穂村「ふっふっふ、そろそろか~?」
悠里達のキャンピングカーに続いて車道を走り続けてかなり経った頃、穂村は自分の車を運転しながらポツリと呟きニヤリと微笑む。辺りはすっかりと木々だらけになってきており、目的地である山中の温泉とやらが近付いているのを感じた。
圭一「…お前、ほんとに楽しそうだな」
穂村「そりゃ楽しいさ!あんな可愛い娘らと温泉だぞ?楽しくない訳がない。柳さんも来りゃよかったのになぁ~」
助手席に座っている圭一はその言葉を聞いて呆れたようなため息をつき、そのまま静かに窓を開く。そうして通ってきた風がいつもより少しだけ心地よいものに思えたのは、街と山とで空気が違うからだろうか…。
圭一「柳には柳の仕事があるみたいだからな、遊んでる暇なんてないんだろう。それに、俺達だってただ遊びに来たわけじゃない。俺はこれから行く目的地に使えそうな物資はあるか…生存者はいるか…それらを調べるのが仕事だし、お前は胡桃の護衛をするのが仕事だ」
穂村「おいおい、もっと気ぃ抜いても良いんじゃないのか?物資なんてまだまだ余裕があるんだから適当に集めりゃ良いし、他の生存者なんていようがいまいがどうでも良いと思うけどなぁ?」
もっとも、その生存者がとてつもない美人だったりしたら話は別だ…なんて事を言いながら穂村はまた笑い声をあげ、そしてそれをピタリと止める。物資の事も生存者の事も正直どうでも良いが、もう一つの事は少々気になった。
穂村「…それと、護衛すべきは胡桃だけじゃないだろ?」
圭一「いや、胡桃だけだ…。アイツに何かあると柳の仕事に支障が出るが、他の奴らは違う。柳がアイツらを屋敷に住まわせているのは感染を抑えている胡桃に興味があるからってだけで、あとの奴らはオマケだ。わざわざ護衛してやる必要は無い」
穂村「つまり…胡桃以外はどうなっても構わねぇって?それ、柳さんが言ったのか?」
圭一「そういう訳じゃないが、アイツならそう考えてるだろうと思った。自分の研究、というか仕事の糧になる胡桃はともかく、あとの奴らはどうでも良いと考えてるだろう…」
確かに柳ならそう考えていてもおかしくは無い…。
おかしくは無いが、その柳も最近は…彼女達がやって来てからは少しだけ優しい雰囲気が出てきたような気がしている。
穂村「ったく、圭一さんはひねくれた考えしか出来ないヤツだなぁ…。確かに胡桃の治療が目的でアイツら全員を屋敷に住まわせる事にした訳だけどさ、何もそれだけじゃないだろ?ほら、アイツらって今はもう狭山の友達だし?」
圭一「…それが何だ?」
穂村「だから~、柳さんがアイツら全員を住まわせているのは何も胡桃だけが目当てって訳じゃなく、あの狭山に出来た友達を守ろうとしてるってのもあると思うわけよ」
人付き合いが苦手そうだったあの真冬が、今は彼女達と楽しげな日々を過ごして笑っている。氷のように冷たい印象だった真冬が年相応の少女のように笑うのはこれまでに一度も見たことが無かったのに、彼女達が来てからは本当によく笑っている…。
穂村「ほら、柳さんって前から狭山に甘いとこあるじゃん?まぁ、アイツが女の子だからってのもあると思うけど、もしかしたら娘を見てるような感覚なんじゃないかな~って思うわけよ」
まぁ柳は結婚なんてしていなかったようだし子供もいなかったようだから、あくまでも感覚的な問題だと思う。狭山を助けてある程度の面倒を見ていく内、ちょっとした愛着が沸いたのだろう。だからこそ、そんな真冬に出来た友達を守ってやろうと考えているのではないだろうか…。
圭一「…どうだろうな。俺が思うに、柳はそこまで優しいヤツでも無いと思うが」
穂村「ま、俺もそう思ってたけどさ…最近は少し雰囲気変わってきたと思わないか?前よりも少~しだけ優しくなったような、そんな気がさ」
…確かに、それは圭一も感じていた。
以前の柳は笑顔の内に何を隠しているのか分からないような奴だったが、由紀達がやって来てからは少しだけ落ち着いた雰囲気になっている…。もっとも、そんな柳以上に変化した人物を圭一は知っていた。
圭一「変わったといえば、お前と狭山はもっと変わったな。特に狭山のヤツは…」
穂村「だな、ああしてみると狭山も普通の女の子なんだなぁって思うよ。…そして、俺も普通に優しいお兄さんだったんだなぁって…」
圭一「狭山が普通の女の子っていうのはある程度同感するが…お前は普通でもなければ優しくもないだろう」
ボソッと呟いてやると穂村はヘラヘラと笑い、圭一は呆れたようにため息をつく…。真冬と同様、穂村も由紀達がやって来てから多少は変わったが…根底は変わっていない。今も変人のままだ。
穂村「…ま、何はともあれ楽しもうぜ。守るのは胡桃だけとかつまんない事言わないで、全員守ってやれば良い。仲間は大切にしないとな?」
圭一「お前にとって、アイツらはもう全員仲間なのか?」
穂村「ふふっ、当たり前だろ?可愛い娘はいつでも歓迎だ」
まぁ穂村は彼女達に甘いし、悠里に対してはまるで女神のような扱いをしている。元々が女好きな性格のようだから、この反応も当然と言えば当然か…。
その後、また暫くすると車が山奥にある温泉街へとたどり着き、辺りある旅館や土産物屋が視界へと入る。もしも世の中がこんな事にさえなっていなければ、観光や旅行に来た人で賑わっていたのだろう。
穂村「んっ?到着か?」
圭一「…みたいだな、降りるぞ」
前を進んでいたキャンピングカーがピタリと停まり、由紀達が嬉しそうな笑みを浮かべて降りてくる。それを見た穂村も適当な位置に車を停めるとエンジンを切り、外へ降り立った。今のところ、周囲に"かれら"はいない。
穂村「ええっと、目当ての場所はここで?」
悠里「正確に言うと、ここから更に進んだ場所にある温泉が目的地ですね。歩きでしか行けないような場所にあるから、車はここに置いていかないといけなくて…」
穂村「へぇ~……」
悠里は由紀と美紀と胡桃、そして彼と一ヶ所に集まって辺りを見回し、話し合いを始めた。恐らく、その温泉がどの辺りにあるのかを思い出そうとしているのだろう…。
圭一「…とりあえず、俺は物資でも探しながらこの辺を見て回る。お互い、やることが終わったらここに集合しよう」
穂村「え?圭一さんは温泉行かないのか?」
圭一「屋敷に帰ったら風呂に入る。それで充分だ」
しかし、慣れていない土地で一人になるのは危険ではないだろうか。
悠里達は少し心配そうな目を向けるが、圭一の事を以前から知っている真冬と穂村は全く心配などしていないらしい。
真冬「心配しないで、圭一さんなら一人でも大丈夫だよ」
悠里「…そう。じゃあ、その…気をつけて下さいね?」
圭一「……ああ」
一言呟き、圭一は街の奥へと消えていく。
その後、悠里達は温泉の場所をしっかりと思い出したらしく、一同は温泉街から外れた所にある山道を進み始めた。進む山道はそばにある木々の大きな枝や、斜面から転がってきたのであろう岩等があって少々歩きづらい…。元々はもっと綺麗な道だったのだろうが、今は整備する人もいないので荒れ放題なのだろう。
胡桃「おい由紀、足もとには気を付けて進めよ。転んで怪我でもしたら大変だからな」
由紀「うん、わかってるよ。…っていうかそれ、他のみんなにも言いなよ!なんでわたしにだけ言うのっ?」
胡桃「そりゃまぁ…この中だとお前が一番危なっかしいからっつーか、何と言うか…とにかく!気を付けて進めよ」
悠里と美紀は言わずとも慎重に歩いているようだし、彼や穂村、真冬も心配なさそうだが、由紀だけはこの先の温泉を楽しみにし過ぎているあまり少しだけ早足でいる。だからこそ胡桃は彼女にだけ注意をしたのだが……その矢先の事だった。
胡桃「うわっ!?」
爪先でも引っ掛けたのか、胡桃はそのまま地面に膝と両手をつく。
そばを歩いていた悠里は心配そうに手を差し出してくれたが、由紀は地面に膝をつく胡桃の方を振り向いてニヤニヤと笑っていた。きっと、"今わたしに注意したばかりなのに…"とでも思っていたのだろう。
胡桃「くっ…な、なんだよ、その顔っ」
由紀「ふっふっふ…胡桃ちゃん!足もとには気を付けて進まないとだめなんだよ~♪転んで怪我でもしたら大変っ!」
胡桃「っ…ぐぅぅぅっ!」
ついさっき聞いたような台詞を告げ、由紀はニヤニヤと笑いつつ胡桃の肩に手を添える。すると胡桃の顔が悔しさと恥ずかしさの混じったような表情になり、彼女は由紀から顔を背けながら立ち上がった。
美紀「けど、本当に気を付けて下さいよ?怪我とかしてないですか?」
胡桃「あ、ああ……平気」
真冬「……………」
見たところ、膝を擦りむいたりもしていないようだ。
美紀や悠里が安堵の表情を浮かべて胡桃や由紀と共に歩を進めていく中、真冬は大きなカバン二つを背負った状態で胡桃が転んだ位置を暫く眺めていく。見たところ、爪先が引っ掛りそうな小石や枝などは見当たらないが…。
穂村「おい、先に進まなくていいのか?」
真冬「あ……うん、進むよ」
真冬は再び動き始め、少し先まで行っていた悠里達と合流していく。
彼女達から一歩遅れで進んでいた彼もそれに追い付こうとしたが、その時穂村が声をかけた。この男も真冬と同様、やけに大きなカバンを肩に背負っている。
穂村「ちょいと待て、少しだけアイツらから距離を空けるぞ」
「どうして?」
穂村「お前にだけ言っておきたい事がある。これはとてつもなく重要な話であり、アイツらには絶対に聞かれちゃいけない話だ…。狭山のヤツは無駄に耳が良いから、出来るだけ慎重にな……」
いつに無く真面目な表情をする穂村を見て、彼は歩く速度を落としていく…。数メートル前を行く彼女達は何気ない雑談を交わして歩くのに夢中らしく、彼等との距離が空いている事には気付いていない。
「…で、重要な話って?」
しっかりと小声で尋ねていくと、穂村は先を行く彼女達との距離を確認し、一人頷く。これだけの距離があればもう大丈夫と思ったのだろう。穂村はのんびりと歩きながら彼の方を見つめ、その口を開いた…。
穂村は何やら話をしたいようですが、それが本当に大切な話なのかどうかは不明…。まぁ、少なくとも穂村にとっては重要な話なのでしょうな。ヤツが彼に何を言おうとしているのか、大体の方は予想出来ていると思いますが、それは次回明らかにしていきます!
ではでは~!