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胡桃「と、とりあえずっ…!あたしは部屋に戻る!柳さん、また何か分かったら教えてくれよ」
そう言って部屋を飛び出していった胡桃を見送った後、柳はある二人の人物をこの部屋へと呼び出す。そうして集まったその二人と、元よりここに来ていた彼へ向け、柳はそっと静かに口を開いた。
柳「たった今、この屋敷の中でちょっとした事件が起きた…」
その事件というのはもちろん、彼がどこからかやって来た惚れ薬を誤って飲んでしまった…という事だ。柳の口から"事件"という単語が出た瞬間、柳の前にいた二人が同時に眉をしかめる。
真冬「…事件?」
圭一「大げさな物言いだな。どうせ大したことじゃないんだろ?」
真冬は小さく首を傾げ、圭一は鼻で笑う。
まだ何も知らされていない二人は柳の言葉を軽視しているようだが、彼だけは柳の側で椅子に座ったまま力なく
圭一「……何があった?」
その様子を見て少しだけ危機感を感じたのか、圭一は彼の元へと寄り尋ねる。すると彼は俯けていた顔をそっと上げ、小さく呟いた。よく耳をすまさねば聴こえないくらいに小さな声だ。
「…胡桃ちゃんを襲ってしまった…」
真冬「えっ?」
圭一よりも遠くにいた真冬が先に反応し、彼の事を驚きの目で見つめる。一方で圭一は彼の事を見つめながら"こいつは何を言ってるんだ…"と言いたげな、呆れた眼差しを向けていた。
柳「という訳だ。彼はつい先程、自室にて恵飛須沢君を襲った…」
圭一「へぇ……それはそれは………。もう帰っていいか?」
どうせ大した事件ではないと思っていたが、こんな話だとは思わなかったのだろう。圭一はまた呆れたような表情を浮かべて柳の前に立つが、柳の表情は真剣そのものだ。
柳「話にはまだ続きがあるよ。彼はその時、恵飛須沢君の事が魅力的に見えてどうしようもなくなったそうだ」
真冬「え……君って、胡桃の事がそんなに好きだったの?」
「いや、あれはもう好きとかそういうレベルじゃなかった…。もう胡桃ちゃんの事しか見えなくなって、あの娘のことを…他の誰にも渡したくなくて……」
圭一「ほう…そりゃ凄い。じゃあお幸せに」
彼の言葉を聞いた真冬は顔を真っ赤に染め、圭一は相変わらずの呆れ顔を見せる。…が、その後も引き続き彼や柳の口から話を聞いていく内、圭一の顔色が悪くなっていく。柳が"それ"の存在に気付いたように、圭一もまた、今回の話の影に嫌な気配を感じていた…。
圭一「……おい、まさかとは思うが…」
柳「ああ、彼は例の惚れ薬を飲んだ。惚れ薬は恵飛須沢君が持っていたようだが、本人はただの水だと思っていたらしい。恐らく、何らかのアクシデントがあって彼女の手に渡ったんだろう…」
柳は圭一が尋ねるより先にそれを答えると、側にあった椅子に座りため息をつく。そうして少しの間黙った後…
柳「圭一君、こういう事はあまり言いたくないんだが……またやったのか?ほら、前回直樹君にやったように今回もまた悪気なく、恵飛須沢君に惚れ薬を渡してしまったんじゃ…」
真冬「え~……またやったの?一度だけならともかく、二度目はさすがにわざとなんじゃないかって疑っちゃうよ…」
圭一「はぁ?俺が二度もそんなバカな事をするわけがない。大体、その惚れ薬ってのはもう残ってなかったはずだろ?」
柳「ああ、少なくとも私の手元には残っていない」
なら、今回の事件に惚れ薬は関わっていないだろう。
圭一はそう考えて鼻で笑ったが、その横にいた真冬は顎に手をあてながら何かを考えるように俯いていた。
真冬「柳さんの手元には………だよね」
柳「ああ、私の手元には………だ」
圭一「あ?それってどういう…………いや、なんとなく分かってきたぞ」
あの惚れ薬はもう残っていないと思われたが、あくまでも柳の持つ薬品保管庫には無いというだけ…。この屋敷内に一つも存在していない…というわけではない。
真冬「誰かに盗まれた…?」
柳「その可能性は十分にある。私自身、あの薬が幾つ残っていたかを細かに覚えていた訳では無いのだが、少なくともあと二つか三つくらいは残っていた気がしていたんだ…。となると、誰が盗んだのかという話になるわけだが…」
圭一「……まぁ、穂村だろうな」
真冬、柳、そして彼もその発言を聞いて静かに頷き、そしてため息を放つ…。恐らく前回、美紀を相手に惚れ薬を飲ませてしまってあれこれ騒いでいた時、穂村は柳達の会話を盗み聞きでもしてその薬の存在を知り、残っていた分を全て盗んだのだろう…。
圭一「さて、どうする?今すぐにあの野郎を捕まえるか?」
柳「それでも良いが……私が思うに穂村君は知らんぷりをするんじゃないかな?何の証拠も無しに捕まえてもきっと、"薬なんて知らない"と言うと思うよ」
真冬「あ~…言いそう。そのまま上手く言い逃れされても困るし…どうしようか。……もう殺しちゃう?」
柳「いやぁ……あんなのでも一応そこそこ役には立っているし、これから頼みたい仕事だってある。だから今ここで死なれると色々と面倒なんだが…」
真冬「分かってる。ちょっとした冗談…」
そう言って真冬は"ふふっ"と笑ったが、穂村と仲の悪い彼女が言うと冗談には聞こえない…。彼と柳が真冬の冗談を聞いて苦笑いする中、圭一はめんどくさそうに頭を掻きながら辺りを歩き回る。
圭一「じゃあどうする?例の薬がもう残って無いのなら良いが、もしもまだ奴の手の中にあったら面倒だぞ。アイツの事だから悠里辺りにあの薬を飲ませて自分に惚れさせた後、そのまま面倒事を起こしそうだ…」
真冬「そうなったら悠里がかわいそう…」
柳「ああ、望まぬ相手とそういう事をさせられるなんて、年頃の女の子からしたらトラウマものだろうな…」
もしも穂村を相手に関係を持ってしまったら、流石の悠里もショックを受けるに違いない…。そう考えた時、柳はふと思った。
柳「そう言えば、恵飛須沢君はわりと落ち着いていたね?君に無理やりに襲われたというのに、君を恨んでる様子も、あの薬を作った私を恨んでる様子も無かった」
「そう言われれば……そんな感じでしたね」
真冬「あ、あの…襲っちゃったっていうけど、具体的にはどこまでやっちゃったの…?まさかとは思うけど…最後まで…?」
「いや、そこまでは…。まぁ、結構ヤバいとこまではいってしまったけど」
胡桃の服を脱がしてしまい、下着姿にまで追い込んでしまった事…。
柔らかく冷たい唇にキスしてしまった事…。
それらを思い出して彼が顔を青くする一方、真冬は真っ赤に染まった顔を隠すようにして俯く。最後までいかなかったとはいえ、二人はそこそこの関係になったのでは…と思ったのだろう。
圭一「胡桃は結構サバサバしたタイプのようだからな…柳やお前に対して恨むような様子を見せなかったってことは、気にしてないって事じゃないか?少し襲われたくらいで動じるようなヤツには思えないし…」
真冬「……本気で言ってるの?」
圭一「ああ、本気だが?」
圭一は胡桃に対して"どんな事に対しても怯まない、男勝りな性格をした女"というイメージを持っていた。だからこそ彼女は今回の事件も大して気にしてないのだろうと思っていたのだが、真冬から言わせるとそれは違うらしい。
真冬「圭一さんはダメだね…女の子というものを分かってない。確かにサバサバしたタイプに見えるけど、胡桃って意外と乙女だと思うよ」
圭一「乙女?……そうなのか?」
真冬「うん。ボクが思うに、今回の事で胡桃が怒らなかったのはきっと――」
乙女心の分かっていない圭一にその答えを教えてやろう…。
真冬はそう思っていたが、言葉を放っている途中でその口をギュッと閉じる。今ここで、彼や圭一や柳のいる前でそれを言うのは胡桃に悪い気がした…。
真冬「…ともかく、胡桃はああ見えて結構繊細な部分もあると思うから、変なことを言ったりして傷付けちゃダメだよ?」
圭一「そういうのは俺じゃなく穂村に言え…。アイツが一番危ないからな」
真冬「それもそうだね…。で、その穂村が問題なんだけど…どうする?」
もしも穂村が今回の事件の黒幕であり、まだ惚れ薬を隠し持っているとしたら面倒な事になる。それは間違いないだろう。
柳「…とりあえず明日、恵飛須沢君にも詳しい話を聞こう。そうすれば惚れ薬の出所も分かるだろうからね。しっかりした証拠を見付けるまで、穂村君を捕まえるのは我慢だ」
現時点では決定的な証拠こそないが、今回の事件は穂村のせいで起きた事だとここにいる全員が確信していた。残っていた惚れ薬をこっそりと盗むような人間など奴しかいない…。なのでまた明日、胡桃にも話を聞くこととして穂村を追い詰めていこうと思ったのだが、彼は幾つかの不安を抱いていた。
「そう言えば胡桃ちゃんのことを襲っている途中、美紀に見られたんだよな…。なんと説明するべきかね……」
あの時、美紀は真っ赤な顔をしてすぐに部屋を出ていった…。
まぁ、ベッドの上で身を重ねながらキスしている二人の先輩を見てしまったのだからあの反応は当然なのかも知れないが、明日から顔を合わせるのが気まずくて仕方ない。しっかりと説明すれば分かってくれるかも知れないが…。
「はぁぁ………」
穂村が変な真似をしたからこんな面倒な事になったんだ…。
もし奴を捕まえたらしっかりと文句を言ってやろう。
…と、恐らく今回の黒幕であろう穂村に対して彼は恨みを向けたが、それと同時に少しだけ……
(胡桃ちゃんとキスしてしまったな…)
少しだけ、感謝の心を向けたりもしていた…。
あの惚れ薬を飲んでいなかったら胡桃とキスする事も、下着姿を間近に拝む事も無かっただろう。こう言っては悪いが、彼女のような美少女を相手にそういう経験が出来たのは結構嬉しい…。彼は椅子に座ったまま顔を俯け、胡桃の唇の感触や手で触れた肌の感触、そして彼女が身に纏っていた緑色の下着を思い出す。それらを少し思い出していくだけで胸がドキドキと高鳴り、頬が緩んだ。また、思い出していくのは何もそれだけでは無く……
("ヒーローみたいな存在"って言ってたよな)
あの時、彼に告白された後で胡桃はこう言っていた…。
"お前はみんなにとって……少なくとも、あたしにとってはヒーローみたいな存在で…"と。あれは下手なお世辞や嘘ではなく、本心からの言葉だったのだろう。言葉を放つ胡桃の顔がいつにも増して真っ赤だったのを、彼はしっかりと覚えていた。
(…信頼してくれてるんだな)
胡桃に信頼されている…。
その事実が嬉しくて、また頬が緩む。
柳「ともかく、みんな穂村君の動きには注意しておいてくれ」
圭一「まぁ、怪しまれない範囲で警戒しておくさ」
話し合いが終わり、圭一、真冬、そして彼が柳の部屋を出る…。
穂村が惚れ薬を隠し持っているという証拠を掴むべく、明日から多少の警戒をしておく必要があるだろう。
「実際のところ、ヤツが関わっている可能性はどれくらいだろう…」
真冬「ほぼ100%だと思うよ…」
圭一「同じく…俺も100%穂村が怪しいと思っている」
尋ねはしたが、彼も真冬や圭一と同じく穂村が怪しいと思っていた。
惚れ薬などという便利な物をあの男が放っておく訳がない。
真冬「あとは穂村がいつ、どのタイミングでボロを出すかだけど…」
三人はあれこれ計画を練りながら階段を下り、三階から二階へと足を踏み入れる。とりあえずのところ、今日はもう眠ろう…。そう思った彼が二階奥にある自室へ足を向けながら、真冬達に別れを告げようとした時のことだった…。
圭一「…おい、あれを見ろ」
真冬「えっ?………うわぁ…」
圭一が廊下の先を顎で指し、直後に真冬が苦い表情を浮かべる。
少し遅れた後に彼もそちらへ視線を向けてみると、一人の男がとある一室の前でソワソワした様子を見せていた…。男というのはもちろん穂村だ。
「あの部屋は…りーさんの部屋だな」
穂村は彼等に見られているのにも気付かず、ニヤニヤと微笑みながらその部屋のドアの前に立ち続けている。その様子はまるで何かを待っているようにも思え、また…ヤツの右手には中身が半分ほど減っているペットボトルが握られていた。
真冬「あのペットボトルの中身…まさか…」
「…そう言えば、あの時胡桃ちゃんがくれた水もあんな感じのボトルに入っていたな」
圭一「その水っていうのは例の惚れ薬だったんだろう?…ということは、あのボトルの中身も同じものか」
真冬「悠里に飲ませるつもりで待ち構えてるのかも…」
もしも動くとすればまた明日以降だと思っていたが、そんな事は無かった…。あの男は…穂村は意地でも悠里をものにするつもりでいるらしい。
圭一「どうする?もう少し待つか?それとも…今捕まえるか?」
三人は廊下の陰に隠れたまま穂村を見張り、どう動くべきかと話し合う。このまま待ち続け、部屋から出てきた悠里にそれを飲ませようとした瞬間を捕らえても良いのだが……。
真冬「…うん、今すぐに捕まえよう。今から柳さんのもとに連行してあのボトルの中身を調べてもらえば全てハッキリする。圭一さん、やって…」
圭一「俺がやるのか……面倒だな」
と言いつつ、圭一はしっかりと動いてくれた。
今の時刻は夜の10時くらいだろう…。
音もなく忍び寄る圭一に背後から肩を叩かれた瞬間、これまでニヤニヤと微笑んでいた穂村は冷や汗をダラダラと流して露骨に焦りはじめた…。
りーさんの部屋の前で怪しい動きをしていた穂村が確保されたところで、また次回に続きます!!普段の行いが悪いからだと思いますが、犯人特定までが早かったですね(笑)
犯人と思われる穂村を捕まえたということは、もう全てが解決したようにも思えますが………この話はもう少しだけ続きます!もう少々お付き合い下さいませ(`∀´)