今回の話はその翌朝からスタートします。例の事件の後、微妙に変化していったそれぞれの距離感を楽しんでもらえたら幸いです!
真冬「…反省した?」
惚れ薬騒動が一段落した翌朝、真冬は屋敷から庭へ出るなり降り注ぐ陽の光を全身に浴び、グッと体を伸ばしてから問い掛ける。問い掛けの相手は昨日の夜からずっと庭にいた例の男…穂村だ。
穂村「ああ、今回ばかりは流石に反省―――」
真冬「するわけないよね?穂村はそういうヤツだもん」
言葉を遮るようにしてニコリと微笑んだ瞬間、穂村は芝の上に座りながら参ったように顔を俯ける。ここ最近は夜になるとやたらと寒く、室内にいても肌寒さを感じる事がある。そんな夜の寒さを一晩中、直に味わっていたらいくらなんでも反省しそうなものだが…。
穂村「さすが、狭山先生は俺という男の事をよ~くご存知で」
真冬が思っていた通り、穂村はこれくらいの事で反省するような男ではなかったらしい。
穂村「ま、一晩外で過ごすのは結構キツかったけどな。夜中はヤバいくらいに寒いし、門の向こうにいる
真冬「あの門も、壁も、ヤツらが越えられるような物ではない。だからそんなに気にする必要はないと思う…」
穂村「俺だってそのくらい分かってるさ。けどよ、やっぱり少しでも呻き声が聞こえると反射的に警戒するだろ?いくら安全だって分かっていても、体が勝手に反応すんだよ」
こうして話している今も時折、屋敷を囲む塀の向こうから"かれら"の呻き声が聞こえる。かなり遠くにいるようだし、こちらの存在には気付いていないと思う。…というか、気付かれたところで屋敷を囲む塀や門は越えられないのだから何の問題も無いのだが、確かに少々落ち着かない。
真冬「…あ、そうだ。隠し持っている惚れ薬がまだあるのなら大人しく渡して。全部処分するから」
穂村「もうねぇよ。昨日、お前らに取られたヤツが最後の一つだ」
真冬「そう…。ならよかった」
没収したボトルに残っていた惚れ薬は柳が処分したし、穂村の部屋を探った時にはもうそれらしき物は残っていなかった。これでもう、あの惚れ薬は一つも残っていないハズ…。まぁ、"もう無い"という穂村の言葉が嘘であり、真冬の目の届かない場所に幾つかの惚れ薬を上手く隠している…なんて可能性もゼロでは無いが。
真冬(一応、警戒はしておかないと…)
でないと、この男はまた悠里を狙うだろう…。真冬は疑いの眼差しを向けてからゆっくりと背中を向け、屋敷の扉を開く。
真冬「もう中に入っていいよ。穂村が反省するのを待っていたら切りがないから、今回は特別に許してあげる」
穂村「おっ、そいつはありがたい。ちょうど腹減ってきたところなんだけど、朝メシはこれからか?」
真冬「…いや、ボクらはもう朝ごはんを食べ終えた後。だから穂村は一人で寂しく、適当なものを食べてなよ」
昨夜あれだけの事をしておいて、何事も無かったかのように胡桃や美紀と共に朝食を食べれると思っているコイツが信じられない…。特に胡桃の方は穂村に"チョロミちゃん"と呼ばれた事をかなり怒っているようだから、まだ顔を合わせるのは早いだろう。
真冬は穂村を屋敷内へと戻し、誰もいないキッチンまで同行した後、朝食として食べるものを物色しはじめたその背中へ語りかける。
真冬「ボクは用事があるから、穂村はここで大人しく朝ごはんを食べててね。昨日みたいな事、もうやっちゃダメだよ」
穂村「はいはい、分かりましたよ~と…」
キッチンにある保存食の数々から適当な物を選び、穂村は一人でそれを食べて空腹を満たしていく。その時、穂村が屋敷内に戻ったのと入れ替わるように由紀達が体操着等の動きやすい格好に着替えて庭へと出ていた。走り込み等の運動をして、体を鍛える為だ。
由紀「準備体操はしたし、とりあえずはお屋敷の周りを二周くらい?」
胡桃「いや、由紀はもっと鍛えた方が良い!二周と言わず、四周は回ってみろ。ゆっくりとで良いから」
由紀「え~っ!!いきなりそんなに走ったら動けなくなっちゃうよ~!今日は陽射しも強いし、四周走るよりも先にミイラになっちゃう…」
胡桃「ミイラか…ふふっ、それも面白そうだな。安心しろ、もしも由紀がミイラになったらしっかりと水をかけて、乾いた体をもとに戻してやる!」
イタズラな笑みを浮かべる胡桃にからかわれ、由紀は苦い表情を浮かべて
由紀「りーさぁん!胡桃ちゃんがいじわるする~!!」
何時ものように悠里の方へと駆け寄り、その体に抱き付く。
こうすれば悠里はムスッとした表情で胡桃を叱ってくれるハズなのだが、今日は少し様子が違った。
悠里「えっ?えっ…と……その……」
抱き付かれた直後、悠里はただただ顔を赤くして視線を泳がし続ける。
右手を口元へと添えながらどうすれば良いのかと戸惑っている悠里を暫し見つめた後、由紀は思い出した…。昨夜、彼女の部屋で、彼女を相手に経験してしまった事を……。
由紀「あっ……ご、ごめんっ」
何に対しての謝罪かは自分でも分かっていないが、とりあえず一言だけ謝って彼女から離れていく…。ついさっきまで昨夜の事は夢かと思っていたが、悠里の気まずそうな反応を見るに現実だったらしい。
胡桃「??…あの二人、なんか様子が変だな」
美紀「そうですね…何かあったんでしょうか?」
まるで喧嘩をしてしまい気まずくなっているような……いや、それとはまた違う気がするが、二人とも顔を赤らめたまま背を向けあってしまっていて様子がおかしい。
美紀「…まぁ、とりあえず走りますか?」
胡桃「だな…。美紀はどれくらい走る?」
美紀「いきなり頑張りすぎても後が辛いですから、とりあえず三周くらいですかね…。胡桃先輩はどのくらいですか?」
胡桃「あたしは……そうだな……」
美紀と同じく三周……いや、もう一周多めに回って四周にしようか…。
顎に手をあてながら空を見上げてあれこれ考えていると、まだ屋敷内にいた彼と真冬が庭へと現れる。二人は屋敷の扉を閉めるとスタスタと歩き、美紀と胡桃の側へと寄るが…。
胡桃「っ!み、美紀っ!とりあえず走るぞっ!!」
美紀「えっ?は…はいっ!!」
二人が歩み寄った途端、胡桃はその場から逃げ出すようにして駆け出していった。そんな彼女を見てこれまた気まずそうな顔をする彼と真冬をチラリと見た美紀は少し遅れて胡桃の後に続き、その横を並走していく。
美紀(胡桃先輩…もしかして……)
由紀と悠里がどうしてあんな感じになっているのかは分からないが、彼を見た途端、胡桃が逃げ出すように走り出した理由はそれとなく想像がつく…。胡桃のペースはかなり速いが、美紀はどうにかして彼女と並走しつつ、庭を半周して屋敷の裏へと来た時に人目の付かない木陰で足を止めた。
美紀「胡桃先輩、ちょっといいですか?」
胡桃「な、なんだよ…!」
胡桃の手を引いてそこへと進んだ後、美紀はそっと手を離す。今日は天気が良くて陽射しも強いが、屋敷裏にある木々の下は涼しくて心地が良い…。その涼しさを少しだけ集中して味わった後、美紀は胡桃と目を合わせていった。
美紀「もしかして胡桃先輩…あの人の事を避けてるんですか?朝食の時もそうでしたが、結構露骨に逃げてますよね?」
胡桃「別に…逃げてなんか……」
側にあった木へと背中を預け、胡桃は静かに顔を俯ける。
その顔はほんのり赤く染まっており、美紀は"やっぱりな…"と言うような感じでため息をつく。朝食の時、胡桃は遅れてやって来た彼と顔を合わせるなりすぐに席を立って離れた所へと移動した。そして今さっきもまた、彼を避けるように駆け出した…。
美紀「その…こんな事を聞くのはどうかと思うんですが、胡桃先輩があの人を避けているのって昨夜の事があったからですよね?…もしかしてあの時、あの人と最後までしちゃったんですか…?」
胡桃「さっ、最後までっ!?最後までって…どこまでだよっ!!?」
美紀「っ…!?そんなの知りませんっ!!変なこと言わせないで下さいよ!」
少なくとも昨夜、美紀があの部屋に入った時、胡桃は彼にキスをされながら下着に手をかけられていた…。もしかするとあの後、胡桃は下着すらも脱がされてそのままやる事をやってしまったのかも知れない。だからこそ、彼を見る度に顔を赤くして逃げているのではないだろうか…。美紀にそれを指摘された胡桃は落ち着きなく目線を泳がせ、両手で頭を抱えながらブツブツと呟く。
胡桃「そうだった……惚れ薬が関わってる事は説明したけど、どこまでされたのかとかは話してなかったんだっけ…」
話がこれ以上ややこしくなるより先にと思い、胡桃は昨夜、彼にされた事を説明していく…。なんで後輩にこんな事を説明しなくちゃいけないんだ…なんて思いながら必死になって恥を押し殺し、美紀に全てを説明した。
胡桃「…ってわけだから、あの時、美紀が見た以上の事はしてない」
ただ服を脱がされ、下着姿を見られ、肌を撫で回され、ちょっとキスをされただけだ…。美紀を心配させぬよう少しだけ強がって語る胡桃だったが、やはりあの時の事を思い出すと顔が赤くなってしまう。
美紀「その…大変でしたね…」
胡桃「…まぁな」
どうってことない……とでも言いたげに答える胡桃だったが、実際は違う。彼に告白された時は心臓が弾けてしまいそうなくらいドキドキしたし、服を脱がされた時は全身が燃えるように熱くなった。そして、キスをされた時に感じた頭が溶けていくような感覚を…あの時の事を思い出すだけでまた、胸がドキドキとして瞳が潤む。
美紀「…えっと、胡桃先輩があの先輩を避けているのは、あの時の事を許していないからですか?」
胡桃「えっ?いや…別に、そんなんじゃない…」
美紀「キスされた事を怒ってる、とかでは?」
胡桃「怒ってないよ。だってあれは薬のせいで、あいつ自身は別に悪くないし…」
胡桃には言っていないが、美紀もあの惚れ薬を飲んでしまった事があり、その効力には抗えない事を知っている。だからこそ、彼は悪くないというのがしっかりと理解出来た。
美紀「…じゃあ、変に避けてないでいつも通りに接しましょうよ。薬のせいとはいえ、そういう関係になりかけた相手と何気なく接するのは大変かも知れませんが、先輩達がいつまでもこんな様子だと私まで気まずくなります…」
胡桃「……そう…だな…」
昨夜、真冬達が穂村を捕らえた後はまだ普通に顔を合わせられたのに、今朝になったら彼の顔を見るのがやたらと大変になっていた…。ほんの少し時間が経った事で、余計に意識するようになってしまったのかも知れない。しかし美紀の言う通り、いつまでもこんな様子ではいけないだろう。
美紀「出来るだけ早く仲直り……とは違うかもですが、元の二人に戻って下さいね。あっ…なんなら私、今からあの人を呼んできましょうか?」
胡桃「え……今から?」
美紀「はい、今からです」
ニコリと微笑んだ美紀は戸惑いを見せる胡桃の返答も待たず、そのまま彼の元へと駆け出してしまった…。屋敷裏の木陰に一人置いていかれた胡桃は呆然とした表情のまま、ポツリと
胡桃「美紀のやつ、何かお節介な性格になったな…」
しかし、早い内に彼との距離を元に戻せるのなら……この気まずい空気を無くせるのなら是非ともそうしたい。胡桃がその背中を木に預けたまま待ち続けていると、すぐに彼がその場へと現れた。見たところ、美紀はいない…。彼女は彼だけをここに向かわせてくれたようだ。
「ええっと、美紀に言われて来たけど…どういったご用で?」
胡桃「用とかじゃないけどさ……今朝から冷たくしてた事を謝っておきたくて…。その、悪かったな…。昨日の思い出したらさ、少し気まずくて……」
木陰の下で小さく頭を下げる胡桃を前にして、彼は安堵の表情を浮かべる。今朝から彼女に避けられているのをヒシヒシと感じていた為、"もしかしたら昨夜の事が切っ掛けで嫌われたのでは"と不安になっていたのだろう。
「いや、わざわざ謝る必要なんてない。昨夜、胡桃ちゃんにした事を考えたら避けられても当然だし」
胡桃「……ああ、いきなりベッドに押し倒されたかと思えば、そのまま告白とかされちゃうんだもんな…。本当に焦ったぜ」
「あ~…本当に申し訳ない」
一言謝ったら気持ちが楽になったらしく、胡桃はイタズラな笑みを返す。昨夜は本当に恥ずかしいこと、緊張してしまう事の連続だったが、少なくとも胡桃にとっては決して嫌な思い出ではない。
胡桃「お前にあんな事されて焦ったし、少~しだけ泣きそうにもなったけど……でも、ああやって誰かから告白されたりすんの初めてだったからさ……結構ドキドキしたよ」
胡桃は比較的可愛らしい見た目をしているし、性格だって悪くない。
世界が平和だった頃に何度か告白されていそうなものだが、彼女にとっては昨夜、彼から受けたものが初めての告白だったらしい。彼が意外そうに目を丸くすると、胡桃はニコッと微笑んで右隣へと身を移し、彼の右手を左手でそっと握る…。
「…胡桃ちゃん?」
ヒンヤリとした手の感触に…何よりもその行動に戸惑う彼だが、胡桃は顔を俯けてしまって動かない…。どうして隣にやって来たのか……どうして手を握ってきたのか……胡桃の行動理由が何一つ理解出来ぬまま、彼はその手を握り返す。すると胡桃は肩をピクリと震わせ、ゆっくりと顔を上げた。向けられた顔は赤く染まっており、瞳は微かに潤んでいる…。
胡桃「昨日のお前は惚れ薬でおかしくなってたから、あの告白が本物じゃない事くらい分かってる…。あたしみたいな女の子、全然好きじゃないもんな…?」
「いや、そんな事は……」
確かに昨夜は惚れ薬の効力で変になっていたが、まともな状態である今見ても胡桃は充分に魅力的な娘だ。彼はそれを伝えようとしたが、胡桃は『気を使わなくていい』と言って言葉を遮っていく。
胡桃「お前があたしみたいな娘はタイプじゃないって分かってるけど、でもあたしは……あたしはっ………」
胡桃に握られていた手により強い力が込められ、それと同時に視線も強くなる…。彼女は潤んだ瞳で彼の事をじっと見つめたまま、深く息を吸ってから口を開いた。
胡桃「あたしは……お前のことが大好きだ…」
…静かな声で、しかし彼にはハッキリと聞こえるくらいの声でそう告げると、胡桃は上げていた顔をまた俯けていく…。彼はただ手を握り返したまま、横に立つ彼女の事を見つめていた。突然の告白に驚きが隠せず、少しずつ口が開く…。しかし、突然過ぎて何と言えば良いのかが中々分からない…。
二人して無言のまま数秒の時が過ぎると強い風が吹き、側にあった木々の葉を揺らしていく…。また、木の葉だけでなく胡桃の前髪やツインテールもその風になびいてゆらゆらと揺れ、彼女はそれと同時に声を漏らした。くすくすと…イタズラな笑い声を。
胡桃「っ…く……あははっ、何だよその顔?本気にしたのか?」
「……あっ?」
胡桃「へへっ、今のはほんの冗談…昨日の仕返しだよ。告白された時のドキドキとか焦りをお前にも味あわせてやろうと思ってな。ふふん、その様子だとかなり効いたみたいだな?あたしも捨てたもんじゃないってことか…」
「ん…んん……」
ハッキリ言わせてもらうと、効いたなんてものじゃない。
告白時の彼女の潤んだ瞳、紅潮した頬、桃色の唇、微かに震えた声の破壊力は凄まじく、今も胸の高鳴りが抑えられない…。胡桃のネタばらしがあと数秒遅れていようものなら、彼はそのまま『付き合ってくれ』と返事を返していたかも知れなかった。
胡桃「よしよし、これでおあいこだ。昨日の事は綺麗さっぱり水に流そうぜ。もう全部忘れて無かった事にしよう」
胡桃は眩しい笑みを浮かべてその場を去り、中断していた走り込みを再開していく。彼女はああ言っていたが、昨日の事を全て忘れるなど彼には出来ない…。昨夜に感じた彼女の唇の感触や下着姿はそう簡単には忘れられない。むしろ、忘れてたまるか…とすら思っていた。
そして、それは胡桃自身も同じだった…。
彼女もまた、彼と過ごした昨夜の出来事を忘れるつもりなど無く、走り込みをしながらもそれを思い返しては顔を赤らめ、そしてニヤニヤと頬を緩めるのであった。
いつまでも気まずい雰囲気に包まれていそうな彼と胡桃ちゃんですが、みーくんが気を利かせてくれたお陰でどうにかいつもの関係に戻りました。……が、りーさん&由紀ちゃんの方はまだまだお互いに気まずそうですね(汗)
まぁ、こちらの二人もすぐ元の距離感に戻れるはずです!
惚れ薬回は終わったので、次回からはまた通常回…もしくはまた別のネタ回になるかと思います。ではでは!!