ついこの前まで、毎日一人で生き抜いてきた。
一人で奴らと戦ったり、時には逃げたり……更には他の生存者とすら戦った事すらあった。
そしてその戦いの結果、相手を殺めた事も何度かあった…だけどもそれを後悔した事は一度も無かった…相手は僕を殺してでも生き延びようとするような奴らだったから。
殺されても文句は言えない。当然の報いだ。…そう思ってきた。
…けれども僕は今、空彦を殺した事を後悔している。
…いや、違う。
空彦をあの人達の前で殺した事を後悔しているんだ。
僕の中では自らに襲いかかる生存者を殺すのは当たり前の事だったけど、あの人達は違う。
奴らのようなゾンビが人を殺すのを見た事があっても、僕のような普通の人間が他の人間を殺すのは見た事は無いハズだ。
分かっていた……目の前で人間を殺せばあの人達にショックを与えてしまう事は…あの人達は皆優しい人だから。
…なのに、手を止める事が出来なかった。
僕が傷付くならまだ良い、だけど空彦のヤツは由紀ちゃんを傷付けた。
思えば空彦が由紀ちゃんを泣かせたあの瞬間から……僕はどうあってもアイツを殺す事を決めていたんだな。
大切な人を傷付けられるのがああも腹が立つ事だとは知らなかった。
だから由紀ちゃんの無事を確認した瞬間に、後先考えず怒りの感情だけでヤツを殺した。……あの瞬間は今までで一番
けれど僕はすぐにその後の事を考えていなかった自分の浅はかさを恨んだ。
空彦にナイフを突き刺した瞬間の僕を見るあの人達の目が辛かったからだ。
躊躇い無く、人間にナイフを突き刺す僕を見て、あの人達はどう思ったのだろうか………もしかしたら、僕も車から降りるようにと告げられてしまうだろうか。
…そうなってしまうかも知れない、仕方の無い事だけど…でも…嫌だなぁ…。
…………もっと上手く殺れば良かったな…。
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ドッ!
「イタっ!!」
いきなり脳天に衝撃を感じ、彼は目を開ける、横には胡桃が立っていた。
「…………なに?」
頭を両手で抑えながら彼が言う。
胡桃「…なに?じゃねえよ!もう夕方だぞ!!いつまで寝てんだよ!!」
椅子に座る彼の横で胡桃が言った。彼はどうやら車に戻った後椅子に座って休み、そのまま眠ってしまっていたらしい。
「あら?もう夕方ですか?…ッ!頭痛い……。」
胡桃「何度声かけてもお前中々起きないからさ、思いっきりぶん殴ってみたんだ!」
楽しそうに拳を振り上げて胡桃が言う。
「もう少し優しく起こして欲しい……毎日こんな風に起こされたら死んでしまう~。」
頭を両手で撫でながら彼が言った。
胡桃「だったら毎日ちゃんと良い時間に起きるんだな。…でなきゃあたしの拳が毎日お前の脳天に飛ぶぞ!!」
そう言って笑みを浮かべながら、胡桃はテーブルを挟んだ彼の正面に座った。
「こんな僕でも………毎日起こしてくれるなら、それでも良いです。」
彼はそう言ってテーブルに顔を伏せた。
胡桃「…………。」
「…………。」
胡桃「気にすんなよ?」
「!?」
数秒黙り込んだ後、胡桃がそう言った。
胡桃「お前、空彦を殺した事を後悔してるんだろ?そんな必要ない…って言うと少し人間としてアレな発言になっちまうけど……でもあんなクズを殺したせいでお前がそんな顔をする必要はないよ。」
「…そんなに変な顔してた?」
伏せた顔を少しだけ上げて、胡桃を見ながら彼が言った。
胡桃「なんていうのかなぁ……元気無さそうな顔してたよ、杏子さんと別れた時とはまた違う感じのさ。」
「そっか………っていうかそう言われると僕、しょっちゅう元気無くしてるような気がするんだけど。」
胡桃「ああ、わりと短い感覚で元気無くなるな……鬱病なの?」
胡桃がニヤニヤしながら言う。
「……そーかも。」
彼はそう言って目を
胡桃「冗談だよ!へこむなって!!…ったく。」
胡桃「まあ真面目な話さ……いつもあたし達の負担を背負ってくれてるからじゃない?」
胡桃が今度は真剣な顔をして言う。
「負担?」
胡桃「そ!負担。…杏子さんの時もさ……あたし達に言えないような辛い事があったんだろ?」
「……。」
彼は目を背けたまま黙る。
胡桃「んで…今朝の空彦もそうだ。あたし達の誰かがアイツを殺したら後々罪悪感で悩むとか思ったから、代わりに殺ったんだろ?」
胡桃が彼の顔を手で無理やり動かして、自らの目を見つめさせる。
「…それは少し違うかな、僕はただアイツが憎くて仕方がなかっただけ……。で、気が付いたらアイツにナイフを刺していた。」
胡桃「なんだ、違ったのか…。」
少しだけ残念そうな顔をする胡桃。
胡桃「けどさ、それでもあたし達の代わりに殺った事に違いはないだろ?…お前が殺らなくても、多分空彦はあたし達の誰かに殺されてたよ。」
「そう?」
胡桃「ああ、多分な。」
「実はさ……空彦を殺した事を後悔して元気が無かった訳じゃないんだ。」
彼が座る姿勢を直しながら言う。
胡桃「ん?じゃあなんで…。」
「皆の前で殺した事を後悔したんだ。…あんな風に皆の前で殺したら皆にショックを与えてしまうし…それに…。」
胡桃「…それに?」
「…………。」
彼は黙り込む。
胡桃「当ててやろうか…。皆の前であんななって人殺しをしちまったら、怯えた皆にここを追い出されると思ったんだろ?」
「!あ…。」
驚く彼。
胡桃「やっぱりそうか、…何考えてんだか。あんなクズ殺しただけで追い出す訳ないだろ。」
胡桃が鼻で笑いながら言った。
胡桃「さっきも言ったけど、お前が殺らなくてもアイツはどのみちあたし達の誰かに殺されてたよ。」
「…本当に?」
胡桃「ああ。お前寝てて知らないだろうけど、あの後りーさんが言ったんだよ。『穂村くんは殺されても仕方のない人だったから、誰も__さんを責めないように』って。」
「マジっすか…。」
胡桃「ああ、しかもその後、皆で当たり前だって言ったんだ。__を責める訳無いって。」
「………。」
胡桃「あたしもだけどりーさんも美紀も凄く空彦に対して怒っていた。…いや、あれはもはや殺意にすらなってたな。」
胡桃「マジでアイツだけは許せなかった…!思い返すだけでイライラする程に。…あの時はただ一発殴っただけで、さすがに殺しまではしないでいいか…とか一瞬思ったけど、それは間違いだったよ。」
胡桃が拳に力を入れて言った。
胡桃「__の判断は正しかった。由紀にあんな事をしたんだ、アイツは死んで当然だ。あたし達全員そう思っている。」
胡桃「…だからつまらない事気にすんなよ?由紀もお前がそんななって悩んでるせいでまた元気無いんだ。…お前と由紀の元気は連動してんのか?」
胡桃が笑いながら言った。
「そう言えば、皆は?」
二人きりの車内を見回して彼は言った。
胡桃「外の川で水浴びしてる、残念ながら水着着用だぞ?」
「何が残念なのか……水着上等じゃないですか!」
彼がそう言って立ち上がる。
胡桃「そんな目されると…水着しててもなんか嫌だな。」
胡桃が苦笑いしながら言う。
「胡桃ちゃんは!?」
目をキラキラさせながら彼が尋ねる。
胡桃「あたしは一足先に終えたよ。」
「残念。」
胡桃「ああ残念だったな…ところでその時にお前のナイフも洗っといたから。」
そう言って胡桃が指差した小さな棚の上には彼のナイフが置かれていた。
「お…、ありがとう。」
胡桃「他の小さいナイフは汚れて無かったから放置したけど、あの大きいナイフは汚れてたからな…。」
それもそのはず、そのナイフは空彦を殺す時に使った物だったから。
「あのナイフに付いていた血には触れませんでしたか?触れたなら大変!胡桃ちゃんもクズになってしまう!」
胡桃「布で拭いたから直接触れはしてないけど……奴らを仕留めた後のシャベルとは違ったイヤな感じはしたよ。」
胡桃が苦い顔をして言った。
「
彼が笑って言った。
胡桃「変な名前付けてやるな…。まあそんな冗談が言えるくらいに元気になって良かったよ。」
胡桃が顔を見て笑う。
「…いつも心配かけて悪いね。」
胡桃「気にすんな。お互い様だ。」
二人が会話を終えた瞬間、車の扉が開き、由紀、悠里、美紀の三人が戻ってきた。
悠里「あら?__さんおはよう。」
美紀「いえ、りーさん…夕方まで寝ていた人におはようは少し違う気が…。」
由紀「__くん起きたんだ?」
由紀がそう言って彼に近づく。
由紀「あの…今朝は心配かけてゴメンね、私どこも怪我してないし大丈夫だよ!変な事もされる前に胡桃ちゃんと__くんが助けてくれたし…、ありがとね!」
ニッコリと笑って由紀が言う。
「いや、助けたのは胡桃ちゃんで僕はとどめをさしただけっていうか…。」
彼が目を伏せて言う。
美紀「ついでに言わせてもらうと、首に少しだけ怪我してますから、どこも怪我してないとは言えません。」
由紀の首に付いた絆創膏を突っつきながら美紀が言った。
由紀「いててっ!も~…細かいことは良いの!__くんも助けてくれたの!あとみーくん突っつかないで!」
由紀は少しムッとした表情をして言った。
「…んじゃ、ありがたくそういう事にしておきます。」
由紀「うん!!」
彼がそう言うと由紀は嬉しそうに笑った。
「……ところで。」
彼が由紀達を見回して言う。
由紀「ん?」
「…水着は!?」
車内に戻ってきた由紀達がパジャマ姿になっているのを見て彼が吼える。
由紀「あ…もう外で着替えちゃった。そろそろ暗くなるしそのままパジャマに。」
「チィっ!!」
悔しがる彼。
美紀「え…__さんもしかして私達の水着姿が見たかったんですか?」
ちょっと引いた目で美紀が言う。
「……………ん?」
美紀「いや聞こえてたでしょう。」
悠里「あらあら__さん………いや__君。一緒に暮らす女の子をそういう目で見るのはあまり感心しないわよ?」
悠里が笑みを浮かべながらも、不吉なオーラを纏って言った。
「す、すいません。」
悠里「いえ…分かれば良いのよ?」
そう言うと悠里の纏っていたオーラが消えていく。
(危なかった…!……ってかなんかオーラみたいなの見えてたんだが…!!)
冷や汗をかく彼。
胡桃「お前…水着とか見たがるようなキャラだったっけ?」
胡桃が尋ねる。
「まあ人並みに……相手によりますけど、ここの人は皆可愛いので水着なんて着られたらそりゃ見たいに……。」
そこまで言ったところで彼は発言を止める。
背後に悠里のあのオーラを感じたから。
「……胡桃ちゃん、僕は助かるのかな?」
背後にオーラを感じながらも、彼は振り返らずに目の前の胡桃に尋ねた。
胡桃「……まあ説教三十分コースかな?」
「そうか……じゃあ行きましょうか、りーさん。」
振り返って彼が言った。
悠里「素直でよろしい……行きましょうか。」
彼はそのまま悠里に外に連行されて言った。
由紀「__くんかわいそうに。」
美紀「自業自得だと。」
胡桃「…だな。」
そう言って胡桃は窓から外で悠里の説教を受ける彼を見る。
胡桃(お前は間違った事はしてないよ……あいつを殺したからって、あたし達がお前を追い出す訳がない。どのみち誰かが殺していた。)
胡桃(…ただ。)
胡桃(あの時のお前のあいつを殺す時の躊躇いの無さ……殺すと決意してから実行に移すまでの異常なスピード……。)
胡桃(それにあの目は……少しだけ心配だ…。)
こうして見るとなんだかんだで彼と一番仲が良いのは胡桃ちゃんぽいですね。