軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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百五十七話『おはよう』

 

 

 

 

………彼女らと出会い、どれだけ経ったのだろう。

数週間か…数ヶ月か……ハッキリとは分からない。

けど、体感的にはもうかなり長い間一緒にいる気がする。

 

みんなそれぞれタイプは違うが、とてもいい人達だ…。

もし彼女らと出会っていなかったら、自分は今頃何をしていたのだろう。未だに一人でのんびりと生き続けていたのだろうか。それとも、"かれら"と同じ様な存在になっていたのだろうか…。何にせよ、つまらない日々を送り続けていたに違いない。

 

由紀、悠里、胡桃、美紀…。

彼女らと出会えたからこそ、こんな世界でも毎日楽しく過ごす事が出来たんだ…。彼女らのいない世界なんて面白くない。もう一人は嫌だ…。みんなと別れるなんて、絶対に…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「………………」

 

目は閉じていた…。

けど、(まぶた)越しに光が入ってきて、その眩しさに目を開ける…。そばにあった窓はカーテンが開かれており、日差しが部屋の中を照らしていた。こんなふうに照らされては、眩しくて寝ていられない…。ベッドに寝そべったまま左手を伸ばし、窓のカーテンを軽く閉める。完全に閉めたわけでは無いが、少なくともこれで顔に日差しが当たる事は避けられた。

 

「……ったく、まだ寝足りないってのに」

 

一人愚痴をこぼし、伸ばしていた左手を再びベッドにしまう。

カーテンを閉める前にチラッと外を見た感じ、時刻はまだ早朝といった感じだった。…なら、慌てて起きる必要も無いだろう。このまま寝直そうとして目を閉じた時、彼はようやく右手の違和感に気付いた…。

 

 

「…………おぉっ」

 

自由に動かせる左手と違い、右手は何かに押さえられてるような感覚があった。押さえられてるといっても思い切り固定されてる訳ではなく、何かが優しく添えられているような感覚…。それは柔らかで温かくて、安心する感触…。その正体を確かめるべく視線を向けて、初めて気が付く。彼が眠っていたベッドのすぐ右側には椅子があり、胡桃がそこに座っていた。しかし彼女はベッドの上に顔を伏せるようにして眠っており、そのまま彼の右手を左手でギュッと握っていたのだ…。

 

(なんで、こんな状況に…?)

 

彼はほんの一瞬混乱したが、すぐに全てを思い出す。

あの時、自分はあの学校で感染者に噛まれた…。

その後は目の前にいた見知らぬ女や真冬といくらかやり取りをして………そこからの記憶が無い…。けど、大体の察しはつく。恐らく自分はあの後そのまま気を失い、ついさっきまで眠っていたのだろう。よく見ると、首元やら肩に包帯が巻かれている。怪我の治療をしてくれたのは柳だろうか…。ゆっくり身体を起こすと、ほんの少しだけ目眩がした。

 

「…ずっとそばにいてくれた…わけじゃないよな?」

 

胡桃はきっと、怪我した自分の事を心配して看病してくれていたのだろう…。けど、それはどのくらいだろうか?数十分か、数時間か…。そもそも、自分はどのくらいの間眠っていたのだろう?別行動していた筈の胡桃がこうして屋敷に戻っているという事は、それなりの時間が経っているのだろうか…。彼は色々と考えたが、とりあえず胡桃の手を握り返す。細い指がなんとも綺麗で、いつまでも握っていたくなる手だ。

 

 

(…そういえばあの時噛まれたんだけど、大丈夫なのかな?)

 

動こうとすると傷口が痛むし目眩もするが、大して気になるレベルではない。その他にこれといった違和感は無いし、もしかすると、柳は治療ついでに感染もどうにかしてくれたのだろうか?

 

(だとしたら凄いな……あの人)

 

一体どんな手を使ったのだろう…。

何か感染を抑える薬でも作り出し、それを使ったのだろうか。

彼は今、自分がこうして生きている事に感謝しつつ、左手を上げる。

そしてその手をベッド上に伏せて眠る胡桃の頭へと伸ばし、そっと優しく撫でてみた。随分ぐっすりと眠ってるようだし、周りには誰もいない…。なら、少しくらい良いだろう。

 

ゆっくり手を乗せ、左右に撫でる…。数往復撫でていくと胡桃がモゾモゾと動いたので少し慌てたが、彼女は変わらず眠り続けていた。

 

 

「………」

 

何故だか分からないが、こうして胡桃の頭を撫でていると心が安らぐ。これまでにも何度か、彼女の頭を撫でた事があった…。彼女が落ち込んでいた時に撫でてみたり、冗談半分で撫でてみたりした事があったが、いつだってそう………彼女の、胡桃の頭を撫でていると、とても落ち着く。

 

「……可愛い寝顔だな」

 

思い返してみれば、悩んだ時や落ち込みかけた時、胡桃はいつもそばにいてくれた…。ただの偶然かも知れないが、『誰かそばにいて欲しい』と彼が願う時は決まって胡桃がそばにいてくれた。今だって、胡桃は目覚めた彼のそばにいて、眠ったまま手を握っているくらいだ。

 

彼はその手を握りながら、胡桃の寝顔を見て一人微笑む。

感染者に噛まれた時、『もしかするとこのまま死ぬかも知れない…』と思ったからだろう。今、こうして胡桃の寝顔を見ていられる事がたまらなく幸せだ。

 

「………胡桃」

そっと呟き、左手で彼女の肩を揺さぶる。

しかし、彼女は起きない。

 

「…胡桃ちゃん。お〜い、くるみちゃ〜ん」

 

今度はもっと大きな声で、揺さぶる力も強くする。すると胡桃は『んん…っ』と声をあげて起き上がり、眠たげな瞳で彼を見つめた。

 

胡桃「……っ………あ……」

 

「…おはよう」

 

一言挨拶するが、胡桃は応えない…。

しかし、最初は眠たげだった瞳はだんだんと見開いていき、少しずつうるうるとし始める…。次の瞬間、胡桃は座っていた椅子を転がす勢いで立ち上がり、ベッド上の彼に勢いよく抱きついた。

 

「うぉっ!?」

 

突然の事に戸惑いながらも、彼はその身をしっかりと抱き返す。

胡桃は何も言わぬままギュッと身を寄せ、小さく肩を震わせていた…。あまりの出来事に、彼は自分は未だに眠っていて夢を見てるのでは…と錯覚しそうになる。が、やはりこれは現実だった。

 

「あ〜……もしかして、心配してくれてたのかな?」

 

冗談っぽく尋ねると、胡桃は抱き付くのをやめて慌てたように彼から離れる。彼女は床に転がっていた椅子を立て直すと再度そこに座り顔を横へと背けたが、よく見ると頬が赤くなっているし、瞳からは涙が溢れかけていた。

 

胡桃「心配、したよ…。

少し………ほんとに少し、だけどな」

 

溢れかけていた涙をさり気無く拭い、胡桃は笑う。

彼がその笑みにつられて笑ったその時、部屋の扉が開いて柳がスタスタと入って来た。

 

 

柳「おや?目を覚ましたのか?」

 

「おかげ様で…」

 

柳「なら良かった。とりあえずは一安心だな」

 

柳は彼のそばへ歩み寄り、軽く微笑む。

直後、胡桃が椅子から立ち上がり言った。

 

 

胡桃「あたしっ、みんなにも知らせてくる!!」

 

柳「ああ、よろしく頼むよ」

 

彼が目を覚ましたのがよっぽど嬉しかったのだろう…。

胡桃は満面の笑みを浮かべて頷き、その場を走り去っていく。

あの様子なら、すぐに由紀達を連れてここへと戻ってくるだろう…。彼はその前に聞いておきたい事があり、柳の方を見た。

 

「怪我の治療は柳さんがやってくれたんですよね?

あと、感染に対する処置も……」

 

柳「ああ、私がやった。怪我はまだ少し痛むだろうが、少なくとも感染に関する事は心配しなくて良い」

 

「もしかして、遂にワクチンでも完成させました?」

 

柳「いや、そういう訳じゃない。

詳しい事はまた後で説明するよ」

 

「…そうですか。あっ、あともう一つだけ…。まさかとは思うけど、胡桃ちゃんは一晩中僕のそばに?」

 

もしそうだったら嬉しいが、実際のところはどうなのだろう…。

ワクワクした表情で答えを待つ彼に対し、柳は言う。

 

柳「一晩中どころじゃない。君はあの日意識を失ってから丸二日以上眠ったままで、恵飛須沢君はその間殆ど君のそばにいた。勿論、若狭君達もかなりの時間、君のことを見守っていたが………君のもとを特に離れなかったのは恵飛須沢君だろうね。私が何て言っても何かと理由をつけて君のそばに付き、離れようとしなかった。多分、彼女は殆ど寝ずにいたんじゃないかな」

 

「!?……それ、ほんとですか?」

 

柳がコクリと頷くのを見た瞬間、彼は驚きの表情を浮かべる。

あの日から丸二日以上、胡桃はそばにいてくれた…。

しかもその間、自分は殆ど眠らずに…。

恐らく、彼が目覚める直前になってようやく限界が訪れ、眠りに落ちたところだったのだろう…。けど、彼女はその時までずっと寝ずに、見守っていてくれた…。

 

 

「……かなり心配させちゃったみたいだな」

 

柳「…まぁ、無事に目を覚ましたのなら何よりだ」

 

そうこう話している内、廊下の方から力強い足音が聞こえてくる…。部屋の扉が勢いよく開き、由紀と美紀、悠里と真冬に胡桃がやって来た。

 

 

由紀「〜〜〜っ!!!すごく心配したんだよっ!!」

 

由紀が大声をあげながらベッドに飛びつき、涙目でこちらを見る。彼はその目を真っ直ぐに見つめ返した後、そばに立つみんなの事を見回した。

 

「いやぁ、随分と心配かけたみたいで……」

 

美紀「まったくです!

もう…どれだけ心配したと思ってるんですか…」

 

悠里「……けど、元気そうね。

良かった……本当に良かった…」

 

美紀も悠里も、瞳が潤んでいる…。

彼が目を覚ましたのが嬉しくてホッとしているのだろう。

二人はベッドに飛び乗った由紀を降ろしてから改めて彼を見つめると、どちらともなく『ふふっ』と笑い出した。

 

 

真冬「あの………怪我、痛む?ごめんね…ボクのせいだ…。ボクがもっと注意して、キミのそばにいれば良かったのに…」

 

みんなが微笑みを浮かべる中、真冬だけは暗い表情で頭を下げる。

しかし、今回の出来事は真冬のせいなんかじゃない…。

 

「別に、真冬は何も悪くな――――――」

 

胡桃「ああ、真冬は悪くない。

一人でドジってミスしたこいつ自身の責任だ!」

 

彼が言い終わる前に胡桃が割り込み、ニヤニヤと笑う。

彼女の言う通り、真冬は何も悪くない…。誰かに責任があるとしたら、それはあの時に素早く正確な判断を出来なかった自分自身だと彼も分かっていたのだが、こうして他の人に責められると少しだけ悔しい。

 

 

「ま、まぁ……そうっすね…」

 

胡桃「ふふっ、これからは気を付けるようにしろよ〜」

 

胡桃が言うと、由紀や悠里もそれに続いて彼を責める。

責めるといっても、半分おふざけみたいな雰囲気だ…。

しかし、ちょっとした油断や判断ミスで今回の出来事が起きたのは事実。彼は胡桃らに責められてひたすら苦笑し、美紀はそれを見て楽しげに笑う…。そんな美紀の笑顔を見た真冬もあとからだんだんと表情が柔らかくなり、最後は彼女も微笑んでいた。

 

 

穂村「お〜!ほんとだ、目ぇ覚ましたんだな!」

 

「ああ、おかげさまでね」

 

少し遅れて、穂村も部屋へとやって来る。

さっきまでの話の途中、真冬がこっそりと教えてくれたのだが、どうやら穂村も少なからず彼の事を心配していたらしい…。穂村は彼が寝そべるベッド付近の壁に背を預けると上機嫌な感じで話し始め、やがて柳の顔を見てから思い出したように言った。

 

穂村「あっ!!そういえばあの時、お前の感染を抑えるのにどこだかの水が必要だって柳さんが言い出してさ。ま、その水自体は狭山が持ってきてたんだけど、お前、気ぃ失ってて水なんて飲んでくれそうになかったみたいでな。柳さんも少し困ってたみたいだけど、その時胡桃がさ――――――」

 

胡桃「ッ!!?!?バッ…!!やめろって!!

それ言ったらマジで怒るからな!!!!」

 

と言いつつ、胡桃はもう既に怒ってるように見える…。

真っ赤な顔をして穂村を睨み付け、息を荒くしていた。

 

 

「……胡桃ちゃんが、何か?」

 

悠里「…ああ、思い出したっ。そうねぇ……ふふふっ♪ねぇ胡桃。あの時の事、教えてあげても良いんじゃない?胡桃だって、彼を助けようとして―――」

 

胡桃「よくないよくないっ!!!!

もし言ったら、あたしはここから出てくからな!!!」

 

赤面しながら慌てる胡桃と、それをからかう悠里と穂村。

彼はその光景を見ながらただ、頭に疑問符を浮かべ続けた…。

 

 

 





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