軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

184 / 323

前回は彼が胡桃ちゃんに告白したところで終わりました。
今回のお話はその直後からスタートします。


百六十二話『こいびと』

 

 

『ずっと一緒にいてほしい…』

彼からそう言われた後、胡桃はベッドに腰掛けて彼の隣に座っていた。もう少し寄れば、互いの肩が触れ合うくらいの距離…。これまでだって、移動中の車内とか、ちょっとした時に今と同じくらいの距離感になった事は何度かあったかも知れない。けど、今の胡桃はそれらの時とは比べ物にならないくらいにドキドキとしていて、軽く顔を伏せながら穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

胡桃(あたしなんかのこと、好きでいてくれたんだ…)

 

嬉しくて、嬉しくて、つい口元が緩む。

少し前まで、自分は決して幸せになれないと思っていた…。

感染が進んできたせいで身体がだんだんと動かなくなってきた時はもう近い内に死んでしまうと、みんなとお別れする事になると思っていたのに……今の自分はすっかり元気な身体になった。その上、彼の方から告白をしてくれた。『ずっと一緒にいてほしい』と…こんな自分の事を『好き』だと言ってくれた。

 

心の中でこうなって欲しいと願っていた事がたくさん叶ってくれて、夢のように幸せだ…。けど、これは夢じゃない。現実だ。自分はこれからも彼と一緒にいて良いんだ…。そう思いながら、胡桃は彼の横顔を見つめる。

 

 

「……ん、どうした?」

 

胡桃「いや、何でもないよ」

 

ニコッと微笑みそう言って、胡桃はベッドから垂らした両足を楽しげに揺らす。すると今度は彼の方が胡桃の横顔を見つめ、ふふっと笑う。

 

「何にせよ、上手く伝えられてよかった…。

これからもよろしく」

 

胡桃「…ああ、よろしく」

 

これからも今まで通り……いや、これからは恋人として、今まで以上にしっかりと支え合いたい…。そう思う胡桃だが、彼の言葉に笑顔で答えた後、ふと思った。自分は今さっき本当に彼に告白してもらったのだろうか?もしかすると先程の彼の言葉は恋人になって欲しいという意味での告白ではなく、これからも友達としてそばにいて欲しいとか、そんな意味での言葉だったのではないだろうか?

 

胡桃(いや、好きって言ってくれてたし、そんなハズは…)

 

大丈夫だと分かっていても、少し不安になる…。

彼の言葉は告白だったのだろうか…。

二人は今、恋人関係になっているのだろうか…。

 

 

胡桃「あ、あのさ…。

あたしらって…これからは恋人同士…って事で良いんだよな?」

 

一度気になったら落ち着かなくなってしまい、とうとう胡桃は彼に問う。すると彼はモジモジとした胡桃の目を見つめ、微笑んだ。

 

「んん、恋人同士だ」

 

胡桃「そっ…か………………ふふっ、そっかぁ」

 

「……嬉しい?」

 

胡桃「えっと、まぁ……それなりにな?」

 

やっぱり、自分と彼は恋人同士になれたんだ…。一安心した胡桃は彼の背中をパシッと叩き、イタズラな笑みを浮かべる。そしてそろそろ自室に戻ろうかと思い、そっとベッドから降りたのだが………

 

 

「どこ行くの?」

 

胡桃「どこって…自分の部屋に帰るんだよ。

話す事は話したし、もう遅い時間だしな」

 

「あれ、一緒に寝たりとかそういうのは……」

 

胡桃「は、はぁぁっ!?」

 

驚き顔で声をあげる胡桃に対し、彼は平然とした様子で『いや、だって恋人同士なわけだし…』なんて言い出す。直後、胡桃はその場に足を止めたまま頬を赤く染め、首を横に振りながら答えた。

 

胡桃「そうだけどっ、そういうのは付き合い始めてすぐじゃなくて……もっと色々段階を踏んでからだろ!?」

 

「へぇ…キスもか?」

 

胡桃「き、キスも……今すぐには………ちょっと……」

 

今すぐするのは、少し恥ずかしい…。

胡桃の頬はどんどん赤くなり、耳まで赤くなり始める。

彼はそんな胡桃の表情を見ると、楽しげな笑い声をあげた。

 

 

「あははっ、分かってるよ。冗談冗談。

ほんと、胡桃ちゃんはからかい甲斐がある」

 

胡桃「っっ…!!む、ムカつく……」

 

ブツブツと呟きながら、胡桃は部屋を出ていこうとする。

恋人になったら何かが変わってしまうかもなんて思ったりもしていたが、案外、自分と彼はこれまで通りの雰囲気を保っていくのかも知れない。…そう思うと、また少しだけ安心出来た。

 

 

胡桃「…おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

最後に一言交わして、胡桃は部屋を出る…。

彼の部屋から廊下に出て、そのまま自分の部屋へと戻った胡桃は髪を縛っていたリボンを解いてからベッドに潜り、ふんわりしたシーツを頭まで被って全身を覆う。そしてその中で身体を丸めると、やがてニヤニヤと笑い出した。

 

 

胡桃「はぁぁぁ……どうしよ、めちゃくちゃ嬉しい……」

 

彼に告白してもらった事。そして自分と彼が恋人関係になれた事が嬉し過ぎて、ニヤニヤが止められない…。彼の前では出来るだけ平静を装っていたが、一人になった今はもう笑みを抑えられなかった。

 

胡桃「嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しいっ!」

 

両足をバタつかせてジタバタ悶えながら、一人ニヤつく。

幸せすぎて、頭がおかしくなりそうになる。

元々好きだった彼のことも、恋人同士になった途端更に愛おしくなってきてしまい、胸の高鳴りが激しさを増す。

 

 

胡桃(もう好き……好き………大好き…っ…。

あぁ、部屋を出る前にハッキリ伝えればよかった…。けど、本人前にすると恥ずかしくて言えないんだよなぁ…)

 

もし付き合う事が出来たらもっと素直になれると思っていたが、そうでもなかった。胡桃はシーツから顔を出して仰向けになり、真っ暗な部屋の中でボーッと天井を見上げながら、左手の指先を自身の唇にそっと押し当てる。

 

また近い内、彼の唇がここに重ねられる時が来るのだろうか…。

それはいつ頃になるだろうか……。

 

胡桃「〜〜っっ!!ああもう、変なこと考えんのやめやめ!!!

今日はもう大人しく寝るぞっ!!」

 

自分で自分にツッコミを入れながら枕に頭を乗せる。

まだ少しドキドキしていたせいですぐには寝付けなかったが、数十分経った頃にはしっかり眠りにつき、どこか幸せそうな顔をして寝息をたてていた…。

 

 

 

 

 

 

 





付き合い始めてもまだ、胡桃ちゃんは素直になりきれないようです…。いつか、彼に心のまま甘えることが出来るようになると良いですね(*´ω`*)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。