知花「じゃあいいや、お芝居は終わり!」
「………お芝居?」
物静かな校内の廊下の上……彼は目の前にいる女からある一定の距離を開き警戒しつつ、女が言った『お芝居』という言葉の意味を問う。女はそう問われてすぐにコクリと頷くと、やたらと楽しげにニコニコと微笑み口を開けた。
知花「そう、お芝居。私は昔からそういうのが大好きで普段から演技をしてるの。気弱で大人しい人間を演じてた方が周りの人も警戒しないし、何かと便利なので」
女は…知花咲はそうやって大人しい人間を演じて、様々な生存者達に受け入れられてきた。大人しくて弱い女を演じてれば、周りの者が自分を守ってくれる。それに、色んな調査もスムーズに進む事が多かった。
知花「…けど、キミは騙せなかったね。
これまで色んな人と出会ってきたけど、会ってすぐに怪しまれたのは初めてだったから結構ショックです〜」
知花が言葉を放ちながら一歩寄ってきたが、彼はそれに合わせて一歩下がる…。見たところ武器は持っていないようだが、上着の内等に隠してる可能性はある。…とはいえ、相手は女性一人。少し警戒し過ぎな気もするが、この女からはやたらと嫌な雰囲気が漂っている。警戒し過ぎるくらいで丁度良さそうだ。
知花「………そんな警戒しなくても大丈夫。
今ここでキミに危害を加えたりするつもりは無いから…。
ただね、せっかく会えたんだし…一つお願いしても良いかな?」
「お願い?」
警戒は解かずに聞き返す。
知花はすぐ、それに答えた。
知花「私のボスがね、“記念品”が欲しいって言ってるの」
「は、はぁ……?記念品…?」
知花「そう、記念品。
…まぁ、いきなりこんなこと言われてもなんの事だって思うよね。
けど、その“記念品”っていうのはキミもよく知ってるモノだと思うの。私のボスって結構変わっててね、偶に変な物を欲しがったりするんだけど、そういうところも面白くて…」
その“ボス”とやらの事を思い浮かべているのだろう……知花はニヤニヤとだらしなく笑い、その場で小さく足踏みをする。先程までの笑顔には何か裏があるような気がしたが、今のこの笑顔にはそういったものを感じない…。
彼は額に冷や汗を浮かべ、なんとも言えぬ目線を向ける。知花はそれに気付くなりハッとした表情を浮かべて咳払い一つすると、改めて話を進めた。
知花「えっと……とりあえず聞きたいんだけど、今日、ここに来てるのはキミと狭山真冬ちゃんだけ?」
「…なんで真冬の名前を?」
この女が真冬の名前を知ってるのもそうだが、真冬がここに来ている事を知っているのもおかしい…。もしかすると、この女はここで自分と会う前に真冬と会っていたのだろうか?だとしたら、真冬は無事だろうか?この女に何かされてはいないだろうか?
彼がそう考えて胸に不安を募らせる中、知花は答える。
知花「あの子の名前を知ってる理由なんてどうでも良い。
で、どうかな?今日は二人だけです?他の人は?」
「いや…今日は二人だけだよ」
嘘を吐こうかとも思ったが、そんなのは意味が無さそうだ…。
彼は知花の問いに対し、正直に答える事にした。
知花「あ…………二人だけなんだ……。
一緒に来てると思ったんだけど、運が悪かったですね………じゃあ、ここで言い合ってても仕方ないか…。うん、ごめんなさい。さっきのお話は忘れて。“記念品”はまた今度貰う事にするから。いやぁ…せっかく来たのに運が無かったなぁ…」
ここに来ているのは彼と真冬だけ…。
それを知った瞬間、知花は彼に背を向けてその場を去ろうとする。…が、彼女は数歩進んでからまた振り返り、彼の目を見つめた。
知花「そう言えば、一階の方で私の連れと真冬ちゃんが争ってますよ。…まぁ、あの人らじゃ多分、真冬ちゃんには敵わないだろうけど」
口振りから察するに、この女は真冬の名前だけでなく、真冬がある程度の力を持っている事も知っている…。とことん怪しい女だが、今の話が本当なら早く一階へと向かい、真冬に力を貸した方が良いだろう。
知花「じゃあ、また会いましょうね〜」
知花からは少しの敵意も感じなくなった為、彼は彼女の横を通り過ぎて廊下を進む…。途中、後ろをチラッと見てみると、知花がニコニコと微笑みながらこちらに手を振っているのが見えた。
(ほんと、何なんだ?
おかしな人だな………)
絶対に危ない人だとも言えないが、絶対に安全な人だとも言えない…。
あんな人間は初めて見た。
(まぁ……今はそれよりも真冬のところに―――)
真冬の元に向かわねば……。
廊下を進み、階段を降りるべく横へと曲がる。
その時………彼の視界に銀色の物体が映った…。
細長い銀色のそれはブンッ、という音を立てて空を切りながら凄まじい速さで顔に寄ってきて………
「!!?」
危うく顔面にぶつかりそうになったが、咄嗟に姿勢を低くして避ける。視界に飛び込んできたそれの正体は鉄パイプのような棒。そしてそれを持っていたのは、目付きの悪い見知らぬ男だった。どうやら、曲がり角で待ち伏せをして彼を殴り倒すつもりでいたらしい。
だが、初撃の不意打ちは
あれをまともに受けていたら、怪我どころでは済まなったかも知れない。…と、安心する暇すら彼には無い。男はもう一度、その鉄棒を横に振るう…。彼は横へと飛んでそれを躱そうとしたが、ほんの少しだけタイミングが遅かった。
「ぐっ…!!」
ガンッ!という音が鳴り、側頭部に痛みが走る…。
避けようとして飛んだ事でまともな直撃は免れたが、それでもあんな鉄の棒を頭に向け振払われて痛くない訳がない。
(ああまったく…面倒くさい…!)
殴られた反動でよろけつつ、腰に下げていたナイフを取り出して戦おうとする。しかし目の前の男は彼がナイフを取るよりも先に右足で蹴りを放ち、彼はそれをまともに受けてしまった…。男の蹴りを受けた彼はバランスを崩し、側の階段を転げ落ちる。
知花「あっ……」
少し離れていた所からそれを見ていた知花はその場に駆け寄り、彼を蹴飛ばした男の横に立つ。男は彼が下の階に続く踊り場まで転げ落ちたのを見届けると知花の方に視線を移し、小さく鼻で笑ってから口を開けた。
「こんな場所に来たところで何も無いと思っていたが、そんな事もなかったな…。知花の意見を聞いておいて良かったよ」
知花「偶には、こういう学校の中を調べるのもありかな〜と思って」
知花は会話をしながら視線を移し、階段下を眺める…。
視線の先、階段の踊り場では彼が横向きに倒れていた。しかも、下の階からは二体の感染者がやって来ている…。
「丁度良いタイミングだ。とどめを刺す必要もなくなるな」
横たわる彼に感染者が寄るのを見て、男は手にしていた鉄の棒を下ろす。
必要ならこのまま彼のところまで降りてとどめを刺すつもりでいたようだが、都合の良いタイミングで感染者がやって来たのでこれ以上自分が手を下す必要は無いと考えたらしい。
「ところで、あの男は何か使えそうな物を持っていただろうか…。
もし持っていたようなら、死体になった後で貰っておきたいが…」
知花「う〜ん……どうでしょうね…」
「…まぁいい、後で調べる」
という会話をしてる内、感染者が踊り場へと上がる。
当然、感染者らはそこに倒れている彼の存在をしっかりと確認していた。二体の感染者は呻き声をあげながら彼の側へ、ノソノソと歩み寄る…。
彼はそれに気付いて仰向けになると、覆い被さるようにして襲い掛かってきた感染者らを腕で押して必死の抵抗をした。襲い掛かってきた感染者はどちらも、この学校の女子生徒だった子のようだ。ボロボロだが、由紀達と同じ制服を着ている…。
「ぐっ!うぅっ…!!」
二体の*1感染者が大口を開け、顔や首、腕や肩に噛みつこうとしてくる。彼は感染者の胸元を左腕で押して抵抗しながら右手にナイフを取り、どうにかこの二体を倒そうとした…。が、さっき殴られた頭が痛い。階段から転げ落ちた時に打った体が痛い。
(これは…マズイかも……)
背中が痛い。肩が痛い…。
体に感じる鈍い痛みや、焼ける様な痛み…。
それらに苦痛の声をあげつつ、彼は抵抗する。
そして………彼は立ち上がった。
自分に襲い掛かってきた二体の感染者の頭をナイフでしっかりと突き、二度と動かぬようにして…。
「はぁっ……はぁっ………」
右手にナイフを持ったまま踊り場に立ち、上にいる男と知花を見る。
あの状況でも彼を仕留められなかった事を面倒に思ったのか、男の方は面倒そうにため息をついていた。一方、知花の方はパッと見た限り無表情だったが、ほんの一瞬だけ…彼と目が合った瞬間に微笑みを浮かべていたようだ。
「いきなり殴りがかってくるなんて、少し卑怯じゃないかな…」
彼は息を整えつつ、自分を殴った男に向けてそう言い放つ。
感染者の返り血を浴びたのか、彼の顔と上半身は血に濡れていた。
「悪いが、そうするのが一番楽なんだよ。
他の生存者を見付けたら
「お断り…。
まったく、やられた方は
が、こうして明らかな敵意を向けてくる相手の方がやりやすい。
少しの遠慮も、躊躇いもいらないから……。
彼はナイフをギュッと握り直し、上にいる男を睨む。
頭を殴られ、身体を蹴られ、階段から転げ落ち、何箇所か怪我をした…。この状況でどこまでやれるか分からないが、それでも―――
(少し面倒だけど、やれるだけやってやる…)
彼は階段を一歩上がる…。
男の方も彼を迎え撃つ気でいるらしく、手にしていた鉄棒を構えていた。
知花「…もう、ここも終わりでいいですかね」
彼と男が向かい合うその最中、知花がポツリと囁く…。
次の瞬間…彼はしっかりとそれを見た。
男の後ろに立っていた知花が上着の内から小さな刃物を取り出し、それを使って目の前にいる男の首を、背後から切り裂く瞬間を…。
「っ!?」
彼は思わず足を止め、驚きの声を漏らす。
知花に首を切られた男は彼の様に驚き、裂かれた喉を手で押さえている。が、かなり深くまで切られたのか、出血が止まらない…。結局、男は喉を押さえたまま独りでに倒れ、階段を転げ落た。ゴロゴロと音を立てながら転げ落ちた男は階段を上りかけていた彼の横を通り過ぎ、踊り場に倒れる…。まだ痛みに悶え、苦しんでいたが、この様子では助からないだろう。
知花「ごめんね、リーダー」
「リーダーって……この男が?」
知花の動きを警戒しつつ尋ねる…。
彼女は彼の問い掛けに対し、ニコリと笑って頷いた。
知花「そう、私が今いるグループのリーダー」
「…何でこんな事を?大体、あんたさっき、嬉しそうにこのリーダーの事を話してたでしょ…。記念品がどうとかって…」
知花「えっ?いやいや、違いますよ。さっき私が話したのはリーダーじゃなくて、ボスの話。この男はあくまでこのグループのリーダーであって、私のボスとは何の関係も無いの」
言ってる事が今一つ理解出来ないが、少なくともこの女にとって今の男の存在は何ら重要ではないのだろう…。彼がゆっくり階段を上がって側にたどり着くと、知花はナイフをしまってリーダーだった男と彼を交互に見つめる。
知花「あの男を殺したのは、あの男よりもキミの方が面白そうだし好きだから。私の笑顔にあっさり騙されなかったのもキミが初めてだし、それに…このグループはもうどのみち終わりだろうからね。他の連中も真冬ちゃんにやられちゃってるだろうし、私もそろそろ自分の所に帰ろうかな〜」
「………そうだ…真冬、探さないと…」
面倒な目に遭っていたせいで忘れかけていた…。
彼は真冬に会うべくまた下の階に降りようとするが―――
「っ………ぐ…」
崩れ落ちたかのようにその場に膝をつき、息を乱す。
額にはじんわりと汗が浮かんでおり、何やら苦しげだ。
知花「………キミ、もしかして……」
知花は彼の右肩に手を伸ばし、服を軽く捲る。
この部分はやたらと血に濡れていたので気になっていたが、それも全部感染者の返り血だと思っていた。……が、間違いだった。
知花「………噛まれちゃってるね」
彼の右肩には…感染者にやられた深い噛み傷が存在していた。
途中、ちょっとした解説を入れさせてもらいました。
初めて使う機能なので少し不安ですが、これからも良いタイミングがあれば使っていこうと思います…。
余談ですが、今日…12月10日はみーくんの誕生日ですね!
けど、記念エピソードやイラストは書けてない…。
みーくん、ごめん…(泣)