胡桃「ぃよっしゃ~!!」
由紀「やったぁ!!胡桃ちゃんすご~い♪」
走り終えた胡桃に抱きつき、由紀はニッコリと微笑んだ。胡桃もまたそんな由紀の頭を撫でながら嬉しそうに微笑むと、そっとグラウンドの奥…茂みを漁る穂村を見つめた。
胡桃「あの人がミスったおかげだな…あれがなきゃヤバかった」
美紀「凄い速さでしたもんね…」
悠里「バトン…どうして落としちゃったのかしら?」
悠里達が不思議そうな目線を向ける中…狭山はその茂みに近寄り、ガサガサと音を経てながらバトンを探す穂村に声をかける。
狭山「…もう終わったから、探さなくてもいいよ」
穂村「終わった…?負けたのか!?」
狭山「穂村のせいでね…。なんで落としたの?」
穂村はバトン探しを止めて茂みから抜け出し、体に貼り付いた葉っぱを手で払う。粗方それを払い終え、穂村は染々とした表情で口を開いた。
穂村「あの時…もう余裕だろうと思って相手チームに目を向けたんだ。その時に走っていたのは、あの悠里とかいうねーちゃんだった…」
狭山「………」
穂村「今さら気づいたんだけどさ、あのねーちゃん…めちゃくちゃおっぱ――」
狭山「もういい…言いたい事は分かった」
食い気味に言葉を挟み、狭山は穂村に背を向ける。変態だとは気付いていたが、ここまでとは思っていなかった。
狭山「つまり…穂村は悠里の胸に目がいってバトンを落としたんだね…」
穂村「あぁ…俺ともあろう人間が見逃してたぜ…。あれはすげぇ…」
狭山「……ヘンタイ」
軽蔑の視線を送りながら一言放ち、狭山は穂村をそこに残して由紀達の元へと戻っていく。もうじき始まる次の種目は綱引きだ。大きな縄を持ち出す狭山と由紀を遠くに見つめながら、柳は穂村のそばへと歩み寄る。
柳「見事に逆転されたね…」
穂村「あ~…すんません。色々と事情がありまして…」
柳「事情?」
穂村「ええ、そりゃもう天災レベルの…絶対に避けられないヤツが…」
狭山はともかく、柳に『あの娘の胸に見とれてました』などと言うのは恥ずかしく、穂村は曖昧に答えた。しかし柳も穂村という人間の事は理解している為、言わずとも大体の事は把握していた。
柳「まぁ、君も若いしね。少し見るだけなら構わないとも思うが…」
穂村「…なにを…ですかね…」
柳「君がバトンを落とした原因だよ。大方、若狭君の胸でも見ていたんだろう?」
穂村「おっ?…全部お見通しですか?」
柳「君らの性格は理解しているからね」
穂村「…あの、柳さんの中での俺のイメージって…」
柳「ん?あぁ…『騒がしい』『喧嘩好き』そして『女好き』かな?あははっ」
柳は笑いながらそれだけを告げると穂村から離れ、もといたレジャーシートの上に腰を下ろす。一人残された穂村は綱引きの準備をする一行の元に歩み寄りながら、ブツブツと独り言を口にしていた。
穂村「俺は別にそこまで女好きじゃないと思うけどな…あくまでも一般的なレベルっつーか…平均的っつーか…。そもそも、柳さんと圭一さんが異常なんだっての。女の子に興味ねーのかよ…」
第二種目…綱引き
参加メンバー…『学園生活部』 vs 狭山真冬・穂村竜也
穂村「圭一さんは参加しねーの?」
圭一「あぁ、これはお前らだけでいいだろ…」
圭一はどこからか取り出した飲み物を飲みながらレジャーシートに腰を下ろし、一息つき始める。今回の種目には参加しないらしい。
「ナメられたものです…たった二人で僕らに挑もうとは」
悠里「あの…こちらのメンバーを誰か貸しましょうか?」
2対5での綱引きというのはさすがに不公平だ。しかも狭山はとても華奢な手足をしているので大した力は無いだろう…とあれば、これは実質穂村一人で挑むのと同じだ。そう考えた悠里は『学園生活部』のメンバーを一時的に穂村達のチームへ貸すことを提案したが、穂村はすぐにそれを却下した。
穂村「大丈夫、二人だけでやれる!!」
狭山「…そういう訳だから、遠慮しないでいいよ」
早くも縄を掴んで待機する二人…。そこまで言うならと悠里達も縄を掴み、スタートの準備をする。こんな試合、やるまでもなくこちらの勝ちだろうと思っていた悠里だったが、胡桃だけは僅かに不安を抱いていて…自分の後ろについた彼へ、それを打ち明けた。
胡桃「あの狭山って娘さ…さっきどういう訳か穂村さんをぶん殴ってたんだけど、あの人それをくらってかなり吹っ飛んでたんだよね…。意外と力あるのかも…」
「マジですか…。ってか、力があるのかもってことよりも、人に普通に殴りかかれるって事の方が意外だな…」
狭山は見たところ大人しそうな雰囲気の女の子で、とても人に殴りかかるような娘には見えない。意外と荒っぽい性格なのか…それとも穂村の方がそれほどに彼女の神経を逆なでする事をしたのか…どちらにせよ、彼がそれを知るよしはなかった。
穂村「んじゃ…合図は圭一さんに任せるよ」
『学園生活部』一行も縄を掴んで待機しているのを確認し、穂村は圭一にそう告げる。
圭一「へっ?あぁ…じゃあスタート…」
なんとも気だるそうなスタートコールを皮切りに、両チームは縄を引き合う。
由紀「ぐぐっ…!!う~っ…!!」
美紀「っ!全然…引けないっ!?」
『学園生活部』が五人なのに対し、圭一の抜けた『猟犬チーム』は二人…。美紀はスタート直後すぐに自分達の勝利で
「胡桃ちゃんっ!本気でやってる!?」
胡桃「ったりまえだろ!!お前こそ、力抜いてないか!?」
「僕も本気でやってるんですがね…どうしてだろうな…全然引けないね」
穂村「さて、さっきは油断したからな。これはあっさりと決めるか」
狭山「…うん。ごめんね、みんな」
彼と胡桃が引けない縄に戸惑う中、穂村と狭山はその手に力を込め…グイッと縄を引く。その瞬間『学園生活部』メンバーは全員前のめりに体を傾け、縄を手離してしまった。
胡桃「…嘘だろ?」
由紀「あちゃ~…ま、負けちゃったね…」
悠里「そうね…残念…」
手離してしまった縄を見つめて悔しがる由紀達…一方で美紀はこの決着に違和感があったらしく、穂村の前へと歩み寄った。
美紀「…どうやったんです?」
穂村「何が?」
美紀「いくら大人の男性が相手とはいえ、あまりにも力の差があり過ぎるように感じました。それも、こちらの方が人数は多いはずなのに…です」
穂村「どうしてあんなにあっさりと勝ったのか…知りたい?」
掴んでいた縄を地面に放り投げ、穂村は焦らすように笑う。
美紀は穂村を苦手に思い始めていた事もあり、その場は問い詰めるのを止めて背を向けた。
美紀「そこまで気になってないので、教えてもらえなくても別に構いません!」
穂村「あらら…素直じゃないなぁ」
半分怒ったような口調の美紀の背を眺めながら、穂村はボソッと呟く。
穂村「どういうわけか、俺はやたらと嫌われるよなぁ…。あの美紀って娘もそうだし…狭山もそうだ。ん~…悩ましいぜ…」
誰も自分と親しくしてくれないという事実…その事実のあまりの切なさに心を蝕まれ、穂村は一人…拗ねたようにうつむきながら地面を蹴って砂を巻き上げる。
それから5分後…。そんな孤独な穂村の背を、誰かが優しくポンッと叩いた。
穂村「…ん?」
それが誰かと思い、穂村は後ろに顔を向ける。
そこにはとても純粋そうな笑顔を見せる一人の少女…丈槍由紀がいた。
穂村「あぁ、えっと…なんか用?」
由紀「あのですね、次の種目の準備するのちょっと大変で…手伝ってくれますか?」
穂村「…圭一さんは?あの人は何してんの?」
由紀「圭一さんには他の仕事頼んだから手が貸せないって、あの人…柳さんに言われて…」
穂村「マジか…柳さんが頼んだ仕事ってなんだよ…」
穂村はキョロキョロと辺りを見回し、圭一の姿を探す。
グラウンドのコース上に目を向けるとそこでは由紀を除いた『学園生活部』の面々と狭山が棒やら紐やらを持ち出して何かの準備をしていたが、圭一の姿は無い。
圭一がいたのはその先…穂村と由紀のいる場所から随分離れたグラウンドの端で、何やら見覚えの無い人物の頭を棒状の鈍器で叩き割っていた。
穂村「…あぁ、入ってきた感染者の処理か。ご苦労な事で」
由紀「それで、手伝ってくれますか?ほむさんの力が必要なんですっ!」
穂村「ほむさん…そういや、さっきも俺の事そんなふうに呼んでたよな?」
由紀「あだ名です!"穂村"だから、ほむさん♪…嫌ですか?」
嫌な訳が無い…こんな若い娘にあだ名なんて付けてもらえるなんて…。
その嬉しさからか、穂村の口元が微かにゆるむ。
穂村は今まであだ名などもらった事はなく、大抵の人間には名字か名前をそのまま呼ばれていた。強いて言うなら、狭山にはたまに『ヘンタイ』『クズ』などと呼ばれるが、あれはただの悪口…あだ名ではない。
穂村「…あははっ、全然嫌じゃねぇよ…。よし、俺の力が必要なら貸してやる!他でもねぇ由紀の頼みだからな!!」
由紀「わたしの頼みだから聞いてくれるんですか?」
ゆっくりと歩き出す穂村を追いかけ、由紀は横から顔を覗きこみながら尋ねる。
穂村「ああ!少なくとも、狭山のヤツに頼まれたら即却下してやる!!」
~~~
狭山「……」ピクッ
穂村からは離れた所で胡桃達と次の種目の準備をしていた狭山だが、その耳は穂村の台詞を聞き逃さない。思わず眉間にシワが寄る狭山のその表情はちょうど目の前にいた胡桃の目に入り、彼女から声をかけられる。
胡桃「どうした真冬?不機嫌そうな顔して…」
狭山「…いや、なんでもない」
文句の一つでも穂村へぶつけようかと思った狭山だったが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる穂村の隣…そこにいる笑顔の由紀を見て、それを思い止めた。楽しそうに笑う由紀の顔…それを見ていたら穂村の発言などどうでもよくなったから。
狭山(ボク…ああいう笑顔見せる人にまだ弱いんだな…)
圭一「恵飛須沢、シャベルありがとな」
校庭に侵入してきた全ての感染者を処理し終えた圭一が血に濡れたシャベルを地面にそっと起き、胡桃へと話しかける。
胡桃「あぁ、お疲れさんです。平気でした?」
圭一「シャベルを武器にするのはどうかと思ったが、中々使いやすかったよ」
胡桃「あ~、そうじゃなくて…」
武器として貸したシャベルの使い心地を答える圭一だったが、胡桃が心配したのはそれではなく、圭一自身の事だ。校庭に感染者が現れた時、彼と胡桃は自分達が対処しようとしたが…柳が二人を止め、代わりにと圭一を向かわせたのだった。
圭一「?……あぁ。俺は平気だから、心配なんていらん」
悠里「"かれら"の数…多そうでしたが…」
圭一「それなりに数はいたが、武器があれば余裕だ。シャベル…助かったよ。素手でやると汚れるからな…」
「普段は素手でやってるみたいな発言なんですけど…」
悠里と話す圭一の発言が引っ掛かり、思わず彼は横やりを入れる。
彼のその発言に対し、圭一は鼻で笑った。
圭一「バカ言うな、普段から素手で戦ったりするかよ。素手でやるのは、あくまでも手頃な武器の無い場面でだけだ」
「手頃な武器が無かったら、普通は逃げようとしません?」
圭一「あぁ、"普通"はな…」
「………」
(まるで、自分が普通じゃないみたいな発言…)
彼はそれを心の中に止め、声には出さなかった。
わざわざ聞かずとも、身に纏う雰囲気のなどで圭一という人物は普通とは違うと分かり始めていたから…。
それから10分後…穂村の協力もあり、それは予定よりも早く完成した。
グラウンドのコース、そこを挟むようにして立てられている二本の棒…それらは電線のように一本の紐を繋げており、その紐には更に五本の紐が結ばれていた。
その五本の紐の先には、それぞれ形の違うパンがブラブラとぶら下がっている…そう、次の種目はパン食い競走だ。
前回のリレーでは大逆転を見せた『学園生活部』でしたが、今回の綱引きでは完敗でした。
やはり、純粋な力比べで『猟犬チーム』に勝つのは難しいです(-_-;)
しかしながら次回の『パン食い競走』は走る速さだけでなく、宙を漂うパンにいかに早くかぶり付けるかが一番のポイントとなります!これなら『学園生活部』の面々にもチャンスが…といいたいところですが、次の『パン食い競走』は完全な個人戦で、チームの勝敗には無関係なのです(汗)なのでそれぞれのプライドだけを賭けての試合となりますが、これが一番の目玉種目だと思っています(*´∇`*)
ご期待下さいましm(__)m