軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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風邪をひいているので更新が難しいかも…。
前回本編を更新した際にそう言いましたが、どうにかなりました(*´-`)

しかも今回の話は少し長めになっています。
(寝転びながら書いていたら結構な文字数になってしまいまして…)

しかしながら、珍しくわりといい感じの出来になったなぁ~と思っています。(私的にはですが)


前回までのあらすじ『部活中の胡桃ちゃんを見ていた娘がいる(みーくんからの情報)』


第十八話『見ているだけで…』

 

 

 

 

 

 

 

 

休みが明け、初日の校舎…。丈槍由紀が彼にそれを渡したのは長かった授業が全て終わり、辺りが夕焼けに染まり始めた放課後の事だった…。

 

 

 

 

 

 

 

由紀「この前、お買いもの付き合ってくれたでしょ。だからそのお礼!わたし、ほんとにがんばったんだよ~♪」

 

「へぇ…それはそれは……」

 

突如由紀から手渡されたそれを見回しながら、彼はそれが何なのかを必死に考える。手のひらに収まる程度のサイズのぬいぐるみ…頭頂部にチェーンが付いている事、そして市販の物より遥かに不格好な事から手作りのキーホルダーだということは分かる。だが、逆に言えばそれしか分からない…。それほどにこのぬいぐるみの顔は(いびつ)で、何をモデルにした物なのか分からなかった…。

 

 

 

 

 

(丸っこい角…いや、耳?…それが頭の上に二つ…。鼻っぽいものも一つ……目は二つ……。うん、一応動物みたいだな…)

 

全身茶色のぬいぐるみ、その顔部分をじっと見て、これがなんらかの動物である事には気付く。しかし分かったのはそれだけ。これが何の動物なのかまでは、いくら観察しても分からない。

 

 

 

 

由紀「えへへ、良くできてるでしょ~?」

 

満面の笑みで由紀が尋ねる…。

彼女のこの笑顔をぶち壊したくない彼は必死にこのぬいぐるみの正体を探るが、それを探るにはあまりに時間が不足していた。ぬいぐるみの口と思われる部位は歪んでいて何だか怖いし、目も失敗した福笑いのようにずれている…。一体、何を模した物なのだろう…。

 

 

 

(はやく答えなくては…由紀ちゃんの表情がだんだん曇りだしてる。よし…勘で答えよう。ええっと…見た目的には恐竜か何かに見えないことも無いけど、この人が作ったんだからたぶん、犬とか猫とか…その辺だよな…。いや、これが何なのかにはあえて触れないでおこう…)

 

 

 

 

 

「本当に良くできてる。あ、ありがとう…」

 

ぬいぐるみの正体は分からないが、こう答えておけば由紀も満足するだろう。直後、由紀がパァッと笑顔になるのを見てこれが完璧な返答だったのだと思い安堵する彼だったが、話はここで終わらなかった…。

 

 

 

 

 

由紀「喜んでもらえてよかった♪…ところで、これ何か分かるよね?」

 

「ッ…!!?」

 

彼の手におさまっているそのぬいぐるみをツンと指先でつつき、由紀はまたニッコリと微笑む。とても可愛らしい笑顔なのだが、この時の彼にはそれを眺めて楽しむ余裕など無かった。

 

 

 

 

 

「えっと…これね……うん、わかってるよ……あれだよね…ほら…」

 

このぬいぐるみが何を模した物なのか…。そんなの分かるわけがない。それが分かる人間など、作り手である由紀以外にはいないだろう…この歪なぬいぐるみを見つめていると、どうしてもそう思ってしまう。

 

 

 

 

 

由紀「……あれ?もしかして…分からない…?」

 

笑顔から一転、由紀の表情が曇りだす。それを見た彼の鼓動は焦りによって高まり、ぬいぐるみを握る手からは嫌な汗が吹き出す。彼は仕方なく全てを運に任せ、小声で呟いた。

 

 

 

 

 

「い、犬…でしょ…?」

 

由紀「…犬?」

 

由紀が首を傾げている…。この反応からして、彼の答えは外れたのだろう。由紀は彼の手からそっとぬいぐるみを奪い、深いため息と共に近場の机へ顔を伏せた。

 

 

 

 

 

由紀「うぅ……これクマなのに………」

 

(クマっ!!?)

 

彼は思わず、由紀からぬいぐるみを奪い返してしまう。由紀はそれに少し驚いていたがそれどころではない。これが『クマ』だと知った上で、もう一度その姿を見ておかなくては。

 

 

 

 

(たしかに…色はクマっぽいな……。でも、逆に言えば色しかクマ要素がない。あとは…目が二つ、耳二つ、口一つ…ここもクマと同じだな…)

 

色は茶色、目は二つ、耳も二つ、口は一つ…そして顔とほぼ同じくらいの大きさの体には四本の手足が。これらの特徴を聞くとクマだと分かりそうだが…見た目のインパクトがそれらの特徴を打ち消す。口は異様に小さいし、目なんて左右で大きさが二倍近く違うのだ。

 

 

 

 

由紀「一生懸命つくったのに…犬と間違われた…。絶対クマだって分かると思ったのに…」

 

「あ…いや、分かるよ…?ただ、犬にも見えるなぁ~と思って…。ほら、そもそもクマ自体が犬と似てるでしょ?」

 

言うほど似てるだろうか?いや、似てるはずだ。彼は心のなかで自問自答してしまう…。そんな彼の発言を聞いた由紀はそれに納得したのか、少しだけ笑顔を取り戻して顔を上げた。

 

 

 

 

 

由紀「そう…だね。似てるよね!クマと犬!わたし、どっちも可愛いから好きだよ♪」

 

「あは…は…」

 

もう愛想笑いしかできない…。しかし由紀の機嫌は直ったので良しとしよう。そう思いながら彼がもらったそのぬいぐるみをカバンにしまった直後、由紀はパンっ!と両手を叩いた。

 

 

 

 

由紀「よしっ!あとはりーさんとくるみちゃん、それからみーくんと圭ちゃんにもあげないと!」

 

「…え?」

 

真顔になる彼をよそに、由紀は自分の席へと戻ってカバンを手に取る。由紀は笑顔で彼のもとに戻るやいなやそのカバンを開け、奥に眠るそれを見せた…。

 

 

 

 

由紀「お世話になってるみんなに配ろうと思って、いっぱい作ったんだ~♪」

 

「………」

 

開かれたカバン……そこに詰められた教科書や筆箱の更に奥……そこには彼が先程もらったのとほぼ同じ見た目をした異形の者が四体も眠っていた…。

 

 

 

 

(うわぁ……見れば見るほどクマには見えない…)

 

由紀「えっと~、りーさんはさっき出ていったばかりだから追いかければ間に合うかな?くるみちゃんは部活だからまだ余裕あるし…みーくんと圭ちゃんには待っててもらってる…。よし、どうにか今日渡せそうだね!」

 

 

 

(出来れば渡さないほうが……)

 

お世話になってる者への感謝の心はありがたいが、その気持ちだけで十分な気もする。他の皆にはこのまま渡さなくても良いのでは…一瞬そう思ってしまう彼だったが、すぐにその考えを改めた。

 

 

 

 

 

「…よし。僕もついてくんで、渡すところ見ててもいい?」

 

由紀「うんっ、別にいいよ♪」

 

笑顔の由紀と共に教室を出て、まずは悠里を探す。彼が何故由紀に同行したのかというと、ぬいぐるみを渡された際のそれぞれの反応に興味が湧いたからだ。もしかすると、中にはこれがクマだと見抜く人間もいるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

由紀「おっ!りーさぁん!」

 

第一ターゲット、若狭悠里を廊下の先で発見する。

彼女はこのまま帰るつもりだったようで、真っ直ぐ下駄箱に向かっているところだった。

 

 

 

悠里「あら。ゆきちゃん、どうかした?」

 

由紀「あのね、ええっと……どこかな……あった、はい!これ!」

 

カバンに手を入れた由紀はゴソゴソと中を探り、手に取ったそれを悠里へと手渡す。悠里はそれの頭頂部についたチェーンをつまみ、不思議そうな顔をしていた。

 

 

 

悠里「……これは?」

 

由紀「普段お世話になってるりーさんへ、わたしからプレゼントだよ♡手作りのキーホルダーなの!」

 

悠里「ゆきちゃんの手作り……。ふふっ、ありがとう♡」

 

手作りという事が嬉しかったのか、悠里はニコニコと笑いながらそれを自分のカバンにしまう。もちろん話はここで終らず、由紀は悠里にあの問いをぶつけた。

 

 

 

 

由紀「それでね…その子、何の動物かわかる?」

 

悠里「ええ、クマでしょう?」

 

 

(なっ!?)

 

さらっと正解を告げる悠里…。あれのどこを見てクマだと思ったのかは分からないが、彼女は確かにそう答えた。その答えを聞いた由紀は満面の笑みを浮かべ、そのまま彼女に抱きつく。

 

 

 

 

由紀「あたり~♪上手にできてた?」

 

悠里「ええ、とても可愛らしいクマさんね♪」

 

由紀は悠里に抱きついたまま、その胸元に顔を埋める。そんな由紀の頭を優しく撫でる悠里を見て、彼は心底彼女の事を尊敬した。あれをクマだと見抜けるなんて、悠里は本当に凄い人だと…。

 

 

 

 

(…というか、りーさんの胸に顔を埋めてる由紀ちゃんが羨ましい。頼んだら位置交換してくれたり………するわけないよな)

 

悠里の大きな胸に顔を埋める由紀を見てこんなどうしようもない事を思ってしまう自分を少し情けなく思ってしまうが、男なので仕方のない事だろう…。そう自分に言い聞かせた後、彼は由紀と共に次のターゲット…直樹美紀・祠堂圭の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

由紀「あの二人には今日のお昼に一回会っててね、放課後に校門のそばで待っててって言っておいたの」

 

「なるほど…。というか、昼に会ったその時に渡せば良かったのでは?」

 

由紀「えへへ…わたしも最初はそうしようと思って二人に会いに行ったんだけど、ぬいぐるみ教室に忘れちゃってて…」

 

照れたようにして笑う由紀を引き連れ、下駄箱で靴を履き替える。そうして外へと出て歩いていくと、校門のそばにいた美紀と圭の二人が由紀達の方へ手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

圭「ゆきせんぱーい!…と、もう一人の先輩もご一緒じゃないですか!」

 

「まぁ、色々あって…面白そうなんでついてきたわけで…」

 

彼が圭とそんな会話を交わす中、由紀はさっそく美紀にアレを手渡していた。直後に圭がその様子を横から不思議そうに眺めていると、由紀は彼女にもアレを手渡す…。

 

 

 

 

 

美紀「んっ?なんですか…これ」

 

圭「ぬいぐるみ…?あっ、チェーンがついてるからキーホルダーなのかな?」

 

由紀「うんっ!わたしが作ったキーホルダーだよ。二人にプレゼントね♪」

 

 

 

圭「うわぁ♪ありがとうございますっ!ほんと、ゆき先輩はこーいうところが可愛いいんだよな~♡」

 

美紀「…あ…りがと…ございます…」

 

由紀「えへへ~♪」

 

それを受け取った圭は嬉しそうな笑顔を浮かべながら由紀の方に体を寄せ、子犬でも撫でるかのようにして彼女の頭を撫でる。由紀はニコニコと笑っていて幸せそうであり、そんな二人の様子を見た彼も思わず笑顔になった。

 

 

 

 

(圭ちゃんと由紀ちゃんって…いつもこんな感じなのかな。これは良い光景なんだけど、アレだな……由紀ちゃんが圭ちゃんの先輩に見えない…)

 

どちらかと言うと、先輩が可愛い後輩の頭を撫でているように見える。しかし実際は頭を撫でられている由紀が先輩で圭が後輩なのだ。ここまで距離が近い先輩・後輩というのも珍しいのではないだろうか…。

 

 

 

 

 

美紀「………ん…ん…?」

 

(美紀さんは確実にアレの正体が分かってないな…)

 

圭が由紀と触れあう一方、美紀はキーホルダーを手に険しい表情をしている。どうやら、彼女は先程の彼と同様にアレの正体を探っている最中らしい。

 

 

 

 

由紀「…でねっ、今渡したそれ、何の動物か分かる?」

 

またしても飛びてた質問…。それを聞いた圭は由紀を撫でるのを止め、そのキーホルダーを改めて見直していた。

 

 

 

 

圭「んっ?ええっと…これは………あっ!イノシシですよね!?」

 

由紀「うっ!?ちがうよ圭ちゃんっ!もっとよく見てっ!」

 

圭「すっ、すいませんっ!………えっと……わかった!マンモスですか!?」

 

由紀「ちがうっ!全然ちがうっ!!」

 

圭は瞬く間に二度答えを間違え、由紀の機嫌が悪くなっていく…。圭は由紀の様子を見て慌てはじめており、先程同じ道を通った彼にはそんな圭の気持ちが痛いほど理解できた。

 

 

 

 

(やっぱり、クマって分からないよなぁ……)

 

 

 

美紀「…………」

 

由紀「…みーくんは分かるよね?」

 

圭ではダメだと悟ったのか、由紀はターゲットを美紀に変更する。美紀は手に持ったキーホルダーを顔のそばまで寄せて眺めていたが、由紀に尋ねられた瞬間にそれをそっと下げ、ニコッと微笑んだ。

 

 

 

 

美紀「ふふっ…当たり前じゃないですか…。ほんと、良くできています。先輩、がんばって作ってくれたんですね…。嬉しいです」

 

由紀「ほんと?うれしい?…えへへ~♪ならよかった~♡」

 

笑顔で告げる美紀だったが、その表情はどこかぎこちなくも見える。恐らく、彼女は適当な言葉だけを述べてこの場をやり過ごすつもりなのだろう…。実際、由紀はまだ美紀が自分の問いに答えていない事に気付かぬまま、その場をあとにしようとしている。

 

 

 

 

 

(美紀さん…なんて人だ…。これが頭脳プレイってやつか…)

 

上手くその場をやり過ごした美紀を見た彼は微かに身震いすら覚えるが、話はここで終わらない…。圭が美紀の手をガシッ!と掴みある事を呟いた直後、由紀がまた美紀の前へと戻っていったのだ。

 

 

 

 

 

圭「美紀ちゃん……そういうのは良くないと思うな…」

 

美紀「ちょっ…!?圭っ!」

 

由紀「ん?そういうのって…?」

 

 

 

圭「美紀ちゃん、本当にこれが何か分かってるの…?わたしには適当にごまかしただけみたく見えたけど…」

 

美紀「わ、わかってるって!」

 

圭に手を掴まれ、由紀に迫られた美紀の目がやたらと泳ぐ…。やはり、本当は答えなど分かっていないようだ。

 

 

 

 

由紀「圭ちゃん、友だちを疑っちゃダメだよっ!みーくんは本当にこの子が何なのか分かってるんだから!ねっ、みーくん?」

 

美紀「え、えぇ…。もちろん……」

 

圭「じゃあ答えてみなよ!ほら早くっ!」

 

自分だけ良い顔をしようとした美紀が許せないのか、圭がグイグイと攻めていく。とうとう観念した美紀は深いため息をついた後、そのキーホルダーをじっと見つめて呟いた。

 

 

 

 

 

 

美紀「え…と……狛犬(こまいぬ)…ですかね?」

 

 

 

 

 

由紀「………こまいぬ??」

 

由紀がぐ~っと首を傾げる。どうやら狛犬が何なのか分からないらしい。

 

 

 

 

「狛犬ってあれだよ…ほら、神社とかにいるやつ」

 

由紀「神社……あっ、シーサーみたいなやつ?」

 

「シーサー…うん、そうだね…似てるね」

 

由紀「ああ、あれか~………」

 

狛犬が何かを理解し、由紀が首を縦に振る。

美紀はそんな彼女の元に歩みより、恐る恐る尋ねた。

 

 

 

 

 

 

美紀「せ、正解ですか……?」

 

由紀「全然ちがうよっ!!」

 

ムッとした表情を美紀へ向け、由紀は怒声をとばす。普通先輩に怒鳴られたら多少の恐怖を感じるだろうが、美紀がまるで恐怖を感じていないのは相手があの由紀だからだろう。

 

 

 

 

 

美紀「すいません…全然分からなくて…」

 

圭「ちなみに正解は…?」

 

由紀「……クマだよぉ」

 

 

 

美紀「…クマ……クマ…クマ…?」

 

圭「それは……わからないなぁ……」

 

やっぱりというか、当然というか…答えを聞いた二人の後輩は苦い顔をしてそのクマのキーホルダーを見つめる。二人はその後、色々と言い訳をして由紀の機嫌を直し、学校をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

由紀「最後はくるみちゃんだけど…わかってくれるかな…」

 

「大丈夫だよ。自信を持って!!」

 

由紀「…ありがと。でも、キミもこの子がクマだって分からなかったよね…」

 

「……………」

 

そう言われると、彼は言葉を返せなくなる…。

肝心の胡桃は現在陸上部の練習をしている真っ最中なので、彼と由紀はグラウンドの隅で無言のままそれが終わるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、りーさんは凄い人だったな…)

 

自分と美紀と圭、三人が分からなかったそれを唯一クマだと見抜いた悠里…。彼女の偉大さを染々実感しながら顔をあげると、陸上部のメンバーがグラウンドを一生懸命に走っていた。その中には胡桃の姿もあり、彼と由紀はそっと手を振る。

 

 

 

 

 

胡桃「……!!?」

 

グラウンドの隅で待つ二人に気付いた途端、胡桃は恥ずかしそうな顔をして二人から目を逸らす。部活の見学に知人が来たというのが恥ずかしいのだろうか?彼と由紀が同時にそんな事を思うと、胡桃は他の部員の目を盗んでそっと手を振り返してくれた。

 

 

 

 

由紀「あはは、くるみちゃん照れてるみたい♪」

 

「中々良いリアクション…。これから毎日通おうかな」

 

由紀「たぶん…毎日だと怒られるよ?」

 

「……だろうね」

 

彼氏でも何でもない人間が毎日毎日部活を見学していたら、それはかなり恥ずかしいだろう。いや、仮に彼氏だったとしても恥ずかしいに違いない…。そんな事を考えながら陸上部員の向こう…そこに立つ校舎を何気なく見つめると、二階の窓に一人の少女の姿が…。彼女はどうやら、陸上部の練習を眺めているらしい。

 

 

 

 

 

(そういえば、美紀さんが言ってたな…)

 

先日、美紀から聞いた話を思い出す。練習中の陸上部員を見つめていた二年の少女がいて、恐らく彼女は胡桃の事を見つめていた…という話を。

 

 

 

 

 

 

 

「…由紀ちゃん。ちょっとここで待ってて」

 

由紀「えっ?どこいくの?」

 

二階にいるあの少女が気になり、彼は由紀を置いて校舎へと戻る。グラウンドから下駄箱へ…下駄箱から二階へと上がるまでに数分かかってしまったが、少女はまだ窓際にいて下の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

「…あの、ちょっといい?」

 

???「えっ?な、なんでしょう?」

 

突如声をかけられ、少女は驚いたように振り返る。

その時に揺れた少女の薄茶色の髪は腰元まで届く程に長く、微かにカーブがかかっていた。

 

 

 

 

(なんていうか、お嬢様っぽい娘だな…。あっ、そういえば美紀さんも同じような事言ってたか)

 

長く綺麗な茶髪の似合う整った顔付き…。美紀が言うには二年の娘らしいが、それにしては幼くもみえる…。制服から覗く手足も細く、運動などはあまり得意では無さそうな印象だ。そんな華奢な手足をしている童顔な彼女だが…よく見ると胸は悠里に引けを取らないほど立派な物を持っていた。

 

 

 

???「あの…それで、私になにか?」

 

「あ、ああ…ごめんね。君、陸上部の練習見てたでしょ?陸上部に入りたいの?」

 

???「いっ、いえっ!そんな事は…。そもそも運動とか苦手ですし…」

 

ここまでは彼も予想できていた答えだ。問題は次の質問…。彼はいきなり、核心を突いてみる事にした。

 

 

 

 

「もしかして、胡桃ちゃんのファン?」

 

???「な…っ…!?ふ…わ…ぁぁ…!!」

 

軽い気持ちで聞いてみたが、彼女の顔はみるみる真っ赤に染まっていった。どうやら当たりらしいが、ただのファンとはどこか違うような気もしないでもない……。

 

 

 

 

 

???「え、恵飛須沢先輩には内緒にしてて下さいっ!私みたいな奴がコソコソ覗いてたって知ったら…絶対に気分を悪くしちゃいますっ!」

 

「内緒にしててって言うならしとくけど、覗いてた人が君みたいな女の子なら気分を悪くしたりはしないと思うよ?そりゃ男にジロジロ見られてたってなら多少気分を悪くするかもだけど…」

 

???「いや…ここは秘密にしておいて下さい!あなたと私だけの秘密に……えっと、あなた…お名前は…?」

 

少女は恐る恐る彼に名前を尋ねる。彼が少女に自らの名前、そして学年を告げると、少女はぺこっとお辞儀をしながら自己紹介を始めた。

 

 

 

 

 

歌衣「私は歌衣(うい)…。那珂歌衣(なかうい)と言います。クラスは二年A組です。先輩は三年C組……ということは、恵飛須沢先輩と同じクラス…。良いなぁ…」

 

彼のクラスが胡桃と同じだと知り、歌衣はため息をつく。

どうやら本当に胡桃の事が好きなようだが…。

 

 

 

 

 

 

「ええっと…歌衣ちゃんは本当に胡桃ちゃんのファンなの?」

 

歌衣「ファン…といえばそうですし…。違うといえば違いますし…」

 

歌衣は両手の人差し指を突き合わせながら、分かりやすくモジモジとした反応を見せる。ファンといえばファン…違うと言えば違う…。彼はこの言葉の意味が分からず、頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

「んん…?とりあえず、歌衣ちゃんが見てたのは胡桃ちゃんなんだよね?どうして見てたの?」

 

歌衣「その…恵飛須沢先輩を見てるこの時間が好きなんです。あの人を見てると胸が温かくなってきて…かっこいいなぁ…素敵だなぁって色々考えてる内に…最近は何をしてても先輩の事ばかり想うようになっちゃって……」

 

 

 

(…ん?それって……いや、女の子同士だし…違うか……)

 

窓から胡桃を見つめ、頬を赤く染めながら歌衣は語る…。その様子を見た彼は一瞬ある可能性を思い浮かべたが、女性同士でそれはあり得ないと考えた。

 

 

 

 

 

歌衣「遠くでもいい…こうして眺めているだけで良いんです。それだけで…私は幸せだから…。だからその、改めて言いますけど恵飛須沢先輩には内緒にしててもらえますか?見てるだけで、邪魔とかはしませんから……」

 

彼にすがるような目を向け、歌衣は頭を下げる。彼女は本当に胡桃を心の支えにしているのだろう…。必死な声や深々と下げられた頭から、それを察する事が出来た。

 

 

 

 

 

「さっきも言ったけど、内緒にしてて欲しいなら黙ってるよ。…でも、遠くから見てるだけってのも何かつまらないでしょ。せっかくだし会って話してみない?」

 

歌衣「いっ!?いえ…無理ですっ…!あの人と…恵飛須沢先輩と話すなんて…」

 

「大丈夫。歌衣ちゃんは僕の知り合いって事にして紹介するから」

 

彼は右手をそっと歌衣の方へと差し伸べる…。これまで遠くから見ていただけの胡桃と話せる…それは歌衣にとってとてつもなく幸せな事だが、同時に怖くもあった。万が一拒絶でもされたら…そう思うと彼の手を取れない…。

 

 

 

 

 

歌衣「もしかしたら、今まで私が見てたのも気付かれてて…会ったら気持ち悪い女だと思われるかも……」

 

不安でしょうがなくて彼に言う…。それを聞いた彼はおかしそうに鼻で笑った後、差し伸べた手を更に彼女へと寄せた。

 

 

 

 

「歌衣ちゃんがこれから会うのは、あの恵飛須沢胡桃だよ。あの娘がそんな事を思う訳はない。歌衣ちゃんも…あの娘を見てきたなら分かるでしょ?」

 

歌衣「……………」

 

歌衣は今一度、これまで見てきた胡桃の事を思い返す…。ずっと遠くで見てただけの彼女だが、それでも胡桃がどんな人物かは見当がついていた…。

 

 

 

 

歌衣(いつも明るくて元気なあの人…。こんな私でも…あの人は笑顔で接してくれるかな…)

 

きっと笑顔で迎えてくれる…。自分が好きになった恵飛須沢胡桃という人物はそういう人のハズだから。歌衣はしばらく考えた後に勇気を振り絞り、彼の手を握った。

 

 

 

 

 

歌衣「私…あの人に会いたいです…。会って、お話してみたいです…」

 

「…よし、じゃあ行こう」

 

小さな歌衣の手を握り返し、それを引いて彼は胡桃の元へと向かう。初めて胡桃と話す事が出来る…そう思うだけで歌衣の胸の鼓動は高まり、自然と笑顔になった。

 

 

 

 

 

 

 

歌衣(あの人と話せるんだ…。大好きな…あの人と……)

 

 

 






少し長めだったので読んでる方も疲れてしまったかもですが、最後まで楽しく読んでもらえたなら嬉しい今回のお話。後半登場した少女、彼女は前回みーくんが話していた娘ですね(*^^*)

そんな少女…『那珂歌衣(なかうい)』ちゃんですが、彼女は『がっこうぐらし!壊』というアンソロジーコミック、それに収録されている『おかたづけ』という話に出てくる娘をモデルにしました。


本作での彼女がどんな人物かをざっと説明しますと…とりあえず胡桃ちゃんの事が大好きなお嬢様系女子です。アンソロジーコミックの方では名前の無い娘だった為、那珂歌衣という名前は本作オリジナルとなっていますが、胡桃ちゃんが好き…という点ではアンソロジー版と同じだと思います。

彼女がどんな娘か気になる方は是非『がっこうぐらし!壊』の方を読んで頂けたらなと…(*´-`)



そして、今回は歌衣ちゃん以外にあと二人のキャラを登場させる予定だったのですが、前半の由紀ちゃんのプレゼントパートに時間をかけすぎてしまいましたので次回へ持ち越しに…(汗)

キャラが増えて(女の子ばかり)賑やかになってきた本作…。
次回もまたご期待いただければと思っていますm(__)m
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