軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百三十七話『いきぬき』

夜、皆との夕飯を終えた後で悠里は三階へと上がり、そのまま柳の部屋へ入ると『ごほんっ』と咳払いする。悠里がここへとやって来た理由は二つ…。一つは、自分達をこの屋敷に住まわせてくれている事へのささやかなお礼として、柳にコーヒーを差し入れする事。そして、もう一つは柳の仕事の進展状況を確認する為だ…。

 

 

悠里「あの……胡桃を治す方法、見付かりましたか?」

 

ただでさえ色々と世話になっているのだから、こうして急かすように尋ねるのは少々気が引ける…。しかし、悠里はそれが気になって仕方なかった。出来るのなら、良い返事を返して欲しい…そう願いながら目線を向ける彼女に対し、柳は苦い表情を返していく。

 

 

柳「そうだな…もう少々時間が必要だ。色々なパターンを試し、完全なワクチンを作ろうと試みてはいるのだが…どうにも上手くいかない」

 

悠里「…………」

 

柳「が、全く進んでいない訳でもないよ。ある程度、ここをこうすれば良いという目処(めど)は立ってきた。だから大丈夫だよ」

 

悠里を安心させるべくそう告げると、柳はデスク前の席についたままグッ…と伸びをして体を解す。

 

 

柳「彼にも散々言われてるし、こればかりは成功させないとね。恵飛須沢君に何かあれば狭山君も、それに穂村君も悲しむだろうし…」

 

悠里「真冬さんはともかく、穂村さんも?」

 

柳「ああ、あれは可愛い女の子に目が無いからね。以前ここには狭山君しか女子がいなかったが、今は君達がいる。そのせいか知らないが、最近の穂村君はやたらと元気だ」

 

それは良いこと…なのだろうか。

普通の人なら元気が一番なのだが、穂村の場合は少しだけ落ち着いた方が良いようなそんな気がして、悠里は苦笑する。

 

 

柳「そう言えば、君達は元々四人だけで巡ヶ丘にある学校に暮らしていたんだよね?そして、その学校を出た後に彼と出会ったと……」

 

悠里「ええ、色々あって、あの学校に暮らし続けるのが少しだけ難しくなりましたから…。ふふっ、卒業旅行みたいなものです」

 

柳「卒業旅行か。君達がどんな生活をしてきたか…そしてどんな経験をしてきたかは恵飛須沢君や直樹君から少しだけ聞いていたが、君達はこんな世界でも可能なだけ楽しく生きようと努力してきたようだね」

 

悠里「…はい、後ろばかり見ていても仕方ないですから、少しでも楽しく、幸せに生きていかないと…」

 

毎日楽しい…毎日幸せだ…。

そう思っていないと、心が一気に砕けてしまいそうになる…。

自分を保てなくなりそうになる…。

悠里はほんの少しだけ顔を俯けた後、またニコリと笑って前を向く。

 

 

悠里「けど、最近は本当に楽しい毎日を過ごしてます!前は四人だけだったけど、今は彼もいるし、真冬さん達もいますから」

 

胡桃の事について少し話をするだけで終えるはずだったのに、悠里はそのまま口を開いてこれまでの事を語っていった。彼と出会う前の事から、出会った後の事……その中でも一際楽しかった日々についての事など、色々な事を語っていく…。中でも柳が興味を示したのは、以前に立ち寄った温泉の話題だった。

 

 

柳「天然温泉か……なるほど、そういうのも楽しそうだね」

 

悠里「ええ、この家のお風呂もとても気持ちいいですけど、あの時浸かった温泉も凄く気持ち良かったですよ」

 

まぁ、屋外にある温泉なので"かれら"はもちろん、一人待機してもらっていた彼の覗きに警戒するのが大変だったが、それでも心地よい思いが出来た。当時の事を思い出した悠里がニコニコ微笑むと、柳は天井の方をジーッと見つめながら顎に手を添える。

 

 

柳「ふむ、たまには外で息抜きするのも良いだろう。もしよければ明日にでも行ってきたらどうだい?」

 

悠里「えっ?行くって……あの温泉にですか?」

 

柳「ああ、君達はここ数日は敷地外に出ていないし、たまには息抜きしたいだろう?まぁ、感染者達の事を考えると油断は出来ないかも知れないが、しっかりと警戒しつつ楽しんできたらどうかな?必要ならば人手を貸すし」

 

確かにこの屋敷に来て以降、庭よりも外へは出ていない。

たまには皆と共に外へ出掛けるのも良さそうだ。

 

 

悠里「う~ん…そう、ですね…。最近は勉強ばかりしてたからみんなも息抜きが必要かも知れないし…ちょっとだけ出掛けるのも悪くないのかも…」

 

柳「ま、皆と相談して決めてくれ。それともしよければ、狭山君の事も誘ってあげて欲しい」

 

悠里「はい、元からそのつもりでしたよ」

 

悠里は『ふふっ』と笑ってからペコリと頭を下げ、柳の部屋を後にする。その後、彼女は由紀や胡桃、美紀や真冬、彼の部屋を回り、その事を話していった。結果……全員がその旅に賛成したので、悠里は自室へと戻ると明日へ備えて身支度を整えていった…。

 

そして、柳もまた自室へ圭一と穂村を呼び出し、事情を説明する。

悠里達が明日、外へ出掛けるかも知れないという事と…もし彼女達が必要とするならば、その旅に同行して外の脅威から守ってやって欲しいという事…そして、なんなら自分達もその温泉とやらを楽しんでくれば良いという事を。

 

 

圭一「温泉?わざわざそんな所に行かなくとも、風呂ならあるだろう」

 

柳「それもそうだが、風呂と温泉はまた違うと思うよ?」

 

圭一「…そうか?大した違いは無いと思うが」

 

やはりというか、思った通りというか、圭一の方はあまり乗り気では無いらしい。…が、その一方で穂村の方はかなりテンションが上がっているようだ。

 

 

穂村「おい!それって混浴か!?混浴オーケーか!?」

 

柳「いや~、流石にダメだろうね。狭山君が許さないだろう」

 

穂村「ぐっ!!まぁ、そこは仕方ないか…。けど、屋外にある温泉なんだよな!?露天温泉なんだよな!?なら良し!!準備してくる!!!」

 

凄い勢いで駆け抜け、穂村はそのまま部屋を出ていった…。

 

 

柳「……準備?」

 

穂村の言っていた言葉が少し引っ掛かったものの、あまり深くは考えないようにする。準備とだけ聞けばなんて事ない、きっと替えの服やタオルを用意しておくつもりだろうと考えられるが、あの男のことだ……きっと、余計な物まで準備してくるつもりだろう。

 

 

圭一「…間違いなく面倒な事になるぞ、穂村は置いていった方が良い」

 

柳「う~ん…君の言いたい事は良く分かるが、あれだけ張り切ってるのに留守番というのは少しかわいそうじゃないか?」

 

圭一「お前、人に対して"かわいそう"とか思うようなヤツだったか?もっとこう……他人を見下すタイプかと思っていたが」

 

柳「まぁ、使えない人間は嫌いだね。そういうヤツが相手なら思い切り見下しもするだろうが、穂村君は中々使えるやつだ。どこか憎めないしね」

 

チャラチャラとしていて落ち着きなく、いつでも騒がしい穂村だが、心の底から嫌いにはなれない。だからこそ、柳はほんの少しだけ甘さを見せた。

 

 

柳「連れていってやれ。面倒な事をしそうになっても大丈夫、狭山君がどうにかしてくれるさ」

 

圭一「人任せなヤツだな…」

 

しかし、柳の考えはそう間違ってもいない。

確かに真冬なら、穂村が何かをしでかそうとも阻止するだろう。

 

 

柳「そう長い旅にもならないだろうから、ここは私一人だけで大丈夫だ。だから君も行ってくるといい。…というか、行ってきてくれ。今回の旅のついでで良いから、その目的地の辺りを軽く調査してきて欲しいんだ」

 

圭一「…はぁ、分かった。適当に付き合ってやるよ」

 

戦力なら穂村、真冬だけでも充分過ぎるくらいだと思うし、それに彼に胡桃だって比較的良く動ける方だ。わざわざ自分まで行かなくとも……なんて事を思う圭一だったが、ここは仕方なく、柳に従う事にした。

 

 

 

 




かなり前に温泉回を書きましたが、あの時よりもずっと見易く、よりドキドキ出来るものを書ければなぁと思って今回の話を始めました(´▽`*)今度の旅には真冬ちゃんも同行するので、女性陣の入浴シーンはより華やかになるかも知れませんね。

あとは彼と…そして恐らく同行してくるであろう穂村が変な真似をせずに大人しくしている事を祈るばかり…。

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