軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回、これからどんな道へ進めば良いのかと悩んでいる彼の前に胡桃ちゃんが通りがかりましたが、彼女は彼を見るなりすぐに立ち去ってしまいました。今回はその続き…胡桃ちゃんがメインのお話となっています。


百六十話『なかよくなりたい』

 

 

 

胡桃「…はぁぁぁ〜………」

 

廊下で彼とすれ違った後、慌てた様に自室へと戻った胡桃はすぐにベッドの上へとダイブして丸くなり、大きなため息をつく。勢い良く飛び込んだせいでベッドが少し荒れてしまったが、それを気にしている余裕すら無い。

 

胡桃(なんか、まともに顔も見れなくなってる……)

 

口元にシーツを手繰り寄せながら思うのは彼についての事…。

先日、彼が怪我をしてしまった時はかなり慌てたし心配もした。もしこのまま目を覚まさずに死んでしまったらどうしようと不安になり、何度も胸を痛めた。その分、彼が無事に目を覚ました時はこの上なく嬉しかったし、心の底から安堵したのだが………ここ最近、胡桃は彼の近くへ寄る事はもちろん、顔を見る事すら出来ていない。

 

胡桃「ったく、なんだよこれ、もやもやするなぁ……」

 

バタつかせた両足がベッドを叩き、埃が舞う。

誰に聞かせる訳でもなく一人で愚痴る胡桃だったが、彼女自身、このもやもやが何なのか……そして何で今になってこんな気持ちになっているのか、全てを理解していた。

 

恐らくあの日……眠っている彼の手を握って看病しながら、意識の無い彼に向けて放った言葉が切っ掛けなんだ。あの時、胡桃は彼に向けてこう言った…。『まだ伝えてない事がある…。目を覚ましたら今度こそ伝える…。もう、恥ずかしいとかそういうのは我慢してしっかり伝えるから…』と…。だから目を覚ましてくれと、彼に向けて言った…。

 

それから少しして、彼は無事に目を覚ました。

…が、胡桃はまだ“それ”を彼に伝えられてはいない。あの時、目を覚ましたら今度こそ伝えると約束したのに、まだ伝えられていない…。それどころか、さっきみたく彼から逃げるようになってしまった程だ。

 

 

胡桃「………………」

 

彼の元気な姿が再び見られるのなら何だって出来ると……どんな事だって出来ると思っていた。けど、いざその時が来るとまた勇気がどこかへと引っ込んで、代わりに恥ずかしさと不安がやって来る。自分はあの日、あの時、確かに約束をした。けど、あの時彼は意識が無かったので、約束の存在を知っているのは自分だけ…。なら、このまま知らんぷりして逃げても良いのではないかと、そんな事を思ってしまう。

 

胡桃(うわ……情けない………カッコ悪い………)

 

逃げれば良い…なんて卑怯な事ばかりを考える自分が嫌で、イライラする…。よく、由紀や悠里は自分の事を『強い娘だと』と言ってくれる。美紀や真冬のような後輩達すら、自分の事を立派な先輩だと思ってくれているらしい。けど、そんな事はない……。本当の恵飛須沢胡桃は誰よりも弱くて、一人じゃ何も出来なくて、ダメな女だ。

 

色々考える内、胸がズキズキして涙が出てくる…。

彼がまた元気になった。柳のおかげで自分もまた健康な身体に戻った。ウイルスへの対抗策も見付かった。由紀や悠里達は将来の事を考えて動き始めている。本当に良い事ばかりだ……。なのに、自分は今になってこんな事で悩み、ウジウジしている。

 

 

胡桃「ああもう………ああもう………」

 

声には出さず、心の中で自分に問う。

『何がそんなに怖いんだ?』と…。

胡桃はその問いに対し、これまた心の中で答える。

『今の関係が壊れるのが嫌だ…。何かが悪い方向に変わるのが嫌だ…。嫌われるのが嫌だ…。』ほんと、嫌な事ばかりポンポンと浮かぶ…。

 

 

胡桃「けど、しっかり伝えたい…。もっと…仲良くなりたい…」

 

不安だけど、怖いけど、全てを打ち明けられたら気持ちが楽になると思う。それに、場合によっては良い結果が待っているかも知れない。いつもの癖でつい悪い事ばかりを考えてしまうが、もしかしたら……とても良い結果になるかも知れない。

 

いくじなしでいるのは、もう嫌だ…。

不安な事ばかりを思っていても仕方ない。

もっとポジティブになって、幸せな未来を想像してみるべきだ。

胡桃はベッドの上でゆっくり起き上がると深呼吸一つして、両手で頰をペシッと叩き気合いを入れる。

 

 

胡桃「……よしっ、頑張ってみるか」

 

ここ最近、何もかもが良い方向へと向かっている。

この流れに乗って自分も一歩前へと前進したい。後日に後回しするとまた決意が揺らぐだろう。なので、行動は早めにした方が良い…。

 

数時間後、みんなが夕飯の為にリビングへと集まった。

胡桃は少しだけソワソワした様子を見せながらも食事を終えると、他の者の視線が他に向いてるタイミングを見計らって彼のそばへと歩み寄る。

 

 

胡桃「あ、あの……この後、ちょっとだけ邪魔しても平気か?」

 

「え?邪魔っていうのは………つまり?」

 

胡桃「だからその…お前の部屋、後で寄っても良いか…?」

 

「へ、部屋…?いや、別に良いけど………」

 

胡桃「…じゃあ、後で行くから。ちゃんと待ってろよ」

 

それだけを告げて、胡桃はリビングを去る。

後になって、部屋に行くと宣言したのは変な誤解を招いたかも知れないと思い恥ずかしくなったが、こればかりは仕方ない。他の誰にも見られる事なく、確実に彼と二人きりで話せるのは………全てを打ち明けられるのは、彼の部屋か自分の部屋くらいなのだから。

 

胡桃は一度自分の部屋へと戻り、落ち着きなく歩き回る。

彼はまだリビングにいるだろうから、今から部屋に行っても意味はない。一時間くらい待ってから行くべきだろう…。胡桃は自室内を歩いては深呼吸をして、その時を待つ。あと一時間…………一時間後にはきっと自分は彼の部屋にいて、全てを打ち明けている。待っているのが良い結果であろうと悪い結果であろうと、何かが変わる…。

 

 

胡桃(やば………めちゃくちゃ緊張する……)

 

胸がドキドキする…。胃が痛む…。

顔が熱くなってくる……。

けど、今日こそ伝える。もう逃げない…絶対に伝える。

自室に戻ってから三十分…四十分…五十分………そしてとうとう一時間が経ち、胡桃は自室を出た。そして真っ直ぐ彼の部屋へ向かって扉の前に立ち、コンコンッ…と二度ノックをする。扉はすぐに内から開かれ、胡桃はそこに立っていた彼に招かれて中へと入っていった…。

 

 

 

 

 





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