軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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彼が目を覚ましてから、一週間経過した後のお話となっています!


百五十九話『なやみごと』

 

 

「んんん〜……」

 

リビングにあるソファに座り、彼は頭を悩ませる。

彼は先日、初めて感染者に噛まれて大変な目に遭った。

苦しい思いをして意識を失い、もうダメかとも思ったが……巡ヶ丘の学校から取ってきた例の水のおかげで目を覚まし、"かれら"のような存在にならずに済んだ。

 

自分はもちろん、もう胡桃の事も心配はいらない。

完璧なハッピーエンド……の筈なのだが…。

 

 

(やりたい事………なりたいもの………将来の夢………)

 

様々な事が一区切りした今、彼を悩ませる新たな問題がこれだ。

聞いた話だと、悠里や美紀、由紀はこれからの事を考え始めているらしい。胡桃はまだ悩んでいるようだが、彼女もきっとすぐにやりたい事を見つけるだろう…。

 

…が、彼は違った。

いくら考えてみても、将来の事が何も思い浮かばない。

強いて言うのなら由紀、胡桃、悠里、美紀…彼女ら四人の力になっていく事が自分の夢であり生き甲斐だと思っていたが、彼女らが別々の道を歩んでいくとなったらそれも難しい。

 

 

悠里「あらら……想像以上に悩んでるわね」

 

側にいた悠里が声をかける。

ソファに腰掛け、ため息ばかりついている彼の表情はかなり悩ましげで、流石の悠里も心配そうだ。

 

「……りーさんは立派ですよね」

 

悠里「別に、そんな事ないわよ。ただ、こんな私でも生き残ってる人の助けになる事が出来るのなら力になりたいと思っただけ。大変かも知れないけど、少しずつでも良い世の中にしていかなきゃ…」

 

この世界にはあとどれだけの生存者がいるのだろう…。

全く予想もつかないが、悠里はその生存者らの為に…世の中の為に……頑張ろうとしている。やはり、彼女はとても立派な人だ。

 

 

「……」

 

悠里「そんなに悩むのなら、あなたも私と同じ道に行ってみる?あなたが協力してくれるのならとても心強いし」

 

ああ、もうそれでも良いかも知れない…。

どうせいくら考えたところで答えなんて出ないのだから。

 

「そうですね……そうしようかな…」

 

彼は悠里の事を見つめ、小さく頷きながら口を開く。しかし悠里はその言葉を聞いても喜びはせず、むしろ呆れた様にため息をついた。

 

悠里「もう、冗談よ…。あなたの人生なんだから、あなた自身がやりたい事をしっかり見つけなきゃ。…もちろん、あなたが心から望んで私と同じ道に来るのなら大歓迎だけどね?」

 

冗談混じりな笑みでそう言って、悠里は彼の肩を叩く。

悠里と同じ道を進むのもそう悪くはない……けど、心から望んでそうなりたいかと言われたら、確かに少しだけ違う。

 

 

「ああ、本当に悩む……嫌になるくらい悩む……」

 

悠里「…焦らずゆっくり考えれば良いのよ。こういう事をしたい…こうなりたいって道があなたにも絶対にある筈なんだから」

 

「ある…のかなぁ……」

 

『絶対に大丈夫』…そう言って悠里が慰めてくれる。

ポンと軽く背を押しながら笑顔を向けてくれるだけで少し気持ちが楽になったが、実は…彼にはもう一つだけ悩みがあった…。

 

 

悠里「じゃ、庭に出て少し気分転換でもしない?

由紀ちゃん達もいると思うし…」

 

「…そうですね。少し運動でもするか」

 

のんびり日の光を浴びたり、少し走ってみたりすれば悩みも軽くなるかも知れない。彼は悠里と共にリビングを出て廊下を進み、庭を目指す…。その途中、向こうの方から体操着姿の胡桃がやって来た。

 

胡桃「……あっ」

 

庭で走り込みでもしていたのだろう……彼女は額に流れる汗をタオルで拭い、彼と悠里の存在に気が付く。

 

悠里「私達はこれから庭に出るけど、胡桃は部屋に戻るの?」

 

胡桃「え………あ、うん……」

 

タオルを首にかけ、素っ気ない返事をする胡桃…。

視線も下に向けてしまい、こちらと目を合わせない。

 

 

「一緒に走ろうかと思ったんだけど少し遅かったか…。残念」

 

胡桃「………」

 

彼が話し掛けても視線を下げたまま、返事すらしない。

結構な時間走っていたのか、立ち止まる胡桃の額からはまた汗が溢れ出し、前髪や顎先から雫がポタポタと滴り落ちている…。頬も真っ赤に染まっており、呼吸も少しだけ荒い。

 

「…もしよかったら、また後でゲームでも―――」

 

胡桃「い、いやっ……あたし、忙しいから…!!」

 

彼と悠里の間を通り抜け、胡桃はズカズカと歩いていく…。彼はそんな胡桃の背を見つめながらため息を放ち、悠里は驚いた様に目を丸くした。

 

 

悠里「胡桃、どうしたのかしら?

さっき話した時はいつも通りだったんだけど…」

 

「さぁ……よく分からないけど、この前からあんな調子で」

 

彼を苦悩させるもう一つの悩み事……それが胡桃だ。

彼女は彼が目を覚ました数日後くらいからやたらと素っ気なく、食事時は会話も無ければ目も合わせない…。廊下ですれ違えば無視されるし、酷い時には駆け足で逃げられる事もある…。悠里曰く、『みんなの前だといつも通り』らしいので、あの態度は彼の前でだけなのだろう。

 

 

悠里「あなた、胡桃に何かしたの?」

 

「いや、何も……」

 

ただでさえ悩み事の真っ最中なのに、この上胡桃に避けられたりするのはかなり(つら)い。何も悪い事をした覚えは無いのだが、自分でも無意識の内に彼女を傷付けるような事をしてしまったのだろうか…。嫌われる様な事をしてしまったのだろうか……。

 

 

「………はぁぁぁ…」

 

彼は大きくため息をつく…。

せっかく目を覚ましたのに、ここ最近は良い事が全然無い…。

それどころか、悩み事の連続だ………。

 





彼がこれからどういう道を進むのか…。
胡桃ちゃんの様子が変なのは何故なのか…。
あれこれ考えつつ、先を楽しみにしてもらえたら幸いです!

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