真冬「…というわけで、例の古城にいたのは焔の王ではなく別の男だった。男の名前は穂村竜也。一応…ボクらの知り合い。ヤツは何というか少しバカな男で……それから……」
それから、とんでもない変態だ…。
真冬は皆と共に暮らしていた街の奥にある大きな城の、これまた大きくて立派な広間にて気まずそうに口を開く。広間には数人の関係者が集まり彼女の言葉に耳を傾けていたが、中でも真冬の視線の先にある椅子に座る一人の男性はこれを興味深そうに聞いていた…。
口周りに立派な茶色の髭を生やし、見るからに価値のありそうな紺色のローブを纏うこの男こそ、真冬達が訪れたこの世界"エテポロン"の王だ…。王は真冬の話をある程度聞いた後、『ふふっ』と鼻で笑いながら口を開く。
「そうか…焔の王ではなかったか…」
真冬「うん…人違い」
「まぁ、それはそれで良い知らせだと言えるだろう」
封印されていたはずの焔の王が復活という話が流れた時、世の中に緊張が走った…。王は人々の不安を打ち消すべく兵隊達を集め焔の王を討とうともしたが、肝心の居場所が一向に掴めずに頭を悩ませてもいた…。しかしそんな矢先、真冬をはじめとする"予言の人物"達が現れ、焔の王の居場所を突き止める事も出来たのだが…そこにいたのは偽者というか…全くの別人。
色々と驚きもしたが、そこにいたのが穂村という偽者で良かった。
これまで探してきた者がただの偽者だったということは、世に流れていた本物の焔の王の復活の噂自体がただの誤報だった…という可能性があるのだから。あんな化け物、復活していないのならそれが一番良い。
「では、また改めて国民に報告しておこう。焔の王は復活などしていなかったとな……」
真冬「……うん、とりあえずはその方向でお願いする…。あと、例の偽者…穂村の事なんだけど…」
「うむ、その男がどうかしたのか?」
由紀達は家に待たせているから、ここにいるのは自分だけ…。
辺りにはこの国のお偉方が集まっており、真正面には王がいる…。
そんな状況の中、真冬は額に冷や汗を浮かべて苦笑する。
真冬「穂村は…これまでに何度か兵隊達と戦ってきたと聞いたんだけど………その…死人とか出てる…?」
今、穂村は城の牢屋に捕らえられている。
もっとも、あの男を牢に放り込んだのは真冬なのだが、あくまでも一時的な措置として閉じ込めただけ…。しかし、もしもこれまでに何人かの兵隊が穂村の手によって殺されてきたというのなら、ヤツはそのまま処刑されるかも知れない。もし王がその決定を下したら、流石の真冬も口出しは出来ないだろう。
「死人か……いや、どうだったかな?」
王はそばにいた赤髪の女性を呼び、何かを尋ねる。
恐らく、穂村がこれまでにやってきた事を……その被害を確認しているのだろう。王のそばに立つ女性は腰まで伸びた赤髪と美しく知的そうな顔が印象的な人であり、この一件の資料と思われる物をペラペラと捲りながら真冬に視線を向けた。
「例の人物…穂村という男は我が国の兵士達と幾度かの戦闘を繰り広げていましたが、死者は出ていません。また、戦闘の全ては兵士達から仕掛けたものであり、穂村の方から手を出してきた事は無いようです。焔の王と一般人を間違えるなんて…兵士達は早とちりが酷いですね?」
「あははっ!まったくその通りだ。もう二度とこんな事が起きないよう、よ~く注意しておかねば」
ケラケラと笑う王と、その横で呆れ顔をする赤髪の女性…。二人を見た真冬はまた苦笑すると、こっそり安堵のため息をつく。穂村は色々な意味でバカな男だが、この世界に来てから誰かを殺したりはしていないらしい。
真冬「あ、あの…言いづらい事なんだけど、穂村を連れていっても良い?もう二度と誰かに迷惑かけたりしないよう、キチンと言っておくから…」
穂村の事は大嫌いだが一応知り合いだし、少しは世話になっている。
このまま処刑されるか、牢屋に閉じ込められっぱなし…という展開になるのは少し可哀想な気がしなくもない。真冬が申し訳なさそうに口を開くと、王は半笑いしたままあっさり言葉を返す。
「ああ、遠慮せず連れて帰ってくれ。元はといえば兵士達が早とちりした事が悪いんだ。その穂村という男には何の罪も無い」
真冬「…どうも、ありがとう。じゃああのバカはボクが連れ帰るから、また何か事件でもあったら遠慮せず言ってほしい」
「そうさせてもらおう。君達の助けがあれば大概の事は解決出来そうだからな」
真冬はもちろん、彼や由紀達も今やかなりの力を身に付けている。
その力が人々の助けになれるのなら、みんな喜んで手を貸すだろう…。
王に対して小さくお辞儀をした後、真冬はそこを立ち去ろうとするが、王は突如ハッとしたような表情を見せる。どうやら何か伝え忘れていた事を思い出したらしい。
「そう言えば、君達と会いたがっている者がいてな。この後、時間は空いているか?」
真冬「あ…ごめん……この後、人と会う約束をしてるから…」
「そうか…なら良い。また幾らでも機会はあるだろう」
真冬「うん、また今度…。因みに聞いておくけど、ボクらと会いたがっているのはどういう人?」
「医師の一人だ。中々に優秀な男でな……治療の困難な病も、一部の魔物が持つ厄介な毒も、すぐに治療法を見付けてそれに合う薬を作り上げてくれる。つい最近、ここで雇ったばかりなのだよ」
つまり、王様御抱えの医者という事か…。
そんな人物が何故、自分達に会いたがるのだろう…。
ちょっとした疑問が残る中、この後とある場所である人との待ち合わせをしている真冬はその場をあとにして地下にある牢屋に寄り道するとそこにいた穂村を連れて城から出て、町の方へと向かっていく…。
そうして彼女が城を出た後、王の元に一人の男が現れた…。
男は辺りを見回してから小さく鼻で笑うと、王の前に立つ。王はその男と目が合うなり苦笑して、全てを伝えた。
「すまない、彼女は行ってしまった。何やらこの後、誰かと会う約束をしているらしく……無理に引き止めるのも悪いかと思ってな」
話を聞いた男はそっと頷き、微笑みを浮かべる。
真冬に会えなかったのは残念だが、正直そこまで急ぎでもない…。
ただ、彼女がこの城にやって来ているのであれば"久しぶりに"顔を合わせておきたいと思っていただけ。これから先、彼女らと会う機会は幾らでもあるだろうから、慌てる必要もないだろう…。
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真冬「……全く、どうしてこんな事に…」
城を出て、町へと戻った真冬は待ち合わせ場所として選んでいたとある食堂の中、席について深々とため息を放つ。すぐ隣に座っているこの男…穂村がこの世界に存在していた、というのがこの悩ましげなため息の原因だ。
穂村「そう言うなって。前の世界じゃ仲間だったんだからさ、この世界でも仲良くやろうぜ?」
真冬「絶対ムリ…………」
ちょうど夕飯時だからか、食堂は多くの人で賑わっていた。
元の世界にもあったような料理から、この世界に来て初めて見掛けたような料理まで、様々な注文が飛び交っては料理人がそれらを仕上げて店員がそれぞれの席へ運ぶ…。皆、その料理を食べたり酒を飲んだりして明るく騒いでいるが、隅の席に座る真冬の表情は暗い。
真冬(まさか、また穂村と会うなんて……)
もう一度深いため息をつき、注文していたドリンクを飲む…。
出来る事ならここでやけ食いでもして気を紛らわしたいところだが、家では悠里が皆の分の夕飯を作って待っている。ここでは軽い飲み物を飲む程度に抑えておかなくては…。
真冬「さて、本題に入るけど良いかな?」
「ああ、大丈夫」
真冬の正面、テーブルを挟むようにして席についていた彼が返事を返す。本来、真冬はここで"彼と二人きり"で会い、ちょっとした話し合いをする予定だった。…が、どういう訳か穂村が牢屋からそのまま付いてきた為、仕方なく三人でテーブルを囲んでいる。真冬と彼は悠里の夕飯に備えてここでの食事は控えていたのだが、穂村だけは大量の料理を遠慮なく注文してはそれらにがっついていた…。
真冬「……ええっと、とりあえずこれからの事を決めよう。ボクはまだ少し気になる事があるから、明日にでもこの街を離れる。キミはどうするの?」
「あ~…同じく、ここを離れて色々な所に行ってみようかな」
真冬「でも、みんなはどうする?ここに置いていく?」
「まぁ、それが一番良いでしょ…。みんな、ここでの暮らしには満足しているようだし、街の便利屋として色んな仕事をしていれば生活費にも困らない」
由紀達は皆から頼りにされているから、便利屋なんて開いた日には大繁盛間違い無しだろう。ちょっとした魔物の退治から、怪我の治療まで……それらを仕事としてきちんと報酬を受け取れば、それなりに稼げるハズだ。もっとも、彼女達の事だからそこまで高額の報酬は受け取ろうとせず、どれも安価で引き受けるだろうが…。
穂村「んん?なんだよ、お前も狭山も、ここ出てくのか?」
真冬「うん、穂村はどうする?」
穂村「そりゃもちろん…りーさん
真冬「…それだけはダメ。穂村をあの家に置いておくと色々問題が起こりそうだから、どうしてもこの街に残ると言うのならどっか別の家に住んで」
彼はともかく、穂村をあの家に……四人の少女が暮らす家に置いておくのは危険だ。大体、彼女達は皆とても強い娘達だからボディーガードなんて必要ない。どちらかと言うと、穂村のような変態を身近に置いておく事の方が彼女らにとっては危険だ。
穂村「なんだよ、つまらないな…。じゃ、俺もここを出てく。んで、何か面白いモンでも見付けるさ。この世界には色々と面白い事が散らばっていそうだしな」
真冬「うん、それが良い…」
結局、彼も真冬も穂村も、それぞれこの街を出ていく事を決めた。
また後で悠里達に事情を説明し、明日にでも出発しよう…。
そう決めた時、穂村はテーブルに並んだ料理を口に運びながら首を傾げる。自分はこの世界で何か面白い事を探す為に旅立つのだが、真冬達は何を目的に旅立つのだろう…。そう疑問に思った。
穂村「狭山とお前は何でここを離れるんだ?」
尋ねてみると二人が微かな間黙り、それから真冬の方が口を開く…。
真冬「今回は本物を倒そうと思って……」
穂村「本物?」
真冬「うん…今回、ボクらが見付けたのは穂村と言う偽者だった。だから次こそ、本物の焔の王を倒す」
本物の焔の王を倒す…。
真冬はそう告げたが、この国の王や関係者達の多くは"焔の王が復活した"という話自体が誤報だったと考えている。そして、その話は彼や穂村の耳にも届いていた。
穂村「いや、その焔の王ってのはそもそも復活してなかったんだろ?
なら、このままほっといて大丈夫じゃねぇの?」
真冬「…ううん、ヤツはもう復活してる。間違いない」
穂村「随分と自信たっぷりに言うなぁ……」
焔の王が既に復活しているというその証拠、確信をどこで得たのかは知らないが、真冬の顔は真剣そのもの……単なる予想や思い込みで言っているようには見えない。また、彼も真冬と同じ事を考えていたらしく、似たような表情を見せていた。つまり、この二人はこれから、復活した焔の王に関する情報を集める為に旅立つつもりなのだろう。
穂村「……よし!分かった。なら、俺もその焔の王ってヤツの情報を集めつつ、色んな所を回ってみようかね。俺が兵隊達に襲われたのだって、元はといえばその野郎のせいだからな?」
真冬「…ふふっ、仕返しでもするの?」
穂村「ああ、見付けたらただじゃおかねぇ…すぐにぶっ飛ばす。…ってか、そいつに関して言えばただぶっ飛ばすだけじゃなく殺した方が良いのか?」
真冬「うん…もし穂村がどこかでそれっぽいヤツと出会って、それが焔の王だと確信出来る何かがあったら殺しても構わない。けど、たぶん穂村だけじゃ無理。だから万が一、何か手掛かりを掴んでも一人で戦わないで」
穂村「何だよ、一緒に戦ってくれるのか?」
真冬が自分に協力する筈はない…。
そう考えていた穂村はふざけた笑みを浮かべるが、意外にも真冬はその首を縦に振ってニコリと笑う。
真冬「うん、戦ってあげる…。そして、穂村に見せてあげるよ。ボクが何故、この世界で"大魔法使い"と呼ばれているのかを……」
穂村「…ははっ、そりゃ頼もしい事で」
この世界には元の世界と同様、手紙や電話等に似た連絡手段か多数存在している。なので離れ離れになっていたとしても、何らかの方法で互いに連絡を取り合うことは可能だ。彼と真冬、そして穂村はそれぞれ別の道に進みつつも焔の王へ繋がる手掛かりを探す事を決め、悠里達の待つ家へと戻っていった。
その帰路、真冬が終始不機嫌そうな顔をして愚痴を溢していたのは、穂村が一切の金銭を持たぬまま大量の料理を胃に収め、その代金の全てを真冬に肩代わりさせたからだろう…。
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家へと戻った彼等は悠里が作ってくれていた夕飯を食べた後、先程話し合っていた事を皆へ打ち明ける。
悠里「えっ!?明日出ていくの!?」
真冬「うん」
美紀「これはまた…急な話だね」
予想はしていたが、やはり皆驚き、戸惑っていた。
元の世界で出会ってからというもの、こちらの世界でも共に暮らし、行動を共にしてきた彼や真冬がいなくなるというのだから驚きもするだろう…。悠里は何時になく目を見開いて困惑しているし、由紀もかなり焦っている。
由紀「ど、どうして出てくの?」
「う~ん……せっかくやって来た異世界だし、少しくらい冒険しようかと思ってね」
今もどこかで身を潜めている焔の王を倒し、本当の平和を手にする…というのが真の目的だが、彼は敢えてそれを隠す。真の目的を話してしまえば、皆が心配すると分かっているからだ。
美紀「…真冬も…先輩と同じ考えなの?」
真冬「うん……まぁ…そうかな…」
気まずそうに顔を背けながら、ポツリと答える…。
真冬との付き合いはそこまで長いものでもないが、それでも美紀は気付いていた。今、真冬は嘘をついた…。彼女達はただ冒険をする為に出ていくのではない。もっと、他に目的がある…。が、それを深く追及するのも悪いような気がして、美紀はそっと口を閉ざす。
「元の世界では状況が状況だったから行動を共にしていたけど、この世界は今のところかなり平和だ。なら、少しくらいの間は別行動したって構わないでしょ?」
悠里「それは……そうだけど…」
けど、やはり寂しい…。
確かにここにいる全員、元々はただの他人。
無理に行動を共にする必要は無い…。
…が、彼も真冬も今は大切な仲間であり友人だ。これまで苦楽を共にしてきた二人が遠いところに行くのは何だか寂しくて、少しツラい…。
胡桃「お前は…あたしらと離れたかったのかよ…?」
「いや、そういう訳じゃ―――」
胡桃「ま、冒険したいって気持ちは分かるけどさ…なんか……話がいきなりすぎるだろ…」
せっかく、この世界でも一緒になれたのに…。
唯一の不安だった焔の王は復活していなくて、安心したのに…。
彼と目を合わさず、何もない壁を見つめながら胡桃はため息を放つ。
この世界は元の世界よりもずっと平和なのだから、彼がそこを冒険したいと言うのなら大人しく見送るべきなのだろうが…何故かそれが出来ない。
胡桃「はぁ……」
悠里「………………」
重苦しいため息を放ち続ける胡桃の横顔を見て、悠里は頭を悩ませる。
彼も、真冬も、穂村も、もう旅立つ事を決めているらしい…。
悠里「…ふぅ、わかったわ…明日出ていくのね?」
「まぁ…はい…」
悠里「どうせ言っても聞かないだろうから、これ以上止めはしないわ。けど、少しだけ心配なのよね…。真冬さんと穂村さんはともかく、あなた…一人で生活出来るの?」
真冬は皆よりも先にこの世界にいたようだが、その間問題なく一人で生活していた…。穂村もまた、例の古城で長い間一人暮らしをしていた…。しかし、彼はどうだろう?こんな異世界の中、一人で生活出来るのだろうか?悠里はそこを指摘し、彼の額に冷や汗が浮かぶのを見てニヤリと微笑んでから一つ提案をする。
悠里「仕方ないわね………胡桃、付いていってあげたら?」
胡桃「なっ!?あ、あたしがっ!?」
「へっ?いや…りーさん、それは……」
突然の事に胡桃は戸惑い、彼もまた戸惑う…。
確かにこの世界ではまだまだ不慣れな事も多く、一人暮らしするのは少し不安だ。胡桃が付いてきてくれたら頼りになるだろうが、彼女が付いてきてくれる訳が無い。
「胡桃ちゃんだって、みんなと離れるのは嫌だろ?」
胡桃「そりゃまぁ…嫌だけど………でも、その…ええっと……」
チラチラと視線が合い、その度に胡桃は苦笑する…。
そして幾度か連続で視線が合った後、胡桃は彼の事を横目で見つめながら頬を微かに紅潮させた。
胡桃「もし、どうしてもって言うなら……付いてってやるよ…」
「……マジですか」
ただ気楽に冒険する訳ではなく、焔の王に繋がる手掛かりを探す事こそ真の目的。道中、危険な目に遭う事があるかも知れない。出来る事なら彼女達は巻き込みたくないが、胡桃なら…それらを共に乗り越えてくれるだけの強さがあるかも知れない…。彼は悩みに悩みに、そして…静かに口を開く。
「じゃあその…付いてきてくれるかな?」
胡桃「ん、あぁ……仕方ないな…」
由紀「え~!胡桃ちゃんも行っちゃうの!?」
『そんなの寂しいよ~!』と叫びながら由紀は胡桃に抱き付き、離れようとしない。中々離れない由紀に対して胡桃は困ったような表情を浮かべていたが、彼女の胸元に顔を埋める由紀の表情は先程よりも少しだけ明るくなっていた…。胡桃が一緒なら彼も大丈夫だと安心したのだろう。…もちろん、寂しいという気持ちはあるようだが…。
美紀「確認しておきますけど、お別れじゃないんですよね?」
「…ああ、お別れじゃない。ちょっとした旅行みたいなもんだ。たまには顔を見せに来るし、やる事やってある程度満足したらこの家に戻ってくる」
由紀「旅行かぁ……じゃ、お土産も買ってきてね?」
「旅行っていうのはただの例えであって…………いや、分かった、何か買って帰ってくるよ」
由紀の向けるキラキラした眼差しを前に彼は屈し、戻る時は土産を持ってくる事を約束する。自分一人で出ていくのならともかく、付き添いとして胡桃を預かったのだから、ここには定期的に戻ってくるようにしよう…。彼と胡桃、そして真冬と穂村は悠里達に手伝ってもらい支度を済ませた後、それぞれの部屋で就寝して朝を迎える…。いよいよ、旅立ちの時だ。彼と胡桃は大きなカバンを背負い、見送りに来ていた悠里達と向かい合う。
悠里「必要な物はちゃんと持った?」
胡桃「ああ、大丈夫」
悠里「彼のこと、頼むわね?」
胡桃「んん…分かった」
家の外へ出て朝日を浴びながら、悠里は笑顔で胡桃の背を押す。
続けて美紀、由紀も挨拶代わりに胡桃の肩を叩き、ニコリと笑った。
美紀「じゃ、お元気で」
由紀「何かあったら連絡してよ?待ってるからね?」
胡桃「分かってるって……お前らこそ、しっかり留守番してろよ?」
自分達がいなくなればこの家に残るのは悠里、由紀、美紀の三人だけになってしまうが、彼女達なら何の問題も無いだろう…。胡桃は何の不安も無さそうな笑顔を浮かべて二人の肩をポンと叩き、彼の横へと立ってその時を迎えた。
「んじゃ、行ってくる」
悠里「ええ、行ってらっしゃい」
美紀「二人とも、本当にお気をつけて」
由紀「出来るだけすぐ帰ってきてね~!」
各々が言葉を放ちながら手を振り、早朝の道を行く彼と胡桃を見送る…。
二人は定期的にこちらに振り向いては手を振り返してくれたが、その姿はやがて道の奥に消えて見えなくなった。
穂村「……さて、じゃあ俺も行くか」
真冬「…ボクもそろそろ行く」
由紀「あ~あ……寂しいなぁ…」
本格的なお別れでは無い…。いつかまた、会える時が来る。
分かってはいるのだが、寂しいという気持ちを抑えられない…。
悠里「暫くは三人でお留守番ね…」
穂村「何かヤバい事があったらすぐに連絡を!りーさんの頼みとあらば、どこにいたってすぐに戻って来るんで!!」
悠里「ふふっ、分かりました。何かあれば遠慮なく呼ばせてもらいますね」
美少女には弱い穂村だが、中でも悠里はかなり好みらしく、他の人間に見せるのとはまるで違う態度をとる。彼女に呼ばれたとあれば、本当に地獄の果てからでもやって来そうだ…。
悠里、由紀、美紀の三人は彼と胡桃に続いて穂村と真冬を笑顔で見送り、その姿が見えなくなってからため息を放つ。どれだけの期間になるかは分からないが、これから暫くは三人だけでの生活が始まる。
悠里「さて、じゃあ家に戻りましょうか」
美紀「…ですね」
由紀「は~い」
少し寂しいが、永遠のお別れではない。
また、その内会える…。
今はただ、その時を楽しみに生きていこう。
悠里は由紀と美紀の見ていないところで自身の頬を軽く叩き、気合いを入れる。彼と胡桃、そして真冬がいなくなった分、これからはより一層頑張らねばならない。悠里が静かに気合いを入れ直した頃、彼と胡桃は町外れにある石橋の上を歩いていた…。
胡桃「これから、まずどこに向かうんだ?」
「ん~、気の向くままにブラブラと……」
彼はそう答えたが、そんな適当なノリで大丈夫なのだろうか…。
呆れた胡桃が小さなため息を放つと、向かいの方から大きな荷車を引いた男性が現れて彼へ声をかけてくる。大きくて立派な体をしたその男性は町の職人らしく、以前彼に頼まれていた仕事がちょうど終わったところらしい。
「おう!頼まれていたヤツ出来たぜ!」
「お疲れ様です。どれどれ…」
品物は荷車に積まれているようなので、出来を確認するべく荷車にかかっていたシートを捲る。彼はその出来に満足して微笑みを浮かべたが、背後からそれをこっそり覗きこんでいた胡桃は首を傾げて苦笑した。
胡桃「え……なんだよ、これ」
「りーさん達はこれから、この町で便利屋をやって稼いでいくからね。店を開くとあらば看板が必要でしょ?」
胡桃「便利屋?ああ、そう言えばそんな事言ってたな…」
この世界に来てからというもの、色々な人達の手助けをしてきた。
思い返せば元から便利屋同然の暮らしをしてきていたのだが、これからはそれをより本格的なものとしていくわけだ…。つまり、この看板はその為の第一歩なのだろうが……
胡桃「にしても、この名前はどうなんだ?この状況でこの名前は少し意味が分からないぞ」
「確かにおかしいかも知れないけどさ……他に思い付かなかったんだよ。まぁ、意味なんてどうでも良いだろ?大切なのはノリだよ。りーさん、由紀ちゃん、美紀、それに胡桃ちゃんといったら、やっぱりこれでしょ?」
胡桃「………ま、そうだな。良いんじゃないか?」
看板に書かれていた文字……つまり悠里達がこれから開く便利屋の名前は胡桃にとっても馴染み深いものであり、思わず笑みが溢れる。自分はこれから、彼と共に少しだけ皆から離れて暮らす事になる…。しかしまた何時の日か皆のもとに戻って、共に活動する事が出来るハズだ。
胡桃「…よし!とっとと行こうぜ!」
「ああ。…じゃあ、その看板はあの家に付けておいてくれますかね?」
「おお、分かったよ!」
職人の男性に別れを告げ、彼と胡桃は歩き出す。
そしてその日から、悠里達が暮らしている家の扉の上にその大きな看板がしっかりと付けられた…。町の人々はその看板を目印に家へと入り、優しくて頼もしい少女らに数々の依頼をする。
便利屋を開いて数週間経った頃にはその名もかなり有名になり、彼女らを頼りに町の外から訪れる人も増えてきた。優しい少女らは今日もその町で多くの人々を助け、そして笑顔を振り撒く…。
魔法の存在する異世界…"エテポロン"。
微かな西洋感の漂う城下町の中で最も有名な存在となったその便利屋へ、また一人新たな客が訪れる。そして、桃色の髪を揺らす可愛らしい少女がそれを出迎えた。
由紀「…おおっ?お客様ですか?」
その人物が頷くと少女はニコニコと微笑み、今日も明るく声を張る…。
由紀「ようこそ!"学園生活部"へ!!」
彼と胡桃ちゃん…真冬ちゃん…そして穂村(兄)はそれぞれ町を離れ、旅に出ました。しかし由紀ちゃん達は町に残り、人々を助ける便利屋…【学園生活部】として日々活躍しております!彼女達はもう学園で生活はしていないのでこの名はおかしいかもですが、やはり由紀ちゃん達にはこの名が似合いますよね(*`▽´*)