ…。

 

 

 

真冬「カナ……ごめんなさい…ごめん…なさいっ……」

 

次の瞬間、真冬の左肩に激しい痛みが走る。

果夏がそこへ顔を寄せ、肉を食い千切っていた…。

果夏は真冬が着ていた学校の制服ごと肩へ食らいつき、その肉を裂く…。グチッ…!ブチッ!と嫌な音が響き、真冬の肩から血液がドクドクと溢れ出た…。

 

 

真冬「っあ…!あぁァッ…!!!」

 

果夏は真冬の肩を一噛みすると食い千切った肉を咀嚼(そしゃく)し、すぐにゴクリと喉を鳴らす…。そのままもう一噛みされるかとも思ったが、次の瞬間、果夏は真冬のことを強く押し退けた。

 

 

真冬「うぐっ!っ…っっ……」

 

肩をグッと押された真冬はそのまま地面へと倒れてしまい、全身が泥だらけになる…。一方で果夏は小さな呻き声をあげながらゆっくりと立ち上がっており、水溜まりの上に倒れた真冬のことをじっと見下ろしていた。

 

 

真冬「ぐ…っっ……もう…いいよ…。カナになら…何をされたって…」

 

このまま独りで生きていても……果夏のいない世界で生きていても仕方がない…。真冬はそっと瞳を閉じ、果夏が動くのを待つ。どうせ死ぬのなら、大好きな彼女に身を任せて死のうと思った…。

 

 

果夏「ご…め……んね……まふ……ちゃ……」

 

呻き声ではない、いつもの果夏の声が聞こえる…。

思わず目を開いて前を見てみると、果夏がこちらを見下ろしたまま涙を流して震えていた…。左腕は直視出来ないくらいにボロボロで、顔も真っ青になっている。口元は真冬を噛んだ際に付着した血に濡れており、瞳には少しの光も宿っていない。その表情はいつもの果夏と比べると別人のように冷たいものに思えたが、そこから涙が溢れているのを見ていたら胸がキュッと締め付けられた…。

 

 

真冬「カナは…謝らないでいいんだよ…」

 

小さな声で呟き、真冬は再び目を閉じる…。

果夏も今の一瞬だけ自我を取り戻すのが精一杯だったらしく、またすぐに呻き声をあげながら真冬の方へジリジリと身を寄せる。

 

もし、死後の世界なんてものがあるのなら、そこで果夏に謝ろう…。

しっかりと謝って…大好きだと告げて…また仲良くしたい…。

 

果夏に食い殺される事を覚悟した真冬がそんな事を考えた時、遠くからパシャパシャッ…と音が聞こえた。誰かが雨に濡れた地面の上を駆けているらしい…。その音は凄まじい速さで真冬の方へと寄り、直後…真冬の前で"ガンッ!!!"と鈍い音が鳴り響いた…。

 

 

 

 

真冬「…え……っ」

 

音に驚き目を開くと、ついさっきまで自分の前にいたはずの果夏が…数メートルずれた位置で倒れていた。彼女のそばには見慣れない茶髪男が立っており、その手には血に濡れた金属バットが握られている…。

 

 

真冬「っ…!ま…っ……て…!!」

 

男は倒れている果夏を見下ろしたまま、金属バットを振り上げた。

真冬はそれを止めさせようと声を出したが、それは男の耳に届かない。いや、届いていたが無視されたのかも知れない…。男は一瞬、横目で真冬の事を見つめた後、何の躊躇いも無くそのバットを振り下ろし、嫌な音を辺り一面に響かせながら…果夏の頭を打ち砕いた……。

 

 

 

真冬「あ……あっ……あっ……!」

 

「…なんだよ、助けてやったんだから礼くらい言えっての」

 

金属バットを肩にかけ、男はゆっくりと歩き出す…。

どうやら辺りに集まってきていた数体の感染者を始末するつもりらしい。

 

その男がバットを振って感染者を一体一体倒していく最中、真冬は地面に倒れたまま、視線の先に倒れている果夏を見つめて泣き続けた…。果夏がもう、他の感染者と同じになっていたのは分かっている……分かっているが、それでも、大好きな友人が殺されるのを目の前で見てしまったのがショックだった…。

 

 

 

 

真冬「っあ…あぁぁっ…っ!!!カナっ……カナ…ぁっ……!」

 

「よし……どうにか片付いたな…」

 

辺りにいた感染者の始末を終え、男が真冬の前へと戻る。

男は地面に倒れたままの真冬に手を差し伸べようとしたが、彼女の肩に傷があるのを見てその手を引っ込めた。

 

 

 

「んだよ…お前、もう噛まれてんのか。じゃあ助けるだけ無駄だったな……ったく、余計な体力使っちまった」

 

真冬「なんで……カナを……どうして…どうしてっ…!!」

 

「カナ?……ああ、この娘の事か。残念だけどどう見ても手遅れだったんで、遠慮なくぶっ倒させてもらった。お前ももうかなり厳しそうだし……楽にしてやろうか?」

 

金属バットを思い切り振り上げた後、男は冷めた目で真冬を見下ろす…。

その時、二人の前にまた別の男が現れて声を放った。真冬の前にいる茶髪男は二十代前半くらいの年齢だろうが、新たに現れた男は恐らくもう一回り上…三十代前半くらいといった感じだ。

 

 

「穂村君、いきなり走らないでくれ…。私はろくに戦えないのだから、護衛役の君がいなくなったらあっさりと死ぬぞ?」

 

穂村…というのは真冬の目の前にいる茶髪男の事だろう。ここまで走ってきたその男は真冬の事を見つめた後、穂村の方へ視線を移す。

 

 

「…この娘は?」

 

穂村「もう噛まれた後だった。このまま(ほう)っておいても苦しむだけだし、楽にしてやろうかと思ってさ」

 

「へぇ……」

 

男は真冬の前へ屈み、その顔をじっと覗きこむ。

友人を目の前で殺されたショック…そして感染が始まっている事で真冬の顔はすっかり青ざめており、瞳も虚ろになっていた。呼吸もかなり乱れている…。

 

 

真冬「っ…ぐぅ…っ……!」

 

「……面白い目をしているね」

 

真冬の顎をクイッと掴んで間近で呟くと、男は彼女の肩の傷を確認する。真新しいその傷口をいくらか観察した後、男は真冬の目を真っ直ぐに見つめて言った。

 

 

「君は…まだ生きていたいかい?」

 

真冬「ぐ……っ……っ…」

 

果夏のいない、こんな地獄のような世界でこれ以上生きていたくはない…。その問いを聞いた真冬は口をパクパクと動かすが、もう声が出ない。

 

 

穂村「柳さん、まさかとは思うけど……」

 

柳「ああ、そのまさかだ。この娘に試してみる」

 

柳と呼ばれたその男はゆっくりと立ち上がり、穂村の目を見てニッと微笑む。柳は何かを期待しているような笑みを浮かべていたが、穂村はムッとした表情を真冬へ向けた。

 

 

柳「どうして不満そうな顔をしている?もしかすると、この娘は君に次ぐ第二の成功例となるかも知れないんだよ」

 

穂村「いやいや、今さらこんな女で試して成功する訳ないだろ…。もっとこう…俺みたいに強そうな人間で試そうぜ」

 

柳「いくら体が強くても相性が悪かったらそこまでだ。けれど一目見て思った…この娘なら上手くいきそうな気がする。これ以上感染が進む前に屋敷へ連れていこう」

 

穂村「…柳さんがそう言うのならやってみればいいさ。ま、俺は絶対に無駄だと思うけどね~」

 

地面に倒れている真冬をひょいっと抱きあげ、穂村は柳と共に歩き出す。その後、真冬は近くに停めてあった車の後部座席に乗せられ、そのまま意識を失った…。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

真冬「ん……ぅっ……っ」

 

閉じていた瞳をそっと開き、真冬はそのまま何度か(まばた)きをする。ぼんやりとしていた視界をそうして少しずつハッキリさせていくと、自分はカーテンで仕切られた空間にあるベッドの上に寝そべっている事が分かった。

 

 

真冬「っ……ううっ…」

 

どれだけの時間眠っていたのか…そしてここはどこなのか…。

それらを確かめようと思い身を起こしかけた時、ガチャッ…という音が鳴り、真冬はそれに気付く。ベッドの上に横たわる真冬の右手首…そして左足首には手錠のような物あってベッドのパイプ部分と繋がっており、身動きがとれない…。

 

 

真冬「なに…これっ……」

 

右手をグイッと引いてみたり、左手の方でその手錠を弄ったりしてみる……が、手錠は耳障りな音を鳴らすだけでびくともしない。…にしても、本当に耳障りでうるさい音だ。

 

 

真冬「っ……まったく…もう……」

 

どう足掻いても外せそうに無いので、一旦諦めて天井を見上げる…。

ここは一体どこなのだろうか…自分は今、夢でも見ているのだろうか…。

色々な事を考えている内、真冬は自身の服装が通っていた学校の制服ではなく、ダボッとしたシャツと短パンになっている事に気が付く…。見覚えのない服だし、当然着替えた覚えもない…。そうして自身の体を見回す内、左腕の肩に包帯が巻かれている事にも気が付いた。

 

 

真冬「……こんなとこ、いつ怪我したっけ……」

 

包帯が巻かれているという事は、その下に何らかの傷痕があるということになる。しかし、そこを怪我した覚えは………

 

 

真冬「………あ…っ」

 

……一つだけ、心当たりがある。

外にいる感染者と同じになってしまった果夏に、そこを噛まれたような気がした。しかし、真冬は首を横へと振って目を閉じる。自分は彼女に噛まれてなどいないから…。そもそも、果夏だって感染者に噛まれてはいない…。というか、あんな感染者なんて者自体、この世に存在していない。あれは……全部夢だ。

 

そう思う事にした真冬だが、それらは現実だったとすぐに思い知らされる…。ベッド横にあったカーテンが音を立てて開き、そこから見覚えのある男が現れたからだ。この男は確か…自分が意識を失う前に現れた、柳とかいう男だ。

 

 

 

柳「おはよう。気分はどうかな?」

 

柳はカーテンを開くなりそばにあったパイプ椅子を引っ張り、ベッドの横へそれを置いて腰掛ける。気分はどうだ…と聞かれても、特に良くも悪くもない…。

 

 

真冬「別に…普通……」

 

柳「ふふっ、そうかそうか…。まぁ、悪くないのならそれで良い」

 

視線をプイッと逸らしながら答えると柳はニコッと微笑み、着ていた白衣のポケットに手を入れる。そこから取り出したのは小さな鍵であり、柳はそれで真冬の手足にかかっている手錠を外していった。

 

 

柳「さて、お腹が空いているようならキッチンに案内するし、シャワーでも浴びたいと言うのなら浴室に案内するよ。どうする?」

 

…確かに少し空腹だし、シャワーを浴びて体をすっきりとさせたい気もする…。しかしそれらは一旦差し置くとして、真冬には他に気になる事があった。まず……

 

 

真冬「ボク…いつ着替えたんだろう……」

 

柳「あぁ、それは私がやった。元々着ていた制服は泥や血に汚れていたし、肩の他にも傷が無いか確認しておく必要があったからね」

 

真冬「な…っ……!?」

 

柳の言葉を聞いた真冬はその目を真っ直ぐに見つめ、顔を真っ赤に染める。自分が気を失っている間にこの男に服を脱がされ、体を見られたと知り……顔が一気に熱くなる。

 

 

柳「…怒らないでくれよ?別にやましい気持ちは無かったし、体を必要以上に見てはいない。下着の中までは見ていないから、気にしなくて大丈夫だ。穂村君も近寄らせなかったしね」

 

真冬「……穂村」

 

その名を聞き、一人の男が思い浮かぶ…。

茶髪の…少しチャラチャラとした男……奴は確か、果夏を……。

 

 

真冬「…ボクの他にもう一人、女の子がいたでしょ……」

 

柳「女の子………あぁ、いたね」

 

真冬「その娘は今………どこにいるの…?」

 

答えを聞くのは少し…いや、かなり怖いが、それでも勇気を振り絞って尋ねていく。もしかすると果夏もこの柳という男に助けられていて、他の部屋で眠っているかも知れない。いや、果夏の事だ……もうすっかり元気になっていて、すぐここにやって来るかも…。そう、思いたかったのだが……

 

 

柳「見たところ彼女は感染が進みすぎていたし、そもそも傷が酷かった」

 

真冬「………どういう…こと……」

 

柳「助からなかった、という事だ。彼女は穂村君が処理したが、あれは仕方がない事だった。それより、君の体についてだが――――」

 

真冬「っ…っっッ!!」

 

柳はまだ何か言おうとしていたが真冬はそれを無視して両手で顔を覆っていく…。そしてそのまま全てをハッキリと思い出し、ベッドに横たわったまま大粒の涙を流した。

 

 

真冬「う…うぅっっ……!うぁぁぁっっ!!!なんで…カナがっ……!ボクが…ボクが死ねばよかったのにっ……どうしてっ……!!」

 

あの時、外に出てあの連中と出会わなければ…。

あの時、果夏よりも先に自分が感染者を誘き寄せる役をかって出ていれば…。考えれば考えるだけ後悔してしまい、涙が止まらなくなる。もう果夏の声は聞けない…あの笑顔は見られないのだと思うと、胸がズキズキと痛む…。

 

 

真冬「やだ…っ……こんなのっ…やだっ…やだよぉ…っ!!」

 

これでもかというくらいボロボロと泣き続け、枕をびっしょりと濡らしていく…。涙はいくら流しても止まらず、真冬は呼吸を乱しながら横目で柳の事を見つめた。

 

 

真冬「あの男……あのっ…穂村って奴はどこ…っ……」

 

柳「…それを知ってどうするつもりだい?」

 

真冬「あいつが…あいつがカナを殺したからっ……!だから…あいつは…絶対に殺してやるっ…!!絶対っ…絶対ゆるさないっ…っ!」

 

相変わらず涙を流したまま、真冬はゆっくりと身を起こす。すると柳は椅子からそっと立ち上がり、見下すようにして真冬の事を見つめた。

 

 

柳「さっきも言ったが、あの少女はもう助けられなかった。君はまだ感染したばかりで傷も浅かったから助けられたが、彼女は違う……あれはもう殺す他無かったんだよ。君だって分かっているだろう?」

 

真冬「うる…さいっ…!うるさいうるさいうるさいっッ!!!あの男がカナを殺したっ…!だからボクはっ…あの男を絶対に許さない…!!誰が何と言おうと…ボクは……ボクはっ………」

 

本当は、柳の言う通りだと分かっている…。

果夏はもう助けられなかった…だからあの穂村という男の行動に間違いは無かったのだ。本当に責めるべきは果夏をあんな目に遭わせたあの連中……いや、果夏を守れなかった自分自身だ…。

 

 

真冬「くそ…っ……くそっ……!!うわぁぁあぁぁぁっっッ!!!!」

 

何もかも無かった事にしたくて、大声で叫ぶ…。

けど、現実は変わらない。外にはまだあの感染者共がうようよいるし、自分は変わらずベッドの上……そして、果夏はもういない…。

 

 

真冬「こ…ろして……ボクを…殺して……」

 

柳「悪いがそれは出来ない。君は私の薬を使って生き延びた二人目の人間であり、とても貴重な存在だからね」

 

真冬「じゃあ…いい………自分で死ぬから…」

 

ポツリと呟き、ベッドから離れようとする…。

すると柳は座っていた椅子にグッと寄りかかり、呆れた表情を見せた。

 

 

柳「穂村君から聞いた話と、あの時の状況から大体の察しはつく。君はあの女の子に…友人に噛まれて感染したのだろう?」

 

真冬「………」

 

真冬は何も答えなかったが、柳はそれを"yes"と解釈し、話を続ける。

 

 

柳「せっかく助かった友達がすぐに自殺したとあっては、彼女も傷付くだろうな…。かわいそうに……」

 

真冬「っ……じゃあ…ボクにどうしろって言うのっ!!?ボクにはあの娘しか…カナしかいなかった…!カナのいないこんな地獄で生きていたって、良いことなんか何も無いっ!!!」

 

柳「本当に何も無いかどうか……自殺するのはそれを確認してからでも遅くないんじゃないか?もしかするとまた生きる希望が見付かるかも知れない。新しい友人だって出来るかも知れないよ」

 

貴重な存在をみすみす死なせたくはなくて説得をしていく柳だが、真冬は顔を俯けたまま動かない…。この時、真冬は柳の口から出た『友人』という言葉を聞き、果夏が言った台詞を思い返していた。

 

 

 

『大丈夫、真冬ちゃんは優しくて可愛い子だから…友達くらいすぐにできるよ…』

 

あの時、彼女はそう言って微笑みを浮かべていたが…それは違う。

自分は可愛くもなければ、優しくも無い。

だから真冬はそっと柳の目を見つめ、力なく呟く…。

 

 

 

 

真冬「ボクは優しくなんてない。だからもう二度と友達なんて出来ないし、作るつもりもない…」

 

柳「…そうか。とはいえ、このまま死なれると少し困るんだが…」

 

真冬「………分かった…助けられたお礼として少しだけ、あなたに付き合ってあげる…。どうせこんな世界で暮らしていたら、自殺なんてせずともすぐに死ぬだろうし……もう…どうでもいい…」 

 

半ば自棄になりながらの答えだったが、柳は満足そうに微笑んでいる。

今一つ何を考えているのか分からないその微笑みを見てから真冬は涙を拭い、ベッドから降り立った…。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

真冬「ボクはそれから、柳さんに色んな事を説明してもらった…。もう感染に怯えなくて良いって事や…体が前よりもずっと強くなっているという事…。最初は信じられなかったけど、外に出てすぐ分かった…。柳さんの言う通りボクは前よりもずっと強くなっていたし、奴らに噛まれても平気だった。だからボクはすぐに穂村を殺そうと思って襲いかかったんだけど……いくら強くなっても元々が体力の無い女だったからね、同じ薬を使っている穂村には手も足も出せず、適当に受け流されちゃった…」

 

当時の事を思い出し、ヘラヘラと笑う。しかしそれを聞いている胡桃、美紀、悠里はとても真剣な表情をしており、笑いそうな様子は無い。由紀に限っては体育座りしたまま膝に顔を埋め、微かに泣いているようだった…。

 

 

 

真冬「…今思うと、ボクも心の奥底で気付いてたんだと思う。穂村は悪くない、これはただの八つ当たりだ~って。だって本気で殺したいのなら後ろから刺すとか、寝込みを襲うとか…いくらでもやりようはあったもん…。けど、ボクにはそれが出来なかった……ただの八つ当たりだって気付いていたから…本気で殺すような事は出来なかったんだ」

 

この屋敷にやって来た当初は毎日のように穂村を殺そうとしたが、それらは全て失敗した…。穂村からすると、本当に迷惑だっただろう。

 

 

真冬「ボクが八つ当たりしてきた相手は穂村だけじゃない…外にいる感染者や、生意気な生存者達……全部思い切り殴って、殺して、奪って、そうやって現実逃避してきた。思い切り戦っている時だけは嫌な事を…カナの事を忘れられたから…」

 

お別れする前、果夏は言った…。

『私の事なんか忘れて…元気でいるんだよ…?』…と。

…忘れる訳がない。忘れられる訳がない。

そう思っていたのに…様々な者達を相手に八つ当たりし続けていく内、真冬は果夏の事を忘れていった…。果夏の笑顔も、声も、言葉も…全て忘れていた。

 

 

 

真冬「けど、みんなと会って…お話して…またカナの事を思い出した…。で、ボクは思ったの…ボクはカナっていう大切な友達を失って苦しんできたのに、何でこの娘達は何も失ってないんだろう…。何で、こんな世界でヘラヘラ笑っていられるんだろうって……」

 

世界がこんなになっても仲の良い友達同士で楽しく過ごしている由紀達がとても羨ましくて、そして妬ましかった…。だから真冬はそれを壊してやろうと…自分と同じ目に遭わせてやろうと思った。

 

 

 

真冬「だからボクはみんなの事を襲って、そして言った……"胡桃一人だけを差し出せば他の娘は見逃してあげる"って…。大切な友達が目の前で殺される事の辛さはよく分かっているのに…最低な事をしたよね。胡桃、本当にごめんなさい…」

 

胡桃「もういいって…それについては前にも謝ってもらったからさ」

 

真冬「…ありがとう。あと…由紀もごめんね?つまんない話しちゃって……。長くて退屈だったよね?」

 

由紀「う、ううん…っ……私は大丈夫だから…大丈夫だからっ」

 

膝へと埋めていた由紀は顔を上げ、真冬の目を真っ直ぐに見る。由紀は瞳から涙を溢れさせており、それをパジャマの袖で拭うと真冬にそっと抱き付いた…。

 

 

真冬「あは…っ…どうしたの?何で…泣いてるの?」

 

抱き付く彼女に応えるようにして、真冬もその背に手を回す。抱き締めた由紀の体はとても柔らかく、温かい…。桃色の髪の毛からは甘い香りがして、抱き締めるだけで癒される。彼女は何故、泣いているのだろう…。真冬がそれを尋ねると、由紀は真冬の首に顔を埋めながら肩を震わせた。

 

 

由紀「大変…だったよね……嫌なことだらけだったよね…。独りになって…寂しかったよね……」

 

真冬「………うん…寂しかった…。由紀は、本当に優しい子だね。実を言うとね、由紀って少しだけ…カナに似てるんだ。どんな時でも明るいとことか、子供っぽいとことか…」

 

由紀の身を抱きながら片手で頭を撫で、果夏の事を思い出す…。

彼女の事を思い出すと辛くなってしまうから、これまでは出来るだけそれを避けてきた。しかし、それももう終わりだ。どれだけ辛くとも、あの娘の事はもう二度と忘れてはいけない…。

 

 

 

真冬「あと……笑顔が可愛いとこも似てる…。ふふっ、ボクね…カナには内緒にしてたけど、あの子の笑った顔が大好きで……それで………」

 

大好きなその笑顔を思い返していく内、胸がズキズキと痛む。

どれだけ強く願っても、もうあの笑顔は見られない…。

そう思うと一気に切なくなり、悲しくなり、言葉が詰まってしまう…。

 

 

美紀「……真冬、平気?」

 

真冬「あ………うん、平気だよ…。前だったらともかく、今はみんながいてくれるから…ボクはもう……もう…っ……」

 

みんながいるからもう大丈夫だ。カナがいなくても平気だ。

心の中で何度も何度も呟き…自分に言い聞かせる。

しかし、胸の痛みは止まらない。

 

 

悠里「…真冬さん、我慢しないで良いのよ。言いたいことがあるなら…吐き出したい気持ちがあるなら、私達が受け止めてあげるから」

 

優しい眼差しを向け、悠里が言った…。

彼女はきっと、真冬が無理している事に気付いていたのだろう。

 

 

真冬「ボクは……我慢なんて……」

 

悠里「はいはい、ほら、こっちおいで」

 

真冬「わ…っ……!?」

 

悠里は室内に敷かれているカーペットの上に座ったまま両手を広げ、真冬を招く。真冬はそれを拒もうとしたが、抱き付く由紀に身を突き飛ばされ、思わず悠里の胸へと飛び込んでしまった…。悠里は真冬がそこに来るなりその背中に片手を回し、そして頭を優しく撫でる。その手付きは優しさに満ち溢れており、真冬の目はじわじわと潤んでいった…。

 

 

 

真冬「その…ね……ボクは…みんなと会えて変われたけど、でもっ……」

 

悠里「うん……」

 

真冬「やっぱり…ね………あの子が……カナがいないのは…寂しい…っ……すごく、すごく寂しいよ…」

 

出来るのなら隠していたいと思っていた気持ちが、どんどん溢れ出す。果夏に会えないのが辛い…。果夏とお喋り出来ないのが辛い…。真冬は悠里の胸に顔を埋めながらそれらを口に出し、子供のように泣いた…。あまりに大泣きし過ぎてみっともないかと思ったが、由紀も美紀も胡桃も…温かい視線を向けるだけで何も言わない。悠里もまた、優しく頭を撫で続けたまま話を聞いてくれている…。本当に優しい人達だと、真冬はそう思った…。

 

 

 

真冬(カナ……ボクね、新しい友達が出来たよ…)

 

心の中で呟き、涙を流しながらもニコリと笑う…。

この世界は大きく変わってしまったし、もう果夏もいない…。

しかし、それでも生きる希望を見付ける事が出来た。これから先は彼女達と共に楽しく、明るく生きていこう…。真冬は…そう決意した。

 

 

 

 

胡桃「……寝ちゃったのか?」

 

悠里「ええ、泣き疲れたのかもね…」

 

しばらく泣き続けた後、真冬は悠里の膝を枕にしながら眠ってしまい、心地よさそうに寝息を放つ…。悠里は彼女の目から溢れている涙をパジャマの袖でそっと拭うと、その頭を優しく撫でながら呟いた。

 

 

悠里「この娘も大変な目に遭ってきたのね」

 

胡桃「…ああ、本当にしんどかったんだろうな」

 

胡桃は悠里の隣へと身を移し、その膝で眠っている真冬の頭を撫でながら切ない表情を見せる…。美紀もまた真冬の寝顔を見つめたまま瞳を細め、深いため息を放ってから口を開く。

 

 

美紀「大切な友達が目の前で…なんて、酷すぎる…。私が真冬の立場なら、そのカナって娘を殺した連中をいつまでも探し続けると思います。もしかすると、真冬は今もその連中を探していたり……」

 

悠里「…どうなのかしらね」

 

由紀「けど、もし真冬ちゃんがその人達を探してたとして……もうやめたら?なんて言えないよ…。同じ事をされたら、私だってその人達を…」

 

由紀は真冬の寝顔を見つめたまま、自身の膝の上に置いた拳に力を込める。真冬をそんな目に遭わせた連中に対し、強い怒りを感じているのだろう…。あの由紀がこんな風に怒るところはあまり見たことが無かった為、悠里と美紀は目を丸くし、胡桃は小さく鼻で笑う。

 

 

胡桃「お前でも、そんななって怒る時があるんだな」

 

由紀「そりゃ怒るよっ!!だって…もしも目の前で胡桃ちゃんが酷い目に遭わされちゃったら……りーさんや、みーくん…それに彼や真冬ちゃんが酷い目に遭わされたら……私だって怒るよ……。相手の人を絶対に許さない…許せないよ」

 

胡桃「……そうだな、あたしも許せない」

 

もしも自分の目の前で大切な友達を殺されたら、どれだけ時間をかけてもその相手に復讐しようと誓うだろう…。猫のように体を丸めながら眠る真冬を…泣き続けた事で真っ赤に腫れたその瞼を見つめた後、胡桃は悠里の方を見る。

 

 

胡桃「起こすのも悪いよな……どうする?部屋に持っていこうか?」

 

悠里「…いいえ、今日は私の部屋で寝かせておいてあげるわ。ベッドも広いから、二人くらいなら一緒に寝られると思うし」

 

胡桃「…そっか」

 

膝の上で眠る真冬を撫でながら微笑む悠里はまるで母親か何かのように見えてしまい、思わず胡桃の頬が緩む。するとその横では由紀が小さく頬を膨らませ、どこか羨ましげな視線を向けていた。

 

 

 

由紀「いいなぁ…私もりーさんと一緒に寝たいよ。一人の部屋って落ち着かないんだもん」

 

美紀「あはは、確かにそうですね。これまではみんな一緒に寝てきましたから、一人だとどことなく落ち着かないんですよね」

 

悠里「じゃあ…今日はみんな一緒に寝ましょうか?ベッドは…さすがに入りきらないけど、床に布団を敷けばどうにかなると思うわよ」

 

悠里が言うと由紀はすぐに『うんっ!そうしよう♪』と言い、満面の笑みを見せる。確かに、たまには女子だけで寝るのも良いだろう。その後、悠里は真冬をベッドの上に移してからそばの床に由紀、胡桃、美紀の寝床となる場所を用意し、みんなと共に一日を終えた。

 

 

 

 




もう果夏ちゃんはいませんが、その代わりに由紀ちゃん達が真冬ちゃんの事を支えていってくれるのではと思います。これまで辛い時を過ごしてきた分、真冬ちゃんにはこれからの暮らしを楽しんでいって欲しいです。

…というわけで、重い話はここまで!!
次回からしばらくの間、明るい話をやっていこうと思います!
お楽しみに…です(* ´ ▽ ` *)
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